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はじめに

「うつ病の治療は、何を根拠に決められているのだろう」と気になったことはありませんか。日本のうつ病治療の標準的な考え方を示しているのが、日本うつ病学会の診療ガイドラインです。2025年、このガイドラインが大きく改訂され、「うつ病診療ガイドライン2025」として公表されました。

今回の改訂は、これまでのような部分的な手直しではなく、ゼロから全面的に作り直された初めての改訂版です。作成にあたっては、医師だけでなく薬剤師・心理職・看護師などのスタッフ、そして患者さんやご家族の意見も取り入れられました。

この記事では、新しいガイドラインの中から、患者さんに関わりの深いポイントをかみくだいてご紹介します。なお、ガイドラインは医師の判断を縛るものではなく、実際の診断や治療方針は、一人ひとりの状況に応じて医師が判断します。「治療の背景にある考え方を知る手がかり」としてお読みください。

何が変わったのか——「エビデンス」と「患者参加」を土台に

科学的な手続きで作り直された

2025年版は、国内の診療ガイドラインの質を担保する基準(Minds診療ガイドライン作成マニュアル)に沿って、システマティックレビューという方法で世界中の研究を系統的に集めて評価し、治療の「益」と「害」のバランスを検討したうえで推奨を導き出しています。つまり、「効果はどのくらい期待できるか」「負担や副作用はどうか」を、できる限り透明な手続きで比べたうえで書かれている、ということです。

患者・家族の声が反映された

今回の改訂では、患者さんやご家族、支援者など多様な立場の人が作成に関わり、臨床上の疑問や推奨内容への意見が取り入れられました。ガイドライン自体が、医療者と患者さんが一緒に治療方針を考える「共同意思決定(SDM:shared decision making)」を進めるための資料として活用されることを目指しています。

自分の状況に近い章が見つけやすくなった

新しいガイドラインは、軽度・中等度/重度といった重症度別の章に加えて、児童・思春期、周産期(妊娠・出産前後)、老年期といったライフステージ別、不眠を伴う場合、最初の薬で効果が不十分だった場合の次の一手(後続治療)、よくなったあとの維持期など、状況ごとに独立した章が設けられました。一人ひとりの事情に応じた、よりきめ細かい治療の指針になったといえます。

治療の進め方——「一緒に決める」が基本に

ガイドラインでは、うつ病治療の基本的な進め方として、次のような流れが示されています。

まずは丁寧な面接と説明から

治療の入り口では、患者さんの困りごとに焦点を当て、支持的・共感的な態度で診察し、良好な信頼関係を築くことが重視されています。そのうえで、病状や治療の選択肢、予想される経過を医師が十分に説明し、患者さん自身が積極的に治療に関われるようにする——これがSDMの考え方です。

効果を「見える化」しながら調整する

症状や治療への反応を、評価尺度を使って定期的に測り、その結果を患者さんと共有しながら治療を調整していく進め方(MBC:measurement based care)も基本として示されました。抗うつ薬の効果は、まず開始後2〜4週の時点で評価することが望ましいとされています。「なんとなく続ける」のではなく、節目ごとに一緒に振り返りながら進めるイメージです。

重症度で変わる治療の考え方

軽度のうつ病——まず基礎的な関わりを大切に

軽度のうつ病では、支持的な傾聴、生活上の負担の軽減、病気についての説明(心理教育)といった基礎的な介入をまず行うことが示されています。規則的な食事や睡眠、適切な休養など生活習慣の見直しも含まれ、軽度のうつ病はこうした関わりだけで十分に改善することもあるとされています。

抗うつ薬については、軽度のうつ病だけを対象に効果を検証した質の高い研究が見つからず、研究によって結果が分かれていることをふまえ、「治療選択肢のひとつ」という位置づけです。使うかどうかは、患者さんの希望、症状が生活に与えている影響、過去の治療経過、副作用などを考慮して決めるとされています。認知行動療法やそれを基盤としたプログラム、指導のもとで行う運動療法も選択肢に挙げられている一方、サプリメントや保健機能食品は積極的には使用しないとされました。

中等度・重度のうつ病——抗うつ薬は「1種類ずつ」が原則

中等度から重度のうつ病では、十分な説明と基礎的な介入を行ったうえで、新しいタイプの抗うつ薬を1剤で使う治療が推奨されています。注目したいのは、「治療の最初から抗うつ薬を2剤併用すること」は提案されず、「抗うつ薬とベンゾジアゼピン系の抗不安薬・睡眠薬との併用」も行わないことが弱く推奨された点です。薬はむやみに増やさず、必要なものを見きわめて使う、という方向性がはっきり示されました。あわせて、構造化された精神療法や、条件を満たす場合の電気けいれん療法(ECT)も選択肢として挙げられています。

よくなったあとが大事——寛解後6か月は薬を続ける

患者さんから特によく聞かれるのが「よくなったら、いつ薬をやめられますか」という質問です。ここについて、2025年版は明確な目安を示しました。

抗うつ薬で寛解(症状がほとんど消えた状態)に至った場合、その後の再発率は、薬を続けた人で約20%、中止した人で約40%と報告されており、継続によって再発をおよそ半分に減らせるとされています。このため、寛解後少なくとも6か月間は抗うつ薬を続けることが「強く推奨」されました。6か月以降については、再発のリスクや副作用、ご本人の希望をふまえて、続けるか中止するかを医師と一緒に(SDMで)判断していきます。

「調子がよくなったから」と自己判断でやめてしまうのが、実は再発への近道になりかねない——この点は、新しいガイドラインでも変わらず大切なメッセージです。

受診の目安

気分の落ち込みや興味の低下、眠れない・食欲がないといった状態が2週間以上続き、仕事や家事、学業に支障が出ているときは、うつ病の可能性を考えて精神科・心療内科への相談をおすすめします。すでに治療中の方で、薬の減量や中止を考えている方も、自己判断せず、まず主治医にご相談ください。死にたい気持ちが強く迫っているなど緊急のときは、ためらわずに救急(119)や主治医の医療機関に連絡してください。

まとめ

  • 「うつ病診療ガイドライン2025」は、ゼロから全面的に作り直された初の改訂版で、患者・家族の声も反映されています。
  • 治療方針は医師と患者さんが一緒に決める共同意思決定(SDM)が基本とされ、効果を定期的に評価しながら調整する進め方が示されました。
  • 軽度のうつ病ではまず基礎的な関わりを重視し、抗うつ薬は選択肢のひとつ。中等度・重度では新しい抗うつ薬の単剤治療が推奨され、安易な多剤併用は勧められていません。
  • 寛解後も少なくとも6か月間は抗うつ薬を続けることが強く推奨されています。

ガイドラインはあくまで標準的な地図であり、最終的な治療は一人ひとりに合わせて決めていくものです。ご自身の治療について気になることがあれば、どうぞ診察のときにお聞かせください。

参考にした資料

  • 日本うつ病学会「うつ病診療ガイドライン2025」

本記事は上記資料の内容を、患者さん向けに要約・再構成したものです。原文の転載ではありません。

執筆・監修:精神保健指定医 野口晋宏

よくある質問

ガイドラインが変わると、今受けている治療も変わるのですか?

すぐに何かが変わるわけではありません。ガイドラインは医師の判断を縛るものではなく、標準的な考え方を示す「地図」のようなものです。実際の治療方針は、一人ひとりの症状や事情をふまえて、主治医と相談しながら決めていきます。気になる点があれば、診察のときに遠慮なくお尋ねください。

軽いうつ病なら、薬は飲まなくてもよいのでしょうか?

2025年版ガイドラインでは、軽度のうつ病ではまず休養や生活の負担の軽減、病気についての説明といった基本的な関わりを大切にし、抗うつ薬は「選択肢のひとつ」と位置づけられています。飲むかどうかは、症状による生活への影響や過去の治療経過、ご本人の希望などをふまえて医師と一緒に決めていきます。自己判断で中断せず、必ずご相談ください。

うつ病がよくなったら、すぐに薬をやめられますか?

ガイドラインでは、抗うつ薬で症状がほぼ消えた(寛解した)あとも、少なくとも6か月間は薬を続けることが強く推奨されています。継続することで再発の危険を大きく減らせることが示されているためです。その後どうするかは、再発のリスクや副作用、ご本人の希望をふまえて医師と相談しながら決めます。

SDM(共同意思決定)とは何ですか?

医師が一方的に治療を決めるのではなく、病気の見通しや治療の選択肢、それぞれの利点と負担について説明を受けたうえで、患者さんと医師が一緒に治療方針を決めていく進め方のことです。2025年版ガイドラインでは、このSDMがうつ病治療の基本として重視されています。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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