はじめに
「生理前になると、いつも以上に気分が沈んでつらい」「もともと通院しているうつや不安が、月経前の数日だけぐっと悪くなる気がする」――。そんな経験はありませんか。
月経前に心や体の調子が崩れる女性は少なくありません。よく知られているのは「PMS(月経前症候群)」や「PMDD(月経前不快気分障害)」ですが、実はもうひとつ、見落とされやすい状態があります。それが「月経前増悪(PME)」です。これは、もともと持っているうつ病や不安症などの症状が、月経前に悪化するというものです。
「生理前だけ調子が悪い」のと、「いつもある不調が生理前にもっとひどくなる」のとでは、似て見えても背景がちがいます。そして、どちらなのかによって、相談すべき内容や治療の進め方も変わってきます。
一人で「気のせいかもしれない」「わがままに思われるかも」と抱え込んでしまう方もいますが、これは医学的にきちんと知られている現象であり、あなただけが悩んでいるわけではありません。この記事では、月経前増悪(PME)とは何か、PMDDとどう違うのか、そして自分で見分けるヒントになる記録のしかたまで、できるだけわかりやすくお伝えします。
月経前増悪(PME)とは――もともとの不調が生理前に強まる状態
月経前増悪(げっけいぜんぞうあく)は、英語の premenstrual exacerbation の頭文字をとって「PME」とも呼ばれます。これは、もともと持っている心の病気や体の病気の症状が、月経前の時期に悪化する状態のことをいいます。
たとえば、うつ病で治療を受けている方が「生理前の数日だけ、ふだんよりずっと気分が落ち込む」と感じる。不安症の方が「月経前になると不安や緊張がぐっと強まる」と気づく。こうしたものがPMEにあたります。心の病気だけでなく、頭痛やぜんそく、てんかんといった体の病気でも、月経前に症状が強まることが知られています。
ここで大切なのは、PMEは「新しく月経前にだけ起こる病気」ではなく、「すでにある不調が、月経前というタイミングで強まる」という考え方だという点です。月経前の数日が過ぎて月経が始まると、症状はもとの状態へと落ち着いていく傾向があります。
実際、月経前の不調で医療機関を受診する女性のなかには、独立した月経前の病気というより、もともとのうつ病などが月経前に悪化していた、という方が一定数いると報告されています。それだけ身近で、けれども気づかれにくい状態なのです。
PMEとPMDDは似て見える――でも見分けが大切
PMEとよく混同されるのが、PMDD(月経前不快気分障害)です。PMDDは、月経前の時期に強い気分の不安定さ、イライラ、抑うつ、不安などがあらわれ、月経が始まると軽くなっていく状態で、現在は抑うつ症のグループに含まれる病気と位置づけられています。
PMEとPMDDは、どちらも「月経前に気分の不調が強まり、月経とともに楽になる」という見え方をするため、症状だけを見ると区別がとてもむずかしいことがあります。
両者を分ける一番のポイントは、「月経前以外の時期がどうか」です。
- PMDD:ふだん(排卵前の卵胞期など)は症状が落ち着いていて、月経前の時期にだけ強い不調があらわれる。
- PME:もともと一か月を通して何らかの不調があり、それが月経前にさらに悪化する。
つまり、「生理前だけ」つらいのがPMDD、「いつもの不調が生理前にもっとつらくなる」のがPME、というイメージです。ただし実際の臨床では、抑うつ気分や気分の不安定さが症状の中心になると、PMEなのかPMDDなのか、あるいは両方が重なっているのか、見分けが難しいことも少なくありません。これは専門家でも慎重に判断するところで、最終的な診断は医師が行います。
なぜ生理前に悪化するのか――黄体期とホルモンの変化
では、なぜうつ病や不安症は月経前に悪化しやすいのでしょうか。鍵になるのが「黄体期(おうたいき)」です。
月経周期は、おおまかに排卵までの「卵胞期」と、排卵後から月経までの「黄体期」に分けられます。このうち黄体期、とくに月経の直前にかけては、女性ホルモンであるエストロゲンやプロゲステロンが大きく変動する時期です。
月経前の不調は、ホルモンの「量そのもの」が問題というより、ホルモンが変化することに体が敏感に反応してしまうことと関わっていると考えられています。実際、この時期にはうつ病をはじめ、さまざまな病気の症状が強まりやすいことが知られています。
心の面では、気分の落ち込みやイライラ、不安、緊張が強まりやすくなります。うつ病の方では、気分そのものよりも、睡眠の乱れや食欲の変化、強い疲れといった体の不調が月経前に目立つこともあると報告されています。「気持ちの問題」ではなく、ホルモンの波が背景にある体の反応なのだ、と理解すると、自分を責めすぎずにすむかもしれません。
なお、ここで挙げた背景はあくまで一般的な傾向です。ホルモンと気分の関係は複雑で、まだわかっていないことも多く、研究が続けられている段階です。
症状を月経周期に沿って記録すると見分けやすくなる
PMEとPMDDを見分けるうえで、とても役に立つのが「記録」です。
ポイントは、気分や体調を、月経周期に沿って毎日つけてみることです。たとえば手帳やスマートフォンのアプリで、
- その日の気分や不安の強さ(0〜10などの簡単な点数でもよい)
- 睡眠、食欲、体の症状
- 月経が始まった日・終わった日
を、2〜3か月ほど記録してみてください。
しばらく続けると、自分の不調が「月経前の時期に集中して、月経が始まると楽になる」パターンなのか、「一か月を通してずっとあって、月経前にさらに強まる」パターンなのかが、グラフのように見えてきます。前者ならPMDDが、後者ならPME(もともとの不調の悪化)が考えやすくなります。
この記録は、受診したときに医師が状態を整理する大きな助けになります。診察室では、つい「生理前がつらくて…」とだけ伝えてしまいがちですが、記録があれば「いつ、どのくらい」がひと目で伝わります。なお、見分けそのものは医師が行いますので、記録は「正確に分類するため」というより「事実をありのまま持っていくため」と考えていただいて大丈夫です。
女性のライフステージと気分――月経前・産後・更年期
女性は、月経や妊娠・出産、更年期(閉経期)といった、男性にはない大きなホルモンの変化を経験します。なかでも「月経前」「産後」「更年期」という三つの時期は、気分の不調があらわれやすいことが知られています。
- 月経前:この記事で扱ってきた、PMSやPMDD、そしてPME(もともとの不調の月経前増悪)があらわれやすい時期です。
- 産後:出産後の一時的な気分の落ち込み(マタニティ・ブルーズ)や、産後うつ病があらわれることがあります。
- 更年期:ホルモンの変化にともなって、気分の落ち込みや不安が出やすくなることがあります。
これらはいずれも、ホルモンの大きな変動が背景にある時期だという共通点があります。さらに、こうした時期に重なって、もともとの不調が月経前に悪化することもあります。「自分の弱さ」ではなく、女性の体に起こる自然な変化と関わっている――そう知っておくだけでも、少し気持ちが楽になるのではないでしょうか。
つらさを感じたときは、「どの時期の、どんな不調なのか」を一緒に整理してくれる場所として、医療機関を頼っていただければと思います。
受診の目安
以下に当てはまるときは、相談を考えてみてください。
- 月経前になると、気分の落ち込みやイライラ、不安が強まり、生活や仕事、人付き合いにつらさを感じる
- もともと治療中のうつや不安が、月経前に決まって悪化する
- 「生理前だけ」なのか「いつもの不調が悪化している」のか、自分では区別がつかず困っている
- 月経前のつらさが毎月くり返され、見通しが立たずに気持ちが落ち込む
- つらさを記録してみたが、どう受け止めればよいかわからない
まとめ
月経前増悪(PME)は、もともと持っているうつ病や不安症などの不調が、月経前に悪化する状態です。月経前だけに不調が出るPMDDとは見え方が似ていますが、「生理前だけ」なのか「普段からの不調が悪化」なのかという違いがあり、相談すべき内容も変わってきます。黄体期のホルモン変動が背景にあること、症状を月経周期に沿って記録すると見分けの助けになること、そして月経前・産後・更年期という女性のライフステージが気分と関わることを知っておくと、自分の状態を整理しやすくなります。見分けや診断は医師が行いますので、一人で抱え込まず、毎日の記録を手がかりに、どうか早めにご相談ください。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 精神科治療学 PMDD
よくある質問
月経前増悪(PME)とPMDDは何が違うのですか。
PMDDは、ふだんは安定していて月経前の時期だけに強い気分の不調があらわれる状態です。一方PMEは、もともとうつ病や不安症などの心の病気を持っている方で、その症状が月経前に悪化する状態をいいます。『生理前だけ』なのか『普段からの不調が悪化』なのかが大きな違いで、見分けは医師が行います。
生理前に気分が落ち込みやすいのは、なぜですか。
排卵後から月経までの『黄体期』は、女性ホルモンが大きく変動する時期です。この変化に体が敏感に反応することで、気分の落ち込みやイライラ、不安が出やすくなると考えられています。うつ病や不安症など、もともとの不調がこの時期に悪化しやすいことも知られています。
自分がPMEなのかPMDDなのか、どう確かめればよいですか。
毎日の気分や体調を月経周期に沿って2〜3か月ほど記録すると、症状が『月経前だけ』なのか『一か月を通してあって月経前に強まる』のかが見えやすくなります。その記録を持って受診すると、医師が見分けの助けにできます。
もともとうつ病で通院中ですが、生理前の悪化も相談していいですか。
もちろんです。月経前に悪化することを伝えていただくと、治療の進め方を考えるうえでとても役立ちます。『生理前だけ特につらい』という情報は、ご本人にしかわからない大切な手がかりです。遠慮なくお話しください。
産後や更年期の気分の不調も、関係があるのですか。
月経前・産後・更年期は、いずれもホルモンが大きく変動し、気分の不調があらわれやすい時期という共通点があります。それぞれ対応の考え方は異なりますが、つらいときはどの時期であっても相談していただいて大丈夫です。