はじめに
「最近、親が以前より元気がない」「体のあちこちが痛いと言うのに、病院では悪いところが見つからない」「同じことを何度も聞くようになった」。高齢のご家族について、こうした変化に気づきながらも、年のせいだろうか、認知症が始まったのだろうかと迷っている方は多いのではないでしょうか。
実は、高齢の方のうつ病は、若い世代とはずいぶん違った形で現れることが知られています。気分の落ち込みがはっきりしないまま、体の不調やもの忘れとして表に出てくるため、ご本人もご家族も、そして医療者でさえ見逃しやすいのです。
ですから、「気づきにくくて当たり前」と言ってもいいくらいです。気づくのが遅れたことを、どうかご自分やご家族の責任のように感じないでください。
この記事では、高齢者のうつ病が見せやすい意外なサイン、認知症との見分け方の考え方、そしてご家族が早めに気づくためのポイントを、できるだけわかりやすくまとめました。なお、診断は必ず医師が診察や検査をふまえて行います。この記事は「気づくきっかけ」としてお役立てください。
高齢者のうつ病は「気分」より「体」に出やすい
うつ病というと、気分が沈む、何も楽しめない、といった「心の症状」を思い浮かべる方が多いと思います。しかし高齢の方の場合、こうした気分の落ち込みそのものは、あまり目立たないことがあります。
代わりに前面に出やすいのが、体の不調です。
- 体が重い、だるい、疲れがとれない(倦怠感)
- あちこちが痛い、しびれる
- 食欲がなく、体重が減ってきた
- 眠れない、夜中や早朝に目が覚める
こうした訴えで内科などを受診し、検査をしても、症状を十分に説明できる体の病気が見つからない。そんなときに、背景にうつ病が隠れていることがあります。
この「体の不調が主役になる」傾向は、高齢者のうつ病の大きな特徴です。専門家のあいだでも、若い世代を想定してつくられた診断の物差しでは、高齢者のうつ病をうまくとらえきれない場合があると指摘されてきました。実際、診断基準をきっちり満たさなくても、うつ病に近い症状を抱えている高齢の方は少なくないと報告されています。
つまり、「気分の落ち込みをはっきり口にしないから、うつ病ではない」とは限らない、ということです。
不安・落ち着かなさ、そして「もの忘れ」の訴え
体の不調と並んで目立ちやすいのが、不安や焦り、落ち着かなさです。
「この先どうなるのか」と漠然とした不安にとらわれる、じっと座っていられずそわそわする、些細なことを繰り返し心配する。こうした様子は、うつ病に伴って現れることがあります。ご家族から見ると「最近、心配性になった」「気が小さくなった」と感じられるかもしれません。
そしてもうひとつ、見逃しやすいのが「もの忘れ」の訴えです。
うつ病になると、頭がうまく働かない感じ、集中できない、考えがまとまらないといった状態になることがあります。高齢の方では、これが「もの忘れがひどくなった」「頭がぼけてきた」という形で表現されやすく、ご本人もご家族も、まず認知症を心配します。
ここが、とても大切なポイントです。高齢者のうつ病は、認知症とよく似た見え方をすることがあるのです。
うつ病による「仮性認知症」と、認知症の見分け
うつ病が原因で、一見すると認知症のように見える状態を、専門的には「うつ病性仮性認知症(かせいにんちしょう)」と呼びます。「仮性」とは「本当の認知症ではないけれど、そう見える」という意味です。
うつ病では、意欲が落ちたり考える速度がゆっくりになったりすることで、注意力や段取りをつける力、一時的に物事を覚えておく力などが下がり、結果として記憶が悪くなったように見えることがあります。神経の変化で起こる認知症と、うつ病とで共通点が多いため、見分けが難しい場合があるのです。
見分けのときに、医師が手がかりとする考え方をいくつかご紹介します。あくまで傾向であり、当てはまらない場合もありますが、ご家族が様子を見るときの参考になります。
- 始まった時期がはっきりしているか:うつ病に伴うもの忘れは、比較的急に、ある時期から始まったと感じられることが多いとされます。一方、認知症のもの忘れは、いつからともなくゆっくり進んでいく傾向があります。
- もの忘れを本人がどうとらえているか:うつ病では、もの忘れを「できなくなった」とつらく深刻に訴える傾向があります。認知症では、もの忘れの自覚が乏しかったり、うまく取り繕おうとしたりすることがあるといわれます。
- 気分の落ち込みがあるか:うつ病では悲しげ・苦しげな表情や気分の落ち込みを伴いやすいのに対し、認知症では無関心に見えることがあります。
こうした違いは、発症の時期や進み方、ほかのうつ症状との関係をていねいに見ていくことで判断の助けになります。とはいえ、うつ病と認知症が重なって起こることもありますし、見分けは簡単ではありません。最終的な判断は、必ず医師が診察や必要な検査をふまえて行います。
重い形のうつ病と、見逃せないリスク
高齢者のうつ病のなかには、特に注意が必要な重い形もあります。そのひとつが、現実とは異なる強い思い込み(妄想)を伴うものです。よく知られているものに、次の3つがあります。
- 心気妄想:実際にはそうでないのに「自分は治らない重い病気だ」と思い込む
- 罪業妄想:「自分はとんでもない罪を犯した」と、ありもしない罪を背負ってしまう
- 貧困妄想:お金に余裕があるのに「お金がない、破産した、生きていけない」と思い込む
これらは「考えすぎ」や「気の持ちよう」ではなく、うつ病の症状として現れるものです。本人を責めても解決せず、専門的な治療が必要です。
そして、もっとも気をつけたいのが、自ら命を絶ちたいという気持ち(希死念慮)です。高齢の方のうつ病、とりわけこうした妄想を伴う重い形では、このリスクが高まることが知られています。「もう生きていても仕方がない」「いなくなったほうがいい」といった言葉が聞かれたら、決して軽く受け止めず、できるだけ早く専門家に相談してください。
だからこそ、ご家族の早めの気づきがとても大きな意味を持ちます。本人が言葉にしづらいつらさに、周りの方が先に気づいてあげられることがあるのです。
受診の目安
以下に当てはまることがあれば、早めに相談することをおすすめします。
- 倦怠感・痛み・しびれ・食欲低下・体重減少などが続くのに、検査で体の原因がはっきりしない
- 急にもの忘れが目立つようになり、本人がそれをつらく深刻に気にしている
- 不安や落ち着かなさが強くなり、表情が乏しく、元気がない状態が続いている
- 「重い病気だ」「お金がない」「罪を犯した」など、事実と違う思い込みを繰り返す
- 「生きていても仕方がない」「いなくなりたい」といった言葉が聞かれる(この場合はできるだけ早く)
特に最後の項目は、ためらわずに相談してください。
まとめ
高齢の方のうつ病は、気分の落ち込みよりも、体の不調・不安・もの忘れとして現れやすく、認知症と間違われることもあります。だからこそ気づきにくいのですが、それは決してご家族の落ち度ではありません。発症の時期や進み方など、見分けの手がかりはあり、判断は医師がていねいに行います。なかには妄想を伴う重い形や、命にかかわるリスクが高まる場合もあり、早めの気づきと相談が何よりの助けになります。そして、適切な治療によって改善が見込めることも、ぜひ覚えておいてください。気になるサインがあれば、どうか一人で、ご家族だけで抱え込まず、私たちにご相談ください。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 気分症群(精神科臨床エキスパート/専門医向け書籍)
よくある質問
高齢の親がもの忘れを訴えます。認知症でしょうか、それともうつ病でしょうか。
もの忘れの背景には認知症だけでなく、うつ病が隠れていることもあります。一般に、うつ病ではもの忘れを本人がつらいこととして深刻に訴える傾向があり、比較的急に始まることが多いとされます。見分けは医師が診察や検査をふまえて行いますので、自己判断せず一度ご相談ください。
気分の落ち込みを訴えないのに、うつ病ということがありますか。
あります。高齢の方のうつ病は、気分の落ち込みより、倦怠感・痛み・しびれ・体重減少といった体の不調や、不安・落ち着かなさが前面に出ることが少なくありません。内科で検査をしても原因がはっきりしない不調が続くときは、背景にうつ病がないか考えてみる価値があります。
高齢者のうつ病は治りますか。
適切な治療によって、多くの方で症状の改善が見込めます。治り方や経過には個人差があり、再発に注意が必要なこともありますが、早めに相談するほど対応の選択肢は広がります。治癒を約束するものではありませんが、つらさを抱え込まず受診をためらわないことが大切です。