はじめに
「これまでまじめにやってきた人ほど、うつになりやすいのでしょうか」。診察室では、ご本人やご家族からこうした問いをよく耳にします。仕事を人一倍きちんとこなし、周囲からの信頼も厚かった方が、ある日を境に朝起きられなくなり、何をしても楽しめなくなってしまう。「あんなにしっかりしていた人が、どうして」とご家族が戸惑われることも少なくありません。
そう感じているのは、あなただけではありません。日本では昔から、几帳面で責任感の強い人に起こりやすいタイプのうつ病が、ひとつの典型として語られてきました。これを「メランコリー親和型(しんわがた)うつ病」、または症状の特徴から「メランコリア型うつ病」と呼びます。
この記事では、この型がどんな性格傾向や症状と関わるとされているのか、そして近年よく耳にする「新型うつ病」という言葉とは何が違うのかを、歴史的な背景もふまえてやさしく整理します。読み終えるころには、「性格=病気」ではないこと、そして自分やご家族を責めずに相談へつなげることの大切さが伝われば幸いです。
なお、ここでお伝えするのはあくまで一般的な考え方です。実際の診断は、症状や経過をふまえて医師が行います。
メランコリー親和型・執着気質とはどんな性格傾向か
「メランコリー親和型」とは、ドイツの精神科医テレンバッハが提唱した、うつ病になる前の性格傾向を表す考え方です。秩序を重んじ、まじめで責任感が強く、仕事熱心といった特徴が挙げられます。
実は日本では、これより前から似た考え方が知られていました。下田光造(しもだみつぞう)という医師が示した「執着気質(しゅうちゃくきしつ)」です。一度抱いた感情が冷めずに長く続きやすく、凝り性で徹底的、正直で几帳面、正義感が強く、責任感も旺盛——そんな「模範的」と評される性格傾向を指します。
両者には共通点が多く、日本では昭和の後半に「日本人らしいうつ病の典型」として広く親しまれました。精神病理学の視点では、こうした方は家庭や職場といった「秩序」の中で与えられた役割に深く同一化し、自分に課した高い目標を次々こなそうとするあり方が指摘されています。テレンバッハは、これを「自分を秩序の中に閉じ込める傾向」と「自分の立てた目標に追いつけず負い目を感じる傾向」という二つの特徴で説明しました。
大切なのは、こうした特徴は本来、誠実さや勤勉さという「長所」だということです。それが過労などの状況で裏目に出て、抜き差しならない状況に自分を追い込んでしまったときに、うつ病という形であらわれることがある、と考えられてきました。
メランコリア型うつ病に特徴的な症状
このタイプのうつ病には、症状の面でもいくつか知られた特徴があります。診断基準では「メランコリアを伴う」という表現で説明されることがあり、おおむね次のようなものです。
- 喜びの喪失:これまで楽しめていたことや好きだったことに、ほとんど喜びや興味を感じられなくなります。うれしい出来事があっても気持ちが動きにくくなります。
- 朝の悪化(日内変動):一日の中で朝に最も気分が落ち込み、夕方にかけて少し持ち直す、という変化がみられることがあります。「朝がいちばんつらい」という声はよく聞かれます。
- 強い制止または焦燥:考えや動作がゆっくりになり、言葉が出にくくなることがあります(制止)。逆に、じっとしていられないほどの強い焦りやそわそわ感が前面に出ることもあります(焦燥)。
- 食欲の低下と体重減少:食欲が落ちて、食事がおいしく感じられず、体重が目立って減ることがあります。
- 早朝の覚醒:明け方に目が覚めてしまい、その後眠れないこともしばしばみられます。
これらはあくまで典型的な傾向であり、すべての人に同じように現れるわけではありません。症状の出方には個人差があります。心配なときは、自分で判断せず医師にご相談ください。
薬物療法に反応しやすいとされる一方で
このタイプのうつ病は、心理的なはたらきかけだけでなく、身体的な治療——主に抗うつ薬による薬物療法——に比較的よく反応しやすいタイプとして知られてきました。きちんと治療につながることで、回復が期待できるタイプでもあります。
一方で、近年は「典型的なメランコリー親和型は減ってきている」と言われるようになりました。かつては日本のうつ病の「標準」とみなされていましたが、現在ではもはやそうとは考えられていません。
その背景には、社会の変化があると考えられています。メランコリー親和型は、戦後の復興期に、男性は企業に、女性は家庭にと、それぞれの役割に深く組み込まれ、働き過ぎた末に燃え尽きる——そうした時代に多くみられた現象だったのではないか、という見方もあります。つまり、この型は「永遠に変わらない人間の本質」というより、ある時代と社会のあり方を映した姿だった、とも言えるのです。
ただし、減ってきているからといって、このタイプの方が今いないわけではありません。今もまじめで責任感の強い方が、無理を重ねた末に体調を崩すことは十分にあります。治療によって回復が見込めるタイプですので、つらさを抱え込まず、早めの相談をおすすめします。
「新型うつ病」というレッテルについて
メランコリー親和型が「減ってきた」と言われるのと入れ替わるように話題になったのが、いわゆる「新型うつ病」という言葉です。ここは少していねいにお伝えしたいところです。
まず知っておいていただきたいのは、「新型うつ病」は学術的な裏づけのある正式な診断名ではない、ということです。これは新聞や雑誌などのメディアで使われてきた俗称であり、医学的に確立された病気の名前ではありません。
ところがこの言葉には、「未熟で身勝手な若者の間で増え続ける、新しい種類のうつ病」といったイメージが、根拠が乏しいまま広まってしまいました。経済が長く停滞するなかで、仕事を続けられない若い人への批判、いわゆる「若者叩き」の風潮と結びついてしまった経緯があります。
しかし、当時の事情をよく見ると、必ずしも若い人の側だけに問題があったわけではありません。働き方や雇用環境が大きく変わり、求められる水準が上がるなかで、就労を続けにくくする社会の側の要因も少なくありませんでした。困難な時代を生きる人を支えるべき立場が、結果として人を責める言葉を生んでしまった——そのことは、振り返って残念なことだったと言えます。
ですから、もしご自身やご家族の状態に「新型うつ病では」という言葉が向けられたとしても、それを「甘え」や「性格の問題」と決めつける必要はありません。大切なのは、レッテルではなく、いま実際に困っている症状に目を向けることです。
性格は病気そのものではありません
ここまで性格傾向のお話をしてきましたが、最後に最も大切なことをお伝えします。それは、性格そのものが病気なのではない、ということです。
几帳面さや責任感の強さは、メランコリー型うつ病と関連があるとされてきましたが、それはあくまで「関連の一つ」にすぎません。同じような性格の人がみなうつ病になるわけではありませんし、発症には体調や環境、過労、その人を取り巻く状況など、たくさんの要因が重なります。
ですから、「自分の性格が悪いから」「育て方がいけなかったから」と、ご自身やご家族を責める必要はまったくありません。まじめに、誠実に生きてきたことは、決して責められるべきことではないのです。
うつ病かどうかの診断は、性格の自己分析ではなく、症状や経過をていねいに見ながら医師が行います。気になることがあれば、まずは相談していただくのがいちばんの近道です。
受診の目安
以下に当てはまるものがあれば、一度ご相談ください。
- 以前は楽しめていたことに、喜びや興味をほとんど感じられない状態が2週間以上続いている
- 朝に強く気分が落ち込み、起き上がるのがつらい日が続いている
- 食欲が落ちて、体重が目立って減ってきた
- 考えや動きが鈍くなった、または強い焦りでじっとしていられない
- 明け方に目が覚めてしまい、その後眠れない
- まじめに頑張ってきた自覚があり、自分を責めてしまう気持ちが強い
- 「消えてしまいたい」といった気持ちが浮かぶ(このような場合は、できるだけ早めにご相談ください)
これらは目安です。当てはまる数が少なくても、つらさが続くようなら受診をためらう必要はありません。
まとめ
メランコリー型うつ病は、几帳面で責任感の強い人に起こりやすいとされてきた、日本でなじみ深いタイプのうつ病です。喜びの喪失や朝の悪化、食欲低下などの特徴があり、治療によって回復が見込めるタイプでもあります。一方で「新型うつ病」という言葉は正式な診断名ではなく、人を責める文脈で使われてきた経緯があるため、振り回されすぎないことが大切です。性格はあくまで関連の一つにすぎず、まじめに生きてきたことを責める必要はありません。気になる症状があれば、自分やご家族を責める前に、どうか相談につなげてください。回復への第一歩は、そこから始まります。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 気分症群(精神医学の基盤シリーズ)
- 症例でわかる精神病理学
よくある質問
まじめな性格だとうつ病になりやすいのですか?
几帳面さや責任感の強さといった性格傾向が、うつ病の起こりやすさと関わるとされてきた歴史があります。ただし性格はあくまで関連する要素の一つで、性格そのものが病気というわけではありません。発症には体調や環境、過労など多くの要因が重なります。
メランコリー型うつ病にはどんな症状がありますか?
楽しめていたことに喜びを感じにくくなる、朝に調子が最も悪く夕方にかけて少し持ち直す、考えや動きが鈍くなる(または強い焦りが出る)、食欲が落ちて体重が減る、といった特徴が知られています。当てはまるか不安なときは、自己判断せず医師にご相談ください。
「新型うつ病」とは違う病気なのですか?
「新型うつ病」は学術的な裏づけがある正式な診断名ではなく、主にメディアで使われてきた俗称です。本人の甘えや若者特有の問題といったイメージと結びつけられた経緯があり、慎重に扱うべき言葉です。気になる症状があれば、レッテルにとらわれず受診をご検討ください。