はじめに
「頭痛がずっと続く」「体がだるくて朝起き上がれない」「胃腸の調子が悪く、食欲もわかない」。そんな不調が気になって内科を受診したのに、検査では「とくに異常はありません」と言われた——。このような経験をされた方は、決して少なくありません。
異常がないと言われても、つらさは現実に続いています。「気のせいなのだろうか」「どこに行けばいいのだろう」と、行き場のない不安を抱えてしまう方もいらっしゃいます。
実は、頭痛・倦怠感・しびれ・胃腸の不調といった体の症状が、うつ病のサインとしてあらわれることがあります。「うつ病」と聞くと気分の落ち込みを思い浮かべる方が多いと思いますが、気分よりも先に、あるいは気分の変化よりも目立つ形で、体の症状が出るタイプのうつ病があるのです。
この記事では、検査で異常が見つからない体の不調と、うつ病とのつながりについてわかりやすく解説します。どんなときに精神科・心療内科を考えればよいのか、そして体の症状も治療で改善しうることについてもお伝えします。
気分よりも「体」に出るうつ病がある
うつ病というと、気分が沈む、何も楽しめない、といった心の症状をイメージしがちです。しかし実際には、心よりも体の不調を強く訴える方がたくさんいらっしゃいます。
興味深いことに、うつ状態にある人が気分の落ち込みよりも体の症状を中心に訴えるのは、特定の国や文化に限った話ではありません。さまざまな国を対象にした研究から、これは洋の東西を問わず広くみられる、いわば普遍的な現象であることがわかっています。つまり「体に出るうつ病」は、決して特別な人だけに起こるものではないのです。
体の不調が前面に出るタイプのうつ病は、古くから「仮面(かめん)うつ病」と呼ばれることもあります。これは、気分の症状が体の症状という「仮面」の裏に隠れてしまい、見えにくくなっている状態をたとえた言葉です。ご本人も周囲も「体の病気だろう」と考えてしまい、心の不調に気づくのが遅れることがあります。
「気分はそれほど落ち込んでいないのに、自分がうつ病だなんて」と感じる方もいらっしゃいますが、こうしたタイプがあることを知っておくだけで、ご自身の不調を理解する助けになります。
こんな身体症状があらわれます
うつ病であらわれる体の症状は、人によってさまざまです。代表的なものをいくつか挙げてみます。
- 倦怠感・疲れやすさ:体が重い、だるい、何をするのもおっくう。休んでも疲れがとれない。
- 痛み・しびれ:頭痛や頭が重い感じ、肩や背中の痛み、手足のしびれなど。
- 胃腸の不調:食欲がわかない、胃のもたれ、腹痛、下痢や便秘など。
- 睡眠の変化:寝つけない、夜中に何度も目が覚める、朝早く目が覚めてしまう。
- 食欲・体重の変化:食べられない、あるいは反対に食べすぎてしまう。体重が減る・増える。
こうした症状は、ひとつだけのこともあれば、いくつか重なってあらわれることもあります。なかでも、長く続く不眠や、体の所見に見合わないほど頑固に続く痛み・だるさは、背景に心の不調が隠れているサインとして注目されています。
これらの症状は体の病気でも起こりうるものなので、まず内科などで体の病気がないかを確かめることはとても大切です。そのうえで「異常なし」と言われても症状が続く場合に、うつ病をはじめとする心の不調を考えていく、という流れになります。
「病気ではないか」という不安が強くなることも
体の不調が続くと、「重い病気が隠れているのではないか」「検査では見つからない病気なのでは」といった不安が、頭から離れなくなることがあります。こうした、自分の健康や病気を過度に心配してしまう傾向は、医学では古くから知られているもので、「心気(しんき)的」な不安と呼ばれます。
このような身体への不安や訴えは、現代のうつ病の方にも広くみられます。体の症状そのもののつらさに加えて、「何か悪い病気では」という心配が重なり、いっそう苦しくなってしまうのです。
検査をして異常がないと確認されても、しばらくするとまた不安がわいてくる。そして別の病院を受診する——。このような状態が続いているときは、不安の背景にうつ病などの心の不調がないかを一度考えてみる価値があります。心の状態が整ってくると、こうした過度な不安もやわらいでいくことが少なくありません。
内科で「異常なし」のとき、精神科・心療内科を考える理由
うつ病の方が最初に受診する診療科は、精神科や心療内科よりも内科などの一般の診療科であることが多い、と知られています。体の症状がつらいのですから、まず体の専門家にかかるのは自然なことです。
ただ、体の検査では異常が見つからないのに、頑固な不調が続く場合があります。そんなときは、心の不調が体に影響している可能性を考えてみることが大切です。とくに、
- いくつかの病院や科を受診しても「異常なし」と言われる
- それでも頭痛・倦怠感・胃腸の不調などがなかなか改善しない
- 不眠や食欲の変化、気力の低下を伴っている
といった状態が重なるときは、精神科・心療内科への相談が選択肢になります。
精神科を受診することに、ためらいや抵抗を感じる方も多いと思います。それはとても自然な気持ちです。けれども、「異常なしと言われ続けるつらさ」から抜け出す糸口が、心の側からのアプローチにあることは少なくありません。受診はあくまで相談の第一歩であり、診断は医師が、お話をうかがいながら丁寧に行います。
高齢の方や男性で、体の症状が目立ちやすい傾向
体の症状が前面に立ちやすいことには、いくつかの傾向も知られています。
たとえば高齢の方のうつ病では、気分の落ち込みよりも、倦怠感・痛み・しびれといった体の訴えや、食欲の低下が中心になることが多いとされています。「年のせい」「どこか体が悪いのだろう」と受け止められ、心の不調として気づかれにくいことがあります。
また男性では、気分のつらさを言葉にしにくく、体の不調やイライラとして出やすい傾向も指摘されています。さらに、発達特性のある方では、抑うつ気分が表に出にくく、腹痛や下痢などの胃腸症状をはじめとする体の不定愁訴(はっきりした原因の特定しにくい体の訴え)が目立つことも知られています。
こうした傾向は、あくまで「気づきのヒント」です。当てはまるからといって心配しすぎる必要はありませんが、周りの方が体の不調の背景に目を向けてあげることが、早めの相談につながります。
受診の目安
以下に当てはまる場合は、一度ご相談ください。
- 頭痛・倦怠感・胃腸の不調などが続くのに、検査で「異常なし」と言われた
- いくつかの病院を受診しても、不調の原因がはっきりしない
- 体の不調に加えて、眠れない・食欲がない・気力がわかない状態が続いている
- 「重い病気では」という不安が頭から離れず、繰り返し検査を受けたくなる
- これらの状態が2週間以上、ほとんど毎日続いている
当てはまる項目があっても、すぐに重い病気だと決まるわけではありません。まずは相談していただくことが大切です。
まとめ
頭痛・倦怠感・胃腸の不調・しびれといった体の症状は、うつ病のサインとしてあらわれることがあり、これは文化を問わず広くみられる現象です。気分の落ち込みより体の不調が前に出るタイプもあり、とくに高齢の方や男性で目立ちやすいことが知られています。
内科で「異常なし」と言われても不調が続くときは、心の側から原因を考えてみることで、つらさを和らげる糸口が見つかることがあります。そして、うつ病の治療を通じて、こうした体の症状も改善していくことが十分に期待できます。
「異常なしと言われ続けて、どこにも行き場がない」と感じておられる方こそ、一人で抱え込まず、お気軽にご相談ください。診断と治療方針は、医師がお話をうかがいながら一緒に考えていきます。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 気分症群(精神科臨床エキスパート/医学書院)
- 精神科治療学 第37巻8号「治療抵抗性うつ病への挑戦/適応障害との鑑別」
よくある質問
内科で「異常なし」と言われた体の不調が、うつ病ということはありますか?
あります。頭痛・倦怠感・胃腸の不調・しびれなどが続くのに検査で異常が見つからないとき、その背景にうつ病が隠れていることは珍しくありません。気分の落ち込みより先に体の症状が表に出るタイプもあります。ただし診断は医師が行いますので、気になるときは一度ご相談ください。
気分は落ち込んでいないのに、うつ病ということはありますか?
はい。ご本人が「気持ちはそれほど沈んでいない」と感じていても、倦怠感や痛み、食欲・睡眠の変化といった体の症状が中心に出ることがあります。とくに高齢の方や男性では、気分よりも体の不調が前面に立ちやすい傾向が知られています。
体の症状も、うつ病の治療でよくなりますか?
うつ病の治療を進めると、気分の症状だけでなく、頭痛・倦怠感・胃腸の不調などの体の症状もやわらいでいくことがよくあります。すべてが一度に消えるとは限りませんが、つらさが軽くなることは十分に期待できます。