福岡県春日市須玖北4丁目34 2階
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はじめに

「うつと言われて治療を続けているのに、なかなか良くならない」「少し良くなっても、しばらくするとまた落ち込んでしまう」「いつも同じところでつまずいて、自分が悪いんだと責めてしまう」。こうした思いを抱えて受診される方は少なくありません。

実は、うつや不安で受診した方の背景に、ASD(自閉スペクトラム症)の特性が隠れていることがあります。長く続くつらさや、繰り返す落ち込みの根っこに、これまで気づかれてこなかった発達特性が関係している場合があるのです。これは決して珍しいことではありません。

この記事では、ASDの特性を背景に起こる「二次障害」としてのうつ・不安について、なぜそれが起こるのか、ふつうのうつとどう違って見えることがあるのか、そして回復に向けて何が大切なのかを、やさしく整理します。読み終えたときに、自分を責める気持ちが少しでも軽くなり、相談という一歩を考えていただけたらと思います。なお、診断や見立ては医師が行います。この記事は自己診断のためのものではありません。

うつや不安の背景に、発達特性が隠れていることがある

うつや不安を主な訴えとして受診した方の背景に、ASDの特性が存在していることは、決して珍しくないことがわかってきています。抑うつ状態で初めて受診した大人のうち、一定の割合の方に、背景としてASDの特性が見られると報告されています。

このため近年は、心の不調を診るときに、つねに発達特性が隠れていないかを念頭に置くことが大切だと考えられるようになりました。けれども、大人になってからのASDの特性は現れ方が多様で、あえて疑ってみなければ気づかれにくいことも多いのです。

ここで誤解しないでいただきたいのは、「うつや不安が、すべてASDのせいだった」と単純に言い切れるものではない、という点です。目立っているうつや不安の症状の陰に、本人も周囲も気づいていなかった特性が隠れていることがある、ということです。そして、その特性に目を向けると、つらさの背景が見えてきて、対応の糸口がつかめることがあります。長く治療を続けても良くなりにくいと感じている方こそ、一度この視点から見直してみる意味があります。

ASDのうつは、ふつうのうつと様子が違って見えることがある

ASDの特性を背景にもつ抑うつ状態は、発達特性のないうつ病とは、少し様子が異なって見えることがあります。

ふつうのうつ病では、気分の落ち込みや意欲の低下が中心になります。一方、ASDの特性がある方の抑うつでは、それらに加えて、いらだちやすさ(易刺激性)、気分の変わりやすさ、衝動的になりやすさなどを伴いやすいと言われています。落ち込みだけでなく、不機嫌さや感情の不安定さが前面に出てくることがあり、まわりからは「うつ」とは見えにくい場合もあるのです。

このように症状の現れ方が混ざり合うことがあるため、対応にも少し工夫が必要になります。詳しい治療方針は、一人ひとりの状態を診たうえで医師が判断します。大切なのは、「ふつうのうつと違うから自分はおかしい」と思う必要はまったくない、ということです。背景に特性があれば、そのように現れることがある、というだけのことです。自己判断で対処しようとせず、医師に相談していただくのが安心です。

なぜ二次障害が起きるのか ― 環境とのミスマッチへの反応

ここがこの記事でいちばんお伝えしたい点です。ASDの特性を背景に起こるうつや不安は、「二次障害」と呼ばれることがあります。二次障害とは、特性そのものではなく、特性と周囲の環境とのあいだに摩擦が積み重なった結果として、二次的に生じる心の不調のことです。

ASDの特性がある方は、多数派の人たちが当たり前に共有している、空気を読んだやりとりや、含みのある遠回しな言い方、その場の和を優先する雰囲気などを、とても苦手とすることがあります。そのため、集団のなかでうまくいかない経験(集団不適応)や、まわりからの誤解・批判、達成しても十分に評価されない経験が積み重なりやすいのです。

そして、対人スキルの苦手さから周囲のサポートも得にくく、「なぜか、いつもうまくいかない」「同じことが繰り返される」という感覚を慢性的に抱えやすくなります。こうした積み重ねが、二次的なうつや不安として表れてくるのです。

二次障害は「氷山の一角」

ある考え方では、目に見えている不調は「氷山の一角」にすぎないと表現されます。何かの出来事をきっかけに落ち込みや不調が表面化したとき、それは突然始まったのではなく、その前から積み重なっていたつらさが、ついにあふれ出たサインかもしれません。

ですから、表に出ている症状そのものを力ずくで抑え込もうとするのではなく、その裏に隠れている背景は何かを、一緒にていねいに見ていくことが大切になります。

「能力の問題」ではない ― まず休養と相談が大切

ぜひ覚えておいていただきたいのは、二次障害は本人の「能力の問題」でも、「努力不足」でもないということです。それは、環境への自然な反応として起きているのです。

ここで気をつけたいのが、発達障害は「何らかの能力の不足」と見られやすいため、まわりが「訓練してがんばらせれば乗り越えられる」と考えてしまいがちな点です。けれども、能力を伸ばすための訓練と、ストレスでエネルギーが切れている状態への対応は、まったく別ものです。ストレスで参っているときに無理に訓練をさせようとすると、かえって逆効果になることが多いと知られています。

エネルギー切れを起こしているときに、まずやるべきことは休養と相談です。落ち込みや不調は、心と体が「もう限界に近い」と発しているサインです。いったんしっかり休んで、そのうえで、どこに問題があってどんな仕組みでつらさが起きているのかを、専門家と一緒に整理していく。この順番がとても大切です。回復は、無理を重ねることではなく、まず立ち止まって休むことから始まります。

接し方の工夫 ― 「○○したほうがいい」を避ける

ご本人を支えるご家族や周囲の方に、知っておいていただきたい接し方の工夫があります。

ASDの特性がある方は、言われたことを「ノルマ」として受け取り、まじめに背負い込みやすい傾向があります。そのため、よかれと思って「ゆっくり休んだほうがいいよ」と強く勧めても、「休むこと」自体をノルマにしてがんばってしまい、かえって休めなくなることがあります。「○○したほうがいい」という強い言い方は、できるだけ避けるのがよいとされています。

代わりに役立つのが、本人の置かれている状況を、言葉で確認してあげることです。「今あなたは、こういう形で落ち込んでいるんだね」と、状況を言葉にして伝えると、「わかってもらえた」と感じて安心できることがあります。感情を察するのが苦手でも、言葉ではっきり示されると伝わりやすいのです。

ほかにも、命令ではなく提案する、先に本人の言い分を聞く、感情的にならない、といった姿勢が支えになります。周囲の人がゆとりをもって、あまりノルマを感じさせない雰囲気でいることも、本人が「このくらいでいいんだ」と肩の力を抜くきっかけになります。

薬物療法は対処の一部 ― 環境調整と組み合わせる

二次障害としてうつや不安が強く出ているときには、感情のコントロールを助ける目的で薬物療法が検討されることがあります。薬が支えになる場面は確かにあります。

ただし、知っておいていただきたいのは、薬物療法はあくまで対処の一部であり、それだけですべてが解決するわけではない、ということです。ASDの特性そのものは、薬で変えるものではありません。だからこそ、薬による対処と、**環境を本人に合わせて整える「環境調整」**を組み合わせることが大切になります。

環境調整とは、たとえば、あいまいな指示を具体的に伝える、予定や手順を見えるかたちにして見通しを持てるようにする、苦手な刺激を減らす、得意な力を生かせる役割を用意する、といった工夫です。本人だけが変わろうと無理をするのではなく、周囲の環境のほうも歩み寄っていく。この両輪で、二次障害からの回復を支えていきます。診断や治療の進め方は、一人ひとりの状態に合わせて医師が一緒に考えていきます。

思い詰めやすいときは、早めの相談を

ASDの特性がある方は、つらさのなかで考えが一点に集中しやすく、視野が狭くなりやすい傾向があると言われています。そのため、いったん思い悩みはじめると、気持ちの切り替えがしにくく、思い詰めてしまいやすい面があります。

だからこそ、「消えてしまいたい」「自分なんていないほうがいい」といった気持ちが頭をよぎるようになったら、決して一人で抱え込まず、早めに相談してください。その気持ちは、あなたが弱いからでも、おかしいからでもありません。長く続いた環境とのミスマッチに、心が疲れ果てているサインです。早めに専門家とつながることが、何よりの支えになります。

つらい気持ちが強く、命の危険を感じるほど切迫しているときは、ためらわず救急(119)に連絡してください。また、当院に通院中の方は主治医に、それ以外の方も当院にご相談ください。一人で耐えなくてよいのだ、ということを、どうか忘れないでください。

受診の目安

次のようなことに当てはまり、つらさが続いている場合は、一度相談を考えてみてよいかもしれません。

  • うつや不安の治療を続けても、なかなか良くならない、または繰り返している
  • 落ち込みだけでなく、いらだちや気分の不安定さを強く感じる
  • 集団のなかでいつも同じようにつまずき、誤解や低い評価を受けてきたと感じる
  • 「自分の能力や努力が足りない」と、強く自分を責めてしまう
  • 休んだほうがいいとわかっていても、うまく休めず、無理を重ねてしまう
  • 「消えてしまいたい」という気持ちが頭をよぎることがある

これらは「当てはまれば必ずASD」という意味ではありません。あくまで、相談を考えるきっかけとして受け取ってください。とくに思い詰めるような気持ちがあるときは、早めの相談をおすすめします。診断は医師が行います。

まとめ

うつや不安で受診した方の背景に、ASD(自閉スペクトラム症)の特性が隠れていることがあります。その特性を背景に起こるうつや不安は「二次障害」と呼ばれ、いらだちや気分の不安定さを伴うなど、ふつうのうつと様子が違って見えることもあります。

大切なのは、二次障害は「能力の問題」ではなく、環境とのミスマッチへの反応だということです。無理に訓練で乗り越えさせようとするのではなく、まずは休養と相談から始め、薬による対処と環境調整を組み合わせて、回復を支えていきます。周囲の方は「○○したほうがいい」を避け、本人の状況を言葉で確認する接し方が支えになります。

なかなか良くならないのは、あなたのせいではありません。背景に目を向けることで、これまで見えなかった回復への道筋が見えてくることがあります。思い詰める前に、どうか一人で抱え込まず、相談という一歩を踏み出していただければと思います。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 大人の発達障害 ― 成人精神疾患の背景に潜む神経発達症(ASD・ADHD)/精神科治療学
  • 自閉スペクトラム症の理解と支援
  • 大人の発達障害を診ること

よくある質問

うつがなかなか良くならないのは、ASDが関係していることがありますか。

あることが知られています。背景にASD(自閉スペクトラム症)の特性があると、環境とのミスマッチが続きやすく、うつや不安が長引いたり繰り返したりすることがあります。ただし原因はさまざまで、最終的な見立ては医師が行います。一人で抱え込まず相談してみてください。

ASDのうつは、ふつうのうつと様子が違うのですか。

違って見えることがあります。落ち込みだけでなく、いらだちや気分の不安定さ、衝動的になりやすさなどを伴いやすいと言われています。そのため対応も少し工夫が必要で、自己判断で市販薬などに頼らず、医師に相談することをおすすめします。

二次障害は、訓練してがんばれば治りますか。

二次障害は能力の問題ではなく、環境への反応として起きていると考えられています。無理に訓練で乗り越えさせようとすると、かえって逆効果になりやすいことが知られています。まずは休養と相談を大切にし、環境を整えることが回復の土台になります。

家族として、どう声をかければよいですか。

「○○したほうがいい」という強い勧め方は、ノルマのように受け取られて、かえって負担になることがあります。代わりに「今つらい状況なんだね」と、本人の状況を言葉で確認してあげると安心につながりやすいです。命令ではなく提案する、感情的にならない、という姿勢も支えになります。

薬を飲めば、うつや不安は治りますか。

薬は感情のコントロールを助ける支えになりますが、それだけですべてが解決するわけではありません。薬による対処と、環境を本人に合わせて整える工夫を組み合わせていくことが大切です。進め方は医師と相談しながら決めていきます。

関連する病気の説明

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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