福岡県春日市須玖北4丁目34 2階
休診日: 水曜・木曜・日曜・祝日

連載「大人のASDガイド」第6回(全9回) 第1回から読む →

はじめに

「うつと言われて治療を続けているのに、なかなか良くならない」「少し良くなっても、しばらくするとまた落ち込んでしまう」「いつも同じところでつまずくのは、自分が悪いからだ」——そんな思いを抱えて受診される方は、少なくありません。

実は、うつや不安で受診した方の背景に、ASD(自閉スペクトラム症)の特性が隠れていることがあります。この記事では、その特性を背景に起こる「二次障害」としてのうつ・不安がなぜ起こるのか、ふつうのうつとどう違って見えるのか、そして回復に向けて何が大切なのかを整理します。

うつや不安の背景に、発達特性が隠れていることがある

抑うつ状態で初めて受診した大人のうち、一定の割合の方に、背景としてASDの特性が見られると報告されています。そのため近年は、心の不調を診るときに「発達特性が隠れていないか」を念頭に置くことが大切だと考えられるようになりました。けれども、大人のASDの特性は現れ方が多様で、あえて疑ってみなければ気づかれにくいことも多いのです。

隠れていた特性に目を向けると、つらさが生まれる仕組みが見えてきて、対応の糸口がつかめることがあります。長く治療を続けても良くなりにくいと感じている方こそ、一度この視点から見直してみる意味があります。

なぜ大人になるまで気づかれなかったのか

「もし本当にASDなら、どうして今まで誰も気づかなかったのか」と疑問に思われるかもしれません。

成人期になって初めて精神科につながるASDの方の多くは、学生時代までは学業面で大きな問題が目立たなかった方です。決められた時間割にそって勉強し、テストで点を取る——そうした構造のはっきりした環境では、特性があっても何とかやってこられることが少なくありません。

ところが、就職すると環境は一変します。あいまいな指示を汲み取る、複数の仕事を同時にさばく、職場の暗黙のルールに合わせる、雑談で関係をつくる——こうした「はっきり教えてもらえないこと」の比重が急に増えるのです。昇進して部下への指示や調整役を求められるようになってから不調が始まる方もいます。

つまり、特性が大人になって突然生まれたのではなく、環境が複雑になったことで、もともとあった特性とのミスマッチが表面化したと考えられます。

ASDのうつは、ふつうのうつと様子が違って見えることがある

ふつうのうつ病では、気分の落ち込みや意欲の低下が中心になります。一方、ASDの特性がある方の抑うつでは、それらに加えて、いらだちやすさ(易刺激性)、気分の変わりやすさ、衝動的になりやすさなどを伴いやすいと言われています。落ち込みより不機嫌さや感情の不安定さが前面に出て、まわりから「うつ」と見えにくいこともあります。

「全部ASDのせい」と決めつけないことも大切

うつ・不安・強迫などの症状は、ASDの特性とは別に治療の対象になります。「ASDは治らないから、医療にできることはない」というわけではなく、併存症状の治療や環境調整、再発予防には医療が関われます。

気分の波が大きい方では、「普段より明らかに元気すぎた時期」「睡眠時間が短くても平気で動き回れた時期」がなかったかも確認します。そうした時期の有無によって、治療の組み立てが変わることがあるためです。

ASDとADHDの特性が重なっている方も少なくありません。不注意や衝動性が目立つ場合は、その面も含めて整理します。両者の違いは大人のADHDとASDの違いの記事でくわしく解説しています。

診断はどう進むのか ― 「今」と「子どもの頃」の両方を見る

見立てでは、現在の症状だけでなく子どもの頃からの発達の経過(発達歴)を重視します。診察では、幼稚園や小学校の頃の友人関係や集団での過ごし方、音や光への敏感さなどをうかがいます。母子手帳や通知表、ご家族から聞ける当時の様子も参考になります。診断の流れは大人のASDの診断プロセスの記事でくわしく紹介しています。

なぜ二次障害が起きるのか ― 環境とのミスマッチへの反応

ASDの特性を背景に起こるうつや不安は、「二次障害」と呼ばれることがあります。二次障害とは、特性そのものではなく、特性と周囲の環境とのあいだに摩擦が積み重なった結果として、二次的に生じる心の不調のことです。

ASDの特性がある方は、多数派の人たちが当たり前に共有しているもの——空気を読んだやりとり、含みのある遠回しな言い方、その場の和を優先する雰囲気——を、とても苦手とすることがあります。そのぶん、集団のなかでうまくいかない経験や、まわりからの誤解・批判、達成しても十分に評価されない経験が積み重なりやすいのです。さらに、対人スキルの苦手さから周囲のサポートも得にくく、「なぜか、いつもうまくいかない」「同じことが繰り返される」という感覚を慢性的に抱えやすくなります。この積み重ねが、二次的なうつや不安として表れてくるのです。

二次障害は「氷山の一角」

目に見えている不調は「氷山の一角」にすぎない、という表現があります。何かの出来事をきっかけに不調が表面化したとき、それは突然始まったのではなく、前から静かに積み重なっていたつらさがあふれ出たサインかもしれません。だからこそ、表に出ている症状を力ずくで抑え込むのではなく、その裏に何が隠れているのかを一緒に見ていくことが大切になります。

「能力の問題」ではない ― まず休養と相談が大切

ぜひ覚えておいていただきたいのは、二次障害は本人の「能力の問題」でも「努力不足」でもないということです。それは、環境への自然な反応として起きています。

ここで気をつけたいのが、発達障害は「何らかの能力の不足」と見られやすいため、まわりが「訓練してがんばらせれば乗り越えられる」と考えてしまいがちな点です。けれども、能力を伸ばすための訓練と、ストレスでエネルギーが切れている状態への対応は、まったくの別ものです。ストレスで参っているときに無理に訓練をさせようとすると、かえって逆効果になることが多いと知られています。

エネルギー切れを起こしているとき、まずやるべきことは休養と相談です。いったんしっかり休み、そのうえで、どこに問題があり、どんな仕組みでつらさが起きているのかを専門家と一緒に整理していく。回復は、無理を重ねることからではなく、まず立ち止まって休むことから始まります。

接し方の工夫 ― 「○○したほうがいい」を避ける

ASDの特性がある方は、言われたことを「ノルマ」として受け取り、まじめに背負い込みやすい傾向があります。よかれと思って「ゆっくり休んだほうがいいよ」と強く勧めると、「休むこと」までノルマになり、かえって休めなくなることがあります。「○○したほうがいい」という強い言い方は、できるだけ避けるのがよいとされています。

代わりに、「今あなたは、こういう形で落ち込んでいるんだね」と本人の状況を言葉で確認する、命令ではなく提案する、先に本人の言い分を聞く、といった関わり方が支えになります。

伝えるときは、抽象的な言葉より短く具体的な言葉のほうが伝わりやすくなります。「ゆっくり休んでね」より、「今週の土日は予定を入れずに家で過ごそう」のように、行動のかたちが見える言い方です。「わかった」という返事だけで判断せず、どう受け取ったかを言葉で確かめ合うことも、すれ違いを減らします。

感覚過敏の疲れが、不調の引き金になっていることも

見落とされがちなつらさとして、感覚過敏があります。音・光・匂い・肌ざわりなどの刺激を人一倍強く感じてしまう特性です。子どもの頃だけのものではなく、大人になっても続くことが知られています。職場のざわめき、電話の音、照明のまぶしさ、満員電車——こうした刺激に毎日さらされ続けること自体が、本人も自覚しないうちにエネルギーを消耗させ、うつや不安の下地をつくっていることがあるのです。頭痛や倦怠感など体の不調の訴えの背景に、感覚の過敏さや、疲れ・空腹に気づきにくい感覚の鈍さが隠れている場合もあります。感覚過敏については大人のASDと感覚過敏の記事で、心の症状の裏に体の病気が隠れている場合についてはこころの症状の裏にある体の病気の記事でくわしく解説しています。

薬物療法は対処の一部 ― 環境調整と組み合わせる

二次障害としてうつや不安が強く出ているときには、感情のコントロールを助ける目的で薬物療法が検討されることがあります。

薬の対象はASDの特性そのものではなく、併存しているうつ・不安・焦燥などの症状です。薬以外のアプローチ(環境調整や心理教育)を先に、あるいは並行して行うこともあります。ASDのある方は薬の効果や副作用の出方に個人差が大きいとも言われており、少量から慎重に始め、本人の実感と診察での様子を見ながら調整していきます。

もう一つの柱が「環境調整」です。あいまいな指示を具体的にする、予定や手順を見えるかたちにする、苦手な刺激を減らす、得意な力を生かせる役割を用意する、といった工夫です。本人だけが無理に変わろうとするのではなく、特性に合うよう環境のほうも調整する。この両輪で二次障害からの回復を支えていきます。仕事との両立や職場での配慮については、大人のASDと就労支援の記事も参考にしてください。

当院での実際

当院(春日メンタルクリニック)では、うつや不安で受診された方についても、必要に応じて背景に発達特性がないかという視点を持って診察しています。ご受診にあたっての実際は、次のとおりです。

  • 予約はWEB(デジスマ)でお取りいただき、初診前にWEB問診にお答えいただきます。子どもの頃の様子など、思い出せる範囲で書いていただけると、診察の助けになります。
  • 初診の所要時間の目安は、問診を含めて30分程度です。
  • 初診では、服用中の市販薬やサプリメントも確認しています。
  • 通院頻度の基本は2週間に一度です。経過を見ながら、環境調整や薬の相談を続けていきます。
  • 仕事を休む必要があると診察の結果判断した場合は、休職の診断書を初診当日に発行することもあります。休職の診断書は1か月毎に作成しています。
  • ご本人の受診への同意のうえで、ご家族が診察に同席いただくことは可能です。ご家族のみの相談はお受けしていませんので、ご本人が受診できない場合は、公的相談先または受診予定の医療機関へお問い合わせください。

なお、診療対象は18歳以上の方です。

思い詰めやすいときは、早めの相談を

ASDの特性がある方は、つらさのなかで考えが一点に集中して視野が狭くなり、いったん思い悩みはじめると気持ちの切り替えがしにくく、思い詰めてしまいやすい面があると言われています。

だからこそ、「消えてしまいたい」「自分なんていないほうがいい」といった気持ちが頭をよぎるようになったら、決して一人で抱え込まず、早めに相談してください。その気持ちは、あなたが弱いからでも、おかしいからでもありません。長く続いた環境とのミスマッチに、心が疲れ果てているサインです。

つらい気持ちが強く、命の危険を感じるほど切迫しているときは、ためらわず救急(119)に連絡してください。また、当院に通院中の方は主治医に、それ以外の方も当院にご相談ください。一人で耐えなくてよいのだ、ということを、どうか忘れないでください。

受診の目安

次のようなことに当てはまり、つらさが続いている場合は、一度相談を考えてみてよいかもしれません。

  • うつや不安の治療を続けても、なかなか良くならない、または繰り返している
  • 落ち込みだけでなく、いらだちや気分の不安定さを強く感じる
  • 集団のなかでいつも同じようにつまずき、誤解や低い評価を受けてきたと感じる
  • 「自分の能力や努力が足りない」と、強く自分を責めてしまう
  • 休んだほうがいいとわかっていても、うまく休めず、無理を重ねてしまう
  • 「消えてしまいたい」という気持ちが頭をよぎることがある

当てはまるものがあっても「必ずASD」という意味ではなく、相談を考えるきっかけとして受け取ってください。

まとめ

うつや不安が長引いたり繰り返したりするとき、その背景にASD(自閉スペクトラム症)の特性と環境とのミスマッチが隠れていることがあります。二次障害は「能力の問題」ではありません。まず休養し、何が負担になっているのかを整理したうえで、必要な治療と環境調整を組み合わせていくことが回復につながります。

これまで同じところでつまずいてきた理由が見えてくると、対処の仕方も変えられます。大人のASDの特徴を全体的に知りたい方は、大人のASDの特徴とサインの記事もあわせてお読みください。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 大人の発達障害 ― 成人精神疾患の背景に潜む神経発達症(ASD・ADHD)/精神科治療学
  • 自閉スペクトラム症の理解と支援
  • 大人の発達障害を診ること
  • 大人の発達障害ってそういうことだったのか その後
  • 成人期の自閉症スペクトラム 診療実践マニュアル
  • 気分症群(講座 精神疾患の臨床)

よくある質問

うつがなかなか良くならないのは、ASDが関係していることがありますか。

あることが知られています。背景にASD(自閉スペクトラム症)の特性があると、環境とのミスマッチが続きやすく、うつや不安が長引いたり繰り返したりすることがあります。ただし原因はさまざまで、最終的な見立ては医師が行います。一人で抱え込まず相談してみてください。

ASDのうつは、ふつうのうつと様子が違うのですか。

違って見えることがあります。落ち込みだけでなく、いらだちや気分の不安定さ、衝動的になりやすさなどを伴いやすいと言われています。そのため対応も少し工夫が必要で、自己判断で市販薬などに頼らず、医師に相談することをおすすめします。

二次障害は、訓練してがんばれば治りますか。

二次障害は能力の問題ではなく、環境への反応として起きていると考えられています。無理に訓練で乗り越えさせようとすると、かえって逆効果になりやすいことが知られています。まずは休養と相談を大切にし、環境を整えることが回復の土台になります。

家族として、どう声をかければよいですか。

「○○したほうがいい」という強い勧め方は、ノルマのように受け取られて、かえって負担になることがあります。代わりに「今つらい状況なんだね」と、本人の状況を言葉で確認してあげると安心につながりやすいです。命令ではなく提案する、感情的にならない、という姿勢も支えになります。

薬を飲めば、うつや不安は治りますか。

薬は感情のコントロールを助ける支えになりますが、それだけですべてが解決するわけではありません。薬による対処と、環境を本人に合わせて整える工夫を組み合わせていくことが大切です。進め方は医師と相談しながら決めていきます。

このテーマの記事を探す

症状や困りごとから探し直す

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

WEB予約