福岡県春日市須玖北4丁目34 2階
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はじめに

赤ちゃんが生まれて、本当はうれしいはずなのに、なぜか涙が出る。眠れない、気持ちが沈む、自分だけがうまくできていない気がする——。そんなとき、「こんなことを誰に話せばいいのだろう」「迷惑をかけたくない」と、ひとりで抱え込んでいませんか。産後は体も生活も大きく変わる時期で、外出もままならず、周囲との交流が減って「不安」と「孤独」を感じやすくなります。

でも、つらいのはあなただけではありません。同じように産後のつらさを経験し、そこから少しずつ回復してきた人は、たくさんいます。そして近年、そうした「同じ経験をした人」どうしがつながり、支え合う「ピアサポート」という支援のかたちが広がっています。

この記事では、ピアサポートとは何か、産後うつの母親にとってどんな役割があるのか、オンラインでの交流の広がりと注意点、そして医療機関での治療とどう併用していけばよいのかを、やさしく整理してお伝えします。治療だけがすべてではなく、「つながり」もまた大切な支えになる——そのことを知っていただければと思います。

ピアサポートとは「同じ経験をした人どうしの支え合い」

「ピア(peer)」とは、仲間・同輩・対等者という意味の言葉です。ピアサポートとは、同じ課題や境遇を持つ人どうしが、上下の関係ではなく対等な立場で、互いに支え合い、助け合う関わりのことを指します。

産後うつの文脈でいえば、同じように産後のつらさを抱えた、あるいは抱えていた母親どうしが、自分の体験や気持ちを分かち合う関係です。医師やカウンセラーといった専門家による支援とは少し性質が異なり、「同じ立場だからこそ分かること」「経験した人にしか言えない言葉」が支えになります。

産後の女性が回復していくうえで知りたいと切望しているのは、「今の自分の状態は、どういう状態なのか」「これからどんな経過をたどって、どう回復していくのか」「具体的にどう動けばよいのか」といったことだといわれます。こうした問いに、自分の体験をもとに寄り添って応えてくれる存在がいることは、大きな安心につながります。

ここで大切なのは、ピアサポートは専門家の治療に「代わる」ものではなく、それとは別に存在する「もうひとつの支え」だということです。両方があることで、産後の母親を支える土台が厚くなっていきます。

産後うつの母親にとっての自助グループ・交流会の役割

ピアサポートが形になったものの一つが、「自助グループ」や「交流会」です。同じ経験をした人たちが集まり、体験談を語り合ったり、悩みを共有したりする場です。

産後うつを抱える女性には、「自分の状態を他の人に知られたくない」「周りの目が気になる」という気持ちが生まれやすく、そのために孤立してしまうことが少なくありません。限られた情報や周囲の言葉に振り回され、「そのとおりにできない自分」に不安や絶望を感じてしまうこともあります。

そんなとき、安心して気持ちを話せる場があることには大きな意味があります。自助グループがピアサポートとしてできることは、産後うつについての正しい知識を土台にしながら、「今はこういう状態で、こういう経過をたどって回復していくことが多い」「こんなふうに動いてみるとよい」といったことを、自分たちの体験談として語ることです。

そして何より、その場が参加する人にとって「安全な場」であることが大切だとされています。否定されず、評価されず、ありのままの気持ちを出せる場があること。それが、「揺れ惑い、困難を抱えている自分を見捨てずに寄り添ってくれる」という安心感につながります。

オンラインのピアサポートの広がり

近年、インターネットを使ったピアサポートが大きく広がりました。とくに新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が広がった時期には、外出を控える生活が続き、人と直接会うことが難しくなりました。家にこもりがちになり、周囲との交流がさらに減るなかで、産後の女性が情報や支えをインターネットに求める機会が増えていったのです。

実際に、産後うつの自助グループの主催者どうしがSNS上に集まって情報交換をする交流会や、メッセージアプリ・Web会議システムを使った勉強会など、オンラインでのピアサポートの取り組みが各地で行われるようになりました。月に一度オンラインで集まり、「正しい情報を学ぶ」ことと「互いに支え合うピアサポート」を組み合わせて行う、といった活動も生まれています。

オンラインのよいところは、家にいながら参加できることです。赤ちゃんから離れられない時期や、遠方に住んでいて会場に通うのが難しい場合でも、つながりを持ちやすくなります。家にこもりがちな産後の女性にとって、こうしたオンラインのつながりは、孤立を防ぐ直接の支えになり得ます。

支える側にも支えが必要

もう一つ知っておきたいのは、自助グループを運営する「リーダー」や、支える側の人たちにも支えが必要だということです。活動を続けるなかで、リーダー自身が疲れてしまったり、孤独を感じたりすることは少なくありません。オンラインの交流会や勉強会は、こうした支える人どうしが悩みを共有し、支え合う場としても役立っています。「支える人を支える」という視点も、ピアサポートを長く続けていくうえで大切にされています。

ピアサポートで孤立感や育児の負担が軽くなることも

ピアサポートのいちばんの力は、「自分だけではない」と実感できることにあるのかもしれません。

同じ経験をした人が、自分の言葉で「私もそうだった」「こうやって少しずつ楽になっていった」と語ってくれる。その姿に触れることは、安心感をもたらし、「自分も回復していけるかもしれない」という気持ちを支えてくれます。回復してきた人の話を聞くことが、つらい時期を乗り越える力になることもあるのです。

孤立しがちな産後の時期に、気持ちを分かち合える仲間がいること。それだけで、ひとりで抱えていた不安や育児の重さが、少し軽く感じられることがあります。すべての悩みがすぐに解決するわけではありませんが、「ひとりで背負わなくていい」と思えることが、次の一歩につながっていきます。

オンラインの情報を使うときの注意点

オンラインのピアサポートは心強い一方で、気をつけたい点もあります。

インターネット上には、たくさんの情報があふれていますが、そのすべてが正しい情報とは限りません。産後うつの女性どうしの情報交換は、小さなグループの中で行われることも多く、そこでやり取りされる情報が、必ずしも正確とは限らないこともあります。いったん広まった不確かな情報は訂正が難しく、トラブルのもとになることもあります。

また、誰かの一つの体験談を「自分も必ず同じようになる」と受け取りすぎないことも大切です。回復のしかたや経過は人によって違います。ある人に合った方法が、別の人にそのまま当てはまるとは限りません。

さらに、インターネットの利用そのものが長くなりすぎることにも注意が必要です。つらいときほど画面に向かう時間が増えやすいものですが、利用時間が長くなりすぎていないかを意識し、現実の生活の時間も大切にすることが、心の安定につながります。迷ったときや判断に困ったときは、自己判断せず、医療機関に確認するようにしましょう。

ピアサポートと医療機関での治療をどう併用するか

ここまで読んで、「ピアサポートがあれば、病院には行かなくてもよいのでは」と感じた方もいるかもしれません。けれど、この2つはどちらか一方を選ぶものではなく、組み合わせていくものです。

ピアサポートは、孤立感をやわらげ、安心して気持ちを話せる場として、大きな支えになります。一方で、それ自体が医療の治療に代わるものではありません。気分の落ち込みや眠れない状態が続くとき、つらさが強くて日常生活に支障が出ているときは、医療機関での相談や治療が必要になります。

むしろ、自助グループのような場では、回復した人たちが「医療機関に通うことの大切さ」を語る機会も多く、それがきっかけで受診につながることもあります。同じ経験をした人から「私も病院に行ってよくなった」と聞くことが、受診への一歩を後押ししてくれるのです。ピアサポートと医療が、互いに補い合う関係といえます。

産後うつかどうかの診断や、どんな治療が合うかの判断は、医師が行います。ピアサポートで気持ちを支えてもらいながら、必要なときには専門の治療も受ける——その両方があることで、より安心して回復の道を歩んでいくことができます。

受診の目安

以下に当てはまるときは、ピアサポートと併せて、医療機関への相談をおすすめします。

  • 気分の落ち込みや涙が出る状態が、ほぼ毎日、2週間以上続いている
  • 眠れない、または眠っても疲れがとれない日が続いている
  • 赤ちゃんの世話や家事など、日常生活に支障が出ている
  • 「自分はダメな母親だ」と強く責めてしまい、気持ちが切り替えられない
  • ピアサポートを利用してもつらさが続く、または強くなっていると感じる

なお、自分や赤ちゃんを傷つけたくなるような考えが浮かぶときは、ためらわず、すぐに主治医や当院にご相談ください。命に関わる緊急の危険があると感じるときは、救急(119)に連絡してください。

まとめ

産後の時期は、心も体も大きく揺れ、孤独を感じやすいものです。そんなとき、同じ経験をした仲間と支え合うピアサポートは、「自分だけではない」と実感させてくれる心強い支えになります。自助グループや交流会、近年広がったオンラインのつながりは、孤立感や育児の負担を少し軽くしてくれることがあります。

一方で、インターネットの情報には正しくないものも含まれるため、上手に距離を取りながら利用することが大切です。そして、ピアサポートは医療の治療に代わるものではなく、必要なときは専門の治療と組み合わせていくものです。診断や治療は医師が行います。

つらさを抱えているなら、ひとりで背負い込まないでください。つながることも、相談することも、どちらもあなたを支える力になります。回復への道は、ひとりで歩くものではありません。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 周産期メンタルヘルスにおける心理社会的支援 妊娠妊婦産後(精神科治療学 第35巻10号)

よくある質問

ピアサポートとは何ですか?

「ピア(peer)」は仲間・同輩・対等者という意味で、ピアサポートとは同じ課題や境遇を持つ人どうしが互いに支え合い、助け合う関係のことです。産後うつでは、同じ時期を経験した母親どうしが体験や気持ちを分かち合う支え合いを指します。専門家による治療とは別の、もうひとつの支えと考えてください。

ピアサポートだけで産後うつは治りますか?

ピアサポートは孤立感をやわらげ、安心して気持ちを話せる場として大きな助けになりますが、それ自体が医療の治療に代わるものではありません。気分の落ち込みや眠れない状態が続くとき、つらさが強いときは、医療機関での相談や治療と併せて利用するのが安心です。診断や治療方針は医師が行います。

オンラインのピアサポートを使うときに気をつけることは?

インターネット上には正しい情報ばかりがあるとは限らず、不確かな情報がトラブルのもとになることもあります。一つの体験談を「自分も必ずそうなる」と受け取りすぎないこと、利用時間が長くなりすぎないこと、迷ったときは医療機関に確認することが大切です。

人と話すのが苦手でも参加できますか?

無理に話さなくても、まずは他の人の話を聞くだけの参加から始めて大丈夫です。多くの場は「安全な場」であることを大切にしており、自分のペースで関わることができます。オンラインなら家から参加でき、心理的なハードルも下がりやすいでしょう。

関連する病気の説明

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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