はじめに
「できれば薬に頼りたくない」「薬は飲んでいるけれど、それ以外にも自分でできることはないだろうか」。うつ病の治療を続けるなかで、そんなふうに感じたことはありませんか。薬の副作用が気になる方、薬だけに頼ることに不安を感じる方、あるいは少しでも回復を後押しできることを探している方は、けっして少なくありません。
うつ病の治療というと、お薬のイメージが強いかもしれません。けれど実際には、薬以外にもいくつかの方法があり、それらを組み合わせながら回復を支えていくのが、いまのうつ病治療の考え方です。「薬か、薬以外か」という二者択一ではなく、いろいろな方法を少しずつ重ねていく。そう考えると、気持ちが少し楽になる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
この記事では、認知行動療法という心理的なアプローチと、体を動かす運動療法について、それぞれどんなもので、どんな段階で役立つのかをお伝えします。あわせて、食生活や体の状態とうつ病の関係という視点や、「運動すれば薬は要らない」といった極端な期待への注意にも触れます。診断や治療方針は医師が一人ひとりの状態をみて判断しますので、ここでは「全体の見取り図」として読んでいただければと思います。
うつ病の治療は薬だけではない
うつ病の治療には、大きく分けて、十分な休養をとること、薬による治療、そして心理面や生活面への働きかけがあります。これらは互いに対立するものではなく、組み合わせて使うことで、回復をより確かなものにしていくと考えられています。
実際の治療では、まず休養と薬で症状の重さをやわらげ、状態が少し落ち着いてきたところで、考え方や生活の工夫といったアプローチを加えていく流れがよくあります。お薬が気分の底を支える土台、薬以外の方法はその上で再発しにくい暮らし方を整える役割、とイメージするとわかりやすいかもしれません。
どの方法をどんな比重で組み合わせるかは、症状の重さや一人ひとりの事情によって変わります。だからこそ、自己判断で薬をやめたり特定の方法だけに賭けたりするのではなく、医師と相談しながら全体のバランスを調整していくことが大切になります。
認知行動療法とは
考え方やとらえ方のクセに働きかける
認知行動療法は、つらい気分のときに自動的に浮かびやすい「考え方のクセ」に目を向けていく心理的なアプローチです。
気分が落ち込んでいるとき、私たちの頭には「自分はだめだ」「何もうまくいかない」「きっとこの先も変わらない」といった考えが、ほとんど反射的に浮かんできます。こうした考えは、そのときは事実のように感じられますが、よく見直すと、必ずしもそうとは限らないことが多いものです。認知行動療法では、こうした浮かびやすい考えにいったん立ち止まって気づき、「別のとらえ方もできるかもしれない」と、考え方の幅を少しずつ広げていきます。
あわせて、気分が沈むと活動が減り、活動が減るとさらに気分が沈む、という悪循環にも働きかけます。小さくてもできることから行動を少しずつ取り戻していくことで、考え方と行動の両面から、ストレスとの付き合い方を整えていくアプローチです。
どんな人・どんな段階で役立つか
認知行動療法のような考え方を変えていく取り組みは、短い外来の診察だけで完結するものではなく、ふつうは数か月という単位で、少しずつ進めていくものです。だからこそ、症状がとても重く、考えることそのものがつらい急性期よりも、休養と薬で気分の底が少し持ち直してきて、自分の考え方を振り返る余裕が出てきた段階のほうが取り組みやすいとされています。
研究のまとめでは、通常の治療に心理的なアプローチを加えると、通常の治療だけのときよりも、ほどよい上乗せの効果が期待できると報告されています。ストレスに陥りにくいものの見方や対処の仕方が身につけば、回復だけでなく再発の予防にもつながると考えられています。一方で、本格的な認知行動療法を受けられる施設はまだ限られているのも実情です。ただ、その基本的な考え方の一部は、ふだんの診察のなかでも取り入れられます。どんな方法が向いているかは、状態をみて医師が一緒に考えていきます。
運動療法が心にも効くといわれる理由
体を動かすことが心理面・生活面にも働きかける
「体を動かすと気分がすっきりする」という感覚は、多くの方が経験的にご存じだと思います。近年は、適度な運動が抑うつや不安の気分をやわらげるだけでなく、体力や睡眠の質、生活全体の調子にもよい影響を与えうることを示す研究が、数多く発表されています。費用がかからず、副作用もほとんど心配しなくてよいことから、うつ病を支える方法のひとつとして注目されています。
運動が心にも効くと考えられる理由は、ひとつではありません。体の側では、炎症をしずめる働きや、脳の回復を助ける物質への影響などが研究されています。同時に見過ごせないのが、心理面や生活面を通した働きです。たとえば、体を動かすことで「自分のために何かよいことをしている」という感覚が生まれたり、達成感や自己効力感が高まったりすること。運動をきっかけに人とのつながりが増え、孤独感がやわらぐこと。こうした心理的・社会的な変化を通しても、運動は気分を支えると考えられています。
「治ったら頑張る」ではなく、無理のない範囲から
ここで大切にしたいのは、運動は「元気になってから頑張ること」ではない、という視点です。むしろ、無理のないごく軽い範囲から、いまできることとして少しずつ取り入れていくものと考えてください。
激しい運動でなければ意味がない、というのは思い込みです。短い時間のウォーキングや、軽く体を動かす程度のことでも、続けられることに意味があります。逆に、長時間の激しい運動はかえって体の負担になりうることも知られています。気分が沈んでいるときは運動を始めること自体が大変ですから、「毎日決めた通りに」と気負う必要はありません。できた日もできなかった日も、自分を責めずに、また続けられそうなところから。そのほうが結果的に長く続きやすいものです。適切な量や種類は体力や好みで一人ひとり違いますので、主治医と相談しながら決めていくのがおすすめです。
食生活や体の状態という視点
うつ病を考えるうえで、近年は体全体のコンディションにも目が向けられるようになってきました。そのひとつが、体の慢性的な「炎症」という視点です。
うつ病の方のなかには、血液中で炎症に関わる指標が高くなっている場合があり、そうした方は経過がやや長引きやすいという報告があります。この炎症には、偏った食生活や運動不足による肥満、腸内環境の乱れなどが関わっていると考えられています。そこから、栄養のバランスのとれた食事を心がけること、肥満や生活習慣の問題を整えること、適度な運動を取り入れることといった生活面の工夫が、回復を支える土台として大切だと指摘されています。
これは「食事や運動だけでうつ病が治る」という話ではなく、あくまで治療を支える土台として体のコンディションを整える、という視点です。とはいえ、神経の働きに必要な栄養が不足していると治療の効果が出にくくなることもあるため、食事や体の状態を見直すことには十分意味があります。気になる点があれば、診察のときに気軽に伝えてください。
薬・休養・心理面・生活面を組み合わせる
ここまで見てきたように、うつ病の治療は、どれかひとつの方法だけで完結するものではありません。薬、十分な休養、考え方への働きかけ、そして食事や運動といった生活面の調整。これらを、その方の状態に合わせて組み合わせていく、総合的な取り組みです。
うつ病は、初回の治療だけで完全に回復する割合がそれほど高くないことも知られています。けれど、それは「治らない」という意味ではありません。ひとつの方法で十分でなければ、別の角度から見直し、組み合わせを工夫していく。立ち止まったときこそ、診断や治療方針をもう一度ていねいに見直す出発点だ、という前向きな姿勢が回復を支えると考えられています。一人ひとりの事情を大切にしながら複数の方法を重ねていく。そこにこそ、うつ病の治療の手立てがあります。
「運動すれば薬は要らない」という期待には注意
最後に、ひとつだけ気をつけたいことがあります。それは、「運動すれば薬は要らない」「考え方さえ変えれば薬なしで治る」といった、極端な期待です。
運動や心理的なアプローチに効果が期待できることは確かですが、多くの場面では、薬や休養と組み合わせて使う補助的な方法として位置づけられています。とくに症状が重いときには、まず薬による治療が望ましいとされています。よかれと思って自己判断で薬をやめてしまうと、かえって症状がぶり返してしまうことも少なくありません。薬以外の方法は「薬の代わり」ではなく「薬とともに回復を支える仲間」と考え、減薬や中止についてはかならず主治医と相談しながら進めていきましょう。
受診の目安
以下に当てはまる場合は、一人で抱え込まず、医療機関への相談をおすすめします。
- 気分の落ち込みや意欲の低下が2週間以上続いている
- 薬を飲んでいるが、やめたい・減らしたいと感じている(自己判断で中止する前に)
- 薬以外の方法を試したいが、何から始めればよいかわからない
- 運動や生活の工夫をしてみたが、つらさが続いている
- 眠れない、食欲がない、体がだるいといった状態が続いている
- 「自分には価値がない」「消えてしまいたい」といった考えが浮かぶ
まとめ
うつ病の治療は、薬だけでなく、休養、考え方への働きかけ、生活面の調整を組み合わせていく総合的な取り組みです。認知行動療法は考え方や行動の幅を広げる手助けに、運動は無理のない範囲から心を支える助けになります。食事や体のコンディションを整えることも、回復の土台になります。
「薬に頼りたくない」という気持ちも、「薬と一緒にできることを探したい」という気持ちも、どちらも大切な一歩です。ただし「これだけで治る」という極端な期待には注意し、減薬や中止は必ず医師と相談してください。できる範囲から少しずつ。組み合わせを工夫しながら、あなたのペースで回復を進めていきましょう。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 治療抵抗性うつ病への挑戦/適応障害との鑑別(精神科治療学)
よくある質問
うつ病は薬を使わずに治せますか。
症状が軽めの場合に、運動や生活の工夫が中心になることもありますが、症状が重いときはまず薬による治療が望ましいと考えられています。薬と薬以外の方法を組み合わせるのが一般的です。どの方法が向いているかは、状態をみて医師が判断しますので、自己判断で薬をやめずにご相談ください。
認知行動療法とはどんな治療ですか。
つらい気分のときに自動的に浮かびやすい考え方のクセに気づき、別のとらえ方も探していく心理的なアプローチです。考え方や行動の幅を少しずつ広げることで、ストレスとの付き合い方を身につけていきます。数か月かけて取り組むことが多く、回復や再発予防に役立つと報告されています。
運動すれば薬は要らなくなりますか。
運動には気分を支える働きがあると報告されていますが、「運動すれば薬が要らない」と言い切れるものではありません。多くの場面では、薬や休養と組み合わせる補助的な方法として位置づけられます。まずは無理のない範囲から、主治医と相談しながら取り入れるのがおすすめです。