はじめに
「最近、家族の元気がない」「好きだったことに見向きもしなくなった」「口数が減って、表情が暗い」「体の不調ばかり訴えるけれど、検査では悪いところが見つからない」。身近な人にこうした変化を感じて、声をかけたほうがいいのか、もう少し見守るべきか、迷っている方は少なくないと思います。
家族の不調に気づきながら、どう接していいか分からず、自分の対応が悪いのではと自分を責めてしまう。そんなふうに悩むのは、あなただけではありません。うつ病は誰にでも起こりうる、ごくありふれた病気です。そして、変化に最初に気づくのは、毎日そばにいるご家族であることが多いのです。
この記事では、ご家族の視点に立って、外から気づきやすいうつ病のサイン、受診へどう橋渡しするか、そして支えるご家族自身がどう自分をいたわるかを、できるだけわかりやすくまとめました。なお、うつ病かどうかの診断は必ず医師が行います。この記事は「気づくきっかけ」と「向き合うヒント」としてお役立てください。
外から気づきやすい、うつ病のサイン
うつ病は、ご本人の心のなかで起きていることが多いため、外からは分かりにくいと思われがちです。けれども実際には、毎日接しているご家族だからこそ気づける変化がいくつもあります。
代表的なものを挙げてみます。
- 表情・口数の変化:表情が乏しくなり、笑顔が減る。話しかけても返事が少なく、口数が減る。
- 興味や楽しみの喪失:これまで好きだった趣味や外出、テレビや食事などに関心を示さなくなる。
- 睡眠の乱れ:寝つけない、夜中や早朝に目が覚める、逆に寝てばかりいる。
- 食欲・体重の変化:食欲が落ちて体重が減る、あるいは食べすぎてしまう。
- 体の不調の訴え:だるさ、頭痛、肩こり、胃の不調などを繰り返し訴える。
最後の「体の不調」は、特に見落とされやすいサインです。うつ病というと気分の落ち込みを思い浮かべますが、ご本人がつらさを「気分」ではなく「体の不調」として感じ、訴えることは、世界中で広くみられることが知られています。気分の落ち込みより先に、体の症状が前面に出てくることがあるのです。
一つひとつは「疲れているだけ」「年のせい」とも見えますが、こうした変化がいくつか重なり、しばらく続いているときは、心の不調が背景にないか考えてみる価値があります。
高齢の家族では、もっと気づきにくい
ご家族が高齢の場合、うつ病はさらに気づきにくくなります。
高齢の方のうつ病は、気分の落ち込みがはっきりしないまま、体の不調や「もの忘れ」として現れることが少なくありません。「あちこちが痛い」「体が重い」といった訴えで内科にかかっても原因がはっきりしない、あるいは「同じことを何度も聞くようになった」「ぼんやりすることが増えた」といった様子から、まず認知症を心配される、というケースです。
うつ病になると、頭がうまく働かない感じ、集中できない、考えがまとまらないといった状態になることがあり、高齢の方ではこれが記憶力の低下のように見えることがあります。そのため、うつ病なのに認知症と思われたり、その逆だったりと、見分けが難しい場合があります。
実際、うつ病と認知症は重なって起こることもあり、判断は簡単ではありません。「年のせい」「ぼけてきた」と片づけてしまう前に、いつ頃から、どんなふうに変わってきたかを医師に伝えていただくことが、適切な見分けの助けになります。最終的な判断は、必ず医師が診察や必要な検査をふまえて行います。
受診を考える目安と、見逃せないサイン
では、どのくらいの状態になったら受診を考えればよいのでしょうか。
一つの目安とされているのが、「気分の落ち込み」や「興味・喜びの喪失」といった変化が、ほぼ一日中、ほとんど毎日、2週間以上続いているかどうかです。これは医師が診断を考えるときの一つの基準にもなっています。落ち込みは誰にでもありますが、それが長く続き、ご本人の生活に支障が出ているなら、受診を考えるサインです。
ただし、期間が2週間に満たなくても、仕事や家事、人づきあいに明らかな支障が出ているなら、早めに相談して構いません。
そして、期間にかかわらず急ぐべき、見逃してはいけないサインがあります。それは、自ら命を絶ちたいという気持ち(希死念慮)です。
- 「死にたい」「いなくなりたい」「生きていても仕方がない」といった言葉が聞かれる
- 身辺の整理を始める、大切なものを人に譲ろうとする
- 「自分は重い病気だ」「お金がない」「取り返しのつかない罪を犯した」など、事実と違う思い込みを繰り返す
うつ病では、こうした自ら命を絶ちたいという気持ちが高まることがあると知られています。これらのサインに気づいたら、決して軽く受け止めず、ためらわずにできるだけ早く主治医や当院にご相談ください。すぐに危険が迫っていると感じるとき(今にも自らを傷つけそうなときなど)は、ためらわず救急(119番)に連絡してください。言葉にしづらいご本人のつらさに、周りの方が先に気づいてあげられることがあるのです。
本人を責めない、接し方の基本
ご家族として何より大切なのは、ご本人を責めないことです。
うつ病は、性格の弱さや、気の持ちよう、努力不足のせいで起こるものではありません。脳の働きや心身のバランスが崩れて生じる、れっきとした病気です。ですから「気のせいだ」「もっと頑張れ」「みんな大変なんだから」といった励ましは、本人にとっては「分かってもらえない」「自分が悪いのだ」という追いつめになりかねません。
接し方の基本を、いくつか挙げます。
- 責めない・原因さがしをしない:「なぜこうなったのか」と問い詰めるより、「つらそうに見えて心配している」と気づかいを伝える。
- 安易に励ましすぎない:「頑張れ」より「無理しなくていい」「休んでいい」のほうが、楽になることがあります。
- 大きな決断を急がせない:仕事を辞める、引っ越すなど重要な決断は、調子が戻ってからのほうがよいと伝える。
- 生活の様子をそっと気にかける:眠れているか、食べられているかなど、責めない口調でたずねる。
- 受診の橋渡しをする:「一緒に行ってみない?」と寄り添う形で誘う。本人が嫌がるときは、まずご家族だけで相談に来ていただくこともできます。
完璧に対応しようと気負う必要はありません。そばにいて、味方でいてくれる人がいることそのものが、ご本人にとって大きな支えになります。
支える家族こそ、抱え込まないで
最後に、支えるご家族自身のことを忘れないでください。
ご家族は、ご本人にとって一番身近な支え手です。だからこそ、患者さんと同じくらいのストレスにさらされやすい立場でもあります。一日の多くの時間をそばで過ごし、回復が思うように進まないと感じる日々が続けば、疲れや苛立ちがたまるのは自然なことです。それは決して、あなたが冷たいからでも、力不足だからでもありません。
支える側が倒れてしまっては、ご本人を支え続けることもできなくなります。専門書でも、援助する家族自身がストレスとうまく付き合うことの大切さが指摘されており、おおよそ次のような考え方が役立つとされています。
- 知っておく:うつ病がどういう病気か、これから自分にどんな負担や気持ちが生じうるかを、あらかじめ知っておく。
- 自分の健康と休養を保つ:体の健康に気を配り、休む時間を意図的につくる。「こうあるべき」と期待を上げすぎない。つらい気持ちを信頼できる人に話して吐き出す。
- 支え合いとつながりを持つ:一人で抱え込まず、ほかの家族や友人と気持ちを分かち合う。当院など医療機関にも、ご本人のことだけでなくご家族自身の不安についても相談してください。
リラックスできる時間を持つこと、ときには肩の力を抜いて笑うことも、立派なセルフケアです。ご家族が自分自身を大切にすることは、めぐりめぐってご本人を支える力になります。
受診の目安
以下に当てはまることがあれば、早めに相談することをおすすめします。
- 気分の落ち込みや、興味・楽しみの喪失が、ほぼ一日中・ほとんど毎日・2週間以上続いている
- 表情が乏しく口数が減り、以前好きだったことに関心を示さなくなった
- 眠れない・食べられない・体重が減るなどが続いている
- 体の不調を繰り返し訴えるのに、検査では原因がはっきりしない
- 高齢の家族で、もの忘れや体の不調が急に目立つようになった
- 「重い病気だ」「お金がない」など、事実と違う思い込みを繰り返す
- 「死にたい」「いなくなりたい」といった言葉が聞かれる(この場合はできるだけ早く)
特に最後の項目は、ためらわずにご相談ください。今にも自らを傷つけそうな差し迫った状況では、救急(119番)に連絡してください。
まとめ
身近な人の元気がない、口数が減った、体の不調が続く。そうした変化に最初に気づけるのは、毎日そばにいるご家族です。気分の落ち込みは外から見えにくく、ときに体の不調やもの忘れの形で現れるため、気づきにくいこともありますが、それはご家族の落ち度ではありません。「2週間以上ほぼ毎日続く」が受診を考える目安であり、「死にたい」という言葉など見逃せないサインには急いで対応してください。そしてご本人を責めず、ご家族自身も抱え込まないこと。うつ病は適切な治療によって改善が見込める病気です。気になるサインがあれば、どうか一人で、ご家族だけで抱え込まず、私たちにご相談ください。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 気分症群(精神科臨床エキスパート/専門医向け書籍)
よくある質問
家族がうつ病かもしれません。本人にどう声をかければよいですか。
まずは「最近つらそうに見えて心配している」と、責めずに気づかいの気持ちを伝えてみてください。「気のせい」「頑張れば治る」といった励ましや、原因さがしの問い詰めは、かえって本人を追いつめることがあります。眠れているか、食べられているかなど、生活の様子をそっとたずねるところから始めるとよいでしょう。診断は医師が行いますので、心配なときは一緒に受診を考えてみてください。
どのくらい様子が続いたら受診を考えたほうがよいですか。
気分の落ち込みや興味の喪失といった変化が、ほぼ一日中、ほとんど毎日、2週間以上続いているときは、相談を考える一つの目安とされています。仕事や家事、人づきあいに支障が出ているなら、期間が短くても早めに相談して構いません。ただし「死にたい」という言葉が聞かれるときは、期間にかかわらずすぐにご相談ください。
本人が受診をいやがります。家族だけで相談してもよいですか。
はい。まずはご家族だけで相談に来ていただくこともできます。ご本人の様子や言葉、いつ頃から変わったかなどをうかがいながら、どう受診につなげるかを一緒に考えていきます。無理に連れて来ようとして関係がこじれるより、まずご家族が相談につながることが、結果的に近道になることもあります。
支える家族のほうが疲れ果ててしまいそうです。どうすればよいですか。
ご家族は一番身近な支え手であるぶん、ご本人と同じくらいのストレスを受けやすい立場です。疲れを感じるのは当然のことで、支える側が倒れてしまっては本人も困ります。一人で抱え込まず、ほかの家族と分担する、休む時間を意図的につくる、当院など医療機関とつながるなど、ご自身を支える仕組みも大切にしてください。
励ましてはいけないのですか。
「頑張れ」と背中を押す励ましは、うつ病のときには逆効果になりやすいといわれます。本人はすでに頑張りきって、これ以上頑張れない状態にあることが多いからです。励ますより、「無理しなくていい」「休んでいい」「味方だよ」と安心を伝えるほうが、楽になることが多いです。