はじめに
「もう何種類も薬を試したのに、ちっともよくならない」「先生に治療抵抗性かもしれませんと言われて、急に不安になった」——そんな思いで、この記事を読んでくださっているかもしれません。薬を変えても変えても手応えがないと、自分はもう治らないのではないか、と気持ちが沈んでしまうものです。
でも、まず知っておいていただきたいことがあります。なかなかよくならないうつ病は、けっして珍しいものではありません。専門家のあいだでも長く議論されてきた、ありふれた、そして向き合い方のある課題です。あなただけが特別に「効かない体質」なのだ、ということではありません。
そして、とても大切なことがもう一つあります。「効かない」と思える状態の中には、本当に薬が効きにくいケースだけでなく、診断や薬の使い方の条件がまだ十分に整っていなかった、という「見かけ上の効かなさ」が混ざっていることがあるのです。
この記事では、「治療抵抗性うつ病」という言葉が指す状態、その目安、そして「効かない」と決めつける前に最初に見直される3つのこと(診断・薬の量・服用期間とその飲み方)を、患者さんの目線でやさしく整理します。読み終えたとき、少しでも肩の力が抜けて、前を向くきっかけになればと思います。
「治療抵抗性うつ病」とは、どういう状態を指すのか
「治療抵抗性うつ病」とは、おおまかにいうと「工夫して治療を続けても、なかなかよくならないうつ病」を指す言葉です。専門的には「治療抵抗性(ちりょうていこうせい)」や「難治性(なんちせい)」という言い方をしますが、どちらもほぼ同じ意味で使われています。
近年では、この状態を「治りにくいうつ病(difficult-to-treat depression)」と、よりやわらかく呼ぼうという考え方も広がっています。これは、「抵抗」という言葉が患者さんを責めるような響きを持ってしまうのを避け、医師と患者さんが一緒に取り組んでいく、という姿勢を大切にするためです。つまりこの言葉は、「あなたが治療に逆らっている」という意味ではまったくありません。
ですから、もし「治療抵抗性」という言葉を聞いて不安になったとしても、それは「もう打つ手がない」という宣告ではなく、「これまでの治療を一度立ち止まって見直し、次の手を一緒に考えましょう」というサインだと受け取っていただければと思います。
定義の目安|「2種類以上の薬を、適切な量・十分な期間」
治療抵抗性うつ病には、実は世界共通のたった一つの定義があるわけではありません。研究によってさまざまな基準が提案されています。ただ、多くの研究で共通して使われている目安として、次のような考え方があります。
種類の異なる2つ以上の抗うつ薬を、適切な量で、十分な期間きちんと使っても、十分な改善が得られない状態
ここで大事なのは、ただ「薬を2種類試した」だけでは判断されない、ということです。「適切な量」で「十分な期間」使ったかどうかが、とても重要な条件になります。少ない量だったり、短い期間で切り替えてしまったりした場合は、まだこの目安に当てはまるとはいえないのです。
「適切な量・十分な期間」とは、どれくらいか
では、「適切な量・十分な期間」とは具体的にどのくらいでしょうか。これも一律に決まっているわけではありませんが、一般的な目安としては、それぞれの薬を**ある程度しっかりした量で、おおむね数週間以上(多くは4週間以上、場合によっては8週間ほど)**続けて、はじめて効き目を判断する、という考え方が知られています。
抗うつ薬は、飲み始めてすぐに効果が出る薬ではありません。効果がはっきりしてくるまでに、ある程度の時間がかかります。そのため、「2週間飲んでも変わらないから効かない薬だ」と早く見切ってしまうと、本来効くはずだった薬を「効かない薬」と誤って判断してしまうこともあるのです。
なお、どの薬をどのくらいの量・期間使うかは、一人ひとりの状態や体質によって変わります。具体的な量や期間の判断は、必ず主治医が行います。自己判断で量を増減したり、急にやめたりしないようにしてください。
「効かない」と決める前に|まず見直される3つのこと
「薬が効かない」と感じたとき、専門家がまず確認するのは、薬を次々に変えていくことではありません。「本当に効かないのか、それとも見かけ上効いていないだけなのか」を見分けることです。この「見かけ上の効かなさ」を、本物の治療抵抗性と区別することが、回復への大きな一歩になります。具体的には、次の3つがよく見直されます。
1. 診断は合っているか(双極性などの可能性)
意外に思われるかもしれませんが、「効かない」原因が、診断の見直しによって見つかることがあります。
その代表が、双極性(そうきょくせい)の要素が隠れているケースです。気分が落ち込むうつの時期だけでなく、過去に気分が高ぶったり活動的になりすぎたりした時期があった場合、それは一般的なうつ病とは異なる経過をたどることがあります。このようなケースでは、通常の抗うつ薬だけでは思うように効果が出にくいことが知られています。そのため、いくら抗うつ薬を変えても手応えがなく、「治療抵抗性」のように見えてしまうことがあるのです。
このほかにも、不安症や発達の特性など、ほかの状態が重なっていることで治りにくくなっている場合もあります。だからこそ、これまでの経過をていねいに聞き直すこと(最初の問診や病歴の確認)が、とても大切にされます。診断は一度きりで終わりではなく、経過を見ながら見直されていくものです。
2. 薬の量と期間は十分だったか
すでに触れたとおり、薬の量が控えめだったり、効果が出る前に短い期間で切り替えてしまったりしていると、「本当は効くかもしれない薬」を効かないものとして手放してしまうことがあります。
副作用がつらくて量を増やせなかった、途中で飲むのをやめてしまった、といった事情で、結果として十分な量・期間に届いていなかった、ということも実際にはよくあります。これらは決して患者さんを責めるための確認ではなく、「次にどうすればよりよく効かせられるか」を考えるための大切な手がかりです。
3. 薬の飲み方・続け方(アドヒアランス)
3つ目は、薬をどのように飲み、続けてきたかという点です。専門的には「アドヒアランス」と呼びます。
飲み忘れが多かったり、調子が良くなった時期に自己判断で中断していたりすると、薬の血中の濃度が安定せず、本来の効果が出にくくなることがあります。これも「見かけ上効いていない」状態を生む大きな要因の一つです。
ここで強調しておきたいのは、飲み忘れや中断があったからといって、自分を責める必要はまったくない、ということです。うつの状態では、毎日決まった時間に薬を飲むこと自体が大変なものです。大切なのは、正直に主治医に伝えること。「実はちゃんと飲めていなかった」と話すことで、飲み方を一緒に工夫したり、続けやすい形に変えたりできます。それが、回復への近道になることも少なくありません。
治療抵抗性は珍しくない|そして、次の選択肢がある
ここまで読んで、「やっぱり自分は当てはまるかもしれない」と感じた方もいるかもしれません。でも、どうか落ち込みすぎないでください。
海外の報告では、うつ病の方のおよそ3割が、いくつかの治療を経てもなかなか安定してよくならない、という推定もあります。つまり、これは決して特別なことではなく、多くの方が経験しうる、ありふれた経過なのです。「自分だけがうまくいかない」のではありません。
そして何より大切なのは、治療抵抗性と判断されたあとにも、検討できる選択肢が用意されているということです。診断を見直したうえで、薬の組み合わせを工夫したり、別の作用を持つ薬を加えたり(増強療法)、あるいは薬以外の方法を検討したりと、次の一手はいくつもあります。専門的な治療法も含めて、状態に合わせて道を探していくことができます。
どの選択肢が合うかは一人ひとり異なり、その判断は医師が行います。だからこそ、行き詰まったと感じたときこそ、抱え込まずに主治医に相談していただくことが大切です。
受診の目安
以下に当てはまる場合は、一度主治医や医療機関に相談することをおすすめします。
- いくつか薬を試したが、なかなかよくならず不安が強い
- 「治療抵抗性かもしれない」と言われ、どうすればよいか分からない
- 過去に気分が高ぶったり、活動的になりすぎた時期があった気がする
- 薬をきちんと飲めていない、途中でやめてしまうことが続いている
- 副作用がつらくて、決められた量を飲めていない
- つらさが長く続き、日常生活や仕事に支障が出ている
なお、強い不安や、死にたい気持ちがあるときは、我慢せず早めに医療機関へご相談ください。
まとめ
「治療抵抗性うつ病」とは、工夫して治療を続けてもなかなかよくならないうつ病を指す言葉で、目安として「2種類以上の抗うつ薬を、適切な量・十分な期間使っても改善しない」状態とされることが多いものです。けれども、「効かない」と決める前に、診断・薬の量・服用期間と飲み方という3つを見直すことで、改善のきっかけが見つかることが少なくありません。
治療抵抗性は珍しいことではなく、うつ病の方のおよそ3割にみられるという報告もあります。そして、その先にも検討できる選択肢は用意されています。今がつらくても、それは「もう終わり」ではなく、「次の手を一緒に考える出発点」です。どうか一人で抱え込まず、主治医と一緒に、あなたに合った道を探していきましょう。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 治療抵抗性うつ病への挑戦/適応障害との鑑別(精神科治療学 第37巻8号)
よくある質問
治療抵抗性うつ病とは、どういう状態のことですか?
種類の異なる2つ以上の抗うつ薬を、適切な量で十分な期間使っても、十分な改善が得られない状態を指す言葉として使われることが多いです。ただし定義は一つに定まっておらず、判断は医師が総合的に行います。
「薬が効かない」と感じたら、もうよくならないのですか?
そうとは限りません。診断の見直しや、量・期間・飲み方の確認で改善のきっかけが見つかることがあります。効かないように見えて、実は条件が十分整っていなかっただけ、ということも少なくありません。
治療抵抗性うつ病は珍しいことですか?
珍しいことではありません。海外の報告では、うつ病の方のおよそ3割が当てはまるとする推定もあります。次に検討できる選択肢もありますので、一人で抱え込まず主治医に相談してください。
薬を飲み忘れていたことを、医師に言いづらいです。
正直に伝えていただくことが、とても大切です。飲み忘れや中断は誰にでもあることで、責めるためではなく、より効く飲み方を一緒に工夫するために確認しています。伝えてもらえることで、続けやすい形に治療を見直せます。
自分で薬の量を増やしたり、別の薬に変えたりしてもよいですか?
自己判断での増減や中断は避けてください。抗うつ薬は量や期間の調整に専門的な判断が必要で、急なやめ方は体調に影響することもあります。気になることがあれば、必ず主治医に相談してから調整します。