「いちばん元気だったのはいつですか」から始まる診察
うつのつらさを相談しているときに、「これまでで一番元気だったのはいつですか」と聞かれたら、少し意外に感じるかもしれません。困っているのは気分の落ち込みなのに、なぜ調子の良かった頃の話をするのでしょうか。
うつ病と双極性障害2型は、今のうつ状態だけを見ても区別が難しい病気です。どちらも気分が沈み、何もする気が起きず、眠れなかったり集中できなかったりします。双極性障害2型の人が受診するのも、たいていはそうしたつらい時期です。
ところが双極性障害2型では、以前の「やけに元気だった時期」が診断の重要な手がかりになります。本人には病気の症状と思えず、診察でも話題に上がらないことがあるのです。
「双極」なのに、うつの時間がずっと長い
「双極」という名前から、気分の高い時期と低い時期が半分ずつ来ると想像するかもしれません。実際の経過はそうとは限りません。
双極性障害の人を10年以上追跡した研究では、双極性障害2型の人がうつ症状を示した期間は、軽躁症状を示した期間のおよそ39倍と報告されています。うつ症状のある期間は、観察期間の半分以上を占めていました。一人ひとりの経過が39対1になるという意味ではありませんが、うつの時期ばかりが目立つ理由が分かる数字です。
双極性障害は最初の症状がうつ状態で始まることも多く、とくに10代後半から20代で初めて落ち込みを経験したときには、軽躁状態がまだ一度も現れていないこともあります。初めはうつ病と診断され、経過を追う中で双極性障害2型と分かる場合があるのは、こうした事情も関係しています。
では何が違うのでしょうか。中心になるのは、落ち込みの強さよりも軽躁状態という時期があったかどうかです。
| 比べる点 | うつ病(単極性) | 双極性障害2型 |
|---|---|---|
| うつ状態 | あります | あります |
| 軽躁状態 | ありません | あります |
| 気分の経過 | 主に低い方向の波です | 低い時期と高い時期があります |
軽躁状態では、気分が高揚したり、活動量が増えたり、睡眠が短くても平気になったりする変化が数日以上続きます。双極性障害1型でみられる躁状態ほど激しいものではなく、本人には「絶好調」と感じられることもあります。表は大まかな違いを示したもので、実際の診断では過去から現在までの経過を確認します。
双極性障害2型の全体像は「双極性障害2型とは?軽躁状態が見過ごされやすい理由」でも紹介しています。
「絶好調」の数日間に、何が起きていたか
軽躁状態が見落とされやすいのは、その時期がつらいとは限らないからです。うつが続いたあとに仕事がはかどり、人と話すのが楽しくなれば、「やっと元気になった」と受け取るのも自然でしょう。
たとえば過去に、次のような時期はなかったでしょうか。
- 睡眠時間が短くなり、夜遅くまで仕事や遊びをしても翌朝は元気でした。
- アイデアが次々に浮かび、新しい仕事や趣味、計画に急に熱中しました。
- 以前より話す量や連絡する回数が増え、早口になったと言われました。
- 自信が強くなり、普段ならためらう買い物や大きな決断を勢いでしました。
- 些細なことでイライラしたり、周囲から「元気すぎる」「別人みたい」と言われたりしました。
医師が継続して診ている人では、話す声の大きさや話題、服装や化粧の変化が参考になることもあります。どこかに共通の「躁っぽい外見」があるということではなく、その人の普段と比べてどう違うかを見ています。
こうした行動が一つあれば双極性障害2型というわけではありません。睡眠が減ったこと、活動が増えたこと、買い物や発言が変わったことなどが、同じ時期にまとまって起きていたかが手がかりになります。軽躁状態で無理なペースの活動が続くと、その後のうつ状態が長引いたり深くなったりすることもあるとされています。
「ハイでしたか」より、仕事と睡眠を聞いてみる
「昔、気分がハイになったことはありますか」と聞かれても、「特にありません」と答える人はいるでしょう。楽しかった数日間と病気の症状は、本人の記憶の中で結びつきにくいものです。
専門家向けの文献では、気分の高さを最初に尋ねるより、活動や睡眠の変化から思い出してもらう聞き方が紹介されています。
「一番忙しく動いていたのはいつですか」
「その頃は寝る時間が短くても平気でしたか」
「新しい計画や買い物、人との連絡が増えていませんでしたか」
こう考えると、本人が「普通に調子が良かっただけ」と思っていた時期にも、普段との差が見つかる場合があります。
家族やパートナーが気づくこともあります。急におしゃべりになったり、朝から元気に動いていたり、いつもと違う計画を立て始めたりする変化です。一方で、家族までその時期を「元気に戻った良い時期」と覚えていることもあります。本人も周囲も気づかなかったからといって、過去に軽躁状態がなかったとは限りません。
身近な人が変化をどう振り返るかは、「家族向けの軽躁状態サインと相談のしかた」でも扱っています。
落ち込み方も、人によってずいぶん違う
軽躁状態を振り返ることが診断の中心ですが、うつ状態の現れ方にも参考になる特徴があります。
気分はそれほど沈んでいないのに体がほとんど動かないこともあれば、気持ちはひどくつらいのに、行動は普段どおりできてしまうこともあります。本人にとっても「気分と体が合っていない」と感じられる状態です。
気分が数週間かけて変わるのではなく、数日、ときには一日の中で大きく変わることもあります。周囲から「気分屋」と思われたり、自分で性格の問題だと考えてしまったりするかもしれません。
また、職場ではうつ状態なのに帰宅後や休日は比較的元気、というように場面によって調子が大きく違う場合もあります。落ち込みと焦りやイライラが同時に押し寄せ、「気ばかり焦るのに体がついてこない」と感じる時期は、混合状態と呼ばれることがあります。
いずれも双極性障害2型だけに特有の症状というわけではなく、これだけでうつ病と区別できるものではありません。それでも診察では、本人の経験として伝える価値があります。
ADHDや不安障害でも、集中しにくい、気が散る、じっとしていられない、不安が強く気分が安定しないといった状態がみられます。気分の変化がいつから始まったか、子どもの頃から同じ傾向があったかなど、長い経過を見て考えます。「双極性障害とADHDの違い」でも詳しく説明しています。
転職・引っ越し・薬の反応も、過去の記録になる
診察で過去の出来事を聞くのは、単に気分の浮き沈みを数えるためではありません。転職や転居を短い間隔で繰り返していたり、退職や引っ越し、高額な契約を勢いで決めた時期があったりすると、その前後の気分や睡眠を確認する手がかりになります。
転職が多いことや大きな買い物をしたこと自体は、病気の証拠ではありません。「あの決断をした頃は、普段より眠らずに活動していなかったか」「周囲から様子が違うと言われていなかったか」と時間をさかのぼることに意味があります。
抗うつ薬を何種類か試しても十分に効かなかったり、かえって落ち着かなくなったりした経験も主治医に伝えたい情報です。最初に落ち込みが現れた年齢、気分が安定していた時期、元気すぎた時期がどれくらい続いたかを、一緒に並べてみると経過が見えやすくなります。
一度の診察で病名が決まらないこともあります。過去の軽躁状態は思い出しにくく、あとから分かった出来事を次の診察で話すうちに、診断が見直される場合もあるのです。
診断が変われば、治療の狙いも変わる
うつ病と双極性障害2型を区別する大切な理由は、治療の考え方が異なることです。
うつ病では抗うつ薬を中心に治療することが一般的です。一方、双極性障害2型では、落ち込みの改善に加えて気分の波全体を穏やかにすることを目標に、気分安定薬や一部の抗精神病薬を中心に考えます。調子が落ち着いてからも、再発予防を見据えて治療を続けることが多くあります。
双極性障害2型で抗うつ薬を単独で使うと、急に気分が高揚したり、波が頻繁に起きたりする可能性が報告されています。ただし、抗うつ薬がすべての人に有害という意味ではありません。ほかの薬との組み合わせや症状によって判断が変わります。
気になることがあっても、自己判断で薬を急にやめないでください。症状が悪化する場合があるため、以前より落ち着かないことや、薬について不安に思っていることを主治医に話してください。
気分安定薬には、定期的な血液検査で薬の量を確認しながら使うものや、市販の痛み止めなどとの飲み合わせに気をつけるものもあります。市販薬やサプリメントを使うときは、主治医や薬剤師に伝えてください。
次の診察に持っていきたい「好調だった頃」の話
診察の前に思い出しておくと役立つのは、今の落ち込みだけではありません。
- 初めてうつに似た状態になったのはいつで、その後に安定していた時期はありましたか。
- 一番活動的だった時期はいつで、何日ほど続き、睡眠時間はどう変わりましたか。
- 買い物・発言・転職・引っ越しなどの判断が普段と違う時期や、周囲から様子を指摘されたことはありましたか。
- これまでに使った薬は何で、効き方や落ち着かなさに変化はありましたか。今の薬で心配なことはありますか。
すべてを正確に思い出そうとしなくても、気づいたことから話を始められます。日々の記録をつけるなら、気分の良し悪し、睡眠時間、気になった出来事の3点をスマートフォンや手帳に短く残す方法があります。毎日細かく書く必要はありません。
当院の初診は問診を含めて30分程度が目安です。初診前のWEB問診に気分や睡眠の変化を書いておくと、診察の参考になります。初診では服用中の市販薬やサプリメントも確認しています。通院は基本的に2週間に一度で、その間の変化を継続して確かめていきます。
「うつ病と言われたのに、元気だった時期の話をしてもいいのだろうか」と迷うかもしれません。でも、本人にとって何の問題もなかったように思える数日間が、治療を考えるうえで欠かせない情報になることがあります。
伝えることを整理したい方は「双極性障害2型の受診前チェックリスト」も参考にしてください。
参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 武島稔「抑うつエピソードの正確な診断と鑑別方法」『精神科治療学』第36巻5号 特集「双極性障害診療を極める」、星和書店、2021年。
- 伊賀淳一「躁病エピソードの正確な診断と鑑別方法」『精神科治療学』第36巻5号 特集「双極性障害診療を極める」、星和書店、2021年。
- 古茶大樹「編集後記」『精神科治療学』第36巻5号 特集「双極性障害診療を極める」、星和書店、2021年。
よくある質問
うつ病と双極性障害2型は自分で見分けられますか?
自分の症状だけで区別するのは難しいとされています。落ち込みの程度だけではなく、過去に軽躁状態があったか、睡眠や活動がどう変化してきたかを一緒に確認する必要があります。気になる時期を主治医に伝えることが診断の参考になります。
調子の良い時期が2〜3日だけでも伝えたほうがよいですか?
DSM-5の軽躁病エピソードには4日間以上という持続期間の基準があります。一方、うつ状態があり、軽躁らしい変化が2〜3日続いた場合には、別の双極性関連の分類で検討されることもあります。短かったという理由だけで省かず、その間の睡眠や行動を伝えてください。
家族が気づいていなければ軽躁状態ではないのでしょうか?
家族も本人と同じように、その時期を単に元気だった頃と受け取っていることがあります。気分が明るかったかどうかに加え、話す量、睡眠、急な計画や買い物が普段と違っていたかを振り返ると手がかりになる場合があります。
双極性障害のチェックリストで病名はわかりますか?
チェックリストは症状を思い出し、問診を進める手がかりにはなりますが、それだけで診断は決まりません。複数の変化が同じ時期に起きていたか、どれくらい続いたかなど、経過を確認することが必要です。
うつ病の薬を飲んでいますが、双極性障害2型が心配になりました。どうすればよいですか?
抗うつ薬の使い方には、診断やほかの薬との組み合わせによって違いがあります。急に服薬をやめると症状が悪化する場合があるため、自己判断で中止せず、心配になった理由と気分の変化を主治医に伝えてください。