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はじめに

「もうすっかり元気になったのに、まだ薬を飲まないといけないの?」——うつ病の治療で症状が良くなった方から、診察室でとてもよくいただく質問です。毎日薬を飲み続けることへの負担感や、「薬に頼っている自分」への抵抗感から、やめたい気持ちになるのは自然なことです。実際、良くなった後に抗うつ薬の中止を希望される方は少なくありません。

一方で、うつ病には「再発しやすい」という性質があり、良くなった後の一定期間、治療を続けること(維持療法)には、しっかりとした科学的な根拠があります。この記事では、日本うつ病学会の「うつ病診療ガイドライン2025」をもとに、なぜ良くなった後も薬を続けるのか、どのくらい続けるのか、やめるときには何に気をつけるのかをお伝えします。なお、続ける・やめるの判断は、お一人おひとりの状況を踏まえて医師と一緒に行うものです。この記事は、その相談の材料としてお読みください。

良くなった後の「維持期」とは

うつ病の治療は、症状の改善を目指す「急性期」と、症状がほとんど消えた後の「維持期」に大きく分けられます。治療によって症状がほとんど消えた状態は「寛解(かんかい)」と呼ばれます。維持期は、この寛解を保ちながら、再発を防ぎ、仕事や家庭などの社会生活を取り戻していく時期です。

うつ病は再発しやすい病気

ガイドラインで紹介されている医療機関での追跡調査では、うつ病の再発率は6か月で約14%、1年で21〜37%、5年で51〜71%と報告されています。再発は本人に大きな苦痛を与えるだけでなく、その後さらに再発しやすくなることも知られています。

一方で、年間あたりの再発率がもっとも高いのは寛解後の最初の1年間で、寛解の期間が延びるにつれて徐々に下がっていきます。つまり、「良くなった直後こそ、いちばん再発に注意が必要な時期」なのです。症状が消えたからといってすぐに治療をやめず、この時期をしっかり守ることが、維持療法の考え方の土台になっています。

なぜ薬を続けるのか——再発率が約半分になるというデータ

「気持ちの問題なのだから、良くなったら薬はいらないのでは」と感じる方もいるかもしれません。しかし、データははっきりした答えを示しています。

ガイドラインが採用した研究のまとめ(40の臨床試験、約8,900人分のメタ解析)では、抗うつ薬で寛解した後に薬を継続した場合の再発率は約20%、中止(プラセボに置き換え)した場合は約40%でした。つまり、薬を続けることで再発をおよそ半分に減らせるということです。この効果は、初めてうつ病になった方でも、再発を経験した方でも、大きくは変わらないことが確認されています。

「続けると副作用が心配」という声もよく聞きますが、同じ研究では、副作用が理由で治療をやめた人の割合は、継続した群と中止した群で差がなかったと報告されています。良くなった後の継続は、体への負担という点でも、中止と比べて特別に不利ではないと考えられます。

こうした根拠から、ガイドラインは「抗うつ薬で寛解したうつ病患者において、寛解後6か月間は抗うつ薬を継続することを強く推奨する」としています。これはガイドラインの中でもっとも強い推奨のひとつです。

いつまで続けるのか——6か月が最低ライン、その先は相談で

では、6か月たてばやめてよいのでしょうか。ここは少していねいな説明が必要です。

「少なくとも6か月、それより長いほうがよい可能性も」

研究の結果からはっきり言えるのは、「寛解後6か月間の継続は再発を減らす」ということです。さらに、一般成人を対象に時期を細かく比べた別の解析では、抗うつ薬の再発予防効果は12か月以下の時点よりも15〜18か月時点のほうが大きかったという報告もあり、ガイドラインは「少なくとも6か月は継続するのが望ましいが、さらにそれよりも長ければ長いほうがよい可能性がある」とまとめています。

つまり、「6か月」は最低ラインの目安であり、そこから先は一律の正解があるわけではありません。

再発のリスクが高い場合は、より長く

どこまで続けるかを考えるとき、大切になるのが再発の危険因子です。ガイドラインでは、再発リスクが高い場合には維持期治療をより長く行うことを検討するとされています。たとえば、寛解からまだ日が浅いことは再発の危険因子とされます。過去の再発の回数や、症状の残り具合、生活上のストレスなども含めて、続ける長さは医師と相談しながら決めていきます。

決めるのは「一緒に」

ガイドラインは、治療の継続・中止の判断は「共同意思決定(SDM)」——つまり、患者さんと医師が話し合って一緒に決めること——によってなされるべきだと明記しています。再発を防ぐという利益と、飲み続けることの負担、そしてご本人の希望をてんびんにかけて決めるもので、医師が一方的に押しつけるものでも、患者さんが一人で抱えて決めるものでもありません。「そろそろやめたい」という気持ちも、遠慮なく診察でお話しください。

やめるときの注意——急にやめない、自己判断でやめない

薬をやめる段階になっても、やめ方には注意が必要です。

抗うつ薬を急に中止すると、「中断症候群」(離脱症状を含む)と呼ばれる不調が起こることがあります。長い期間・多めの量で服用している場合や、体から抜けるのが速いタイプの薬などで起こりやすいとされます。対策としてガイドラインが挙げているのは、あらかじめ中断症候群について知っておくことと、減量・中止に時間をかけることです。主治医と相談しながら、少しずつ減らしていくのが基本です。

また、再発予防は薬だけで行うものではありません。ガイドラインでは、認知行動療法(考え方や行動のパターンを整える精神療法)を基盤とした精神療法の追加が再発予防に役立つとされているほか、生活習慣を整えること、リワークプログラム(復職支援)やデイケアなどのリハビリテーションの活用も挙げられています。薬を減らしていく時期こそ、こうした薬以外の支えを組み合わせることが心強い備えになります。

受診の目安

維持期の通院中、次のようなときは早めにご相談ください。

  • 薬をやめたい気持ちが強くなり、自己判断で減らしたり飲まなかったりしている
  • 薬を減らした後、めまいや体調不良、気分の変化が出てきた
  • 眠れない、気分が沈む、興味がわかないなど、以前の症状に似たサインが戻ってきた
  • 仕事や家庭のストレスが増え、調子を崩しそうな不安がある

すでに服薬を中断してしまった場合も、責められることはありませんので、そのまま教えてください。今の状態に合わせて一緒に立て直していきます。強い希死念慮(消えてしまいたい気持ち)が出てきたときは、救急(119)や主治医に速やかに連絡してください。

まとめ

うつ病は良くなった後の再発が少なくない病気で、特に寛解後の最初の1年間は再発率が高い時期です。研究データでは、抗うつ薬を続けた場合の再発は約20%、中止した場合は約40%と、継続によって再発をおよそ半分に減らせることが示されており、日本うつ病学会のガイドラインは寛解後少なくとも6か月間の継続を強く推奨しています。さらに長く続けたほうがよい可能性もあり、その先の期間は再発リスクや副作用、ご本人の希望を踏まえて医師と一緒に決めていきます。

やめるときは、中断症候群を避けるためにも、自己判断ではなく時間をかけて減らすことが大切です。「いつまで飲むのだろう」というモヤモヤは、多くの患者さんが抱く自然な疑問です。ぜひそのまま、診察室でお聞かせください。


参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 日本うつ病学会「うつ病診療ガイドライン2025」(第11章 維持期治療)

執筆・監修:精神保健指定医 野口晋宏

よくある質問

うつの症状はすっかり良くなりました。それでも抗うつ薬を続ける必要がありますか?

はい、続けることをおすすめする根拠があります。研究のまとめでは、良くなった後に薬を続けた人の再発は約20%、中止した人は約40%と報告されており、続けることで再発をおよそ半分に減らせるとされています。日本うつ病学会のガイドラインでも、寛解後少なくとも6か月間は抗うつ薬を続けることが強く推奨されています。

抗うつ薬はいつまで飲めばよいのですか?

少なくとも寛解(症状がほとんど消えた状態)から6か月間は続けることが強く推奨されています。それより長く続けたほうがよい可能性を示す研究もあり、6か月以降どうするかは、再発のリスク、副作用、ご本人の希望を踏まえて、医師と相談しながら一緒に決めていきます。

抗うつ薬を自分の判断でやめてもいいですか?

自己判断での中止はおすすめできません。急にやめると再発のリスクが高まるほか、中断症候群(離脱症状を含む、めまいや不調などの症状)が起こることがあります。やめるときは時間をかけて少しずつ減らす必要があるため、必ず主治医と相談しながら進めてください。

薬を続けていれば、それだけで再発は防げますか?

薬の継続は再発予防の柱のひとつですが、それだけがすべてではありません。ガイドラインでは、認知行動療法を基盤とした精神療法の追加や、生活習慣を整えること、リワークなどのリハビリテーションの活用もあわせて挙げられています。何を組み合わせるかは、病状や生活の状況に応じて医師と相談して決めていきます。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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