双極性障害2型における「軽躁病エピソード」とは? なぜ見過ごされやすいのか
双極性障害2型における「軽躁病エピソード」とは? なぜ見過ごされやすいのか
双極性障害2型は、気分が異常に高揚したり活動的になったりする「軽躁状態」と、気分が落ち込む「うつ状態」を繰り返す精神疾患です。双極性障害1型とは異なり、軽躁状態は生活に著しい支障をきたすほど重度ではないのが特徴です。
この「軽度さ」が、診断上の本質的な困難を生んでいます。軽躁状態にある本人は「調子が良い」「元気で爽快」と感じることが多く、周囲の人々も「いつもより元気だな」程度にしか受け止めない傾向があります。このため、病気であるという認識(病識)が生まれにくいのです。
双極性障害2型は、主につらい「うつ状態」で医療機関を受診するケースが多いため、医師もうつ症状に注目しがちになり、軽躁エピソードの存在が見落とされやすい傾向があります。これが、診断が遅れる大きな要因となります。
診断が遅れることの重大なリスク:
- 単極性うつ病と誤診される可能性が高まります。
- 単極性うつ病の治療で用いられる抗うつ薬を単剤で処方されると、病状を悪化させたり、躁状態への移行(躁転)を引き起こしたりするリスクがあります。
- 双極性障害2型では、うつ状態による落ち込みと軽躁状態による衝動性が合わさることで、自殺のリスクが高まるという研究結果があります。
このように、軽躁状態を適切に認識し、早期に専門家へ相談することは、誤診を防ぎ、適切な治療へ繋げ、リスクを軽減する上で極めて重要です。
軽躁病エピソードの具体的な特徴:あなたの経験と照らし合わせてみましょう
軽躁病エピソードは、気分、思考、行動の3つの側面に変化が現れます。これらの変化は、普段のあなたとは「明らかに違っている」と他人から観察されるほどであることが重要です。
行動の変化:
- 活動的になりすぎる、じっとしていられない。仕事や趣味に没頭したり、次々と新しいことを始めたり、夜中に急に友人へ連絡したりする。一見「生産性の向上」に見えますが、その裏には病的な駆り立てられ感や、後の疲労・うつへの移行リスクが潜んでいます。
- 睡眠時間が減っても平気。通常より睡眠時間が著しく減っても疲れを感じず、「よく寝た」と感じる。これは本人を「元気だ」と誤解させますが、躁病エピソードへのトリガーとなりうる潜在的な危険性があります。
- おしゃべりになる、早口になる。普段より多弁になり、話すことを迫られるように感じる。「会話が演説口調になる」といった例もあります。
- 衝動的な行動、無謀な行動。悲惨な結果になる可能性が高い活動に過度に熱中することがあります。例として、浪費(ショッピング依存症)、無謀な事業投資、軽率な性的行為など。軽躁状態は「著しい障害」はないとされますが、これらの行動は人間関係、経済、法的な問題など、軽度でも生活に影響を及ぼすリスクがあります。
- 目標志向性の活動の増加。仕事、学校、社会活動、性的な活動など、特定の目標に向けた活動が異常に増えます。
感情の変化:
- 気分が高揚する、絶好調だと感じる。異常かつ持続的に高揚した気分、開放的な気分が特徴で、自分に自信がみなぎり、誇大に感じることもあります。うつ状態からの回復期に経験されると、「やっと元気になった」と誤解されやすく、病気だと認識されにくい最大の要因です。
- 異常にイライラする、怒りっぽくなる。些細なことでイライラしたり、人に怒鳴ったり、喧嘩や口論になったりするほど易怒的になることがあります。
- 自信過剰になる、誇大妄想的になる。自尊心が肥大し、「自分は非常に能力が高い」「特別な存在」といった非現実的な感覚を抱くことがあります。
思考の変化:
- 考えが次々と浮かぶ、頭の中が駆け巡る。アイデアが湧き出たり、思考が競争しているように感じて落ち着かない。「頭の回転が速く、仕事がこなせる」と感じることもありますが、集中力の低下や非現実的な計画に繋がりうる側面も持ちます。
- 注意が散漫になる、集中できない。重要でない外部刺激に注意がそれやすく、持続的に物事に取り組むのが難しくなります。
- 新しいアイデアが次々に湧く。創造性が高まったように感じ、新しいアイデアや計画が浮かびます。
「混合状態」の理解:つらいのに活動的?
軽躁病エピソードの診断基準を満たしつつ、同時にうつ症状(不快気分、興味減退、疲労感、無価値感、死についての思考など)を3つ以上呈する状態を「混合性の特徴を伴う軽躁病エピソード」と呼びます。
この状態は、躁状態やうつ状態の単独エピソードよりも「つらい」と感じる人が多く、焦燥感が強く、特に自殺リスクが高まる可能性があります。
- 例:「気分は落ち込んでいるのに、頭の中では次々と考えが浮かんで止まらない。」
- 例:「ひどく興奮して活発で多弁なのに、気分は死にたくなるほど憂うつ。」
混合状態では、うつ的な絶望感に加えて、軽躁状態のエネルギーや衝動性が存在するため、「死にたい」という思考を行動に移すリスクが著しく高まると考えられます。
「軽躁」と「いつもの元気」の違い
軽躁状態は「いつもの元気」と区別がつきにくいですが、いくつかの違いがあります。
- 「いつもと違う」と周囲が感じる変化。本人は「絶好調」でも、よく知る家族や友人からは「明らかにいつもとは違う状態」と認識されることが多いです。「元気すぎて怖い」と感じられたり、普段からは考えられない行動が見られたりします。本人の主観的な「好調」感と、周囲の客観的な「違和感」とのギャップこそが、病的な状態のサインです。このギャップは、診断の遅れや家族関係の軋轢に繋がることもあります。
- 日常生活への影響の有無。躁病エピソードほどではないにしても、軽躁状態での衝動的な行動(浪費など)は、軽度でも生活に影響を及ぼす可能性があります。DSMの定義は「著しい」障害ではないという意味であり、実際には軽度ながらも生活に負の影響をもたらす行動が存在します。
他の状態との鑑別:ADHDや不安障害との違い
双極性障害の症状は、不安障害やADHD(注意欠如/多動性障害)と重なることが多く、併存することもあります。
- 過活動性や衝動的な行動、判断力の低下はADHDの症状と重なることがあります。
- 精神運動の加速や緊張、激越は不安障害によるものか、軽躁によるものか、鑑別が難しい場合があります。
患者が自身の症状を他の疾患の症状として解釈し、双極性障害の可能性を見過ごすリスクがあります。このため、自己診断だけでは不十分であり、専門医による詳細な鑑別診断が不可欠です。
自己認識を深めるための具体的なステップ
- 過去の経験を振り返る質問。気分障害質問票(MDQ)などを参考に、軽躁状態の具体的な特徴(気分、行動、思考など)について、過去に経験がないか自問する。複数の項目に「はい」と答え、それが同時に起こり、仕事や人間関係で問題を引き起こした経験がある場合は、軽躁病エピソードの可能性を考慮します。親しい家族や友人に客観的な意見を聞くことも非常に有益です。
- 気分記録(ムードトラッカー)の活用。気分レベル、睡眠時間、活動、服薬状況などを記録することで、自身の気分の波やパターンを客観的に把握できます。過去の状態を正確に思い出す助けとなり、早期の自己管理や予防的な対策を講じることに繋がります。
- 認知行動療法(CBT)による振り返り。過去のエピソードを分析し、気分変動の早期兆候や誘因となる個人のパターンを特定します。自分だけの「取り扱い説明書」を作成するのに役立ちます。
専門家への相談の重要性
軽躁状態の症状は本人も周囲も病気と認識しにくく、他の疾患と重なるため、自己診断だけでは不十分です。
- 正確な診断には、精神科専門医による詳細な臨床面接が不可欠です。
- 臨床面接では、患者自身の報告に加え、家族や友人からの客観的な情報(第三者からの観察)が診断に極めて重要となります。軽躁状態にある本人は自身の症状を自覚していないことが多いため、外部からの視点が診断に不可欠なのです。
誤診を防ぎ、適切な診断と治療を開始することは、患者の安全と病状の安定のために極めて重要です。
診断後の治療と自己管理
双極性障害2型と診断された場合、それは適切な治療への第一歩です。適切な治療により、症状をコントロールし、安定した生活を送ることが十分に可能です。
- 治療は、気分安定薬などの薬物療法と、心理療法(認知行動療法など)の組み合わせが一般的です。
- 治療開始後も、気分記録の継続、指示通りの服薬(アドヒアランス)、睡眠リズムの調整などの生活習慣管理が症状の再発予防に不可欠な自己管理の柱となります。
早期診断と適切な治療は、症状の悪化を防ぎ、自殺リスクを低減するために極めて重要です。
まとめ:あなたの「もしかして」を大切に
軽躁病エピソードは認識されにくい特性から診断が遅れがちですが、その遅れは病状悪化やより深刻な結果に繋がりかねません。
もし、この手引きの内容に自身の経験が重なる部分があると感じたら、それはあなたの心からの大切なサインです。その「もしかして」という感覚を大切にし、精神科の専門医に相談することを検討してください。早期の診断と適切な治療は、より安定した生活を送るための確かな一歩となるでしょう。