はじめに
「気づいたときには、もう波の真っただ中だった」——双極症(双極性障害)とつきあう方から、そんな言葉を聞くことがあります。躁(そう)のときは本人には「絶好調」に感じられ、うつのときは「これは自分の性格の問題だ」と思ってしまう。だからこそ、再発になかなか気づけないのが、この病気の難しさです。
けれど、多くの場合、本格的な症状が出そろう前には、小さな「前ぶれ」があります。これを早期警告サインと呼びます。自分のサインをあらかじめ知っておき、気づいたときにどう動くかを決めておく——それが「再発予防プラン」の考え方です。
この記事では、早期警告サインの見つけ方と、再発予防プランのつくり方を、日本うつ病学会の診療ガイドライン(2023年)などをもとにお伝えします。なお、診断や治療方針の判断は医師が行います。ここでご紹介するのは、診察の場で主治医と一緒に取り組むための土台とお考えください。
再発には「前ぶれ」があることが多い
双極症は、躁・軽躁のエピソードと抑うつのエピソードが波のように繰り返されやすい病気です。エピソードとエピソードの間は、いつもの自分に戻ることが多いのですが、適切な治療がないと、時間とともに波の間隔が短くなっていく場合があることも知られています。
一方で、躁病エピソードには、本格的な症状が現れる前に、イライラや不眠といった軽い症状が先に生じる「前駆(ぜんく)段階」があることが知られています。ガイドラインでも、この前駆段階や軽躁の段階で早めに対応すること(早期介入)が効果的とされています。つまり、波を「完全に来ないようにする」ことは難しくても、「小さいうちに気づいて、大きくしない」ことは目指せるのです。
サインは人によって違う
早期警告サインの内容は、一人ひとり異なります。手がかりになるのは、過去に調子を崩したときの記憶です。「あのとき、その少し前に何が変わっていただろう?」と振り返ってみてください。
- 睡眠の変化:眠る時間が短くなっても平気になった、寝つきが悪くなった、朝早く目が覚める、逆に眠りすぎる
- 活動量・お金の変化:予定を詰め込みはじめた、買い物や連絡が増えた、じっとしていられない
- 気分・考え方の変化:些細なことでイライラする、アイデアが次々わいて頭が忙しい、逆に興味がわかない、決められない
- 周囲からの指摘:「最近ハイテンションだね」「口数が減ったね」と言われた
とくに軽躁のはじまりは、本人には調子のよさとして感じられるため、家族や友人のほうが先に「いつもと違う」と気づくことも少なくありません。周囲の声も、大切なサインのひとつとして扱ってみてください。
自分のサインを見つける——記録という道具
サインに気づくための実践的な道具が、気分チャートや気分日記といった記録です。米国国立精神衛生研究所(NIMH)の資料でも、自分の気分の波に気づくために生活の記録(ライフチャート)や気分日記をつけることが、自分でできる工夫のひとつとして挙げられています。
日本うつ病学会のガイドラインでも、気分や社会リズム(起床・食事・人との交流などの生活のリズム)を継続的に自己モニタリングすることは、規則正しい生活習慣づくりや、悪化のきっかけとなる環境要因の特定、そして早期警告サインの同定に役立つとされています。
記録といっても、難しく考える必要はありません。たとえば「今日の気分(−3〜+3など)」「睡眠時間」「特別な出来事」を一行ずつ。手帳でもスマートフォンのメモでもかまいません。そして、その記録をぜひ診察に持ってきてください。限られた診察時間でも、記録があると状態を正確に伝えやすくなり、医師からの助言も具体的になります。
再発予防プランをつくる
サインが見えてきたら、次は「気づいたときにどうするか」をあらかじめ決めておきます。ガイドラインでは、早期警告サインを明らかにし、再発防止の計画を立てておくことが、再発・再燃時に早く対応するための準備として役立つとされています。書き出す内容の一例です。
1. 私の早期警告サイン
躁・軽躁側とうつ側に分けて、具体的に書きます。「睡眠が5時間を切っても眠くない」「深夜にメッセージを送りたくなる」など、行動レベルで書くと気づきやすくなります。
2. 調子を崩しやすいきっかけ(誘因)
過労や夜ふかし、季節の変わり目、対人関係のストレス、飲酒など、自分の波と関係していそうな出来事を書き出します。ガイドラインでは、生活リズムを一定に保つこと、アルコールやカフェインなどの刺激物を控えること、ストレスへの対処法を持つことが、療養上とても重要とされています。
3. サインに気づいたらとる行動
たとえば——睡眠時間を守ることを最優先にする、予定を減らす、大きな買い物や重要な決断は延期する、次の診察を待たずに受診の連絡をする、など。躁のときには冷静な判断が難しくなるため、「人生にかかわる大きな決定は延期する」ことは、ガイドラインでも勧められている対応です。元気なうちに決めておくからこそ、意味があります。
4. 協力してくれる人と、共有すること
ガイドラインでは、服薬の管理や状態悪化の早期発見、危機管理には、家族など身近でケアに関わる方の協力が重要で、治療の早い段階から関わってもらうことが望ましいとされています。「このサインが出ていたら教えてほしい」「そのときは責めずに、受診を勧めてほしい」と伝え方まで決めておくと、お互いに動きやすくなります。
できあがったプランは、ぜひ診察で主治医と共有してください。プランづくりは一度で完成するものではなく、経過とともに一緒に育てていくものです。なお、こうした取り組みは薬による治療に置き換わるものではありません。薬物療法を土台に、病気について学ぶ心理教育などの心理社会的な支援を組み合わせることで、再発予防の効果が期待できるとされています。
受診の目安
次のようなときは、予約を待たずに早めにご相談ください。
- 睡眠時間が明らかに減っているのに、疲れを感じない日が続いている
- 買い物・連絡・計画などの活動が急に増え、周囲から「いつもと違う」と言われた
- 気分の落ち込みや興味の低下が続き、日常生活に支障が出はじめている
- 自分で決めたプランどおりに動こうとしても、うまく立て直せない
- 服薬を自己判断でやめたくなっている、またはすでにやめてしまった
消えてしまいたい気持ちや、自分や他人を傷つけてしまいそうな切迫感があるときは、時間帯を問わず主治医に連絡し、命に関わる緊急の場合は救急(119)を利用してください。
まとめ
双極症の再発には、多くの場合、不眠やイライラ、活動量の変化といった小さな前ぶれ——早期警告サインがあります。自分のサインは、過去の波を振り返り、気分や睡眠の記録を続けることで見えてきます。そして、サインに気づいたときにとる行動をあらかじめ「再発予防プラン」として書き出し、家族や主治医と共有しておくことが、波を小さいうちに抑える備えになります。
調子のよい今だからこそ、できる準備があります。診察の際に「再発予防プランを一緒につくりたい」とお声がけください。一人ひとりの経過に合わせて、一緒に考えていきます。
参考にした資料(内容の要約・再構成であり、原文の転載ではありません):
- 日本うつ病学会診療ガイドライン 双極性障害(双極症)2023
- 米国国立精神衛生研究所(NIMH)Bipolar Disorder
執筆・監修:精神保健指定医 野口晋宏
よくある質問
早期警告サインとは、どんなものですか?
本格的な躁やうつの症状が出そろう前に現れる、小さな変化のことです。たとえば躁病エピソードの前には、イライラや不眠などの軽い症状が先に現れる「前駆段階」があることが知られています。サインの内容は人によって違うため、過去に調子を崩したときの直前の変化を振り返って、自分のサインを見つけておくことが役立ちます。
再発予防プランには何を書けばよいですか?
決まった形はありませんが、自分の早期警告サイン、調子を崩しやすいきっかけ(誘因)、サインに気づいたときにとる行動(受診を早める、睡眠を守る、大きな決断を延期するなど)、相談する相手の連絡先などをまとめておくのが一例です。内容は診察のときに主治医と一緒に整えていくことをおすすめします。
家族にはどこまで伝えておくべきですか?
軽躁や躁のサインは自分では「調子がよい」と感じられ、本人が気づきにくいことがあります。ガイドラインでも、服薬の管理や状態悪化時の早期発見には家族など身近な方の協力が重要とされ、治療の早い段階から家族にも病気について知ってもらうことが望ましいとされています。伝える範囲は、ご本人の気持ちに合わせて主治医と相談して決めてかまいません。
気分の記録は毎日つけないと意味がないですか?
完璧である必要はありません。気分や睡眠などを簡単に記録する気分チャートのような自己モニタリングは、生活リズムを整えたり、悪化のきっかけに気づいたりする助けになるとされています。続けやすい形で、できる範囲から始めて、記録を診察に持参していただければ、それをもとに一緒に振り返ることができます。