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はじめに

「薬を飲んでいれば、それでいいのだろうか」。双極性障害(躁うつ病)とつきあっていると、ふとそんな疑問がわくことがあるかもしれません。気分が大きく上がったり下がったりする波に振り回され、「次はいつ来るのか」「自分にできることはないのか」と、不安や物足りなさを感じている方も少なくないと思います。

そう感じているのは、あなただけではありません。双極性障害は、薬だけで波をすべて抑えきるのが難しいことも多く、だからこそ「病気を知り、自分で波に気づいて対処する力」を育てることが大切だと考えられています。その学びの土台になるのが「心理教育(しんりきょういく)」です。

心理教育とは、病気の性質や治療の意味、再発の引き金や初期サインなどを学び、自分の波とつきあっていく方法を身につけていく取り組みです。この記事では、心理教育とは何を学ぶのか、なぜ再発予防に役立つのか、そしてご家族とどう共有していくとよいのかを、やさしくお伝えします。診断や治療方針は医師が一人ひとりの状態をみて判断しますので、ここでは「自分の病気とつきあう学びの全体像」として読んでいただければと思います。

心理教育とは ―薬と並ぶ、基本のケア

心理教育というと、難しい医学の授業のように聞こえるかもしれませんが、そうではありません。病気とうまくつきあって療養生活を送るために必要な知識や情報を、心理面への配慮を添えながら、医師と一緒に整理していく過程のことです。

双極性障害の治療では、薬物療法がとても大切な役割を担います。ただ、薬だけで波のすべてをコントロールするのは難しいことも多く、薬とあわせて「自分で病気に取り組む力」を育てる関わりが必要だと考えられています。その代表的なものが心理教育です。

実際、心理教育は、イギリスやカナダをはじめとする世界の主要な治療ガイドラインで、薬物療法に加えて行うべき基本的なケアとして、すべての患者さんに対してすすめられています。特別な人だけが受ける特別な治療ではなく、双極性障害とつきあううえでの「土台」と位置づけられているのです。

心理教育で学ぶ4つのこと

では、心理教育では具体的に何を学ぶのでしょうか。双極性障害の心理教育では、主に次の4つが大きな目標とされています。

ひとつめは、病気とその治療法について正しく知ることです。双極性障害が、うつの時期と躁(そう)の時期を波のように繰り返す病気であること、それぞれにどんな特徴があるのかを理解します。特に躁や軽躁(けいそう、軽い高揚状態)の時期は、本人には「絶好調」に感じられて、自分では病気だと気づきにくいことが多いため、丁寧に学んでおくことが役立ちます。

ふたつめは、治療を続ける意味を納得することです。なぜ薬を飲み続ける必要があるのか、それがどう波の安定につながるのか。一方的に「飲みなさい」と言われるのではなく、自分なりに腑(ふ)に落ちることが、治療を続ける力になります。

みっつめは、再発の引き金(誘因)を知ることです。睡眠リズムの乱れ、大きなストレスや環境の変化など、自分の波が動きやすくなるきっかけを振り返り、これから起こりそうな出来事を予測して、負担を減らす工夫を考えます。

よっつめは、再発の初期サインに気づけるようになることです。完全な波に至る前の小さな変化を自分で見つけられるよう学び、それをご家族と共有しておきます。

これらは知識として覚えるだけでなく、「自分の場合はどうだったか」を体験に照らして確かめていくことが大切にされています。

「教わる」のではなく「一緒に学ぶ」

ここで知っておいていただきたいのは、心理教育は医師が知識を一方的に教え込むものではない、ということです。

もちろん、病気についての正しい情報を伝えることは大切です。けれども心理教育の本質は、「伝える側と受け取る側がともに参加し、病気のことも、お互いのことも理解を深めていく双方向のやり取り」にあります。医師が語る一般的な説明と、あなた自身が実際に体験してきたこととを照らし合わせながら、「自分にとっての波とは何か」を、一緒に発見していく過程なのです。

たとえば、これまで経験したエピソードを、気分の上下と時間の流れにそって図にあらわす「ライフチャート」という方法があります。こうした道具を使いながら、いつ波が来やすかったのか、その前後に何があったのかを、根拠をもって振り返っていきます。これは医師に採点される試験ではなく、あなたが自分の病気の「専門家」になっていくための協働作業です。

この双方向のやり取りには、もうひとつ大切な意味があります。それは、孤立感や「自分は変わり者なのではないか」という思いをやわらげてくれることです。「自分の苦しさを医療者が理解してくれている」という感覚は、安心して治療に取り組める関係づくりにつながります。心理教育は、知識を増やすだけでなく、こうした信頼関係を育てる場でもあるのです。

初期サインを家族と共有する意味

再発の初期サインは、自分一人で見張り続けるよりも、ご家族と共有しておくことに大きな意味があります。

双極性障害は、うつ状態に比べると周囲に理解されにくい面があり、特に躁や軽躁の時期の変化は、本人もまわりも気づきにくいことがあります。そこで、「眠る時間が極端に短くなってきた」「お金の使い方が大きくなってきた」「口数や活動量が普段とちがう」といった、自分なりの初期サインをあらかじめ家族と決めておくと、まわりが早めに気づいて声をかけやすくなります。

このとき大切なのは、お互いに「何が初期サインで、何はふつうの範囲なのか」を前もって決めておくことです。これがないと、ご家族が心配のあまり、ふだんの何気ない言動にまで「また上がってきたのでは」「下がっているのでは」と過剰に反応してしまい、かえってお互いがつらくなることがあります。あらかじめサインと対処の仕方を共有しておけば、過剰な口出しや行きすぎた心配を防ぎ、おだやかで建設的な話し合いがしやすくなります。

ご家族にとっても、病気を一緒に学ぶことは「どう支えればよいかわからない」という不安をやわらげてくれます。患者さんを支えるのは本人の努力だけでなく、家族や友人といった周囲のサポートも大切な力になります。

集団や家族で学ぶプログラムも

心理教育は、診察のなかで医師と一対一で行うこともできますが、同じ病気をもつ人たちが集まる「集団形式」や、ご家族向けのプログラムとして行われることもあります。

研究では、集団形式の心理教育や、家族が病気への対処の仕方を実際に練習するプログラムが、再発率を下げる方向に役立つと報告されています。集団で学ぶと、「自分にだけ向けられた話」ではなく、より中立的な情報として受け止めやすくなり、同じ悩みをもつ仲間と出会えることも、治療に前向きに取り組む支えになると考えられています。

代表的なものに、スペインで開発された集団心理教育プログラム(通称バルセロナプログラム)や、テーマを決めて段階的に学ぶライフゴールズ・プログラムなどがあります。日本うつ病学会も、患者さんとご家族向けの分かりやすいガイドを作成しています。

正式なプログラムをそのまま受けるのは時間や条件の面で難しいこともありますが、その大切なエッセンスは、ふだんの診察のなかにも取り入れることができます。

スティグマをやわらげ、前向きに取り組むために

心理教育には、病気に対する偏見や誤解(スティグマ)をやわらげるはたらきもあります。

双極性障害という診断を受けると、「自分は弱いのだろうか」「もう以前のようには戻れないのか」と感じてしまう方もいます。けれども心理教育のなかでは、「健康な人でも大なり小なり気分の波はあるけれど、体質的な影響でその波が支障のある大きさになっている状態」というように、病気をことさら特別なものとせず、自然なものとして理解していきます。こうした受けとめ方は、必要以上の自責感や孤立感をやわらげてくれます。

そして、病気を正しく知り、「自分にもできることがある」と感じられることは、治療への前向きな取り組みにつながっていきます。心理教育がめざす最終的なところは、知識を増やすこと自体ではなく、「自分は波に対処できる」という手ごたえ(自己効力感)を育て、回復に向けた希望をもてるようにすることなのです。

受診の目安

以下のようなことがあれば、心理教育もふくめて、あらためて医師に相談してみることをおすすめします。

  • 双極性障害と診断されたが、病気のことや治療の意味が十分に納得できていない
  • 自分の波の引き金や、再発の初期サインがよくわからない
  • 薬は飲んでいるが、「自分にできること」がほかにないか知りたい
  • ご家族とどう病気を共有し、どう支えてもらえばよいか迷っている
  • 病気のことを考えると不安が強くなり、何が「再発」なのか区別がつかない

なお、診断や治療方針は医師が一人ひとりの状態をみて判断します。気になることは、どうぞ遠慮なくお話しください。

まとめ

心理教育は、薬物療法と並んで、双極性障害とつきあううえでの基本となるケアです。病気の性質、治療の意味、再発の引き金、そして初期サインを学び、それをご家族と共有していくことで、波が大きくなる前に気づいて対処しやすくなります。

それは一方的に知識を教わるのではなく、ご自身の体験を医師と一緒に振り返りながら、対処の力を育てていく双方向の学びです。集団や家族で学ぶプログラムが再発予防に役立つことも報告されており、偏見をやわらげ、治療に前向きに取り組む支えにもなります。

病気を知ることは、波に振り回される側から、波とつきあう側へと一歩を踏み出すことでもあります。「自分にもできることがある」という手ごたえを、ぜひ一緒に育てていきましょう。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 双極性障害診療を極める2021 精神科治療学

よくある質問

心理教育は、ただ病気の説明を聞くだけのことですか。

いいえ、一方的に知識を教わるものではありません。ご自身のこれまでの体験を医師と一緒に振り返りながら、「自分の場合はどうか」を確かめ、対処の仕方を見つけていく双方向の学びです。受け身ではなく、ご自身が主役になる過程です。

心理教育を受けると、本当に再発しにくくなるのですか。

心理教育には再発予防に役立つという報告があり、世界の主要なガイドラインで薬物療法に加えて全員にすすめられています。効果を保証するものではありませんが、引き金や初期サインを知っておくことで、波が大きくなる前に対処しやすくなります。

家族も一緒に学んだほうがよいですか。

ご家族と一緒に学ぶことには大きな意味があります。再発の初期サインを共有しておけば、まわりが早めに気づいて支えやすくなります。ご家族向けや集団形式のプログラムが再発率を下げると報告されており、当院でも状況に応じてご相談に応じます。

病気のことを学ぶと、かえって不安が強くなりませんか。

学び始めると、「これも再発の前ぶれでは」と気になってしまう方もいます。だからこそ、何が治療を要する症状で、何はふつうの範囲なのかを、医師と一緒にはっきりさせておくことが大切です。不安が強いときは遠慮なく医師にお伝えください。

自分一人でも心理教育はできますか。

本や信頼できる情報で学ぶことも役立ちますが、心理教育の核心は「自分の体験に照らして確かめる」双方向のやり取りにあります。診察の場で医師と一緒に取り組むことで、より自分に合った理解と対処につながります。

関連する病気の説明

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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