はじめに
「双極性障害があるけれど、いつか子どもをもちたい。でも、薬を飲み続けて妊娠して大丈夫なのだろうか」「妊娠したら薬はやめなければいけないの?」――そんな不安を抱えている方は少なくありません。インターネットで調べるほど断片的な情報に振り回され、かえって心配が大きくなってしまう、という声もよく聞きます。
これは、とても自然な悩みです。双極性障害は妊娠が可能な年代に多くみられる病気で、妊娠・出産・授乳と治療をどう両立するかは、多くの方が一度は向き合うテーマです。あなただけが特別に悩んでいるわけではありません。
この記事では、双極性障害をもつ方が妊娠・授乳を考えるときに知っておきたい一般的な考え方を、患者さん向けにわかりやすく整理します。具体的には、(1) 自己判断で薬をやめることのリスク、(2) 産後に再発しやすいこと、(3) 妊娠を考え始めた段階で相談する大切さ、(4) 母乳とお薬の関係についての一般的な見方を扱います。なお、個々の薬の使用可否や治療方針は一人ひとり異なり、最終的な判断は必ず医師が行います。この記事は「相談のきっかけ」としてお読みください。
自己判断で薬をやめるのは避けたいこと
妊娠がわかったとき、「お腹の赤ちゃんのために、すぐ薬をやめなければ」と考える方は多いものです。気持ちはとてもよくわかります。けれども、自己判断で急に薬を中断することは、おすすめできません。
双極性障害では、服薬を中断すると気分の波(躁やうつのエピソード)が再び現れやすくなることが知られています。妊娠中についても、薬を中断した場合のほうが、続けた場合よりも再発しやすいと報告されています。再発すると、お母さん自身の心身の負担が大きくなるだけでなく、妊娠・出産の経過にも影響しうるため、安定を保つことには大切な意味があります。
一方で、双極性障害の治療に使われる薬の中には、妊娠中の使用に注意が必要なものもあります。だからこそ大事なのは、「やめる」「続ける」を自分一人で決めてしまわないことです。薬を続けることで得られる安定(再発を防ぐメリット)と、薬による影響への配慮を、主治医と一緒に天秤にかけながら、その方に合った方針を考えていきます。減らす場合も、中止する場合も、医師と相談しながら計画的に進めることが安全につながります。
産後は再発しやすい時期 ―知っておくと備えられる
意外に思われるかもしれませんが、双極性障害では妊娠中よりも産後のほうが気分のエピソードが出やすいことが知られています。特に出産直後は気分の変調が急に現れることがあり、まれに入院が必要になるほどの状態になることもあると報告されています。
これは決して脅すための情報ではありません。「産後は再発しやすい時期だ」とあらかじめ知っておくこと自体が、大きな備えになります。リスクを知っていれば、出産前から「産後はこういうサインに気をつけよう」「困ったらすぐ主治医に連絡しよう」と段取りを決めておけます。ご家族にも事前に伝えておくと、周囲が早めに変化に気づき、支えてくれる体制をつくれます。
産後は、慣れない育児や睡眠不足が重なりやすい時期でもあります。継続的な服薬とあわせて、適度に休めるよう周囲のサポートを整えておくことが、気分の安定を守るうえで役立ちます。早めに気づいて早めに相談できれば、多くの場合、落ち着いて対応していけます。
妊娠を考え始めたら、早めに主治医・産科へ
ここまでの内容から見えてくるのは、「妊娠が判明してから動くのでは遅いことがある」という点です。妊娠してから薬を調整しようとしても、すでに胎児への影響が始まる時期に入っていたり、急な変更で再発の引き金になったりと、難しい状況になりがちです。
そのため、双極性障害をもつ方には、妊娠を考え始めた段階で主治医に相談することがとても重要です。これは「プレコンセプションケア(妊娠前からの準備)」と呼ばれる考え方にもつながります。妊娠を希望していることを早めに伝えておけば、主治医は時間をかけて、その方に合った薬の見直しや治療計画を一緒に検討できます。
また、精神科の主治医だけでなく、産科とも連携して計画を立てることが大切です。妊娠・出産は産科が、こころの治療は精神科が担うため、両者が情報を共有することで、より安心して妊娠期から産後までを過ごせます。「まだ具体的な予定はないけれど、いつかは」という段階でも、相談しておく価値は十分にあります。早めの情報共有と計画づくりが、安心への鍵です。
母乳とお薬 ―授乳期の一般的な考え方
「薬を飲んでいたら母乳はあげられないのでは」と心配される方も多いところです。これも、主治医と相談しながら考えていくテーマです。
一般的な考え方として、多くの向精神薬は母乳に移行する量が比較的少ないとされており、母乳を通してお子さんが受け取る量は、妊娠中に胎盤を通して受け取る量に比べると、ずっと少ないといわれています。そのため、薬を続けながら授乳を両立できる場合が多いと考えられています。ただし、これはあくまで一般論です。お子さんの状態(飲みが弱い、眠りがち、機嫌、体重の増え方など)によっては個別の判断が必要で、小児科や産科とも連携しながら、お子さんの様子をみて慎重に進めます。
もう一つ大切なのが、母乳育児そのものの負担です。授乳のために睡眠が細切れになったり、体力的・精神的な負担が重なったりすると、それが気分の波に影響することがあります。授乳にこだわりすぎてお母さんが疲れきってしまっては本末転倒です。困りごとが強いときは、ミルクを併用する混合栄養にしたり、場合によっては授乳を中止したりすることも、立派な選択肢の一つです。「どうすればお母さんが安定して育児を続けられるか」という視点で、主治医と一緒に考えていきましょう。
受診の目安
以下に当てはまる方は、早めに主治医に相談することをおすすめします。
- 双極性障害の治療中で、妊娠を考え始めている、または将来妊娠を希望している
- 妊娠がわかり、これからの薬や治療について不安がある
- 自己判断で薬をやめてしまった、または減らしてしまった
- 出産後で、気分の浮き沈みやイライラ、眠れなさが強くなってきた
- 産後、育児や授乳の負担が大きく、こころの状態が不安定に感じる
- ご家族から「最近様子が違う」と心配されている
「相談するほどではないかも」と迷うときこそ、早めの相談が安心につながります。
まとめ
双極性障害をもつ方の妊娠・授乳では、薬を続けるか中断するかをめぐって不安が大きくなりがちですが、自己判断で薬をやめることは再発のリスクを高めるため避けたい選択です。双極性障害は産後に再発しやすいことを知っておくと、あらかじめ備えることができます。妊娠を考え始めた段階で主治医・産科と相談し、計画を立てておくことが安心への近道です。母乳とお薬についても、多くの向精神薬は母乳への移行が比較的少ないとされ、お子さんの様子をみながら両立できる場合が多いと考えられています。一人で抱え込まず、早めに医療者と一緒に準備していけば、安心して新しい家族を迎える道はきっと開けます。診断や治療方針は必ず医師が行いますので、まずは気軽にご相談ください。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 双極性障害診療を極める2021 精神科治療学
よくある質問
妊娠がわかったら、自分の判断で薬をやめたほうがよいですか?
自己判断での中断はおすすめできません。妊娠中に服薬を中断すると再発しやすくなることが知られています。やめるかどうか・どう減らすかは、必ず主治医に相談しながら決めましょう。
授乳中はお薬を飲めないのでしょうか?
多くの向精神薬は母乳に移行する量が比較的少ないとされ、授乳と薬物治療を両立できる場合が多いと考えられています。お子さんの様子をみながら、主治医・小児科・産科と相談して個別に判断します。
いつ主治医に相談を始めればよいですか?
妊娠を考え始めた段階での相談が理想です。妊娠が判明してからでは薬の調整が難しいことが多く、事前の情報共有と計画づくりが鍵になります。
産後はどんなことに気をつければよいですか?
双極性障害は産後に再発しやすい時期です。睡眠不足を避けてできるだけ休む、ご家族に支えてもらう、気分の変化を感じたら早めに主治医へ連絡する、といった備えが役立ちます。出産前にご家族と相談しておくと安心です。
双極性障害があると診断されたら、妊娠はあきらめたほうがよいですか?
そんなことはありません。計画的に主治医・産科と相談し、治療を続けながら妊娠・出産を迎えている方は多くいます。大切なのは、一人で抱え込まず、早めに医療者と一緒に準備を進めることです。