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はじめに

「あの頃は調子がよかった。むしろ人生で一番元気だったかもしれない」。 うつの相談で来院された方にこうお伝えすると、当時を懐かしむように話される方が少なくありません。睡眠が短くても平気で、夜遅くまで活動でき、頭の中にアイデアが次々とわいてくる――そんな時期を「絶好調だった」と振り返るのです。

ところが、その「絶好調」が、実は**軽躁(けいそう)**と呼ばれる状態だったということがあります。軽躁とは、気分や活動のエネルギーがいつもより高まり、ふだんとは違う調子のよさが続く状態のことです。問題は、軽躁が本人にとって「つらい症状」ではなく「輝かしい元気な時期」として体験されるため、自分ではなかなか異常と気づけないという点にあります。

「気づけなかった自分が悪いのでは」と感じる必要はありません。軽躁に自分で気づくのが難しいのは多くの方に共通することで、専門家が問診を工夫してようやく見つかることも多いのです。

この記事では、

  • なぜ軽躁は自分では気づきにくいのか
  • 気分ではなく「行動とエネルギーの変化」から振り返るコツ
  • セルフチェックや受診のときに役立つ視点

を、専門家が実際に用いている問診の工夫をもとに、患者さん向けにかみくだいてお伝えします。

なぜ軽躁は「自分では」気づけないのか

うつの状態はつらく、本人も「いつもと違う」と自覚しやすいものです。一方で軽躁は、その逆のことが起こります。

軽躁の時期は、頭がさえて仕事や家事がはかどり、人付き合いも積極的になり、気分も明るくなりがちです。本人からすれば「調子が戻った」「やっと本来の自分になれた」と感じられることが多く、わざわざ病院で相談しようとは思いません。つらくない、それどころか心地よいからこそ、記憶の中で「症状」として残りにくいのです。

さらに難しいのは、ご家族など身近な人も同じように受け取りがちな点です。「最近すごく元気そうでよかった」と、周囲もまた「いい時期」としてとらえてしまうことがあります。そのため、本人にも家族にも軽躁が見過ごされ、うつの面だけが治療の対象になってしまうことがあるのです。

軽躁の有無は、その後の治療方針を考えるうえでとても大切な手がかりになります。だからこそ、「調子がよかった時期」を一度ていねいに振り返ってみる価値があります。

「気分」より「活動とエネルギー」から振り返る

軽躁を振り返るとき、多くの方は「ハイになっていたか」「やたらイライラしていたか」といった気分から思い出そうとします。ところが、一時的な気分の高ぶりや苛立ちを、ふだんの気分とはっきり区別して思い出すのは、実はとても難しいのです。

そこで専門家が注目するのが、活動量とエネルギーの変化です。気分のような感覚的なものより、「どれだけ動いていたか」「どれだけ眠らずに平気だったか」といった、量としてとらえやすい変化のほうが、記憶に残りやすく振り返りやすいのです。

実際、近年の診断の考え方でも、活動性やエネルギーの高まりが軽躁の中心的なサインとして重視されるようになっています。つまり、「気分がどうだったか」より先に、「行動とエネルギーがどう変わったか」から振り返るのが、見つけるコツなのです。

行動・エネルギーの変化に注目する具体例

次のような変化が、ある一時期にまとまって現れていなかったかを思い出してみてください。

  • 睡眠時間が短くても、日中まったく平気だった
  • 夜遅くまで仕事や趣味に没頭しても、疲れを感じにくかった
  • アイデアや「やりたいこと」が次々とわいてきた
  • 予定や計画を、ふだんよりたくさん詰め込んでいた
  • いつもより活動的・社交的になり、口数も多かった
  • 買い物や出費が、ふだんより増えていた

これらは「気分」ではなく、外から見ても分かりやすい「行動」の変化です。気分のハイやイライラは、こうした行動を思い出したあとで「そういえば気分も高ぶっていたかも」と後から確認するくらいでちょうどよい、というのが専門家の考え方です。

専門家はこう尋ねる ―振り返りに使えるヒント

ある専門家は、軽躁を見つけるために、次のような流れで問診を進めることをすすめています。これは、ご自身で振り返るときのヒントにもなります。

まず、本人が「異常」と身構えないよう、こんなふうに前置きをします。 「気分が落ち込む状態の方の中には、逆に上向きになる波を持つ方も少なくありません。その波があるかどうかで、これからの対応の仕方が変わってきます」。 こうして、軽躁を「恥ずかしいこと」「特別に重い病気」ではなく、ふつうに確認しておきたいことの一つとして話せるようにします。

そのうえで、気分ではなく活動から尋ねます。 「今は気力がわかずつらい状態ですが、逆に、これまでで一番元気で活動的だったのはいつ頃ですか?」 「その時期は、夜遅くまで動いても疲れを感じず、睡眠が短くても平気ではありませんでしたか?」

そして最後に、ようやく気分について確認します。 「その時期は、気分がハイになっていたり、ずっとイライラしていたりはしませんでしたか?」

この「活動が先、気分は後」という順番こそが、軽躁を思い出しやすくする工夫です。ご自身で振り返るときも、まず「一番活動的だった時期」を一つ思い浮かべ、そこから「眠らなくても平気だったか」「やることが増えていたか」とたどると、当時の状態を整理しやすくなります。

なお、その時期に「周囲から気づかれるくらいの変化だったか」も目安になります。自分では当たり前に感じていても、家族や同僚から「最近ちょっと様子が違うね」と言われたことがあれば、それは大切な手がかりです。

チェックリストは「入口」であって「診断」ではない

軽躁や双極性障害の気づきを助ける道具として、自分で記入できるチェックリストがあります。代表的なものに、MDQ・BSDS・HCL-32といった質問票があり、研究で診断精度が調べられています。

ただし、必ず知っておいていただきたいことがあります。これらのチェックリストは、あくまで「気づきの入口」であって、診断そのものではありません

質問票は、可能性に気づくきっかけや、医師に伝えるべき症状を整理するのに役立ちます。一方で、点数が高くても双極性障害と決まるわけではなく、低くても可能性が完全に否定されるわけでもありません。気づいた症状を手がかりに、医師が問診を通して総合的に判断していく――その流れがあって初めて、適切な評価につながります。

ですから、結果に一喜一憂しすぎる必要はありません。「気になる点が見つかったから、一度専門家に相談してみよう」というきっかけとして活用していただくのが、いちばん安心で確実な使い方です。

受診の目安

以下に思い当たることがあれば、一度ご相談ください。

  • うつの治療を受けているが、過去に「やけに調子がよく、活動的だった時期」がある
  • 睡眠が短くても平気で、夜遅くまで活動できた時期があった
  • アイデアや予定、出費がふだんより明らかに増えた時期があった
  • 家族や周囲から「あの頃は様子が違った」と言われたことがある
  • セルフチェックの質問票で、気になる項目が複数当てはまった
  • 「ただ元気なだけ」と思っていたが、振り返ると行動の変化が大きかった

これらはあくまで気づきの手がかりであり、当てはまっても必ず病気というわけではありません。診断は医師が問診を通して行いますので、安心してご相談ください。

まとめ

軽躁は、本人にとって「つらい症状」ではなく「輝かしい元気な時期」として体験されるため、自分では気づきにくいのが大きな特徴です。だからこそ、気分の浮き沈みよりも、睡眠が短くても平気・活動量が増える・予定や出費が膨らむといった「行動とエネルギーの変化」から振り返ると、当時の状態を思い出しやすくなります。

セルフチェックの質問票は気づきの入口として役立ちますが、診断そのものではありません。「一番活動的だった時期」を具体的に思い出して医師に伝えることが、適切な評価への一番の近道です。

軽躁に気づけることは、決して悪いことではなく、これからの治療をより自分に合ったものにしていくための大切な一歩です。気になる点があれば、どうぞ気軽にご相談ください。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 双極性障害診療を極める2021 精神科治療学

よくある質問

軽躁は自分で気づけないものですか?

軽躁の時期は本人にとって調子がよく幸せに感じられることが多いため、自分では「異常」と気づきにくいのが特徴です。気分ではなく、睡眠や活動量の変化から振り返ると見つけやすくなります。

気分のハイより先に何を思い出せばよいですか?

「これまで一番元気で活動的だった時期」を思い出すのがおすすめです。睡眠が短くても平気だった、夜遅くまで動けた、アイデアや予定が次々わいた、といった行動とエネルギーの変化が手がかりになります。

MDQやHCL-32などのチェックリストで診断できますか?

これらは気づきのきっかけとなるスクリーニング(ふるい分け)の道具で、診断そのものではありません。結果はあくまで入口で、診断は医師が問診を通して行います。

家族が「元気でよかった」と言っていた時期も関係しますか?

はい、関係することがあります。ご家族も、軽躁の時期を「ただ元気な時期」ととらえていることが少なくありません。当時のメモや写真、家計の記録など、客観的に残っているものがあると、振り返りの助けになります。

受診のとき、何を伝えればよいですか?

「これまでで一番活動的だった時期」を具体的に話していただくと、診断の大きな助けになります。いつ頃、どのくらいの期間、睡眠や活動がどう変わったか、周囲から何か言われたか、などを思い出せる範囲でお話しください。

関連する病気の説明

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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