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はじめに

「あのとき、もっと早く気づけていれば」。双極性障害(躁うつ病)とつきあっていると、気分が大きく上がったり下がったりしたあとで、そう感じることがあるかもしれません。波の真っ最中は自分では気づきにくく、まわりに言われて初めて「そういえば最近、眠れていなかった」と振り返ることも少なくありません。

そんなとき、力になってくれるのが「記録」です。毎日の気分・睡眠・活動量を簡単に書きとめておくと、自分の波のパターンや、波が来る前の小さなサインが、だんだん見えてくることがあります。これは双極性障害の心理教育(病気とのつきあい方を学ぶこと)でも、とても大切にされている工夫です。

「記録なんて続かない」「面倒くさそう」と感じる方も多いと思います。でも、心配いりません。この記事では、何を記録すればよいのか、なぜ睡眠まで書くとよいのか、記録を診察でどう活かすのか、そして難しく考えずに続けるコツを、やさしくお伝えします。診断や治療方針は医師が一人ひとりの状態をみて判断しますので、ここでは「自分の波とつきあう道具の使い方」として読んでいただければと思います。

記録する3つの基本 ―気分・睡眠・活動

まずは欲張らず、3つの要素から始めるのがおすすめです。

ひとつめは「気分の上下」です。今日は調子が良かったか、ふつうか、落ち込んでいたか。あるいは逆に、いつもよりテンションが高く活動的だったか。ざっくりで構いません。

ふたつめは「睡眠時間」です。何時ごろ寝て、何時ごろ起きたか。よく眠れた感じがあったか。これがあとで述べるように、とても大事な情報になります。

みっつめは「活動量」です。どれくらい動いたか、人と会ったか、忙しかったか、それともゆっくり過ごせたか。

この3つに、できれば「服薬したかどうか」と「その日の出来事(うれしいこと、ストレスになったことなど)」を一言そえておくと、あとで振り返ったときに「何があって波が動いたのか」が結びつきやすくなります。経験したエピソードを、縦軸に気分、横軸に時間をとって図にあらわす「ライフチャート」という方法も知られていますが、最初からきれいに描こうとしなくて大丈夫です。まずは3つの要素を、続けられる形で書きとめることから始めましょう。

睡眠と生活リズムは「波の前ぶれ」になりやすい

気分の記録だけでなく睡眠もつける。これには理由があります。

双極性障害では、睡眠と覚醒のリズムの乱れが、気分の波の引き金になりやすいことが知られています。眠れない日が続いたり、逆に眠りすぎたりといった変化が、調子が上がる・下がるサインとして、気分そのものより先に現れることがあるのです。また、人と会う予定が立て込んだり、休息をうまくとれなかったりすることも、波につながりやすいといわれます。

ここで参考になるのが、生活リズムを整えることを重視する「対人関係・社会リズム療法(IPSRT)」という考え方です。起きる時間・食事・人と会うタイミングといった日々の生活リズムを、ある程度の範囲に保つことが、気分の安定に役立つと考えられています。

だからこそ、睡眠や活動を毎日記録しておくと、「ここ数日、寝つきが悪い」「予定が詰まって休めていない」といった変化に、早めに気づけます。気分が大きく動く前の段階で手を打ちやすくなる。これが、睡眠まで記録することの大きな意味です。なお、ここでお伝えしているのは一般的な考え方で、ご自身にどの要素が特に関係するかは、診察のなかで医師と一緒に確かめていくのがよいでしょう。

「再発の早期発見」を自分と家族で共有する

双極性障害の心理教育で重視される目標のひとつに、「気分の変化に自分で気づけるよう、再発の初期サインを知り、家族と共有しておく」というものがあります。

人によって、波が来る前のサインは違います。「夜ふかしが増える」「買い物やおしゃべりが急に増える」「逆に連絡がおっくうになる」など、自分なりの早めのサインがあるものです。過去の自分の経験を振り返りながら、こうした「早期警告サイン」を具体的にリストにしておくと、次に同じ兆しが出たときに気づきやすくなります。記録を続けていると、こうした自分だけのパターンが見えてきます。

そして大切なのが、このサインを家族や身近な人とも共有しておくことです。あらかじめ「こういう様子が出てきたら、早めに受診を考えよう」と話し合っておくと、いざというときに落ち着いて対処できます。共有がないと、まわりが心配のあまり、ふつうの言動にまで「上がっているのでは」「下がっているのでは」と過剰に反応してしまい、かえってぎくしゃくすることもあります。サインと対処のしかたを前もって共有しておくことは、本人にとっても家族にとっても、おだやかなやりとりの助けになります。

記録は「通信簿」ではなく、自分のための道具

ここで、いちばん大切なことをお伝えします。記録は、良し悪しを採点する通信簿ではありません。

記録の目的は、誰かに評価されることでも、「ちゃんとできているか」を確かめることでもありません。自分の波のクセを知り、波が来そうなときに前もって備えるための道具です。点数が低い日があっても、空白の日があっても、それで失格になることはありません。

「健康な人にも、大なり小なり気分の波はある」とよくいわれます。双極性障害は、その波が体質的な影響でやや大きく出てしまっている状態と考えると、必要以上に自分を責めずにすむかもしれません。記録を見て一喜一憂するためではなく、「自分はこういうときに崩れやすいんだな」と知り、対処を準備するために使う。そう考えると、記録はぐっと気楽な味方になります。

診察で記録を見せると、調整がしやすくなる

つけた記録は、ぜひ診察に持っていってください。

診察の時間はかぎられていて、その日の調子だけでは、ここ数週間の動きまでは伝わりにくいものです。毎日の気分・睡眠・活動の記録があれば、「この時期に眠れなくなって、そのあと気分が上がってきた」といった流れを、医師と一緒に目で見て確認できます。

こうした記録があると、医師は薬の量やタイミング、生活面の工夫について、より根拠を持って一緒に考えやすくなります。記録は、あなたと医師が同じものを見ながら相談するための、共通の資料になるのです。言葉だけでは伝えづらかった変化も、記録があれば自然と話題にできます。治療は、医師が一方的に決めるものではなく、こうした情報を持ち寄って一緒に組み立てていくものです。

続けるコツ ―最小限・ざっくり・手軽に

最後に、無理なく続けるためのコツをお伝えします。

項目は最小限に。 まずは気分・睡眠・活動の3つだけで十分です。あれもこれもと欄を増やすと、それ自体が負担になって続きません。慣れてきて、もっと書きたくなったら増やせばよいのです。

点数化はざっくりで。 気分を「良い・ふつう・悪い」の3段階にする、5段階で「だいたい3」とつける、その程度で構いません。正確さより、毎日つけられることのほうが大切です。

道具は何でもOK。 専用の用紙でなくても、スマホのメモアプリ、カレンダー、手帳の片すみ、どれでも大丈夫です。自分が手に取りやすく、続けられそうなものを選んでください。睡眠覚醒リズム表や社会リズム表といった既製の様式を使うのもよいですし、医師に相談すれば、その人に合った記録のしかたを一緒に考えてもらえます。

完璧を目指すより、ゆるくても長く続けること。それが、いちばん役に立つ記録になります。

受診の目安

以下に当てはまるときは、無理をせず相談することをおすすめします。

  • 眠れない、または眠りすぎる状態が数日以上続いている
  • 気分の落ち込みが強く、長く続いている
  • いつもより気分が高ぶり、しゃべりすぎ・使いすぎ・寝なくても平気といった様子がある
  • 自分やまわりが「いつもと違う」と感じる変化が出てきている
  • 前もって家族と決めておいた「早めのサイン」が出てきた
  • 「消えてしまいたい」といった考えが頭をよぎる(この場合は早めにご相談ください)

診断は医師が一人ひとりの状態をみて行います。当てはまるものがあれば、記録を持って早めにご相談ください。

まとめ

気分・睡眠・活動を毎日少しずつ記録すると、自分の波のパターンや、波が来る前のサインが見えてきます。とくに睡眠や生活リズムの乱れは、気分の波の前ぶれになりやすい大切な手がかりです。再発の初期サインを自分と家族で共有しておけば、いざというときに落ち着いて備えられます。記録は採点のためではなく、自分の波とつきあい、対処を準備するための道具です。最小限・ざっくり・手軽に、続けやすい形で始めてみてください。つけた記録は診察に持ってきていただければ、これからの調整を一緒に考えていけます。あなたの波とのつきあい方を、私たちはいっしょに見つけていきます。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 『双極性障害診療を極める2021』(精神科治療学)
  • 『気分症群』

よくある質問

記録は毎日きちんとつけないと意味がないですか。

毎日完璧でなくても大丈夫です。記録は試験の答案ではなく、自分の波のクセを知るための道具です。空白の日があっても、気づいたときに再開すれば十分役に立ちます。続けやすさを最優先にしてください。

なぜ気分だけでなく睡眠も記録するのですか。

睡眠や生活リズムの乱れが、気分の波の前ぶれになりやすいと考えられているためです。眠れない・眠りすぎるといった変化に早めに気づくことが、波が大きくなる前の対処につながります。

記録は診察に持っていったほうがよいですか。

ぜひお持ちください。日々の気分・睡眠・活動の記録があると、医師が薬や生活の調整を判断する手がかりになります。言葉だけでは伝わりにくい変化も、記録があると共有しやすくなります。

記録をつけていると、かえって不安になりそうです。

記録を見て一喜一憂してしまう方もいらっしゃいます。その場合は、毎回の点数にこだわらず、「数日から数週間の大きな流れ」を見るようにすると気がラクになります。つらく感じるときは、記録のしかた自体を主治医に相談してみてください。

関連する病気の説明

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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