はじめに
双極性障害(躁うつ病)で通院されている方やそのご家族から、「気分が大きく落ち込んだとき、つい『消えてしまいたい』と思ってしまう」「家族が急に元気をなくして心配だが、どう声をかけたらいいか分からない」というお話をうかがうことがあります。
つらいときに「死にたい」という気持ちがよぎることは、決してあなたが弱いからでも、特別なことでもありません。双極性障害という病気の波の中で、多くの方が同じような瞬間を経験しています。そして大切なのは、その気持ちは病気の症状の一部であり、治療と相談によって和らげていけるものだということです。
この記事では、双極性障害でなぜ自殺のリスクが高まりやすいのか、本人やご家族が気づきたい危険なサイン、見落とされやすい「混合状態」、そしてどんなときにすぐ相談すべきかを、落ち着いて読める形でまとめました。煽るためではなく、「知っておけば防ぐ手立てがある」とお伝えするための記事です。
双極性障害は自殺リスクが高い病気です
双極性障害は、気分が高ぶる「躁」や「軽躁」の時期と、ひどく落ち込む「抑うつ」の時期を繰り返す病気です。あまり知られていませんが、双極性障害は気分の病気の中でも自殺のリスクが高いことが、これまでの研究で繰り返し指摘されています。一般の人と比べてリスクが何十倍にもなるという報告もあるほどです。
特に注意が必要なのが「抑うつ状態」のときです。躁や軽躁のときと比べると、落ち込みが強い抑うつのときのほうが、自殺の危険性は高まりやすいとされています。双極性障害の方は、人生の中で抑うつの時期を過ごす割合が比較的長いことも知られており、その分、リスクの高い時期と向き合う機会も多くなります。
また、発症した年齢が若い(おおむね35歳より前に発症した)場合に、より注意が必要だという指摘もあります。だからこそ、若いうちから診断を受けて治療につながっておくことには大きな意味があります。
ここで強調しておきたいのは、「リスクが高い」ことと「防げない」ことはまったく別だということです。正しい知識を持ち、早めに相談することで、危険な時期を一緒に乗り越えていくことができます。
見落とされやすい「混合状態」に注意
双極性障害の自殺予防を考えるうえで、特に知っておいてほしいのが「混合状態」です。
混合状態とは、簡単に言うと、うつの気分と躁のエネルギーが同時に混ざり合っている状態のことです。気持ちはひどく落ち込んでつらいのに、頭や体だけは妙に活発で、じっとしていられない。そんなアンバランスな状態が起こります。
この状態は、落ち込んで動けないだけのうつとは違い、「つらい」という気持ちと「動けてしまう」エネルギーが同居しているため、危険が高まりやすいと考えられています。混合状態は、少なくとも抑うつ状態と同じくらい、あるいはそれ以上に注意が必要な状態だと言われています。
さらに、次のようなサインがあるときも、危険が高まりやすいとされています。
- 強い不安があり、そわそわして落ち着かない(焦燥)
- 現実離れした考えにとらわれる、幻聴などの症状を伴う
- 衝動的に行動してしまいやすくなっている
混合状態はうつ病として治療されているうちは見過ごされやすく、ご本人も「ただ調子が悪いだけ」と感じていることがあります。普段と様子が違う、落ち込んでいるのにそわそわが止まらない――そんなときは、その変化を主治医に伝えてください。診断や治療の見直しのきっかけになります。
本人・家族が気づきたい危険なサイン
ご本人にとっても、そばで支えるご家族にとっても、「これは早めに相談したほうがよい」というサインを知っておくことは助けになります。次のような様子が見られるときは、ひとりで抱え込まず、専門家につながるタイミングです。
- 「死にたい」「消えてしまいたい」という気持ち(希死念慮)が、一時的ではなく続いている
- 自殺の方法や時期など、考えが具体的になってきている、あるいは周囲にほのめかしている
- 自傷行為を短い間隔で繰り返している
- 急に身辺の整理を始める、大切なものを人に譲るなど、普段と違う行動が見られる
- お酒の量が増え、酔った勢いで衝動的になりやすくなっている
特に、気持ちが具体的な「計画」に変わってきているときや、自傷を繰り返しているときは、より慎重な対応が必要です。
ここで一つ、見落としやすい大切な点があります。それは、見かけ上は落ち着いて見えても油断できない場合があるということです。たとえば、つらい時期を過ぎたように見えて、急に表情が明るくなったときでも、心の中では「死にたい気持ち」が同じ強さで続いていることがあります。表面の落ち着きだけで「もう大丈夫」と判断せず、ご本人の言葉に耳を傾けることが大切です。
ご家族へ。ご本人が「死にたい」と口にしたとき、驚いて「そんなこと言わないで」と打ち消したくなるのは自然なことです。けれども、まずは話をそらさず、つらい気持ちをそのまま受け止めてみてください。そのうえで、「一緒に主治医に相談しよう」と、次の一歩につなげる声かけが力になります。
治療と相談がリスクを下げます
「自殺のリスクが高い」と聞くと不安になるかもしれませんが、双極性障害は、適切な治療を続けることでリスクを下げていける病気です。
薬物療法のなかでは、気分安定薬の一つであるリチウムに、自殺予防に関わる効果があると以前から指摘されています。ただし、リチウムをはじめどの薬を使うかは、体の状態や副作用とのバランスを見ながら医師が一人ひとり判断します。薬の量や飲み方の管理はとても大切ですので、自己判断で増減せず、必ず主治医と相談してください。診断と治療方針を決めるのは医師の役割です。
薬だけでなく、病状が変化したときに通院の間隔を一時的に短くして、こまめに様子を見ていくことも、有効な自殺予防の工夫です。「最近、波が大きい」「気分が落ちてきた」と感じたら、次の予約を待たずに相談して構いません。
そして何より大切なのは、ひとりで抱え込まないことです。死にたい気持ちは、誰かに打ち明けることで少し軽くなり、専門家とつながることで対処の道が開けます。あなたが感じているつらさは、相談していい種類のつらさです。
受診の目安
以下に当てはまるときは、ひとりで抱え込まず、主治医やクリニックにご相談ください。
- 「死にたい」「消えてしまいたい」という気持ちが続いている
- 自殺の方法や時期など、考えが具体的になってきている
- 自傷行為を繰り返している、その間隔が短くなっている
- ひどい落ち込みなのに、そわそわして落ち着かない(混合状態が疑われる)
- 急に身辺整理を始めるなど、普段と違う行動が見られる
- ご家族から見て、明らかに様子がいつもと違うと感じる
危険が差し迫っていると感じるときは、ためらわず救急(119番)に連絡してください。ひとりで抱える必要はありません。
まとめ
双極性障害は自殺のリスクが高い病気ですが、それは「防げない」という意味ではありません。特に抑うつ状態や、うつと躁が混ざる混合状態のときは注意が必要で、希死念慮が続く・計画が具体化する・自傷を繰り返すといったサインは、早めに相談すべき合図です。見かけ上落ち着いて見えても油断はできません。リチウムをはじめとした治療や、こまめな通院は、リスクを下げる助けになります。死にたい気持ちは病気の波の一部であり、相談していいつらさです。どうかひとりで抱えず、私たちや身近な支援につながってください。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 双極性障害診療を極める2021(精神科治療学)
よくある質問
気分が落ち着いて見えるときは安心してよいですか。
見かけ上落ち着いて見えても、心の中では「死にたい気持ち」が続いていることがあります。自殺未遂のあとに一時的に表情が明るく見える場合もあり、油断は禁物です。気になるときは主治医に率直に伝えてください。
本人が「死にたい」と言ったら、どう声をかければよいですか。
話をそらさず、落ち着いて受け止めることが大切です。「気のせいだよ」と打ち消すより、つらさを認めたうえで、主治医やクリニックに一緒につながることを提案してください。具体的な計画を話している場合はすぐに相談・受診を検討します。
治療で自殺のリスクは下げられますか。
適切な治療や定期的な通院は、リスクを下げる助けになると考えられています。気分安定薬の一つであるリチウムには自殺予防に関する報告もあります。薬の選択は必ず医師が判断しますので、ひとりで抱えず相談してください。
受診のタイミングが分かりません。次の予約まで待つべきですか。
波が大きくなったと感じたら、次の予約を待つ必要はありません。気分の落ち込みや混合状態のサインが出てきたとき、早めに連絡・相談することは適切な行動です。緊急性が高いと感じるときは、救急も検討してください。