はじめに
「もう何年もうつ病の治療を続けているのに、よくなったり崩れたりを繰り返している」「最近になって、実は双極性障害かもしれないと言われた」——そんな経験をして、戸惑っている方は少なくありません。「どうしてもっと早く分からなかったのだろう」「これまでの治療は無駄だったのだろうか」と、やりきれない気持ちを抱えることもあると思います。
そう感じているのは、あなただけではありません。双極性障害、とくにII型は、世界的にみても診断までに年単位の時間がかかることがある病気です。それはあなたや主治医のせいというより、この病気そのものが「見つかりにくい構造」を持っているからです。
この記事では、なぜ診断が遅れやすいのか、その仕組みをやさしく解説します。そのうえで、見逃しを減らすために、受診のときに本人やご家族からどんな情報を伝えるとよいのかを、具体的にまとめます。症状そのものの違いよりも、「受診のときに何を話すか」という実践的なところに重心を置いてお伝えします。なお、最終的な診断は経過を含めて医師が行います。
なぜ診断が遅れるのか ―見つかりにくい「構造」
双極性障害が見逃されやすいのには、いくつかの重なり合った理由があります。まずはその構造を知っておくと、「どこに手がかりがあるのか」が見えてきます。
患者さんは「うつ」で受診し、軽躁を異常と思いにくい
双極性障害のII型は、気分が下がる「抑うつ」の時期と、反対に少し上向く「軽躁(けいそう)」の時期を行き来します。経過を長く追うと、抑うつで過ごす時間のほうが長くなりやすく、つらいのはこの抑うつの時期です。そのため、多くの方は「うつのつらさ」をきっかけに受診します。
一方で、軽躁の時期は本人にとって「むしろ調子がよかった頃」「やっと元気が出た時期」と感じられやすいのが特徴です。頭が冴(さ)えて仕事がはかどり、活動的になるため、これが治療の対象になる症状だとは思いにくいのです。診察室でも、語られるのは落ち込みのつらさが中心になり、過去の好調期は「ただ元気だった頃」として話題にのぼらないまま過ぎてしまいます。
軽躁は、もともと「つかみにくい」
ある専門書では、双極II型障害を「変幻自在でとらえがたいもの」と表現しています。軽躁は、はっきりした輪郭を結びにくく、本人も周囲も「病気のサイン」とは気づきにくい——だからこそ見逃されやすい、という指摘です。気分が高ぶる、という言葉のイメージほど派手ではなく、「いつもより少し活動的」「少し元気すぎた」くらいの、自然な好調に見えることが多いのです。
家族もまた、好調期を覚えていないことがある
本人をよく知るご家族の情報はとても役立ちますが、ご家族もまた、軽躁の時期を「あの頃は元気だったね」と本人と同じように受け止めていることがあります。つまり、本人にも家族にも「異常だった」という記憶として残りにくい。この積み重なりが、診断を難しくしています。
「うつ病」と診断され、確定まで年単位かかることも
こうした構造のために、双極性障害の方が、はじめは「うつ病」と診断されて治療を受け、後になって診断が見直される、ということが一定の割合で起こります。
これは、けっして珍しいことではありません。ある総合病院の報告では、双極性障害と診断された方のうち、それ以前は別の診断名(多くはうつ病)で治療を受けていた方が、相当数いたことが示されています。背景には、目立ちにくい軽躁が見逃されていたこと、そして本人が単独で受診を続け、家族からの客観的な情報が主治医に届きにくかったことがあると指摘されています。
大切なのは、これは「前の診断が間違いだった」という単純な話ではない、ということです。診察の時点で得られていた情報のなかでは、うつ病と考えるのが自然だった、というケースが多いのです。その後、経過を追い、新しい情報が加わることで、判断がより正確になっていく——そう理解していただくと、これまでの治療を否定せずに前へ進めます。
そして、早く適切な診断にたどり着くことには意味があります。診断と治療が遅れると、気分の波を繰り返す回数が増えたり、気分が不安定なまま長引いたりしやすいことが報告されています。逆に言えば、早めに見立てが整うことは、その後の経過を穏やかにするための土台になります。
双極性を疑う「手がかり」を知っておく
では、どんなときに「うつ病ではなく、背景に双極性があるかもしれない」と考えるのでしょうか。研究では、うつの症状で受診した方のなかで、双極性を示唆しやすいいくつかの特徴が指摘されています。これは自分で診断するためのものではなく、「医師に伝えるとよい情報」として知っておいてください。
代表的な手がかりには、次のようなものがあります。
- 血のつながった家族(親・きょうだい・子)に、双極性障害の人がいる……気分の病気には体質的に受け継がれやすい面があり、第一度親族の家族歴は重要な手がかりとされています。
- 抑うつがはじめて起きたのが若い頃だった……比較的若い年代(おおむね二十代前半より前)で最初の抑うつが現れた場合、注目される特徴のひとつです。
- うつの時期を、何度も繰り返してきた……抑うつのエピソードを繰り返してきた経過(たとえば何度も再発している)は、背景に双極性がある可能性を考える材料になります。
- 産後に強い抑うつを経験した……出産後の抑うつも、手がかりのひとつとして挙げられています。
これらはあくまで「可能性を考えるための目印」であり、当てはまるからといって双極性障害だと決まるわけではありません。複数の情報を医師が総合して、慎重に判断します。
抗うつ薬の効き方が「見直しの合図」になることも
すでにうつ病として治療を受けている方では、薬の効き方の変化が、診断を見直す手がかりになることがあります。
たとえば、次のような変化です。
- 抗うつ薬を始めてから、急に気分や活動が高まった……薬をきっかけに、軽躁のような上向きの状態が現れることがあります。
- 最初は効いた薬の効果が、長続きしなくなった……急性期にはよく効いた抗うつ薬の効果が、しだいに失われていくことがあります(専門的には「ウェアオフ」と呼ばれます)。
- いくつ薬を変えても、なかなか安定しない……複数の抗うつ薬を試しても十分な改善が得られない場合も、背景を再検討する材料になります。
こうした変化が出たときは、双極性の可能性をもう一度考え直す合図になることがあります。ただし、ご自身で薬を中止したり量を変えたりするのは避けてください。気づいたことを主治医に率直に伝えることが、次の一歩につながります。
受診のとき、こう伝えると見逃しが減ります
ここまでの内容を、実際の診察にどう活かすか。ポイントは、医師が尋ねやすいように、また聞き逃さないように、「過去の好調期」と「家族の病気」を具体的に伝えることです。
過去の好調期については、次のように振り返ってみてください。
- これまでで一番、元気で活動的だった時期はいつ頃で、どれくらい続いたか
- その時期、睡眠が短くても平気で、いつも以上に仕事や予定をこなせたか
- 頭が冴えてアイデアが次々浮かんだり、ふだんより話し続けたりしたか
- 周囲から「あの頃は人が変わったようだった」「元気すぎた」と言われたことはなかったか
本人は好調な時期を「ふつうのこと」と感じていることが多いため、可能であれば、ご家族など身近な方に一緒に振り返ってもらうと、より正確に伝わります。ご家族の側も「異常」とは思っていなかったとしても、「いつもと違う様子だった時期」として思い出してもらえると、大きなヒントになります。
家族歴については、「血のつながった家族に、双極性障害やうつ病など、気分の病気で治療を受けた人がいるか」を伝えてください。診断名がはっきり分からなくても、「気分の波で長く通院していた」「入院したことがある」といった大まかな情報でかまいません。
さらに、これまでの経過——「うつを何度繰り返してきたか」「最初に落ち込んだのは何歳頃か」「産後につらい時期はなかったか」——をメモにして持っていくと、限られた診察時間でも伝えやすくなります。これらの情報が、医師の見立ての精度を確かに高めてくれます。
受診の目安
以下に当てはまる方は、一度ご相談いただくことをおすすめします。
- うつの治療を続けているが、なかなか良くならない、または良くなったり崩れたりを繰り返している
- これまでに、うつの時期を何度も繰り返してきた
- 過去に、いつもより極端に元気で活動的だった時期があった(睡眠が短くても平気、アイデアが次々浮かぶ、など)
- 血のつながった家族に、気分の病気で治療を受けた人がいる
- 抗うつ薬を始めてから急に気分が高まった、または効果が長続きしなくなったと感じる
- 比較的若い頃に最初の抑うつがあった、または産後につらい時期があった
これらは双極性障害かどうかを自分で決めるためのものではなく、医師と話し合うきっかけとしてお使いください。診断は医師が行います。
まとめ
双極性障害、とくにII型の診断が遅れやすいのは、患者さんがつらい「うつ」で受診し、上向きの軽躁を異常と思いにくいうえ、軽躁そのものがもともとつかみにくいからです。その結果、うつ病として治療され、確定まで時間がかかることがあります。けれども、双極性を疑う手がかり——家族歴、若い頃の初発、うつの反復、産後うつ、そして抗うつ薬の効き方の変化——を知り、受診のときに「一番元気だった時期」と「家族の病気」を具体的に伝えれば、見逃しは確実に減らせます。早く見立てが整うことは、その後の経過を穏やかにする土台になります。これまでの治療を否定する必要はありません。気になることがあれば、ひとりで抱え込まず、医師と一緒に整理していきましょう。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 双極性障害診療を極める2021(精神科治療学)
- 双極II型障害という病
よくある質問
うつ病と診断されていますが、なぜ双極性障害の診断まで時間がかかるのですか?
双極性障害、とくにII型の方の多くは、つらい「うつ」の時期に受診します。一方で気分が上向く軽躁(けいそう)の時期は本人が好調と感じやすく、診察室で語られにくいため、見つかるまで時間がかかることがあります。経過を追ううちに過去の軽躁が分かり、診断が見直されることは珍しくありません。
受診のとき、どんなことを伝えると診断の助けになりますか?
「これまでで一番元気で活動的だった時期」の様子と、「血のつながった家族に気分の病気の人がいるか」を具体的に伝えると、医師の判断の精度が上がります。睡眠が短くても平気だった時期や、調子が上がったり下がったりを繰り返してきた経過も役立ちます。診断は医師が行います。
抗うつ薬を飲んでいて気分が急に上がったのですが、関係ありますか?
抗うつ薬を始めてから急に気分や活動が高まった、あるいは最初は効いた薬の効果が長続きしなくなった、といった変化は、診断を見直す手がかりのひとつになることがあります。自己判断で薬を中止せず、気づいたことを主治医に伝えてください。
家族に双極性障害の人がいると、自分も必ずそうなるのですか?
必ずそうなるわけではありません。家族歴はあくまで「可能性を考えるための手がかり」のひとつです。気分の病気には受け継がれやすい面があるため、医師が判断する際の参考になる、という位置づけです。心配しすぎず、情報のひとつとして伝えていただければ十分です。
早く診断がついたほうが、よいことはありますか?
はい。診断と治療が遅れると、気分の波を繰り返したり、不安定さが長引いたりしやすいことが報告されています。早めに見立てが整うことは、その後の経過を穏やかに保つための土台になります。だからこそ、過去の好調期や家族のことを伝えていただくことが大切です。