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はじめに

双極性障害の治療でリチウム(炭酸リチウム)を処方されたとき、「効く薬だと聞いたけれど、血液検査をこまめに受けるように言われた」「水分をしっかりとってくださいと念を押された」と、少し戸惑った方もいるのではないでしょうか。あるいは、頭痛や生理痛のときに市販の痛み止めを飲んでよいか迷ったり、夏場に汗をかいて「これって大丈夫なのかな」と不安になったり――そんな経験をお持ちかもしれません。

まずお伝えしたいのは、こうした疑問や不安はあなただけのものではない、ということです。リチウムは、上手につきあえば心強い味方になってくれる薬ですが、いくつか知っておくと安心なポイントがあります。だからこそ、医師や薬剤師は血液検査や水分のとり方について、ていねいに説明するのです。

この記事では、リチウムがどんな薬なのか、なぜ定期的に血中濃度(血液中の薬の量)を測るのか、脱水や飲み合わせで気をつけたいこと、長く飲むときにチェックする項目、そして「中毒かな?」と思ったときのサインについて、患者さん向けにやさしく整理します。なお、薬の量や検査の進め方は医師が一人ひとりの状態を見て判断するもので、この記事は自己判断のための手引きではありません。

リチウムはどんな薬?――双極性障害の心強い味方

リチウムは、双極性障害(躁うつ病)の治療で古くから広く使われてきた、代表的な「気分安定薬」です。気分の波を整え、上がりすぎ・下がりすぎを和らげる働きがあります。

リチウムが頼りにされる理由のひとつは、その守備範囲の広さです。気分が高ぶる躁の時期、気分が落ち込むうつの時期、そして症状が落ち着いたあとの再発予防のいずれにおいても、治療の中心となる薬のひとつに位置づけられています。さらに、自殺のリスクを下げる効果が報告されていることも、リチウムが大切にされる理由です。気分の波で生活が振り回されてきた方にとって、波を穏やかにして再発を防いでくれるこの薬は、回復を支える土台になりえます。

ただし、どんな薬にも「上手なつきあい方」があります。リチウムの場合、その鍵になるのが、これからお話しする「血中濃度」という考え方です。

なぜ定期的に血液検査をするの?――「効く濃度」と「中毒の濃度」が近いから

リチウムを飲んでいると、医師から「定期的に血液検査をしましょう」と言われます。これは、リチウムという薬の少し特別な性質によるものです。

リチウムは、「ちょうどよく効く血中濃度」と「高くなりすぎて体に負担がかかる(中毒を起こす)血中濃度」が、比較的近いところにある薬なのです。お風呂のお湯の温度にたとえると、ぬるすぎても気持ちよくないけれど、熱すぎると入っていられない――その「ちょうどよい範囲」がやや狭いイメージです。だからこそ、いまの量で濃度が適切な範囲に収まっているかを、血液検査で確かめる必要があります。

血液検査の間隔は、状況によって変わります。一般的には、薬の量を変えたときはその都度、症状が落ち着いた維持期でもおおむね2〜3か月に1回くらいのペースで、血中濃度を測っていきます。「こんなに頻繁に?」と感じるかもしれませんが、これは安全に、安心して薬を続けるための大切な習慣です。検査の具体的な間隔は、添付文書や一人ひとりの状態をふまえて医師が決めますので、指示された検査はできるだけ受けるようにしましょう。

水分のとり方が大事な理由――脱水で濃度が上がりやすい

リチウムを飲み始めると、「水分をしっかりとってくださいね」と言われることがよくあります。これには、はっきりした理由があります。

体の水分が足りなくなる(脱水になる)と、リチウムの血中濃度が上がりやすくなるのです。たくさん汗をかいたとき、暑い季節、運動のあと、あるいは発熱・嘔吐・下痢で水分が失われているときなどは、とくに注意したい場面です。同じ量を飲んでいても、体の水分が減ると、相対的に薬の濃度が高まってしまうことがあります。

だからこそ、ふだんから少し多めの水分をこまめにとることが、リチウムと安全につきあうコツになります。難しく考える必要はありません。のどが渇く前に少しずつ水やお茶を飲む、汗をかいたら忘れずに補給する――その積み重ねが、濃度を安定させる助けになります。一方で、極端に大量に飲む必要はなく、塩分を急に減らすことも濃度に影響することがあるため、食事や水分の量について気になるときは主治医に相談してください。

飲み合わせに注意――市販薬や他の科の薬は必ず伝える

リチウムを飲んでいるときに、ぜひ覚えておいていただきたいのが「飲み合わせ」です。ほかの薬の中には、リチウムの血中濃度を上げてしまうものがあります。

とくに気をつけたい薬

  • 解熱鎮痛薬(NSAIDs):頭痛や生理痛、発熱のときに使う痛み止めの一部です。市販薬としても手に入りやすく、他の科でも気軽に処方されることがあるため、いちばん注意したいグループです。
  • 一部の血圧の薬・利尿薬:血圧を下げる薬や、尿を出やすくする薬の一部も、リチウムの濃度を上げることがあります。

こうした薬は、リチウムが体から出ていくはたらきをゆるやかにして、結果的に濃度を高めてしまうことがあります。

大切なのは、新しく薬を飲むときに「リチウムを飲んでいます」と必ず伝えることです。市販薬を買うときは薬局で薬剤師に、内科や整形外科など他の科を受診するときは医師に、ひとこと伝えてください。お薬手帳を見せるのも、とても有効です。やむを得ずこうした薬を一緒に使う場合でも、医師が血中濃度をこまめに確認しながら、量を調整したり別の薬に変えたりして対応できます。自己判断で飲み合わせを決めず、まず相談する――これが安全への近道です。

長く飲むときにチェックすること――甲状腺・腎臓・体重など

リチウムは長くつきあう薬になることが多いため、血中濃度のほかにも、定期的に確認しておきたい項目があります。これは「悪いことが起きているか探す」ためというより、「変化に早めに気づいて、安心して続けていく」ための健康チェックだと考えてください。

長期に飲んでいると、甲状腺(のどにある、体の調子を整えるホルモンを出す臓器)のはたらき、腎臓のはたらき、体重などに少しずつ影響が出ることがあります。これらは急に起こるというより、ゆっくり進んで気づきにくいことがあるため、定期的に検査をしておくと安心です。

そのため、血中濃度の検査に加えて、おおむね半年から1年に1回くらいの目安で、甲状腺や腎臓のはたらきを調べる血液検査・尿検査、体重のチェックなどを行っていくのが一般的です。検査の項目や頻度は一人ひとりの状態によって変わり、医師が判断します。もし数値に変化が見られても、すぐに薬をやめなければならないとは限りません。早めに気づければ、量の調整など落ち着いた対応がしやすくなります。

「中毒かな?」と思ったときのサイン

リチウムの血中濃度が高くなりすぎると、体にさまざまなサインが現れることがあります。代表的なものとしては、次のようなものが知られています。

  • 吐き気・嘔吐、腹痛、強いのどの渇き
  • 手の震え(ふだんより強い震え)
  • ふらつき、めまい、足元のおぼつかなさ
  • 言葉がはっきりしない、ろれつが回らない
  • 強い眠気やぼんやりした感じ

こうした症状は、かぜや疲れなど別の原因でも起こりうるものなので、「これがあれば必ず中毒」というわけではありません。とはいえ、とくに汗をたくさんかいたあと、発熱・嘔吐・下痢のあと、痛み止めなどを飲んだあとにこうしたサインが出たときは、念のため早めに主治医に相談してください。気づいて相談することが、何よりの安全策です。ぐったりして水分がとれない、症状が強いといったときは、ためらわず医療機関に連絡しましょう。

なお、リチウムは妊娠中には原則として使わない薬とされています。妊娠を考えている方や、その可能性がある方は、自己判断で中止せず、必ず主治医に相談してください。

受診の目安

以下のようなことに当てはまる場合は、一度ご相談ください。

  • 吐き気・嘔吐、強い手の震え、ふらつき、ろれつの回りにくさ、強い眠気などが出ている
  • 汗をたくさんかいた・発熱や下痢が続いているなど、脱水ぎみで体調が気になる
  • 市販の痛み止めやかぜ薬、他の科の薬を飲んでよいか迷っている
  • 指示された血液検査をしばらく受けられていない
  • 妊娠を考えている、または妊娠の可能性がある

これらは、専門家に相談する目安です。当てはまるからといって、すぐに薬をやめるべきと決まるわけではありません。判断は医師が一人ひとりの状態を見ながら行いますので、気になることがあれば、抱え込まずにご相談ください。とくに症状が強いときや水分がとれないときは、早めに医療機関へ連絡してください。

まとめ

リチウムは、躁・うつ・再発予防のいずれにも使われ、自殺予防の効果も報告されている、双極性障害の心強い味方です。一方で、効く濃度と中毒を起こす濃度が近いという性質があるため、定期的な血液検査で血中濃度を確かめながら飲んでいきます。

安全につきあうコツは、こまめな水分補給で脱水を避けること、市販薬や他の科の薬を使うときは必ず「リチウムを飲んでいます」と伝えること、そして長期では甲状腺・腎臓・体重などを定期的にチェックしていくことです。吐き気・ふらつき・強い手の震えといったサインに気づいたら、早めに相談してください。

ポイントを押さえれば、リチウムは気分の波を穏やかにして、あなたの毎日を支えてくれる薬です。わからないことや不安なことは、どうか一人で抱え込まず、診察の場で気軽に話してください。一緒に、安心して続けられる方法を見つけていきましょう。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 双極性障害診療を極める2021(精神科治療学)

よくある質問

どうしてリチウムは定期的に血液検査が必要なのですか

リチウムは「効く血中濃度」と「中毒を起こす血中濃度」が近い薬です。少し濃度が高くなりすぎると体に負担がかかることがあるため、ちょうどよい範囲に保てているかを血液検査で確かめます。維持期でもおおむね2〜3か月に1回、量を変えたときや体調が気になるときはその都度測るのが一般的です。検査の間隔は医師が一人ひとりの状態を見て決めます。

市販のかぜ薬や痛み止めは飲んでも大丈夫ですか

一部の痛み止め(NSAIDsと呼ばれる解熱鎮痛薬)は、リチウムの血中濃度を上げてしまうことがあります。また血圧や利尿の薬の一部も同じように濃度を上げることがあります。市販薬を買うときや、他の科で薬を処方されるときは、必ず「リチウムを飲んでいます」と伝えてください。自己判断で飲み合わせを決めず、薬剤師や主治医に相談すると安心です。

汗をかく季節や体調をくずしたとき、何に気をつければよいですか

たくさん汗をかいたり、水分が不足して脱水ぎみになると、リチウムの血中濃度が上がりやすくなります。暑い時期や運動のあと、発熱・嘔吐・下痢で水分が減っているときはとくに、こまめな水分補給を心がけてください。ぐったりする、吐き気が続く、ふらつくといったときは、無理をせず早めに主治医に相談しましょう。

手の震えや吐き気があると、いつも中毒なのですか

必ずしもそうとは限りません。これらの症状は、かぜや疲れ、ほかの原因でも起こりえます。ただ、リチウムの濃度が高くなりすぎたときのサインとしても知られているため、とくに脱水や飲み合わせなど思い当たることがあるときは、念のため主治医に相談してください。自分で判断して薬を急にやめるのではなく、まず相談することが大切です。

リチウムはずっと飲み続けないといけませんか

双極性障害では、再発を防ぐために、症状が落ち着いたあとも一定期間リチウムを続けることがよくあります。どのくらい続けるかは、これまでの経過や再発のしやすさなどによって一人ひとり異なり、医師が相談しながら判断します。「飲み続けるのが不安」という気持ちがあれば、そのまま診察で話していただいて構いません。

関連する病気の説明

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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