はじめに
「何時間眠れば十分なのだろう」——診察室でもよくいただくご質問です。実はこの答えは、年齢によって変わります。厚生労働省が令和6年に公表した「健康づくりのための睡眠ガイド2023」は、約10年ぶりに国の睡眠指針を改訂したもので、成人・こども・高齢者というライフステージごとに、推奨される睡眠のとり方を分けて示したのが大きな特徴です。
背景には、日本人の睡眠不足の深刻さがあります。令和元年の国民健康・栄養調査では、平均睡眠時間が6時間未満の人が男性の37.5%、女性の40.6%にのぼり、OECDの調査でも日本人の平均睡眠時間は調査対象33カ国の中で最も短いと報告されました。
この記事では、同ガイドの内容をもとに、年代別の適正睡眠の目安と注意点を整理します。なお、睡眠には個人差があり、ここでの数字はあくまで目安です。診断や治療方針の判断は医師が行います。
必要な睡眠時間は年齢とともに変わる
まず前提として、夜に実際に眠ることのできる時間は、加齢とともに少しずつ短くなることがわかっています。脳波を使って厳密に調べた研究では、15歳前後で約8時間、25歳で約7時間、45歳で約6.5時間、65歳で約6時間と、成人後はおおよそ20年ごとに30分程度ずつ減っていくとされています。
一方で、寝床で過ごす時間(床上時間)は45歳以上で逆に増えていく傾向があります。つまり、若い世代は「寝床にいる時間が足りず睡眠不足になりやすい」、高齢の世代は「必要な睡眠時間に比べて寝床にいる時間が長くなりすぎやすい」——年代によって課題の方向が正反対なのです。ここが、年代別に考える意味の核心といえます。
また、ガイドは睡眠の「量」(睡眠時間)だけでなく「質」を映す指標として「睡眠休養感」——眠って休養がとれたという感覚——を重視しています。朝目覚めたときにすっきり休めた感じがあるかどうかは、自分に合った睡眠がとれているかを知る手がかりになります。
成人——6時間以上を目安に、「寝だめ」に頼らない
適正な睡眠時間の目安
成人では、おおよそ6〜8時間が適正な睡眠時間と考えられ、少なくとも6時間以上を確保するよう努めることが推奨されています。睡眠時間が極端に短いと、肥満、高血圧、糖尿病、心疾患、脳血管疾患、認知症、うつ病などの発症リスクが高まることが報告されており、92万人分のデータを解析した研究では、6時間未満で死亡リスクが有意に上昇したとされています。
ただし個人差は大きく、6時間未満で足りる人も、8時間以上必要な人もいます。日中の眠気や睡眠休養感を手がかりに、自分に必要な時間を探ることが勧められています。
休日の「寝だめ」の落とし穴
平日の睡眠不足を休日に取り戻す「寝だめ」の習慣がある方は多いのですが、眠りを実際に「ためる」ことはできません。休日に起床時刻が大きく遅れると体内時計が乱れ、「社会的時差ボケ」と呼ばれる状態になり、生活習慣病やうつ病などのリスクとの関連が報告されています。休日に長時間の睡眠が必要なこと自体が、平日の睡眠不足のサインと考え、平日の睡眠習慣を見直すことが基本です。
こども——小学生は9〜12時間、中高生は8〜10時間
こどもの睡眠には、心身の休養だけでなく、脳と身体を成長させる役割があります。ガイドでは、小学生は9〜12時間、中学・高校生は8〜10時間を参考に睡眠時間を確保することが推奨されています。一般的なイメージより長いと感じる方も多いのではないでしょうか。睡眠不足は、肥満のリスクや抑うつ傾向、学業成績の低下などとの関連が報告されています。
思春期には、体のリズムが自然に夜型へ傾き、部活動や勉強、スマートフォンなどの社会的な要因も重なって、夜ふかしと睡眠不足が最も生じやすい時期になります。夜ふかし・朝寝坊の習慣が長く続くと、朝起きられず遅刻や登校の困難につながる「睡眠・覚醒相後退障害」という睡眠障害に至ることもあり、その場合はできるだけ早い相談が重要とされています。
予防のポイントとして、ガイドは次のような工夫を挙げています。
- 朝は太陽の光を浴び、朝食をしっかりとる(週末も普段と同じ時間に起きる)
- 日中に体を動かし、スクリーンタイムを長くしすぎない
- デジタル機器は寝室に持ち込まず、別の部屋に置く
高齢者——「長く寝ること」より「寝床にいすぎないこと」
高齢の世代では、注意の向きが変わります。成人までは睡眠不足のリスクが注目されるのに対し、高齢世代ではむしろ長時間睡眠のほうが健康リスクと強く関連することが、多くの調査をまとめた研究で示されています。9時間以上の長時間睡眠がアルツハイマー病の発症リスク増加と関連するという報告もあります。
長く寝床にいても、体が眠れる時間が増えるわけではありません。かえって寝つきが悪くなり、途中で目が覚めやすくなって睡眠の質が下がり、「休めていないからもっと寝よう」とさらに長寝をする悪循環に陥りがちです。そこでガイドは、床上時間が8時間以上にならないことを目安に、個人差をふまえつつ6時間以上を目安に必要な睡眠時間を確保することを勧めています。
具体的な工夫としては、次のようなものが挙げられています。
- まず1週間、床上時間と実際に眠っている時間を区別して記録してみる
- 眠れないときはいったん寝床を離れ、眠気が来てから戻る
- 30分以上の長い昼寝は避ける(習慣的な長い昼寝は死亡リスクや認知機能低下リスクとの関連が報告されています)
- 日中は太陽の光を浴び、運動や地域活動などで活動的に過ごす
なお、日中忙しく過ごしている高齢の方では、成人と同等の睡眠時間が必要な場合もあります。
受診の目安
睡眠の問題は生活習慣の見直しで改善することも多いのですが、次のような場合は病気が隠れている可能性があり、医療機関への相談をおすすめします。
- 睡眠時間を確保しているのに、朝の休養感がない状態が続く
- 日中の強い眠気や居眠りが続く(睡眠時無呼吸などが隠れていることがあります)
- 寝つけない・途中で目が覚めるなどの不調が長く続き、生活に支障がある
- お子さんが朝起きられず、遅刻や欠席が増えている
- 気分の落ち込みや意欲の低下など、こころの不調を伴っている
睡眠の問題はうつ病などの精神疾患の初期から現れやすく、再発のリスクとも関係することが知られています。「眠りの相談」はこころの健康を守る入り口でもあります。なお、強い苦しさで緊急の対応が必要なときは、救急(119)や主治医にご相談ください。
まとめ
睡眠ガイド2023のポイントを年代別にまとめると、次のようになります。
- 成人:6時間以上を目安に確保し、「寝だめ」に頼らず平日の睡眠を見直す
- こども:小学生9〜12時間、中高生8〜10時間を参考に、朝の光・朝食・運動で夜ふかしの習慣化を防ぐ
- 高齢者:床上時間8時間以上を避け、長い昼寝を控えて日中を活動的に過ごす
どの年代にも共通するのは、時間の長さだけでなく「眠って休養がとれた感覚」を大切にすることです。数字はあくまで目安であり、必要な睡眠時間には個人差があります。工夫をしても眠りの不調が続くときは、一人で抱え込まず、どうぞお気軽にご相談ください。
参考にした資料(内容の要約・再構成であり、原文の転載ではありません)
- 健康づくりのための睡眠ガイド2023(厚生労働省・健康づくりのための睡眠指針の改訂に関する検討会)
執筆・監修:精神保健指定医 野口晋宏
よくある質問
大人は何時間眠るのが適正ですか?
睡眠ガイド2023では、成人はおおよそ6〜8時間が適正と考えられ、少なくとも6時間以上の確保に努めることが推奨されています。ただし適正な睡眠時間には個人差があり、日中の眠気や「眠って休養がとれた感覚」を手がかりに、自分に必要な時間を探ることが大切とされています。
休日の「寝だめ」で平日の睡眠不足は取り戻せますか?
実際には眠りを「ためる」ことはできないとされています。休日に長く眠らないともたないのは平日の睡眠不足のサインで、起床時刻が大きく遅れると体内時計が乱れる「社会的時差ボケ」につながり、かえって健康を損なう可能性が指摘されています。平日の睡眠時間を見直すことが基本です。
高齢になったら長く眠ったほうが体にいいのでしょうか?
高齢の方では、むしろ長時間睡眠や8時間以上の長い床上時間(寝床で過ごす時間)のほうが健康リスクと関連することが報告されています。ガイドでは、床上時間が8時間以上にならないことを目安に、日中を活動的に過ごし、長い昼寝を避けることが勧められています。
睡眠時間は足りているはずなのに、朝すっきりしません。受診したほうがよいですか?
睡眠時間を確保しても休養感が得られない場合、睡眠時無呼吸などの睡眠障害や、うつ病などの病気が背景に隠れていることがあります。生活習慣を見直しても改善しない状態が続くときは、医療機関への相談をおすすめします。診断や治療方針の判断は医師が行います。