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はじめに

「気分は良くなってきたのに、朝、決まった時間にどうしても起きられない」。 うつで休職された方から、こんな相談をよく受けます。落ち込みや意欲の低下はだいぶ和らいだ。趣味も少し楽しめるようになった。それなのに、夜はなかなか眠れず、気づけば深夜2時、3時。当然、朝は起きられず、起き上がるのはお昼近く――。そして産業医面談で「生活リズムが整っていないから、まだ復職は難しい」と言われてしまう。

こうした状況にいると、「自分は怠けているだけではないか」「気合いが足りないのではないか」と、ご自分を責めてしまいがちです。周囲からも「ただの甘えだ」と見られて、つらい思いをされる方も少なくありません。

けれども、夜眠れず昼まで起きられないという状態は、意志の弱さではなく、体内時計(概日リズム)のズレが背景にあることがあります。これは整え方のある状態で、あなただけが経験しているものでもありません。

この記事では、

  • 「朝起きられない」が怠けではなく体のしくみの問題であること
  • 夜眠れず昼まで起きられなくなる、その背景にあるしくみ
  • 休職から復職へ進むときにつまずきやすいポイント
  • 朝の光・夜の遮光・少しずつ前倒しという、現実的な整え方

を、患者さん向けにかみくだいてお伝えします。なお、実際にどの状態にあたるかの診断は医師が行いますので、気になる点があればご相談ください。

「朝起きられない」は怠けではなく、体内時計のズレかもしれない

私たちの体には、ほぼ24時間の周期で「眠くなる時間」「目が覚める時間」を刻む体内時計が備わっています。これを医学的には概日(がいじつ)リズムと呼びます。この時計のおかげで、夜になると自然に眠くなり、朝になると目が覚めるようになっています。

ところが、何かのきっかけでこの体内時計がうしろの方向にずれてしまうと、「夜になっても眠くならない」「朝になっても起きられない」という状態が起こります。これを**概日リズム睡眠・覚醒障害(睡眠相後退)**といいます。「睡眠相後退」とは、眠る時間帯・起きる時間帯が、全体としてうしろにずれてしまった状態という意味です。

ここで大切なのは、これが眠る時間帯がずれているだけで、本人の意志や性格の問題ではないということです。体内時計が「深夜にならないと眠れないモード」になっているところへ、無理に「早く寝なさい」と言われても、なかなか眠れません。そして眠れないから朝も起きられない、という悪循環に入ってしまうのです。

「朝起きられないなんて怠けだ」と言われると、本当につらいものです。けれども、これは根性や気合いで何とかなる種類のものではなく、体内時計のしくみに沿って整えていくことが必要な状態なのです。

なぜ夜眠れず、昼まで起きられなくなるのか

体内時計は、もともと太陽の周期と歩調を合わせるために備わっているしくみです。そのリズムを正しく保つ上で、大きな役割を果たしているのが「」です。

朝、太陽の光を浴びると、体内時計がリセットされ、その後の夜にメラトニンという睡眠を促す物質が分泌されやすくなります。メラトニンは、自然な眠気をつくる手助けをしてくれる物質です。

ところが、夜遅い時間に強い光、とくにスマートフォンやパソコンの画面から出るブルーライトのような光を浴びると、このメラトニンの分泌がおさえられてしまいます。つまり、夜に明るい光を浴びていると、体が「まだ昼だ」と勘違いして眠くなりにくくなるのです。

休職中の方では、こうした条件がそろいやすくなります。

  • 朝起きられず、外に出ないので朝の光を浴びる機会が少ない
  • 夜は気分が楽で集中しやすく、つい遅くまでスマホやパソコン、動画を見てしまう
  • 結果として夜さらに眠れなくなり、起きる時間がますますうしろにずれる

このように、「夜眠れないから朝起きられない」だけでなく、「朝起きて光を浴びていないから、夜も眠れない」という関係があります。睡眠と覚醒は表裏一体で、どちらか一方だけを直そうとしてもうまくいきにくいのです。

休職から復職でつまずきやすいポイント

うつで休職したあと、復職できるかどうかを判断するとき、産業医がとても重視するのが「睡眠・覚醒リズムを含めた生活習慣が整っているか」という点です。

ここで起こりやすいのが、「うつの症状そのものはかなり良くなったのに、朝起きられない状態だけが残り、復職に進めない」という事態です。気分の落ち込みは和らいだのに、生活リズムが昼夜逆転に近いまま固まってしまい、「朝、会社に間に合う時間に起きる」ことができない――。これは決してめずらしいことではありません。

私たち精神科医は、眠れない方に対して薬で眠れる状態をつくることは比較的得意です。一方で、「朝起きられない」という訴えに対しては、薬だけでは解決しにくく、生活リズムそのものを整えていく取り組みが必要になります。

ですから、休職中の過ごし方として、気分が回復してきたら、できる範囲で少しずつ生活リズムにも目を向けていくことが、スムーズな復職につながります。気分の回復とリズムの回復は、別々に進むことがあると知っておくだけでも、焦りが少し和らぐかもしれません。

朝の光を浴び、夜の強い光を避ける

体内時計を整えるうえで、もっとも基本となるのが「朝は光を浴び、夜は強い光を避ける」という生活の工夫です。

朝の光を浴びる

朝、太陽の光を浴びることが、ずれた体内時計を前に戻す合図になります。「朝起きられないのに、朝の光を浴びるなんて矛盾している」と感じるかもしれません。たしかにその通りで、最初はとてもつらい部分です。体内時計がまだ合っていないうちは、無理に起きると体が重かったり眠かったりします。

そこでおすすめなのが、いきなり長時間がんばろうとしないことです。まずは「毎日5分でいいので、朝に外に出て光を浴びる」ところから始めてみてください。短い時間でも、続けることに意味があります。

夜の強い光を避ける

夜は、メラトニンの分泌をじゃましないように、強い光を避けていきます。とはいえ、日が沈んだあと一切光を浴びないのは現実的ではありません。できる範囲から始めましょう。

  • 夕食後は天井の明るい照明を消し、明るすぎない間接照明などに切りかえる
  • スマホやパソコンは、何時までにやめるか時間を決めておく
  • 寝る前は、強い光や激しい運動を避け、軽いストレッチや、読書灯くらいのあかりでの読書などにする

スマホやパソコンを完全にやめるのが難しければ、「まずは22時まで」など、自分が続けられそうな時間から設定してかまいません。大切なのは、理想を一気に目指すことではなく、自分が無理なく守れる範囲を見つけて続けることです。

「朝起きられる薬」は基本的にない―地道に整える

「では、どんな薬を飲めば朝起きられるようになりますか?」と尋ねられることがあります。正直にお伝えすると、残念ながら「朝起きられるようになる薬」は基本的にありません

それどころか、睡眠薬が増えてしまうと、朝に眠気が持ち越して、かえってリズムの乱れが悪化することもあります。体内時計のズレは、薬でパッと良くなるものではなく、これまで述べてきたような生活の工夫を中心に、地道に整えていくのが基本になります。

つまり、概日リズム睡眠・覚醒障害に対しては、薬に頼りすぎない取り組み(非薬物療法)が治療の中心になります。メラトニンに関連したお薬が補助的に使われることもありますが、使い方には専門的な判断が必要で、誰にでも当てはまるものではありません。すでに睡眠薬を飲んでいる場合は、増やすよりむしろ整理していく方向を一緒に考えていくこともあります。お薬をどうするかは、自己判断ではなく必ず主治医と相談してください。

「薬で一気に治らない」と聞くと、がっかりされるかもしれません。けれども裏を返せば、自分の生活の工夫が、回復に直接つながっていくということでもあります。

30分〜1時間ずつ、3か月かけて整えるイメージ

実際にリズムを前倒ししていくときのコツは、一度に大きく動かそうとしないことです。

たとえば、いま深夜2時に寝て、朝10時すぎに起きているとします。この場合、いきなり「23時に寝て7時に起きる」を目指すのではなく、まずは「1時に寝て、9時に起きる」あたりから始めます。それができるようになったら、寝る時間と起きる時間を30分〜1時間ずつ前倒ししていき、少しずつ目標の時間に近づけていきます。

最終的に、会社に間に合う時間に起きられるところまで来たら、そのリズムを固定していく、というイメージです。

ここで大事なのは、焦らないことです。どのくらいで整うかは人によって違いますが、おおよそ3か月くらいかけて整えていくつもりで取り組むと、気持ちにも余裕が生まれます。すぐに結果が出なくても、それが普通です。まずは睡眠の記録(睡眠表)をつけて、自分のリズムを「見える化」するところから始めると、変化を実感しやすくなります。

うつだけでなく、双極性障害でも起こりやすい

体内時計がうしろにずれる睡眠相後退は、うつのときにも起こりますが、うつ病よりも双極性障害(気分の波が大きい状態)の方に多くみられることが報告されています。そのため、若いうちに発症した方や、ご家族に双極性障害の方がいる場合などには、その可能性も含めて慎重にみていく必要があります。

これは「あなたは双極性障害だ」という意味ではありません。あくまで、朝起きられない状態の背景には複数の可能性があり、診断は問診を通して医師が総合的に判断する、ということです。だからこそ、自己判断で決めつけず、一度専門家に相談していただくことが大切です。

受診の目安

以下に当てはまることがあれば、一度ご相談ください。

  • うつの気分は良くなってきたのに、朝どうしても起きられず復職に進めない
  • 夜は深夜まで眠れず、起きるのが昼近くになる状態が続いている
  • 「ただの甘え・怠け」と言われ、自分を責めてつらくなっている
  • 生活リズムを自分で整えようとしたが、うまく続かなかった
  • 睡眠薬を飲んでいるが、朝の眠気の持ち越しが気になる
  • 気分の波が大きく、家族に双極性障害の方がいる

これらはあくまで気づきの手がかりであり、当てはまっても必ず病気というわけではありません。診断は医師が問診を通して行いますので、安心してご相談ください。

まとめ

夜眠れず昼まで起きられない状態は、甘えや怠けではなく、体内時計(概日リズム)がうしろにずれた「睡眠相後退」が背景にあることがあります。うつの気分が回復しても、このリズムの乱れだけが残って復職につまずく、ということは決してめずらしくありません。

整えるための基本は、朝に光を浴び、夜は強い光を避けること。そして、寝る時間と起きる時間を30分〜1時間ずつ前倒しし、3か月くらいかけてゆっくり目標に近づけていくことです。「朝起きられる薬」は基本的になく、地道な生活の工夫が回復に直接つながります。

すぐに結果が出なくても、それが普通です。あなたのペースで、まずは「朝、5分だけ外に出る」ところから始めてみてください。気になる点があれば、どうぞ気軽にご相談ください。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 精神科臨床ライブ 精神科治療学 増刊号
  • 精神症状の把握と理解

よくある質問

朝起きられないのは、やはり甘えや怠けなのでしょうか?

必ずしもそうではありません。夜眠れず昼まで起きられないという状態は、体内時計(概日リズム)がうしろにずれてしまっていることがあります。これは意志の強さの問題ではなく、整え方のある状態です。診断は医師が行いますので、一度ご相談ください。

朝すっきり起きられる薬はありますか?

残念ながら「朝起きられるようになる薬」は基本的にありません。むしろ睡眠薬が増えると朝に眠気が持ち越して悪化することもあります。体内時計のズレは、朝の光・夜の遮光・少しずつ前倒しする生活の工夫を中心に、地道に整えていくのが基本です。

どのくらいの期間で整いますか?

人によって差はありますが、焦らず3か月くらいかけて整えていくイメージを持つとよいでしょう。寝る時間と起きる時間を一度に大きく動かすのではなく、30分〜1時間ずつ少しずつ前倒ししていくのが現実的です。

夜にどうしてもスマホを見てしまいます。完全にやめないとダメですか?

いきなり完全にやめる必要はありません。まずは「何時までにやめる」と自分が守れそうな時間を決めるところから始めましょう。大切なのは理想を一気に目指すことではなく、無理なく続けられる範囲を見つけることです。

睡眠の検査を受けたほうがよいですか?

状態によっては必要ですが、昼夜が逆転に近い時期に夜間の検査をしても、その時間に十分眠れず有用な情報が得られないこともあります。まずは生活リズムや睡眠の記録から確認していくことが多いので、検査が必要かどうかも含めて医師にご相談ください。

関連する病気の説明

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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