はじめに
「怖い夢に追いかけられて、汗びっしょりで目が覚めた」 「目は覚めているのに体がまったく動かせない。金縛りだ」 「子どもが夜中に突然起き上がって叫び、暴れ回るのに、朝にはまったく憶えていない」 「朝起きるとお菓子の袋が開いている。でも食べた記憶がない」
眠っている間に起こるこうした出来事は、経験すると不安になるものです。「自分はおかしいのではないか」「何か悪い病気の前ぶれでは」と心配される方も少なくありません。
でも、安心してください。眠っている間に起こる困りごとの多くには、ちゃんと名前と背景があります。医学では、こうした現象をまとめて「睡眠時随伴症(パラソムニア)」と呼びます。「随伴」とは「ついて起こる」という意味で、つまり眠りに伴って現れるさまざまな出来事のことです。
この記事では、悪夢・金縛り・寝ぼけ・夜驚(やきょう)・夢の通りに体が動いてしまう現象・睡眠薬による寝ぼけ食べなどを整理し、「心配しなくてよいもの」と「受診を考えたほうがよいもの」の見分け方をお伝えします。なお、最終的な診断は医師が行いますので、気になる点はこの記事を手がかりに気軽にご相談ください。
なぜ眠っている間に「困りごと」が起こるのか
まず、眠りのしくみを簡単に押さえておきましょう。
私たちの眠りは、ひと晩の中で大きく2種類が交互に現れます。ひとつは体も脳も深く休む「ノンレム睡眠」、もうひとつは体は休んでいるのに脳が活発に働き、夢を見やすい「レム睡眠」です。レム睡眠中は急速に眼球が動くのが特徴で、このとき脳は活動していても、体の筋肉には力が入らないようにブレーキがかかっています。夢の中で走っても、実際の体は動かないようにできているのです。
眠っている間の困りごとの多くは、この「ノンレムとレムの切り替え」や「眠りと目覚めの境目」で、脳と体の足並みがほんの少しそろわなくなることで起こります。たとえば、体だけがまだ眠っていて頭が先に目覚めると「金縛り」になり、体の筋肉のブレーキがゆるむと「夢の通りに動いてしまう」現象になります。
つまり、これらは多くの場合、心霊現象でも心の弱さでもなく、眠りの切り替えの「タイミングのずれ」として説明できる体の反応なのです。
金縛り(睡眠麻痺)と、眠りはじめの幻覚
金縛りは、医学的には「睡眠麻痺」と呼ばれます。眠りに入る直前や目覚める前後に、意識ははっきりしているのに体に力が入らず、動こうとしても動けない状態です。胸が重く感じられたり、強い不安を伴ったりすることもあります。
これは、夢を見るレム睡眠のときに体にかかっている筋肉のブレーキが、意識が戻ったあとも少し残ってしまうために起こると考えられています。睡眠不足や疲労がたまっているとき、生活リズムが乱れたときに、健康な人でも起こりえます。多くは数分でおさまります。
このとき、眠りはじめにリアルな幻覚を感じる方もいます。「部屋に知らない人や動物がいる気がする」「ベッドの上で体がふわっと浮き上がるように感じる」といった、現実とまじりあったような体験です。これは「入眠時幻覚」と呼ばれ、夢と現実の境目で起こる現象です。怖い体験ではありますが、多くはそれ自体が危険なものではありません。
ただし、金縛りや入眠時幻覚が頻繁に繰り返し、さらに日中に抗しがたい強い眠気がある場合は、ナルコレプシーなど眠りの病気が背景にあることもあります。気になる場合は受診をおすすめします。
寝ぼけて歩く・叫ぶ(夢遊・夜驚)は子どもに多い
夜中に起き上がって歩き回る、急に叫んで暴れる――こうした現象は、おもに眠り始めの深いノンレム睡眠の時間帯に起こります。
- 夢遊(睡眠時遊行):眠ったまま起き上がって座ったり、歩いたりします。あとで本人はまったく憶えていないのが特徴です。
- 夜驚(やきょう):眠っていた子どもが急にガバッと起き上がり、大声をあげて泣き叫んだり、手足をバタバタさせたりします。強く呼びかけても目覚めにくく、嵐が過ぎるように数分から十数分でおさまり、また眠りに入ります。翌朝、本人はそのことを憶えていません。
- 錯乱性覚醒(寝ぼけ):寝ぼけた状態が長引き、ぼんやりとつじつまの合わない言動が続くものです。
これらは2〜3歳から7〜8歳ごろの子どもに多くみられます。怖い夢を見て騒いでいるように見えますが、夢と違うのは、強く刺激してもなかなか目覚めない点です。多くは年に1〜2回ほどで、数年のうちに自然におさまっていくことがほとんどです。慌てて治療する必要はないことが多いものです。
ご家族にできるのは、無理に起こそうとせず、ケガをしないよう周囲の安全(階段の柵、窓や戸締まり、とがった家具など)を整えて、おさまるのを見守ることです。
夢の通りに体が動いてしまう(レム睡眠行動障害)
子どもの夢遊・夜驚とよく似ていますが、まったく違う背景をもつのが「レム睡眠行動障害」です。
先ほどお伝えしたように、夢を見るレム睡眠のときには、本来、体の筋肉に力が入らないブレーキがかかっています。ところが、このブレーキがうまく働かなくなると、見ている夢の内容そのままに体が動いてしまいます。寝言が大声になったり、隣で寝ている人を叩いてしまったり、ベッドから飛び出してケガをすることもあります。
こちらは子どもではなく、中高年から高齢の方に多くみられる点が大きな違いです。夢遊や夜驚が「眠り始めの深い眠り」で起こるのに対し、レム睡眠行動障害は「夢を見ている最中」に起こり、エピソードの最中や直後には夢の内容を憶えていることが多いのも特徴です。
レム睡眠行動障害は、パーキンソン病やレビー小体病といった神経の病気と関連することが知られており、これらの病気に先立って現れることもあります。だからこそ、ご高齢の方で「夢の内容に合わせて声が出たり手足が大きく動いたりする」「同室の人に寝言や激しい動きを指摘された」という場合は、自己判断せず一度ご相談いただくことが大切です。早めに気づくことが、その後の体調管理に役立つことがあります。
睡眠薬がきっかけの「寝ぼけ食べ」(睡眠関連摂食障害)
「朝起きると、食べた残骸がある。でも食べた記憶がまったくない」――こうした困りごとが「睡眠関連摂食障害」です。夜間の睡眠中、あるいは半分眠ったような状態で、無意識に食べたり飲んだりを繰り返してしまう病態です。
特徴は、翌朝そのことを憶えていないことです。夜にたくさん食べてしまうため、朝の食欲がわかない、お腹が張る、体重が気になる、といった悩みにつながることもあります。
注意したいのは、一部の睡眠薬がこの寝ぼけ食べのきっかけになりうるという点です。眠れないからと睡眠薬を飲み始めたところ、それ以降、翌朝憶えていない夜間の食行動が現れるようになる、というケースが報告されています。
ここで大切なのは、自己判断で薬を急にやめないことです。もともと不眠で睡眠薬を始めた方が多いため、急にやめると不眠が悪化してしまうことがあります。「薬を飲んでから寝ぼけ食べが出てきた」と感じたら、やめる・減らすの判断も含めて、まずは処方した医師に相談してください。薬の種類や量を見直すことで改善が期待できる場合があります。
受診の目安
以下に当てはまる場合は、一度ご相談ください。
- 寝ぼけ行動や夢の通りの動きで、本人やまわりの人がケガをした・しそうになった
- 症状が頻繁に繰り返し、睡眠が妨げられて日中の生活に支障が出ている
- 金縛りや眠りはじめの幻覚に加えて、日中に抗しがたい強い眠気がある
- ご高齢の方で、夢の内容に合わせて大声を出す・手足が大きく動く
- 睡眠薬を飲み始めてから、寝ぼけ食べなど夜間の行動の異常が現れた
- 不安や気分の落ち込みなど、こころの不調も一緒に感じている
まとめ
眠っている間に起こる困りごとには、悪夢・金縛り・夢遊・夜驚・レム睡眠行動障害・寝ぼけ食べなど、それぞれに名前と背景があります。子どもに多く成長とともに自然におさまるもの、加齢や神経の病気が関わるもの、睡眠薬がきっかけになるものなど、その正体はさまざまです。
多くは「眠りの切り替えのタイミングのずれ」として説明でき、心霊現象でも心の弱さでもありません。睡眠不足・飲酒・薬といったきっかけを見直すだけで、軽くなることも少なくありません。
一方で、ケガの危険があるとき、頻繁に繰り返すとき、ご高齢の方の夢に合わせた動き、薬を始めてからの変化などは、相談したほうがよいサインです。診断は医師が行いますので、不安をひとりで抱え込まず、気になることがあればどうぞお気軽にご相談ください。眠りの困りごとは、整えていける問題です。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 精神症候学
- 精神症状の把握と理解
- 精神科臨床ライブ 精神科治療学 増刊号
よくある質問
金縛りは心霊現象や病気のサインですか?
金縛りは医学的には「睡眠麻痺」と呼ばれ、眠りと目覚めの境目で体だけがまだ眠っている状態です。睡眠不足や疲れがたまったときに健康な人でも起こりえます。多くは数分でおさまり、それ自体が重い病気を意味するわけではありません。ただ頻繁に繰り返し、日中の強い眠気を伴う場合は一度ご相談ください。
子どもが夜中に突然叫んで暴れます。大丈夫でしょうか?
眠り始めの深い眠りの時間帯に起こる「夜驚(やきょう)」の可能性があります。幼い子どもに多く、本人は翌朝まったく憶えていないのが特徴です。多くは成長とともに自然におさまります。ただしケガをしそうなとき、頻繁に繰り返すとき、日中の様子も気になるときは受診をおすすめします。
睡眠薬を飲み始めてから、寝ぼけて食べてしまうようになりました。
一部の睡眠薬は、眠ったまま、あるいは半分眠った状態で無意識に食べてしまう「睡眠関連摂食障害」を引き起こすことがあります。翌朝そのことを憶えていないのが特徴です。自己判断で薬をやめると不眠が悪化することがあるため、まずは処方した医師にご相談ください。
悪夢をよく見ます。何かの病気でしょうか?
悪夢は、夢を見るレム睡眠のときに恐ろしい夢を見て目が覚めるもので、多くの人が経験します。睡眠不足やストレス、飲酒、一部の薬がきっかけになることもあります。たまに見る程度なら心配のいらないことがほとんどです。ただ、毎晩のように悪夢で目が覚めて睡眠が妨げられる、つらい気持ちが日中まで続く場合は、背景にこころの不調が隠れていることもあるため、ご相談ください。
金縛りにあったとき、どうすればよいですか?
金縛り(睡眠麻痺)は多くの場合、数分でおさまります。無理に動こうと力むより、「これは眠りの切り替えのずれで、じきにおさまる」と思って呼吸を整え、落ち着いて待つのがよいとされています。睡眠不足や不規則な生活が引き金になりやすいので、十分な睡眠と規則正しい生活が予防につながります。
寝ぼけ行動を防ぐために、できることはありますか?
睡眠不足、過度の飲酒、生活リズムの乱れは、寝ぼけ行動を起こしやすくする要因として知られています。まずは睡眠時間を確保し、寝る前の飲酒を控え、生活リズムを整えることが基本になります。また、新しく薬を飲み始めてから症状が出た場合は、薬が関係していることもあるため、医師にお伝えください。
これらは「精神科」で相談してよいことですか?
はい。眠っている間の困りごとは、こころの状態や生活リズム、お薬と深く関わることが多く、精神科・心療内科で扱う身近なテーマのひとつです。「こんなことで受診してよいのかな」と迷う必要はありません。気になる症状があれば、遠慮なくご相談ください。