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はじめに

布団に入ったのに目が冴えてしまう。時計を見るたびに「もう2時か、あと数時間しか眠れない」と気持ちがあせる。明日の予定が頭に浮かんで、同じことを何度もぐるぐる考えてしまう——。こんな夜を過ごしたことのある方は、けっして少なくありません。

眠れない夜のつらさは、「眠れない」こと自体だけではありません。「また眠れないかもしれない」という不安、「眠らなきゃ」という焦り、夜中に大きくふくらむ心配ごと。こうした心の動きが、眠りをさらに遠ざけてしまうことがあります。

この記事では、薬や睡眠衛生(生活習慣の工夫)といった話の手前にある、「眠れない夜に頭の中でどう考えるか」という心の持ちように焦点をあてます。完璧に眠ろうとするのではなく、不安をこじらせずに夜をやりすごすための考え方を、いくつかご紹介します。なお、不眠の背景に治療が必要な状態が隠れていることもありますので、診断や治療の必要性については医師が判断します。

「眠らなきゃ」という焦りが、かえって眠りを遠ざける

眠れないとき、多くの方が「早く眠らなきゃ」と頑張ろうとします。ところが、この「眠ろうとする努力」が、逆に目を冴えさせてしまうことがあります。

眠りは、力を抜いてリラックスしたときに自然と訪れるものです。ところが「眠らなきゃ」と意気込むと、心も体も緊張してしまいます。緊張は本来、危険に備えて頭をはっきりさせる働きがあるので、眠りとは正反対の方向です。つまり、眠ろうと頑張れば頑張るほど、頭が「起きていなさい」という状態に近づいてしまうのです。

さらに、「眠れない」ことそのものが新たな心配の種になります。「今夜も眠れなかったらどうしよう」と心配すると、その心配で気持ちが張りつめ、ますます眠れなくなる。心配ごとを抱え続けると、かえって不安に敏感になり、さらに心配しやすくなる——こうした悪循環は、不眠でとてもよく起こります。

ここで大切なのは、「今すぐ眠ろう」とするのをいったんあきらめてみることです。逆説的ですが、「眠れなくてもいい、横になって体を休めるだけでもいい」と肩の力を抜くほうが、結果として眠りが訪れやすくなることがあります。

夜は、不安や心配が大きく感じられやすい

昼間は「まあ、なんとかなるか」と思えたことが、夜になると急に重大な問題に思えてくる。そんな経験はないでしょうか。これは、あなたの心が弱いからではありません。夜という時間帯そのものに、不安をふくらませやすい性質があります。

夜は静かで、気を紛らわせてくれる仕事や用事、人との会話がありません。すると、心配ごとに向き合う時間と注意ばかりが増えてしまいます。暗く静かな中で一人になると、頭の中の声が大きく響くのです。

また、眠ろうとして横になっているのに目が冴えているとき、頭の中は妙にはっきりと働き、考えが次々とわいてくることがあります。この「妙に頭が冴える感じ」も、夜の心配を実際以上に大きく見せてしまいます。

だからこそ、夜中にわいてくる深刻な考えは、「割引いて」受け取ることをおすすめします。「今は夜だから、いつもより心配を大きく見積もっているだけかもしれない」。そう思い出せるだけで、その考えに飲み込まれずにすみます。重大に思える問題ほど、明るい朝にあらためて考えるほうが、ずっと現実的な判断ができるものです。

同じことをぐるぐる考えてしまうときの、距離の取り方

眠れない夜、同じ考えが頭の中で何度も回り続けることがあります。「あの言い方はまずかったかな」「明日うまくいかなかったらどうしよう」。答えの出ない問いを、夜通し繰り返してしまう。

こうしたとき、その考えと正面から戦って「考えるのをやめよう」とすると、かえって考えが強くなりがちです。おすすめなのは、考えを消そうとするのではなく、少し距離を取ることです。

「今は考える時間ではない」と保留する

頭にわいてきた心配に対して、「これは大事なことかもしれないけれど、夜中の今は答えを出せない。明日の昼間に考えよう」と、いったん棚に上げてみます。問題を無視するのではなく、「考えるタイミングを朝にずらす」という感覚です。

できていることにも目を向ける

不安なときは、できていないこと・心配なことばかりに注意が向きがちです。意識して、「今日できたこと」「うまくいっていること」にも目を向けてみてください。不安や心配を抱えながらも、日々こなせていることは必ずあるはずです。心配の予兆に気づいたら、それを断ち切るように、自分が落ち着けること——ゆっくり呼吸をする、温かい飲み物を思い浮かべる、好きな音楽を小さくかける——に注意を向けるのも助けになります。

「8時間眠らないとダメ」という思い込みを手放す

「人は8時間眠らなければいけない」と思い込んでいる方は、とても多いものです。そして、その数字に届かないことが、新たな焦りを生みます。「まだ5時間しか眠れていない」と時計を見ては、不安を強めてしまうのです。

けれども、必要な睡眠時間は人それぞれです。8時間という数字に、すべての人が当てはまるわけではありません。6時間ほどで十分すっきり過ごせる方もいますし、年齢を重ねると、自然と睡眠時間は短くなり、眠りも浅くなっていきます。これはおおむね自然な変化です。

判断の目安になるのは、時間の長さそのものより、「翌日の日中に大きな支障が出ているかどうか」です。多少寝足りない日があっても、昼間をなんとか過ごせているのであれば、神経質になりすぎる必要はありません。「8時間眠れなかった=失敗」と考えるのをやめるだけで、夜の焦りはずいぶん軽くなります。

寝床で頑張りすぎない—いったん離れる選択

眠れないまま、何時間も寝床でじっと目をつぶって頑張る。これは、つらいわりに報われにくい過ごし方です。眠れない時間を寝床で長く過ごすほど、「寝床=眠れずに苦しむ場所」という不快な結びつきが、頭の中で強まってしまうことがあるからです。

そこで一つの方法として、「20〜30分ほど横になっても眠れそうにない」と感じたら、思い切っていったん寝床を離れてみることをおすすめします。

寝床を離れたら、明るすぎない照明のもとで、心を波立たせないことをして過ごします。スマートフォンの強い光は頭を覚醒させやすいので、できれば避けてください。薄明かりで静かに本を読む、ゆったりした音楽を聴く、軽くストレッチをする——そんなふうに過ごし、眠気が戻ってきたら、あらためて寝床に戻ります。「眠くなってから横になる」という順番にするだけで、寝床と眠りのよい結びつきを取り戻しやすくなります。

受診の目安

以下のような状態が続くときは、医療機関への相談をおすすめします。

  • 夜の過ごし方や考え方を工夫しても、眠れない日が2〜3週間以上続いている
  • 日中に強い眠気やだるさ、集中力の低下があり、仕事や生活に支障が出ている
  • 「また眠れないのでは」という不安が、夜が近づくたびに強くなる
  • 気分の落ち込みや強い不安が、不眠と一緒に続いている
  • 眠るために飲酒の量が増えている、市販薬に頼りがちになっている

これらに当てはまるからといって、すぐに重い病気というわけではありません。診断は医師が行います。早めに相談することで、夜を楽にする手立てを一緒に考えていけます。

まとめ

眠れない夜のつらさの多くは、「眠らなきゃ」という焦りと、夜にふくらむ不安からきています。眠ろうと頑張るほど目が冴えるなら、いったん「眠れなくてもいい」と肩の力を抜いてみてください。夜の頭は心配を大きく見積もりやすいので、深刻な考えは朝に回し、できていることにも目を向けましょう。8時間という数字や、寝床で頑張り続けることへのこだわりを手放すだけでも、夜はずいぶん楽になります。それでも不眠が続くときは、どうか一人で抱え込まず、ご相談ください。あなたが少しでも穏やかな夜を取り戻せるよう、一緒に考えていきます。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 精神科臨床ライブ 精神科治療学 増刊号
  • 精神症候学(第2版)

よくある質問

眠れないとき、「眠らなきゃ」と思うほど目が冴えてしまいます。なぜですか?

「眠らなきゃ」という焦りは、心と体を緊張させて目を覚ます方向に働いてしまうことがあります。眠ろうと頑張るほど気持ちが張りつめ、かえって眠りから遠ざかるという悪循環が起こりやすくなります。

夜になると、昼間は気にならなかった心配ごとが急に大きく感じます。気のせいでしょうか?

気のせいではありません。夜は静かで気を紛らわすものが少なく、不安や心配がふくらみやすい時間帯です。「夜の頭は心配を大きく見積もりやすい」と知っておくだけでも、少し距離を取りやすくなります。

寝床で眠れないまま、ずっと目をつぶって頑張ったほうがいいですか?

眠れないまま寝床で頑張り続けると、かえって「寝床=眠れない場所」という不快な結びつきが強まることがあります。20〜30分たっても眠れないと感じたら、いったん寝床を離れ、薄明かりで静かにすごし、眠気が戻ってから横になるのも一つの方法です。

「8時間眠らないと体に悪い」と聞いて不安です。本当ですか?

必要な睡眠時間には個人差があり、すべての人に8時間が当てはまるわけではありません。年齢とともに睡眠時間が短くなるのも自然なことです。大切なのは時間の長さより、翌日の日中を大きな支障なく過ごせているかどうかです。数字にこだわりすぎないことが、夜の焦りを和らげます。

いろいろ工夫しても眠れない日が続きます。受診したほうがいいですか?

考え方や夜の過ごし方を工夫しても不眠が続く、あるいは日中の生活に支障が出ている場合は、相談のサインです。背景に治療が必要な状態が隠れていることもあります。一人で抱え込まず、お気軽にご相談ください。

関連する病気の説明

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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