はじめに
出かけようとすると、体が止まってしまう。用事があるのは分かっているのに、玄関から先へ進めない。そういう日が重なって、気がつくと家から出ない時間のほうが長くなっている。
外に出られない状態が続いているとき、まわりの方も、ご本人自身も、その理由を「人づきあいが苦手だから」と考えがちです。実際にそうであることも、当然あります。ただ、それだけとは限りません。音、人混み、におい、光。そうした感覚の側の負担が外出を妨げていることがあり、理由が違えば、まわりがすべきことも変わってきます。 この記事がお伝えするのは、その一点です。
下敷きにしたのは、大人の発達障害をテーマにした対談本です。大学病院の精神科で成人を診てきた医師と、発達障害を専門とするクリニックの院長で児童精神科医でもある医師とが語り合ったもので、以下「対談」と呼びます。
「外に出ていない」は、行動の名前でしかありません
対談のなかに、お風呂に入らないという患者さんの例が出てきます。よく聞いていくと、体の上を水のしずくが伝っていく感じがどうしても嫌で、だからシャワーも湯船も避けていた、ということが分かった。そういう話です。
「出かけていない」「入浴していない」。行動の名前だけをいくら聞き取っても、その先の見立てを分けることにも、その方への助言にもつながりません。裏側にある症状をつかめてはじめて、困りごとは見立ての手がかりになります。困った行動の裏側で、何がそれを起こしているのかをていねいに尋ねていくこと。 対談はこれを、診察をする側の仕事として語っています。ご自身で答えを出してから受診していただく必要はありません。
当院にも、これと重なる尋ね方があります。休養がうまくいっていない方には、「休めていますか」ではなく「休もうとすると何が邪魔をしますか」と、休めない理由のほうを伺っています。外に出にくいことも同じです。出られたか出られなかったかではなく、出ようとしたときに何が起きているのかのほうに、手がかりがあります。
感覚の側の負担が、外出を止めていることがあります
対談で児童精神科医の側の医師は、自分が診ている方々のうち、外に出にくいというご相談のなかに感覚の側の困りごとが関わっている方がかなりおられると述べています。人が多い場所、音、においなど、人づきあいそのものよりそちらのほうがつらい方もいる。都会を離れたところで治まってしまう方がたまにいる、という話も出てきます。ASDを主題にした章でのやりとりです。
対談が挙げている例を並べると、負担のかかりどころが一人ひとり違うことが分かります。
- 音をやわらげる道具を使ったり、耳・目・口もとをおおうものを身につけたりすれば、外に出られる
- まわりの刺激が少ない時間帯であれば、出かけられる
- 電車がホームに入ってくるとき、耳をおさえたまましゃがみ込んでしまう
- 音ではなく、体に伝わる速さの変わり方のほうがつらくて、停まる駅の少ない列車には乗れない
大事なのは道具や工夫の選び方ではなく、何が負担になっているのかを確かめることです。感覚の側のことを尋ねてみると手がかりが得られることが案外多く、外に出られないという状態だけを見て、人づきあいの側に問題があるとすぐに決めてしまわないほうがよい。対談ではそう語られています。
なお、夜であれば出かけられるという形は、社交不安症(社交不安障害)でも起こります。どちらなのか、両方なのかを考えるのは診察の側の仕事で、ご自身で見分けてから受診していただく必要はありません。
感覚のつらさそのもの――音や光やにおいをどう感じているのか、日常でどんな工夫があるのか――は感覚過敏とは?音・光・においがつらいとき——ASDでの現れ方と日常の工夫に書いてあります。感覚のつらさは他の理由でもみられるもので、それがあるからASDだということにはなりません。
人づきあいのほうが理由であることも、当然あります
対談では、感覚の側の話をひとしきりしたあとで、人づきあいのほうがうまく運ばないという形で外に出にくくなっている方も当然いる、ということが二人のあいだで確かめ合われています。感覚の側の話は、人づきあいの側の話を打ち消すものではありません。
人からどう見られるか、評価されることへの不安が前に出ている場合は人前で緊張しすぎてつらい ― 社交不安症(対人恐怖・あがり症)とはに書いてあります。電車や人混みが苦手でも、音や速さよりその場からすぐに立ち去れない・助けを呼べないという怖さのほうが前に出ている場合は広場恐怖とは?電車・人混み・『逃げられない場所』が怖くなる仕組みに、電話に出られない・かけられないという形で出ているものは電話が怖い・出られない――「電話恐怖」は甘えではありませんに、それぞれあります。
そして、どちらか一方に決める必要はありません。人づきあいの負担と感覚の負担は、同じ方のなかに一緒にあることもあります。うつや不安など、別の状態が背景にあることもあります。どちらとも決められないままで、どれにも当てはまらないように思えても、そのままご相談いただけます。
力ずくで外へ出させるやり方は、破壊的です
対談では「引き出し屋」という言葉を挙げ、本人の意思によらず力ずくで外へ出させるやり方を破壊的だと退けています。
そばにいるご家族に何ができるのか――声のかけ方、待ち方、ご家族自身の消耗への手当て――はひきこもりが長引く家族への関わり方――焦らせず、あきらめずにできることに詳しく書いてあります。
外に出ること・働くことだけを、唯一のゴールにしない
対談は、外に出られない方を残らず外へ引き出す必要があるのか、という問いも立てています。児童精神科医の側の医師は、外に出ていなくても暮らしがなんとか成り立っていて、ご本人の身に危ないことが起きておらず、まわりとの間でも荒れていないのであれば、そのままの暮らし方でよいという方も少なくないと述べています。どこまでできるかはその方の社会生活の力しだいで、外に出ないほうがその方にはずっと幸せだという方もいる。誰もが仕事に就かなければならないという前提はどうなのだろうか、という見方です。発達障害の場合は見た目にはふつうに見えるぶん、社会の側から「働かなければ」という強い圧力がかかりやすい、という指摘も出てきます。
対談の二人は、外に出られない状態をなんでも医療の側で引き受けようとする流れには賛成できない、という点でも一致しています。ただし、これは専門家が自分たちの側に向けている問い直しで、ご本人が困っていない場合の話です。外に出られない状態を病気の名前で呼ぶかどうかと、いま困っていることを相談してよいかどうかは、別のことです。 病名がつくかどうかが決まらないままでも、いま何がつらいのかをお話しいただければ、それだけで診察は成り立ちます。どんな暮らし方を目指すのかが決まっていない段階のままでも、そのままご相談いただけます。
働き方や職場での配慮の話はASDと仕事|向いている働き方・障害者雇用・職場でできる配慮にあります。
受診と相談の目安
次のようなことが続いているときは、理由がどちら側にあるのかを見当づけるより前に、相談をお考えください。
- 出かけようとすると体が止まってしまう日が続いている
- 出かけたあと、ぐったりして何日も動けなくなる
- 人と会う場面だけでなく、店や乗り物のなかでもつらくなる
- 音やにおい、光がつらくて、その場から離れたくなる
- 入浴や着替え、歯みがきなど、身のまわりのことが億劫になっている
- 眠れない、食事が取れない、気持ちの落ち込みが続いている
- 外に出られないこと自体を、自分の努力不足だと責めてしまう
- まわりから外に出るよう促されることが、負担になっている
理由が感覚の側でも人づきあいの側でも、そのどちらでもなくても、ご自分でも分からなくても、そのままご相談いただけます。言葉にしにくいままで構いませんし、言えない事情があるときに無理に言葉にしていただく必要もありません。その事情のほうをご相談ください。
暴力や、相手からの強い支配のある関係のなかで外に出られなくなっているときは、話が別です。それは、この記事が書いている「何が負担になっているのかを確かめていく」という筋道に置き直せば片づく種類のものではなく、身の安全を確保することが先になります。相談先を含めて安全が脅かされているときにまとめてあります。そうした関係のなかで出てきた症状についてのご相談は、ご自身の受診として当院で承っています。診察に、その相手の方をお連れいただく必要はありません。
そして、自分や他の人を傷つけそうな考えが出ているとき、食事も水分もほとんど取れていないときは、待たないでください。通院中であれば主治医に連絡し、命に関わる切迫した状況ではためらわず救急(119)を利用してください。
当院での実際
当院は福岡県春日市の精神科・心療内科です。ご相談は、まずWEB予約(デジスマ)でご予約のうえ、初診前のWEB問診にお答えいただく形をとっています。WEB問診は簡単な記載で差し支えなく、「外に出られない」とだけ書いていただいても構いません。詳しくは診察のなかで伺います。初診の所要時間の目安は問診を含めて30分程度で、初診では服用中の市販薬やサプリメントについても確認しています。通院を始めた場合は2週間に一度の通院が基本で、再診の所要時間の目安は5分前後です。
当院では、成人(18歳以上)のASD・ADHDの評価と診断を行っています。診断は問診(診察での聞き取り)を中心に行い、心理検査(知能検査・心理テスト)は当院では行っていません。検査をご希望の場合、実施している医療機関はご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。うつや不安で受診された方についても、必要に応じて、背景に発達特性がないかという視点を持って診察しています。
何があったのかを話さないままでも受診していただけます。話したくないことを話していただく必要はなく、話さないでいることが体調に響いているようなら、そのことのほうを診察で扱えます。どうするかを決めかねている段階のままでも、そのままお話しいただいて構いません。
ご家族のみの相談はお受けしていません。ご家族が心配されている当のご本人が受診され、同席に同意されている場合には、ご家族に同席していただけます。そのご本人がどうしても受診できない状況の場合は、お住まいの地域の保健所、市区町村の精神保健相談、精神保健福祉センターなどの公的相談先、または受診を予定している医療機関への問い合わせをご案内しています。ご家族ご自身の不調を診てもらうために受診されることは、それとは別のことで、ご自身の受診としてご相談いただけます。
当院の診療対象は18歳以上の方です。お子さんの発達についてのご相談は扱っていません。
まとめ
外に出にくい状態が続いているとき、その理由は一つに決まりません。人づきあいの負担のこともあれば、音・人混み・においといった感覚の側の負担のこともあり、両方のことも、そのどちらでもないこともあります。そして、理由が違えば、まわりがすべきことも変わってきます。 「外に出ていない」という行動の名前のところで立ち止まらず、出ようとしたときに何が起きているのかを確かめていく――この記事から持ち帰っていただきたいのは、その一点です。
理由をご自分で突き止めてからでなくて構いません。分からないまま、決められないまま、そのままご相談ください。
そのほか近いところにあるもの ── 大人のASD(自閉スペクトラム症)とは?気づかれにくい特徴と受診の目安・大人のASDの診断|何科で・どう調べる?生育歴やAQ検査の流れ・ASDのうつ・不安(二次障害)|つらさの背景に発達特性が隠れていることも・社交不安症の「安全行動」がかえって不安を強くする理由・HSP(繊細さん)は病気なのか――「気質」と「治療できる不調」を分けて考える
参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 宮岡等・内山登紀夫『大人の発達障害ってそういうことだったのか その後』(医学書院、2018年)第4章のうち、外に出られない状態をめぐる対談部分
よくある質問
外に出られないのは、人づきあいが苦手だからではないのですか。
そういう方も当然おられます。この記事がお伝えしているのは、「外に出ていない」という行動の名前だけでは、その方を止めているものが人づきあいの側にあるのか、音や人混みやにおいといった感覚の側にあるのか、その両方なのかが分からない、ということです。うつや不安など、別の状態が背景にあることもあります。どちらとも決められないままで、そのままご相談いただけます。人からどう見られるかへの不安が前に出ている場合は「人前で緊張しすぎてつらい ― 社交不安症(対人恐怖・あがり症)とは」に、その場からすぐに立ち去れない・助けを呼べないという怖さが前に出ている場合は「広場恐怖とは?電車・人混み・『逃げられない場所』が怖くなる仕組み」に書いてあります。
音をやわらげる道具や、耳や目をおおうものを使えば外に出られる、ということですか。
下敷きにした対談本のなかで、そういう方の例が挙げられている、というところまでです。お伝えしたいのは道具そのものではなく、同じ「外に出られない」でも、何が負担になっているかによって、まわりがすべきことが変わってくるという点です。感覚のつらさそのものへの向き合い方は「感覚過敏とは?音・光・においがつらいとき——ASDでの現れ方と日常の工夫」にあります。なお、同じマスクや眼鏡でも、人からどう見られるかへの不安の側から見ると「安全行動」と呼ばれる別の説明になります。そちらは「社交不安症の「安全行動」がかえって不安を強くする理由」にあります。
夜なら出かけられます。これは何かの病気のしるしですか。
いいえ、そうは決まりません。夜であれば出かけられるという形は社交不安症(社交不安障害)でも起こるので、どちらなのか、両方なのかを考えるのは診察の側の仕事です。ご自身で答えを出していただく必要はなく、出かけにくい時間帯と出かけられる時間帯があるということ自体を、そのまま診察でお話しいただければ十分です。
「そのままの暮らし方でよい」と書いてあるのは、受診しなくてよいという意味ですか。
違います。対談が問い直しているのは、ご本人が困っておらず、まわりとの間でも問題が起きていないという方にまで、外に出ることや働くことを唯一の目標として当てはめてよいのか、という専門家の側の問いです。いま現に、外に出られないことでお困りであれば、そのことをご相談いただけます。眠れない、食べられない、気持ちが落ち込んでいる、体調がおかしい、といったことが重なっているときも同じです。
家族が外に出られない状態です。家族だけで相談できますか。
ご家族のみの相談はお受けしていません。ご家族が心配されている当のご本人が受診され、同席に同意されている場合には、ご家族に同席していただけます。そのご本人がどうしても受診できない状況の場合は、お住まいの地域の保健所、市区町村の精神保健相談、精神保健福祉センターなどの公的相談先、または受診を予定している医療機関への問い合わせをご案内しています。ご家族ご自身の不調を診てもらうために受診されることは、それとは別で、ご自身の受診としてご相談いただけます。ご家族としての関わり方は「ひきこもりが長引く家族への関わり方――焦らせず、あきらめずにできること」に書いてあります。なお、当院の診療対象は18歳以上で、お子さんの発達についてのご相談は扱っていません。
これは発達障害の記事ですか。感覚がつらいと発達障害なのですか。
下敷きにしたのは、大人の発達障害をテーマにして語り合った対談本ですが、感覚の負担で外に出にくいことが、そのまま発達障害だということにはなりません。感覚のつらさは他の理由でみられることもあり、この記事は診断名を見分けるためのものではありません。大人のASDの全体像は「大人のASD(自閉スペクトラム症)とは?気づかれにくい特徴と受診の目安」に、診断がどう進むのかは「大人のASDの診断|何科で・どう調べる?生育歴やAQ検査の流れ」にあります。当院では、成人(18歳以上)のASD・ADHDの評価と診断を行っており、診断は問診(診察での聞き取り)を中心に行います。心理検査は当院では行っていません。
暴力や強い支配のある関係のなかにいます。この記事は当てはまりますか。
当てはめないでください。手が出ていない場合も同じです。逆らうと怒鳴られる、物を壊される、黙り込まれて折れるまで待たれる、「あなたが悪い」と正しさを盾に責め立てられる、過ぎたことを何度も持ち出される、病気であることを持ち出して思いどおりに動かされる、暮らしのお金を渡してもらえない、出かけることを許してもらえない、どこへ行くのかをいちいち確かめられる、部屋から無理やり連れ出される、外へ出るよう力ずくで迫られる、怖くて向き合えない――そういう形で相手を思いどおりに動かすために力が使われている関係も含みます。外に出られない状態がそこから来ているとき、それは、この記事が書いている「何が負担になっているのかを確かめていく」という筋道に置き直せば片づく種類のものではなく、身の安全を確保することが先になります。相談先を含めて「安全が脅かされているとき ── 関係改善の話が当てはまらない場面」にまとめてあります。そのうえで、そうした関係のなかで出てきた症状についてのご相談は、当院で承っています。ご自身の受診としてお話しください。診察に、その相手の方をお連れいただく必要はありません。なお、保護命令や離婚の調停といった法的な手続きのご相談は、当院ではお受けしていません。