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はじめに

「子どものころから、なんとなく周りとずれている感じがある」「一対一なら話せるのに、グループになるとうまく立ち回れない」「がんばって合わせているのに、いつも疲れてしまう」。大人になってから、こうした違和感を改めて意識し、もしかしてASD(自閉スペクトラム症)ではないかと考える方がいます。

このように感じているのは、あなただけではありません。最近は、子どものころには気づかれず、大人になってから初めて「自分の特性かもしれない」と思い至る方が、外来でも少しずつ増えています。決して特別なことではありません。

この記事では、ASD(自閉スペクトラム症)とはどのようなものか、その中心になる特徴、なぜ大人では気づかれにくいのか、そして受診を考えてよい目安をやさしく整理します。不安をあおる内容ではなく、過剰に心配しすぎず、かといって見過ごしもしないための、落ち着いた入口としてお読みください。なお、診断は医師が行います。この記事は自己診断のためのものではありません。

ASD(自閉スペクトラム症)の中心にある4つの特徴

ASDは「自閉スペクトラム症」とも呼ばれる、生まれつきの脳の特性です。「スペクトラム」とは、はっきり分かれているのではなく、さまざまな濃さで連続しているという意味で、特性の現れ方には幅があります。

その中心にあるのは、大きく次の4つと考えられています。

  • 社会性:相手の立場に立って考えたり、その場の空気を読んだりすることが苦手。対等な友人関係を築きにくい。
  • コミュニケーション:言葉の裏の意味や冗談、遠回しな言い方が伝わりにくい。表情や身ぶりといった、言葉以外のやりとりが控えめなことがある。
  • イマジネーション:見えていないことや先のことを思い描くのが苦手。決まったやり方やこだわりがあり、急な変更が苦手なことがある。
  • 感覚過敏(または鈍感さ):特定の音やにおい、光、肌ざわりなどがとても苦手だったり、逆に気づきにくかったりする。

最初の3つはまとめて「三つ組」と呼ばれることもあります。これに感覚の特性が加わった4つが、ASDを理解するうえでの手がかりになります。ただし、これらがいくつか当てはまったからといって、それだけでASDと決まるわけではありません。

なぜ大人は気づかれにくいのか

ASDは子どものころから続く特性ですが、大人では見えにくくなることが知られています。理由はいくつかあります。

ひとつは、学習や工夫でカバーできるようになるからです。子どものころは特性がそのまま出やすいのですが、大人になると「こういう場面ではこう振る舞えばいい」と経験から学び、表面的にはうまく合わせられるようになります。その結果、生のままの特性が見えにくくなります。

もうひとつは、一対一の落ち着いた場面では、比較的ふつうに振る舞えることです。診察室のような静かな一対一の場面では困りごとが表に出にくく、本人も周囲も気づきにくいのです。本当の苦手さは、複数の人が関わる場面や、臨機応変さを求められる状況で表れやすくなります。

子どもは学校などで比較的見つかりやすいのに対し、大人では把握されにくいことも指摘されています。特に女性は周囲に合わせて振る舞うのが上手なことが多く、より気づかれにくいとも言われています。気づくのが遅かったからといって、特性が軽いとも、本人の努力が足りないとも限りません。むしろ、見えないところで多くのエネルギーを使い続けてきた方が少なくありません。

「特性がある」ことと「診断がつく」ことは違う

ここはとても大切な点です。ASDの特性は、正常な状態とのあいだに、はっきりした線を引けるものではありません。特性の濃淡は連続していて、ふつうに生活している人のなかにも、似た傾向を持つ人はたくさんいます。

そのため、「特性がある」ことと「ASDと診断される」ことは、分けて考えられています。専門家のあいだでも、特性そのものを表すこと(その人らしさの説明)と、医療として診断をつけることは、別の段階として扱われます。

では、どこで診断を考えるのか。ひとつの考え方として、その特性によって社会参加や日常生活に支障が出てきたときに、ASD(自閉スペクトラム症)と診断する、という見方があります。言いかえれば、特性そのものが問題なのではなく、特性と周囲の環境とのあいだに摩擦が生じて、本人が困っている状態を支援するために診断が役立つ、という考え方です。

ですから、特性に思い当たる点があっても、生活が回っていて困りごとが大きくなければ、必ずしも「病気」として扱う必要はありません。逆に、強くつらさを感じているなら、相談する意味は十分にあります。判断は医師とともに行っていきます。

気づきのサインと、背景に隠れていることがある不調

自分や身近な人のASDに気づくきっかけとして、いくつかの手がかりがあります。

代表的なのが、同年代の対等な友人関係やパートナー関係を築きにくいという点です。年上や年下とは関われても、同世代の対等な付き合いが昔から少なかった、お互いに満足できる関係になりにくい、という傾向は、ひとつのサインになることがあります。ほかにも、強いこだわりや決まった手順への執着、特定の分野への深い関心、言葉以外のやりとりの控えめさなどが見られることがあります。

また見落とされやすいのが、抑うつや不安で受診した方の背景に、ASDの特性が隠れている場合です。抑うつ状態で受診した成人の一部に、背景としてASDの特性が見られることが報告されており、近年は、ほかの心の不調を診るときにも発達の特性を念頭に置くことが大切だと考えられています。

これは「うつや不安が、実はASDのせいだった」と単純に言い切れるものではありません。けれども、つらさが長く続く、対人関係でいつも同じようにつまずく、といった背景に特性が関係していることがあり、そこに目を向けると対応の糸口が見えてくることがあります。

「治す」のではなく、特性を理解して環境を整える

ASDへの向き合い方は、ほかの病気とは少し違います。ASDは生まれつきの特性なので、うつ病のように「元の状態に戻す」「症状をなくす」という発想にはなじみません。

基本になるのは、特性を理解したうえで、本人に合うように周囲の環境を調整していくという考え方です。たとえば、あいまいな指示ではなく具体的に伝える、予定や手順を見えるかたちにして見通しを持てるようにする、苦手な刺激を減らす、得意な力を生かせる役割を用意する、といった工夫が役立ちます。

「治す」ことを目標にするのではなく、特性とうまく付き合いながら、生活で困らない形を一緒に探していく。それが、ASDの支援の中心にある考え方です。これは本人の努力だけに頼るものではなく、周囲の理解や職場・家庭での調整も含めて進めていくものです。

受診の目安

次のようなことに当てはまり、生活のつらさが続いている場合は、一度相談を考えてみてよいかもしれません。

  • 子どものころから、同年代の対等な友人関係を築きにくいと感じてきた
  • 周囲に合わせようと努力し続け、いつも強く疲れてしまう
  • 言葉の裏の意味や、その場の空気を読むことが苦手だと感じる
  • 決まったやり方やこだわりが強く、急な変更があると強く動揺する
  • 特定の音・におい・光・肌ざわりなどがとてもつらい
  • 抑うつや不安が長く続いており、対人関係でいつも同じようにつまずく

これらは「当てはまれば必ずASD」という意味ではありません。あくまで、相談を考えるきっかけとして受け取ってください。診断は医師が行います。

まとめ

ASD(自閉スペクトラム症)は、社会性・コミュニケーション・イマジネーションと感覚の特性を中心とする、生まれつきの特性です。大人では学習や工夫でカバーされて見えにくく、一対一の場面ではふつうに振る舞えるため、気づかれにくいことがあります。

大切なのは、特性があることと診断がつくことは別であり、生活に支障が出て困っているかどうかが目安になる、ということです。向き合い方の基本は「治す」ことではなく、特性を理解して環境を整え、困りごとを減らしていくことにあります。

気づくのが大人になってからでも、遅すぎることはありません。つらさが続くときは、一人で抱え込まず、相談先のひとつとして医療機関を思い出していただければと思います。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 大人の発達障害ってそういうことだったのか(宮岡等・内山登紀夫)
  • 自閉スペクトラム症の理解と支援
  • 大人の発達障害 ― 成人精神疾患の背景に潜む神経発達症(ASD・ADHD)/精神科治療学

よくある質問

大人になってから初めてASDを疑うことはありますか。

あります。子どものころからの特性が、学習や工夫でカバーされて目立たなくなり、大人になって対人関係や仕事の負担が増えたときに初めて気づかれることは少なくありません。気づくのが遅いから軽いとも、おかしいとも限りません。

特性があれば必ずASDと診断されるのですか。

いいえ。特性があることと、診断がつくことは別に考えられています。その特性によって社会参加や日常生活に支障が出ているかどうかが、診断を考えるうえで大切な目安になります。最終的な診断は医師が行います。

ASDは治療で治るのですか。

ASDは生まれつきの特性で、病気のように「治す」という考え方にはなじみません。基本は、特性を理解して周囲の環境を本人に合わせて調整し、困りごとを減らしていくことです。つらさが強いときの相談先として医療機関を活用できます。

病院では、どんなことを聞かれますか。

子どものころから現在までの様子(成育歴)や、対人関係、コミュニケーション、こだわり、感覚の特性などを、時間をかけてうかがいます。学校や仕事でどんな場面に困ってきたかも大切な手がかりです。可能であれば、子どものころを知るご家族の話が役立つこともあります。

受診したらASDだと決めつけられませんか。

そのようなことはありません。お話をていねいにうかがい、ほかの要因も含めて慎重に考えます。特性が見られても、必ず診断名がつくわけではなく、困りごとへの対処を一緒に考えること自体に意味があります。

関連する病気の説明

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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