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連載「大人のASDガイド」第2回(全9回) 第1回から読む →

はじめに

満員電車に乗ると、人の話し声や車内アナウンス、まわりのにおいで頭がいっぱいになり、降りる頃にはぐったりしてしまう。掃除機や踏切の音が、人より何倍もうるさく感じる。蛍光灯やお店の照明がまぶしくて、長くいると疲れてしまう——。

こうした感じ方を「自分が神経質なだけ」と思い込み、誰にも言えずに過ごしてきた方は少なくありません。けれども、これらはわがままでも気のせいでもなく、感覚過敏(かんかくかびん)かもしれません。この記事では、感覚過敏とは何かから始めて、大人のASD(自閉スペクトラム症)での現れ方、なぜ起こるのか、診察でどう伝えるか、日常でできる工夫を解説します。

感覚過敏とは何か

感覚過敏とは、ふだんの生活にあふれている音や光、におい、肌への刺激などを、人より強く・つらく感じやすい状態をいいます。本人の心がけや性格の問題ではありません。

感覚過敏が特によく知られているのがASD(自閉スペクトラム症)で、ASDのある方の多くに何らかの感覚の偏りがみられると報告されています。診断の手引き(DSM-5)でも、感覚への過敏さや、逆に気づきにくさ(鈍さ)は、ASDの特徴のひとつとして位置づけられています。

感覚の過敏さは子どもの頃(小学校低学年ごろ)にもっとも目立ち、年齢とともに少しずつやわらぐ傾向があるとされますが、大人になっても残ることは珍しくありません。「子どもの問題」と思われがちなぶん、大人の感覚過敏はかえって見過ごされやすいともいえます。

困りごとが生まれるのは、まわりの環境がその感じ方に合っていないときです。「自分の感じ方が間違っている」のではなく「環境との相性が合っていない」と捉え直すと、対処の発想が見えてきます。

感覚のつらさは、ASD以外でも起こる

感覚のつらさを抱えるのは、ASDのある方だけではありません。

ADHD(注意欠如・多動症)でも、刺激の多い場所で消耗しやすいことがあります。ただしADHDの場合は、感覚そのものを強く受け取るというより、まわりの物音や視界の動きに注意が引っぱられることで起こります。不安が強い時期には、体が警戒を続けている状態になり、音や光がふだんよりつらく感じられます。疲れがたまっているときにも、刺激への耐えやすさは下がります。また、命の危険を感じるようなできごとのあとに、物音への敏感さや警戒が続くこともあります(PTSDの症状の記事へ)。

敏感さの背景に何があるのかを見分ける話は、HSP(繊細さん)と精神科の記事でくわしく扱っています。診断は、感覚の問題だけでなく、生活全体の様子や他の特性も含めて総合的に行われます。

この先はASDでの現れ方を中心に説明しますが、診察での伝え方や環境の工夫は、過敏さの理由が何であっても使えます。

音・光・におい——大人ではこんな形であらわれる

聴覚(音)の過敏——いちばん多くみられる

音に対する過敏さはとくに多くみられます。すべての音がつらいというより、掃除機の音だけが耐えられない、踏切の音が苦手、といった特定の音が苦手という形がよくあります。

もうひとつ大人で目立つのが、たくさんの音の中から必要な音だけを選び取るのが難しいという形です。職場では、まわりの話し声や電話、キーボード、空調の音が同じ大きさで耳に入ってきて、目の前の仕事に集中できない——本人は「集中力がない」と自分を責めがちですが、実は音の環境の問題であることが少なくありません。

視覚(光・見え方)の過敏

光をまぶしく感じやすい方もいます。屋外でサングラスが手放せない、白い蛍光灯の下で一日過ごすと夕方には頭痛や強い疲れが出る、といった形です。

また、目から入る情報に注意が向きやすく、視界に入るものが多いと気が散りやすい面もあります。机の上やパソコン画面のまわりが雑然としていると、それだけで消耗することがあります。

触覚(肌ざわり・触れられること)の過敏

衣類のタグや縫い目、特定の生地の肌ざわりが苦手、という方がよくいます。スーツや制服のある職場では、生地の感触が一日中気になり続けることもあります。

人から触れられることが苦手な方もいます。握手や肩を叩かれること、満員電車で体が触れ合うことが、想像以上に強い不快感になる。相手が嫌いなのではなく、皮膚への刺激そのものがつらいという感覚の特性です。パートナーとのスキンシップがつらく、関係の悩みとして表面化することもあります。

嗅覚・味覚の過敏

においに敏感な方では、隣席の方の香水、エレベーターに残る整髪料、昼食時の食堂のにおいなど、他の人が気に留めない場面が毎日の負担になることがあります。

味覚では、細かな味の違いが気になって、特定のメーカーの商品しか食べられないことがあります。たとえば、コンビニのおにぎりは食べられるのに、母親の手作りおにぎりは食べられない。コンビニのおにぎりは味や塩加減が毎回ほぼ一定なのに対し、手作りは日によって少しずつ違う。その小さな違いがつらい——本人の中には、ちゃんとした理由があるのです。

「過敏」と「鈍さ」が同居することもある

感覚過敏というと「何にでも敏感」とイメージしがちですが、実際には、ある感覚にはとても敏感なのに、別の感覚には気づきにくい——過敏さと鈍さ(鈍麻:どんま)が、同じ人の中に同居することがあります。特定の音には耐えられないほど敏感なのに、痛みや暑さに気づきにくい、名前を呼ばれても振り向きにくい、といった組み合わせです。矛盾しているように見えますが、ASDの特性としては珍しくありません。感覚の受け取り方には、その人なりの「でこぼこ」があるのです。

鈍さの側には、注意しておきたい面もあります。痛みや温度に気づきにくいと、けがや体調不良の発見が遅れることがありますし、空腹、のどの渇き、疲れといった身体の内側からの信号を拾いにくい方も多く、「気づいたら限界を超えていた」という消耗のしかたをしやすいのです。がんばって周囲に合わせている方ほど、気づかないうちに疲労がたまります。「気づいてから休む」ではなく、定時に休憩をとるなど「決めておいて休む」工夫が役立ちます。

また、感覚と気持ちの区別がつきにくい(失感情症)ことも知られており、「どこがどうつらいか」を言葉にするのが難しくなることもあります。この点と、月経周期による変動を含めた身体の不調については、身体の不調とどう付き合うかにまとめました。

疲れやストレスで、過敏さは強くなる

ストレスが強い時期や疲れがたまっている時期には、ふだん流せていた刺激が急につらく感じられることがよくあります。「最近、職場の音がやけに耳につく」「前は平気だった電車がつらい」——そんな変化に気づいたら、それは感覚の問題が悪化したというより、心身の消耗が進んでいるサインかもしれません。消耗が続くと、頭痛や胃の不調、体のだるさといった身体の不調として表面化することもあります。

「がんばって休む」にならないように

「ゆっくり休んでください」と言われると、「どうすれば楽にできるのだろう」と一生懸命考えてしまい、休むこと自体が新しい課題になって、かえって気疲れしてしまう——ASDの方には、そんなことが起こりやすいのです。休み方は抽象的な言葉ではなく、「夜◯時になったらパソコンを閉じる」「週末の午前は予定を入れない」のように、「何を・いつ・どうするか」を決めておくと、迷わずに休めます。

もうひとつ。長年我慢できていたことが、あるときからできなくなることがありますが、それは「甘え」でも「弱くなった」のでもなく、我慢が限界に達したというサインです。根性で押し返すのではなく、無理な我慢をしなくてすむように、環境を整え直すタイミングです。

診察で伝えるコツと、気をつけたいこと

感覚過敏は、本人が言葉にして訴えないと、まわりにも医師にも気づかれにくいものです。本人にとっては子どもの頃から「当たり前」の感じ方だったため、つらさを言葉にする習慣がないことも多いのです。

だからこそ、診察では具体的に伝えることが助けになります。「敏感です」だけでは伝わりにくいので、

  • どんな場面で(満員電車、職場の照明の下など)
  • どんな刺激が(人の話し声、蛍光灯のまぶしさ、香りなど)
  • どう感じるか(頭が痛くなる、その場にいられなくなる、ぐったりするなど)

をセットで話すと、状況が伝わりやすくなります。受診前にメモにまとめておくのもよい方法です。

聴覚過敏が幻聴と取り違えられないように

聴覚過敏は、幻聴(げんちょう)と取り違えられることがあります。幻聴は「音がないのに聞こえる」体験ですが、聴覚過敏は「実際に鳴っている音を、人より強く・はっきり感じる」状態です。部屋の外のかすかな物音をはっきり拾う方が「聞こえる」と表現すると、幻聴と受け取られてしまうことがあります。「その音は実際に鳴っている音なのか」「どんな状況で、どう聞こえるのか」を具体的に伝えることが、正しい理解につながります。

環境を変えるという発想——日常でできる工夫

感覚過敏とのつき合い方の基本は、「自分を我慢で変える」のではなく、「まわりの環境を整えて、刺激を減らす」という発想です。専門的には環境調整と呼ばれ、無理に慣れようとするより、ずっとラクになることがあります。もうひとつの方向が、自分が落ち着ける感覚を積極的に使うことです。好きな音楽や決まったお茶の香りなど、「これがあると安心する」ものを意識的に生活に組み込むことも、立派な対処になります。

日常でできる工夫の例をいくつか挙げます。

  • 聴覚:イヤーマフやノイズキャンセリングのイヤホン、耳栓を使う。混雑の少ない時間帯に移動する。静かに過ごせる場所をあらかじめ決めておく。
  • 視覚:サングラスやつばのある帽子を活用する。照明をやわらかいものに替え、パソコンの画面の明るさを下げる。作業スペースは余計なものが目に入らないよう整える。
  • 触覚:タグを切る、肌に合う素材の服を「制服化」して着回す。苦手な接触(握手など)は、会釈で代えるなど自分なりの型を決めておく。
  • 嗅覚:においの強い場所を避ける、こまめに換気する、マスクを使う。
  • 全般:刺激が重なる場面(混雑・騒がしい場所)を避け、こまめに休憩をとる。安心できる自分の居場所を持っておき、刺激の多い予定のあとには回復の時間を確保する。

職場での工夫と、配慮の相談のしかた

働く大人にとって、感覚過敏がいちばん問題になりやすいのは職場です。職場での不適応は「本人の能力の問題」だけで起こるのではなく、本人の特性と環境との組み合わせで起こるものです。同じ人でも、環境が合えば力を発揮できることは珍しくありません。

職場で相談できる配慮の例を挙げます。

  • イヤホン・耳栓の使用許可をもらう。集中作業のときだけでも認めてもらえると負担が減ります。
  • 座席の位置を相談する。通路沿いや電話の近く、空調の真下などを避けるだけで変わることがあります。
  • 静かな場所で作業できる時間(会議室の利用、在宅勤務の活用など)をつくってもらう。
  • 指示ややりとりを口頭だけでなく書面やチャットでももらう。騒がしい環境では口頭の指示を聞き落としやすいためです。

障害者差別解消法などの法整備が進み、合理的配慮を求めやすい環境も少しずつ整ってきています。診断がある場合は、主治医の意見書などを通じて配慮の必要性を職場に伝える方法もあります。

伝えるときは、「どんな刺激が・どの場面で・仕事にどう影響するか」と「どうしてもらえると働きやすいか」をセットで。「電話エリアの近くだと相手の声が聞き取りにくいので、席を少し離してもらえると集中できます」のように、内容が具体的であるほど、職場も対応しやすくなります。

働き方や就労支援について詳しくは、大人のASDと仕事——就労支援の記事もあわせてご覧ください。

感覚過敏に「効く薬」はあるのか

薬でなんとかできないか、と考える方は少なくありません。結論からいうと、感覚過敏そのものを消す薬は、今のところありません。薬物療法の対象になるのは、感覚刺激による消耗が続いて生じたうつ・不安・不眠などの不調のほうで、環境調整などの薬以外の工夫を先に、あるいは並行して行うのが原則です。こうした不調が改善すると、結果的に刺激への耐えやすさが戻ってくることもあります。薬を使う場合も、ASDのある方は薬の効き方や副作用の個人差が大きいとされるため、様子を見ながら慎重に進めるのが基本です。環境調整を土台にして、必要な部分にだけ治療を組み合わせる——それが現実的で、効果の出やすい進め方です。

当院での実際

当院(春日メンタルクリニック)では、初診の前にWEB問診にお答えいただいています。感覚のつらさについても、「どんな場面で・どんな刺激が・どう感じるか」を思いつく範囲で書いておいていただくと、診察がスムーズになります。初診の所要時間の目安は、問診を含めて30分程度です。

初診では、服用中の市販薬やサプリメントも確認しています。お薬手帳やメモがあればお持ちください。通院の頻度は、基本は2週間に一度で、経過を見ながら調整していきます。

なお、ご家族のみの相談はお受けしていません。ご本人の同意のうえでの診察への同席は可能です。

受診の目安

以下のようなことに思い当たる場合は、一度ご相談いただく目安になります。

  • 特定の音・光・におい・味・肌ざわりがつらく、外出や通勤・仕事に支障が出ている
  • 感覚のつらさを「わがまま」「気のせい」と思って、一人で我慢し続けてきた
  • 工夫をしても刺激による消耗が大きく、疲れやすさや気分の落ち込みが続いている
  • 感覚過敏に加えて、対人関係やこだわりの面でも生きづらさを感じてきた
  • 自分の感じ方を、誰かにきちんと理解してもらいたいと感じている

つらさが続いて生活に影響しているなら、それだけで相談する十分な理由になります。感覚刺激による消耗が続くと、うつや不安といった不調につながることもあります(詳しくは大人のASDとうつ・不安の記事へ)。また、ASDの特性全体については大人のASDの概要記事で、当院でのASDの診かたはASD(自閉スペクトラム症)のページで解説しています。

まとめ

感覚過敏は、音・光・におい・味・肌ざわりなどを人より強く受け取りやすい状態で、ASD(自閉スペクトラム症)のある方に特に多くみられます。本人が言葉にしないと気づかれにくいものです。「どんな場面で・どんな刺激が・どう感じるか」を具体的に伝えることが、正しい理解と適切な対応につながります。自分を我慢で変えるより、環境を整えて刺激を減らし、落ち着ける感覚を味方につけるほうが、毎日をずっとラクにしてくれます。あなたの感じ方には、ちゃんと理由があります。一人で抱え込まず、必要なときには気軽にご相談ください。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 大人の発達障害ってそういうことだったのか
  • 自閉スペクトラム症の理解と支援
  • 大人の発達障害 成人精神疾患の背景に潜む神経発達症 ASD ADHD 精神科治療学
  • 成人期の自閉症スペクトラム 診療実践マニュアル
  • Q&Aシリーズ 発達障害 ASD編

よくある質問

感覚過敏は『気のせい』や『わがまま』なのですか?

いいえ。感覚過敏は、実際に強い不快さや苦痛をともなう状態です。ASD(自閉スペクトラム症)では、診断の手引きであるDSM-5にも特徴のひとつとして位置づけられています。わがままでも気のせいでもありません。

感覚が過敏なのに、痛みや呼びかけには気づきにくいことがあるのはなぜですか?

ASDでは、ある感覚にはとても敏感な一方で、別の感覚には気づきにくい『過敏さ』と『鈍さ』が同じ人の中に同居することがあります。矛盾しているように見えても、特性としてはよくみられる組み合わせです。

聴覚過敏と幻聴はどう違うのですか?

聴覚過敏は、実際に鳴っている音を人より強く・つらく感じる状態です。一方、幻聴は音がないのに聞こえる体験を指します。両者は取り違えられることがあるため、診察では『どんな状況で、どんな音が、どのように聞こえるか』を具体的に伝えることが大切です。

感覚過敏があれば必ずASDなのですか?

いいえ。感覚過敏は、ADHDや不安の強い時期、疲労がたまっているとき、強い恐怖を体験したあとなど、ASD以外の理由でみられることもあり、感覚過敏があるからといってただちにASDとは限りません。診断は、生活全体の様子や他の特性も含めて、医師が総合的に判断します。

感覚過敏は大人になれば自然に治りますか?

感覚の過敏さは子どもの頃にもっとも目立ち、年齢とともにやわらぐ傾向が報告されていますが、大人になっても残ることは珍しくありません。無理に慣れようとするより、環境を整えて刺激を減らす工夫のほうが、負担を確実に軽くしてくれます。

職場で感覚過敏のことを相談してもよいのでしょうか?

はい。イヤホンや耳栓の使用許可、座席の位置、指示を書面でもらうなど、小さな配慮で働きやすさが大きく変わることがあります。伝えるときは『どんな刺激が・どの場面で・仕事にどう影響するか』と『どうすれば働きやすいか』をセットで具体的に伝えるのがコツです。

感覚過敏に効く薬はありますか?

感覚過敏そのものを消す薬は、今のところありません。対処の基本は環境を整えて刺激を減らすことです。ただし、感覚刺激による消耗が続いて生じたうつや不安などの不調は治療の対象になります。薬を使う場合も、環境調整とあわせて慎重に進めていきます。

感覚過敏は疲れやストレスで強くなりますか?

はい。ストレスが強い時期や疲れがたまっている時期には、ふだんより刺激がつらく感じられることがよくあります。『最近やけに音がつらい』と感じるときは、感覚の問題だけでなく、心身の消耗のサインかもしれません。休息と環境調整を優先し、続く場合はご相談ください。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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