はじめに
「発達障害だと思います」。診察でそう説明を受けて、家に帰ってから、では自分は何をすればよいのだろう、と手が止まる。名前がついたはずなのに、次にすることが見えてこない——この記事は、その戸惑いを一段だけほどきます。下敷きにしたのは、大学病院の精神科で成人を診てきた医師と、発達障害を専門とするクリニックの院長で児童精神科医でもある医師とが、大人の発達障害をめぐって交わした対談をまとめた一冊です(書誌は記事の末尾にあります)。
「発達障害」は、まとめて呼ぶための言葉です
「発達障害」は、一つの病気につけられた名前ではありません。 この言葉の下には、脳の育ち方に関わる性質の違うものが並んでいて、診断のときに使われるのは、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如・多動症)、知的障害、学習障害といった、もう一段下の名前のほうです。
対談では、膠原病や感染症と同じ構造だという整理が出てきます。「感染症です」と言われただけでは、何が原因で、どんな治療をするのかまでは分かりません。発達障害という言葉も、中身の異なるものをまとめて指すための大まかな枠です。ASD、ADHD、学習障害は、そのなかでそれぞれ別のものとして立っています。
その呼び方だけでは、次の一手が決まりません
ASDとADHDとでは、困りやすいところも、合う手当ても同じではありません。 まとめて呼ぶと、一つひとつの輪郭がぼやけます。発達障害という言葉は診断のときにつける名前ではないので、その呼び方を使っただけでは、次に何をしていけばよいかという道すじは出てきません。
生まれつきの要因という側から考えるときや、社会的な支援の制度を整えるような場面では、まとめておくことに意味が出てくることもあります。ただし、一人の方への手当てを決める段になると、その呼び方だけでは細かさが足りません。
では、手当ての中身は何で決まってくるのか。その先の名前(ASDなのか、ADHDなのか、両方が重なっているのか)と、その方が実際に行き詰まっている場面との、両方が分かってからです。名前だけあっても、どの場面で消耗しているかが見えなければ置きどころが決まりませんし、困っている場面だけを並べても、それをどう受け取ればよいかの見通しが立ちにくくなります。ASDとADHDが何にどう違うのか、両方が重なる場合はどうなるのかは、大人のADHDとASDの違いと、両方が併存する場合にあります。
「発達障害だ」と呼んだあとに、手元に残るもの
ある方について「発達障害だ」と呼んだとき、手元に残る情報は、思っているより少ないです。 何に困りやすいのか、何が助けになるのか、どの場面で消耗するのか——そのどれも、そう呼んだだけでは決まりません。言葉づかいの正しさというよりも、その言葉が運んでくる情報の量の問題です。
日ごろの会話でこの言葉が使われるのは、そう呼ばないと話が始まらないからでもあります。そこで話を止めずに、もう一段先まで見ていくと手がかりが増えます。
その先の名前は、すぐに決まるとは限りません
もう少し細かい名前まで確かめようとしても、その場ですぐに一つに決まるとは限りません。診断の基準に並んでいる特徴は子どもの姿を念頭に書かれたものが多く、大人ではどんな形で出てくるかを読み取るのは簡単ではありません。現れ方は年齢や性別、知的な面によっても幅が出ます。
ですから、尋ねてみた結果「いまの段階では一つに絞れない」という答えになることもあります。それは、何も進んでいないという意味ではありません。 どこまで見えていて、どこがまだ確かめられていないのかが共有されること自体が、次の一手を決める材料になります。診断が実際にどう進むのかは大人のADHDの診断はどのように進むのかと大人のASDの診断|何科で・どう調べる?生育歴やAQ検査の流れにあります。検査を受ければ名前が決まる、という進み方にもなりません。検査で分かること・分からないことは「検査を受ければはっきりする」と思っているあなたへ——発達障害の検査でわかること・わからないことが正面から書いています。
暮らしの工夫は、名前を待たなくて構いません
今日をどう乗り切るかという工夫のほうは、名前が決まるのを待つ必要がありません。 当サイトの大人の発達障害「生活の困りごと」解決ガイド——悩みから探せる総目次は、困っている場面のほうから工夫を探せるように作られています。
暮らしの工夫は困りごとから始められる。一方で、医療の側で見立てや支援の方向を整理するときには、もう少し細かい名前も材料になる。この二つは並行して進められます。診断がついたあとの暮らしの立て直しは発達障害と診断された「その後」——自分の取扱説明書づくりが始まるにあります。
いまの通院を続けたまま、できること
「発達障害」と説明されたからといって、ASDやADHDの見立てがまだ何も進んでいないとは限りません。診察のなかで何がどこまで見えているかは、その言葉だけでは外からは分かりません。通院先を変える必要はなく、いまのまま続けたうえで、できることが二つあります。
一つめは、もう少し細かいところまで尋ねてみることです。「発達障害という言葉は範囲が広いと聞いたのですが、私の場合はどのあたりで考えておられますか」——そういう尋ね方で構いません。いまどこまで見えているのか、これから何を確かめていくのかを伺ってみると、話が具体的になることがあります。
二つめは、実際に行き詰まっている場面を、そのまま伝えることです。朝の支度がどうしても間に合わない、書類の期限をいつも越えてしまう、人と会った日の夜は動けない——そういう具体的な場面のほうが、名前よりも先に手当ての材料になります。整理してからお話しいただく必要はなく、思い出した順で差し支えありません。診察で子どものころのことまで尋ねられるのはなぜかは、子どものころの友だち付き合いや遊び方を尋ねられるのは、その答えで診断を決めるためではありませんにあります。
言葉にしにくいままでも構いませんし、言えない事情があるときに無理に言葉にしていただく必要もありません。その事情のほうを、診察の場でご相談ください。
受診と相談の目安
次のようなことが続いているときは、ご自身がどれに当たるのかを見当づけるより前に、ご相談をお考えください。
- 寝つけない日が続いている、あるいは食事の量や体重が変わってきている
- 気分が晴れない日が続き、以前は楽しめていたことに手が伸びない
- 段取りが立たず、やるべきことや書類がいつも間に合わなくなっている
- 人と会ったあとに、ひどく消耗して動けなくなる
- 場所や職場が変わっても、行き詰まるところがいつも同じように思える
- 何と呼ばれる状態なのか分からないまま、相談していいものか迷っている
当てはまるかどうかをご自分で確かめてからでなくて構いませんし、どうするかを決めかねている段階のままでも構いません。すでに何らかの説明を受けている方も、まだ何も言われていない方も、そのままご相談いただけます。
暴力や、相手からの強い支配のある関係のなかにいるときは、呼び方や名前の整理よりも先に、身の安全の確保です。相談先は安全が脅かされているとき ── 関係改善の話が当てはまらない場面にまとめてあります。そして、自分や他の人を傷つけそうな考えが出ているとき、食事も水分もほとんど取れていないときは、待たないでください。通院中であれば主治医に連絡し、命に関わる切迫した状況ではためらわず救急(119)を利用してください。
当院での実際
当院は福岡県春日市の精神科・心療内科です。ご相談は、まずWEB予約(デジスマ)でご予約のうえ、初診前のWEB問診にお答えいただく形をとっています。初診の所要時間の目安は問診を含めて30分程度、通院を始めた場合は2週間に一度が基本で、再診の目安は5分前後です。
当院では、成人(18歳以上)のASD・ADHDの評価と診断を行っています。診断は、問診(診察での聞き取り)を中心に行います。 心理検査(知能検査・心理テスト)は当院では行っていません。検査をご希望の場合、実施している医療機関はご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。うつや不安で受診された方についても、必要に応じて、背景に発達特性がないかという視点を持って診察しています。
WEB問診は、書きにくければ「気になる感じがある」という程度の簡単な記載で差し支えありません。詳しくは診察のなかで伺います。決心がついてから受診する必要はなく、何を確かめたいのかが定まっていない段階のままでも、そのままお話しいただけます。
ご家族のみの相談はお受けしていません。ご家族が心配されている当のご本人が受診され、同席に同意されている場合には、ご家族に同席していただけます。ご家族ご自身の不調を診てもらうために受診されることは、それとは別のことで、ご自身の受診としてご相談いただけます。当院の診療対象は18歳以上の方で、お子さんの発達についてのご相談は扱っていません。
まとめ
「発達障害」は、一つの病名ではなく、ASD・ADHD・知的障害・学習障害などをまとめて呼ぶための広いくくりです。 その先の名前と、実際に行き詰まっている場面の両方が分かると、手当ての方向が具体的になります。細かい名前がすぐに絞れなくても、暮らしの工夫は名前を待たずに今日から始められますし、通院を続けたまま、次の診察で聞けることがあります。
そのほか近いところにあるもの ── 大人のASD(自閉スペクトラム症)とは?気づかれにくい特徴と受診の目安・大人のADHDとは?不注意・多動・衝動性の3つの特徴・大人のADHDの薬物療法をやさしく解説・ASDのうつ・不安(二次障害)|つらさの背景に発達特性が隠れていることも・女性のASDが見過ごされてきたのはなぜか——発達障害の診断は男性の姿でできてきた・ASDと仕事|向いている働き方・障害者雇用・職場でできる配慮
参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 宮岡等・内山登紀夫『大人の発達障害ってそういうことだったのか その後』(医学書院、2018年)第1章および第2章のうち、「発達障害」という言葉のまとめ方をめぐる対談部分
よくある質問
「発達障害だと思います」とだけ説明を受けました。これは、もっと細かい名前のほうがまだ決まっていない、ということなのでしょうか。
外からは分かりません。この言葉は指す範囲が広いので、もう少し細かいところまで伺ってみると、話が具体的になることがあります。主治医がいまどこまで見立てておられるのか、これから何を確かめていくおつもりなのかは、次の診察でそのままお尋ねください。尋ねた結果「いまの段階では一つに絞れない」という答えになることもありますが、それは何も進んでいないという意味ではありません。診断がどう進むかは「大人のADHDの診断はどのように進むのか」と「大人のASDの診断|何科で・どう調べる?生育歴やAQ検査の流れ」にあります。
「発達障害」と「ASD」「ADHD」は、どういう関係になっているのですか。
発達障害という呼び方のほうが上にあって、そのなかにASD・ADHD・知的障害・学習障害といった、診断のときに使われる名前が入っています。ASDとADHDそれぞれが何に困りやすいのか、同じ行動でも理由が違うこと、両方が重なる場合については「ADHDとASDは何が違うのか——見分けにくい理由と、併存する場合」にあります。
細かい名前さえ分かれば、やるべきことが決まるのですか。
名前だけでは決まりません。手当ての中身が決まってくるのは、その先の名前と、実際に困っている場面と、その両方が分かってからです。一方で、今日の暮らしを回していく工夫のほうは、名前が決まるのを待たずに、困っている場面から始められます。困りごとから工夫を探すには「大人の発達障害「生活の困りごと」解決ガイド——悩みから探せる総目次」があります。
検査を受ければ、ASDやADHDといった細かい名前のほうがはっきりするのでしょうか。
検査で名前が決まる、という進み方にはなりません。検査で分かること・分からないことは「「検査を受ければはっきりする」と思っているあなたへ——発達障害の検査でわかること・わからないこと」にまとめてあります。当院では心理検査(知能検査・心理テスト)は行っておらず、診断は問診(診察での聞き取り)を中心に行います。検査をご希望の場合、実施している医療機関はご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。
暴力や強い支配のある関係のなかにいます。この記事は当てはまりますか。
当てはめないでください。手が出ていない場合も同じです。怒鳴られる、物を壊される、黙り込まれて折れるまで待たれる、「あなたが悪い」と正しさを盾に責め立てられる、終わったことを何度も持ち出される、暮らしのお金を渡してもらえない、出かけ先をいちいち確かめられる、怖くて向き合えない——そういう形で相手を思いどおりに動かすために力が使われている関係も含みます。相手が配偶者やパートナーの方でも、親御さんやきょうだいでも、同居しているどなたでも同じです。とくに「あなたは発達障害だから」という言い方を持ち出されて、こちらの言い分を取り合ってもらえない、決めごとに従わされているというときは、名前が細かいか大まかかという問題ではなく、身の安全を確保することが先になります。相談先を含めて「安全が脅かされているとき ── 関係改善の話が当てはまらない場面」にまとめてあります。そちらはパートナーからの暴力を軸に書かれていますが、安全の確保が先になるという考え方は、相手がどなたであっても同じです。そのうえで、そうした関係のなかで出てきた症状についてのご相談は、当院で承っています。ご自身の受診としてお話しください。診察に、その相手の方をお連れいただく必要はありません。なお、保護命令や離婚の調停といった法的な手続きのご相談は、当院ではお受けしていません。