授業の内容は分かり、試験の点も取れています。それなのに、時間割を組むところで何日も止まってしまいます。ゼミに入ってから通うのが重くなったり、休講の知らせを見て一日の予定を組み直せなくなったりすることもあります。
大学では教わる内容を理解することとは別に、何を選ぶか、どう進めるか、変更された予定をどう直すかを自分で決めます。授業が分かることと、大学生活を一人で進められることは別です。
精神科医の宮岡等・内山登紀夫による対談集では、主にASD(自閉スペクトラム症)のある学生について、こうした困りごとが語られています。発達特性のある人全員に同じことが起きるわけではありません。
授業が始まる前に力を使い切る
履修登録は科目を選ぶだけでは終わりません。分野ごとに卒業に必要な単位数を確かめ、授業の曜日と時限が重ならないように組み合わせます。広いキャンパスでは教室間の移動時間も考えます。自分が負える量を見積もり、締め切りまでに登録するところまでが一つの作業になっています。
しかも、一つの科目を選び直すと、それまでの組み合わせも変わります。順番に済ませれば終わる作業ではなく、前の選択に戻ることがあります。高校まで外から決まっていた時間割や一日の枠を、自分で作る必要があるのです。一つの正解がなく、選ぶための手がかりも示されないまま決めることがあります。
対談ではASDのある学生は履修でつまずく人がとても多いと語られています。どれか一つの作業で詰まると、全体が止まります。それでも外から見えるのは「まだ登録していない」という結果だけです。こうした段取りの難しさは優先順位・段取りがつけられないでも扱っています。
学期のはじめには数日のうちに履修を組み、初めての教室や人間関係に入り、教材もそろえます。慣れる前に締め切りが来るので、授業が始まる前に力を使い切り、消耗した状態で学期を迎えることがあります。
ゼミではまだ決まっていないことを話します
対談ではASDのある学生には話し合いを取り入れた授業より、座って講義を聞く形のほうがずっと過ごしやすい人が多い、という見方が示されています。ここで比べられているのは授業の形で、内容が理解できるかどうかとは別の話です。
話し合いが負担になる理由として、その場の決まりを読み取る難しさが考えられます。内容を追いながら、いつ口を挟んでよいのか、話題がどこへ移ったのか、この班で自分は何をするのかまで読み取ります。誰もはっきり決めていないのに、分かっている前提で話が進みます。黙っていると、興味がないと受け取られることもあります。
授業への行きにくさには音が関わることもあります。対談には教室の騒がしさがひどくつらく、耳をふさいでその授業に出なくなる学生の話もあります。ざわつきで内容が入ってこない授業が続けば、足が重くなるのも無理はありません。音のつらさは音や光がつらいとき(感覚過敏)で詳しく扱っています。
ゼミではたとえば3年生と4年生の十人前後で、2年間にわたって同じ顔ぶれとの関係が続きます。その中で研究計画を立て、材料を集め、論文にまとめます。研究テーマには一つの正解がありませんが、選ばなければ先へ進めません。材料は多すぎても少なすぎてもいけないと言われるのに、どこまで集めれば十分なのかが示されないこともあります。途中経過の発表では、まだ考えが固まっていないことを、そのまま人前で話すことになります。
形が決まっていないこと、いくつもの作業、日程や見通しの変化が、続いていく人間関係の中で重なります。こうした難所が卒業までの途中に散らばっているため、行き詰まりが表に出たころには引き返しにくい時期になっていることも考えられます。「議論が苦手」「甘え」の一言では捉えきれません。
卒論ゼミを経験していない医師は、その大変さを想像しにくい面があるという指摘も対談に出てきます。「ゼミがつらい」と聞くだけでは、研究と人間関係を同時に続ける負担が相手に伝わりきらないことがあります。
休講になるとその後の予定まで組み直しになります
授業が一つなくなっただけでも、前後の移動、昼食、図書館、帰りの電車まで組み直すことがあります。どこから直せばよいか決まらないまま、その日が終わってしまうこともあります。負担になっているのは、変更された予定に合わせて一日の見通しを作り直すことです。
2013年の対談集には、どの教室でも同じ位置の席に座る学生の例が出てきます。周囲に理解されず、席をめぐるトラブルになることもありますが、本人にとっては決まりを作って落ち着けるようにする工夫として語られています。同じ行動を続けることが、その人なりに大学生活に合わせる方法になっている場合もあるのです。
予定や手順が変わること自体のつらさはいつもの手順や予定が変わるときのつらさにまとめてあります。
窓口ではうなずけたのに家では進みません
窓口で説明を聞き、うなずいて用紙を受け取ります。ここまでは問題なく見えます。ところが家で用紙を開くと、どこから書けばよいのか分かりません。もう一度窓口へ行こうにも、先ほど困った様子を見せなかったぶん、聞きに戻りにくくなっています。
対談でも、会話が成り立つと、身の回りの手続きも一人でこなせるはずだと思われやすいことが指摘されています。話が通じることは、手続きを一人で進められる証拠にはなりません。入学できたことや授業に出られていることも、支えが要らない証拠とは限りません。
大学では困難を見つける人がいないまま、時間が過ぎることもあります。高校までと違って、毎日同じ教室に集まるとは限らず、顔ぶれも変わります。欠席に気づく科目の担当者がいても、ほかの科目での様子は分かりません。困っていることが誰の目にも留まらないまま、学期が終わることがあります。
本人も「授業には出られるのだから、相談するほどではない」と考えてしまうことがあります。受け答えができるかどうかと、困っている量は別です。
通学の練習に使った22枚の回数券
『成人期の自閉症スペクトラム 診療実践マニュアル』には、大学入学前に通学のリハーサルをした人の例があります。母親が用意したのは、大学の最寄り駅までの回数券2綴り、計22枚でした。最初の5回は母親が同行し、その後は一人で、回数券がなくなるまで通学を練習しました。
この人は生活訓練などの支援を受けながら社会の場を経験し、自信をつけてきた方です。通学の練習も、それまでに受けた支援の応用として紹介されています。
大学によって手の貸し方は異なりますが、履修を一緒に組み立てる支援も対談で挙げられています。2018年の対談集では、イギリスの大学に、2〜3学年上の先輩が科目の選び方を教える仕組みを置くところが多いと紹介されています。目的の教室にたどり着くところから手助けが必要な場合もあります。
「大学に通う」の中には、科目を選ぶことも、教室へ移動することも含まれます。どの作業が進まないのかを見ると、手を借りる場面も具体的になります。
減点されることと怒られることは別です
ここで紹介する関わり方の工夫は、暴力や強い支配のある関係には当てはまらず、その場合は身の安全の確保が先になります。
レポートを出さずに評価が下がることと、そこで感情的に怒られることは別です。筋道立てた説明を求めるASDのある人はかなりいると、対談では語られています。感情をぶつけられることをひどくつらく感じるという学生の話も出てきます。
「この課題は評価に入りません。次の回は金曜までです」と伝えられれば、評価と次にすることが分かります。強い口調で責められるだけでは、次の行動が分かりません。
2018年の対談集で紹介されているのが、イギリスの研究者ニコラ・マーチンによるREAL(リアル)という枠組みです。20の大学で291人に聞き取りをした調査から、周囲の関わり方を四つにまとめています。
- 決めた予定や約束をむやみに動かさないようにします。
- 特性を理解したうえで、その人の困りごとに耳を傾けます。
- 先の見通しが立つようにして、予想外のことを起こさないようにします。
- 感情をぶつけず、筋道を立てて伝えます。
この四つは自分が何に参っているかを伝える手がかりにもなります。約束が変わったのか、先が見えないのか、事情が伝わっていないのか、強い言い方をされたのかが分かると、診察でも学内の窓口でも話が具体的になります。評価が下がったことと、強い口調を向けられたつらさも分けて伝えられます。
「苦手です」をもう少し具体的にする
相談ではどこまで進み、どこで止まったかを伝えると、何に手を借りればよいかが見えやすくなります。たとえば、次のように話せます。
- 履修の候補は並べましたが、どれを選ぶか決められないまま日が過ぎています。
- 複数の人が話すと、口を挟む切れ目が分からないまま終わります。
- 休講の知らせを見たあと、予定を組み直せず動けなくなりました。
- 教室には入れますが、ざわつくと内容が入ってきません。
- 研究で何を調べるか決まらず、資料を開いたまま日が過ぎています。
受診の際に過去のことを尋ねられる理由は子どものころのことを尋ねられる理由で扱っています。学内の窓口や休学の制度については大学生のメンタル不調と休学が参考になります。
次のような状態が続いているときは、相談を考えてください。
- 眠れない、食事や体重が変わった、気分が晴れない状態が続いています。
- 学期のはじめの手続きが進まず、締め切りが過ぎています。
- 出席できない授業が増え、人の集まる場のあとに強く消耗します。
- いらだちが強くなり、些細なことで声を荒げてしまいます。
- 高校までは何とかなっていたのに、大学から同じ形で行き詰まり続けています。
- 相談してよいか決められないまま、時間だけが過ぎています。
大学に在籍していなくても、仕事や家庭で似た行き詰まりが続くことがあります。休学中の方、中退した方、進学していない方、卒業後に思い当たった方にも関わる話です。大学を離れたあとの負担については勤めや親の支えがなくなったあとの生きづらさでも扱っています。
当院では成人(18歳以上)のASD・ADHDの評価と診断を、問診(診察での聞き取り)を中心に行っています。うつや不安で受診された方も、必要に応じて背景に発達特性がないかという視点で診察しています。診断を受けるか決めていない段階でも、そのままご相談いただけます。
心理検査(知能検査・心理テスト)は当院では行っていません。検査をご希望の場合、実施している医療機関はご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。
予約はWEB予約(デジスマ)で受け付けています。初診前のWEB問診は簡単な記載にとどめ、詳しいことを診察でお話しいただくこともできます。
参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 宮岡等・内山登紀夫『大人の発達障害ってそういうことだったのか その後』(医学書院、2018年)第5章のうち、大学生活での困りごとと大学での支援をめぐる対談部分
- 宮岡等・内山登紀夫『大人の発達障害ってそういうことだったのか』(医学書院、2013年)大学での支援、教室移動・座席、生活の手助けをめぐる対談部分
- 神尾陽子編『成人期の自閉症スペクトラム 診療実践マニュアル』(医学書院、2012年)症例編・大学入学前の通学リハーサルを扱う「解説」
よくある質問
履修登録やゼミで困るのは、ASDだからでしょうか。
それだけでは決められません。対談で主に扱われているのはASDのある学生ですが、同じように行き詰まって見えても理由が違うことがあります。発達障害という呼び方には性質の異なるものが含まれ、ASDとADHDが重なる場合もあります。両者の違いは「ADHDとASDは何が違うのか——見分けにくい理由と、併存する場合」で扱っています。
教室の音がつらいのは、感覚過敏なのでしょうか。
音のつらさの理由は一つとは限りません。音そのものの受け取り方だけでなく、疲れや不安が重なって音が気になりやすくなることもあります。具体的な工夫は「感覚過敏とは?音・光・においがつらいとき——ASDでの現れ方と日常の工夫」で扱っています。
履修や課題のことは、大学のどこに相談すればよいですか。
多くの大学には学生生活や修学の相談窓口があります。窓口の名称や担当する範囲は大学によって異なるので、ご自身の大学の案内で確認してください。休学や診断書の進め方も含め、「大学生のメンタル不調と休学――授業に行けない・単位が取れないとき、使える支援と選択肢」で扱っています。
実家では困らなかったのに、一人暮らしで行き詰まることはありますか。
家族が代わりにしていた作業については、本人がどこまでできるか見えにくいことがあります。2013年の対談集には、親が洗濯を担っている間は本人にもできると思われていたものの、親が家を空けると洗濯物がたまっていた例が出てきます。これまで生活が成り立っていたことと、その作業を一人で進められることは分けて考えられます。