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連載「お薬はどう選ばれているか」第1回(全3回)

「もっと強い薬に変えてもらえませんか」。そう言いたくなることがあると思います。けれど抗うつ薬は、強さの順に並んだ棚から一つ選ぶ、という選び方をしていません。この記事は、抗うつ薬が実際にどんな見方で選ばれているのかを、患者さん・ご家族に向けて書いたものです。

お薬そのものの説明をお探しの方は、レクサプロ、ジェイゾロフト、パキシル、フルボキサミン、サインバルタ、イフェクサーSR、トレドミン、リフレックス、トリンテリックス、デジレル、ドグマチールの各ページをご覧ください。

実際にどのお薬を使うかは、その方の状態、体の病気、ほかに飲んでいるお薬によって変わります。ここに書かれていることが、そのままご自身に当てはまるとはかぎりません。服用中の方は、この記事を読んで自己判断でお薬を変えたり中止したりせず、必ず主治医にご相談ください。

「いちばん強い薬」を探しているわけではない

なぜSSRIから始まることが多いのか

うつ病や不安症の薬物療法では、SSRIと呼ばれる系統の薬がまず選ばれることが多いです。ただ、その理由は「SSRIがいちばん強力だから」ではありません。

SSRIより前から使われてきた三環系抗うつ薬は、効き目の面では今も評価が高い一方で、口の渇き・便秘・眠気・立ちくらみといった副作用が重く、安全に使い続けるという点で大きな弱点がありました。

そこを改良する目的で作られたのがSSRIでした。作用する範囲をセロトニンに絞ることで、副作用の重さを下げる。つまりSSRIは、「最強だから」ではなく「安全に使えるから」第一選択に置かれている薬だと理解しておくのが正確です。この立ち位置は、「もっと強い薬に変えてほしい」という希望に対して、医師が慎重になる理由でもあります。

効き目そのものには、思ったほど差がない

「この薬のほうがあの薬より強い」といった説明を目にすることがあります。しかし、うつ病への効き目に関しては、抗うつ薬同士の差がはっきりしないのが現在の見方です。

多くの抗うつ薬を横並びで比べた大規模な研究もあり、順位表のような図が示されることもあります。ただ、この種の比較は、比べ方によって順位が入れ替わるほど幅のあるものです。宣伝資料では順位が目立つ図だけが使われがちで、「実はどれも似たようなもの」と分かる図はあまり出てきません。

つまり抗うつ薬は、効き目で順番がついているのではなく、性格の違う薬が横並びになっていると考えたほうが実態に合っています。SNRI、NaSSA、そしてどの系統にも収まりにくい薬たちも同じで、カタカナが並ぶので序列のように見えますが、順位表ではありません。

では、何を見て選んでいるのか

効き目で差がつかないなら、医師は何を手がかりに選んでいるのか。大きくは次の点です。

  • いま何がいちばん前に出ている症状か
  • 飲み始めの体への負担――吐き気やそわそわ感の出やすさ、開始量をどこまで細かく調整できるか
  • やめるときのつらさ――減らしたときに離脱の症状が出やすい薬と、出にくい薬がある
  • 体の病気や年齢との相性――肝臓や腎臓の働き、心臓の状態、高齢かどうか
  • 保険で使える病名の違い――同じSSRIでも、パニック症・強迫症・社交不安症・PTSDのどれに使えるかは薬ごとに違います
  • 薬の値段――後発品(ジェネリック)があるかどうかで、長く続けるときの負担が変わります

ある程度は、年齢や体の状態、ほかに飲んでいる薬、これまでの経過から見当をつけられます。それでも合うかどうかは、飲んでみるまで確かめきれない部分が残ります。 だからこそ、「飲み始めがつらかった」「やめようとしたら具合が悪くなった」という経験が、次の薬を選ぶときの情報になります。診察で伝えてください。飲み始めの時期に何が起きるかは抗うつ薬はいつ効き始める?に、やめるときのつらさについては抗うつ薬をやめるときに、それぞれ詳しく書いています。

前に出ている症状に合わせる――SSRI以外が選ばれるとき

薬を選ぶのは「強い薬を探す」作業ではなく、その人にいま出ている困りごとと薬の持ち味を合わせる作業になります。SSRI以外の系統が選ばれるのは、その持ち味が必要になる場面です。

うつは、人によって前に出ている症状が違う

同じ診断名でも、実際に生活を止めているものは人によってまったく違います。

体の痛みがいちばんつらい方がいます。頭痛、肩や腰の痛み、原因がはっきりしない体の痛みが前に出ていて、気分の落ち込みよりそちらの訴えが強い場合です。

意欲が出ないことが中心の方がいます。悲しいというより何もする気が起きない、興味がわかない、という形です。

眠れず、食欲も落ちて体重が減っている方がいます。この場合は、眠りと食事を先に立て直すことが治療の入口になります。

不安や緊張が強く、じっとしていられない方もいます。

薬を選ぶときに医師が見ているのは、この「何が前に出ているか」です。痛みを伴う場合と、眠れず食欲も落ちている場合とでは、選ぶ薬が変わります。診察のときに、いちばん困っていることを1つか2つに絞って伝えていただけると、この判断が的確になります。

副作用の「顔つき」も薬ごとに違う

抗うつ薬の副作用は、系統によって出方が違います。

眠くなりやすい薬があります。夜に飲めば不眠に役立つ持ち味になりますが、翌朝まで残ると仕事に差し支えます。食欲が増えて体重が増えやすい薬もあります。食べられずに痩せてきた方には利点ですが、すでに体重や血糖が気になる方には不利です。血圧が上がりやすい薬、尿が出にくくなりやすい薬もあります。

そして、あまり口に出しにくい副作用として性機能への影響があります。これは決してめずらしくないのに、患者さんの側から言い出しにくく、そのまま自己中断につながりやすい副作用です。この影響が出にくい薬もあるので、困っているなら診察で伝えてください。口に出しにくければ、メモを見せていただくのでもかまいません。言ってもらえないと対処できない、という種類の副作用です。

つまり「副作用が少ない薬」があるのではなく、その人が何を嫌かによって、どれが副作用の少ない薬になるかが変わります。眠気は困る、体重は困る、性機能は困る――どれを避けたいかは本人しか決められません。体重が増えること、性機能への影響、日中の眠気については、それぞれ別の記事があります。

少ない量で、別の狙いに使う薬もある

処方された量を調べてみたら、標準的な量よりずっと少なかった、という経験をされる方がいます。手抜きではありません。同じ薬でも、量によって狙っているはたらきが変わることがあるからです。「なぜこの量なのか」は聞いていただいてかまいません。目的がわかっている薬は続けやすくなります。詳しくは「抗〇〇薬」という名前と処方の目的がずれる理由に書きました。

ほかの科で出ている薬との関係

抗うつ薬は、ほかの科から出ている薬の効き方に影響することがあります。逆に、ほかの薬の影響で抗うつ薬の濃度が上がることもあります。喫煙が薬の分解に影響する薬もあります。

ですから、お薬手帳は1冊にまとめて、飲んでいるものを全部見せていただくのがいちばん安全です。市販薬やサプリメントも含めてです。系統を選ぶ判断が、ここで変わることがあります。

最初の1剤で決まらないのは、めずらしいことではない

最初に処方された薬で十分よくなる方もいますが、そうならない方も少なくありません。これは治療の失敗ではなく、あらかじめ想定された範囲内の出来事です。うつ病の治療研究では、順番に薬を切り替えていくことで最終的に多くの方が改善に至ることが示されています。

「効かない」の中身は、人によって違う

「薬が効きません」という言葉に入っている中身は、人によってかなり違います。まったく何も変わらない方がいます。最初は動き出せるようになったのに、途中で改善が止まった方もいます。気分は上がってきたけれど眠れない、体の重さだけが残る、頭がぼんやりして仕事にならない――こうした部分的な残り方も多いものです。

医師がまず時間をかけるのは、この中身を分けることです。残っている症状の種類が違えば、次にとる手も変わります。「効かない」と一言で伝えるより、変わったことと変わらないことを、それぞれ一つずつ言えれば十分です。何も変わらないなら、そう言ってください。それも情報です。

次の手は、大きく3つに分かれる

十分な量を十分な期間続けても足りないと判断したとき、選択肢は大きく3つです。

ひとつは、いま飲んでいる薬の量を上げること。ただし量に比例して効きが伸びるわけではなく、ある量から先は効果が頭打ちになり、副作用だけが増えていくことが分かっています。ふたつめは、別の薬に変えること。みっつめは、抗うつ薬とは違う種類の薬を少し加えて効果を後押しする方法で、増強と呼ばれます。薬が増えると聞くと不安になる方が多いのですが、増やし続けるより少ない負担で効果が出ることがあります。

どれを選ぶかは、いまの薬がどのくらい効いているか、副作用がどうか、待てる状況かどうか、ほかにどんな病気があるかで変わります。「これが正解」という一本道はありません。切り替えるときに前の薬を急にやめないのは、それだけで具合が悪くなり、新しい薬が悪かったのか前の薬をやめた反動なのか区別がつかなくなるからです。

次の手を決める前に、確かめられていること

選択肢を検討する前に、医師は地味な確認をいくつもしています。診断・量・期間・飲み方の見直しについては治療抵抗性うつ病とはにまとめたので、ここでは見落とされやすいものを2つだけ。

ひとつは、体の側です。甲状腺のはたらきの低下や貧血、眠っているあいだに息が止まる病気は、うつと似た状態を作ります。ほかの科から出ている薬が気分を落としていることもあります。血液検査をすすめられるのはこのためです。もうひとつはお酒で、飲酒が続いていると抗うつ薬の効果は出にくくなります。なお、体の具合が急に悪くなった、意識がはっきりしないといった緊急性の高い状態のときは、迷わず救急(119)を利用してください。通院中の方は、まず主治医にご相談ください。 改善が見えない時期の診察で何を話し合えるかはうつの治療が長引くときにあります。

薬だけが手段ではない

このテーマは薬の話に見えますが、実際に効いてくるのは薬以外の部分も大きいです。考え方や行動の整え方に取り組む精神療法を、薬と並行して行うと効果が上乗せされることが知られています。生活のリズム、活動量、日中の光、人との関わりも治療の一部です。薬を替える回数を増やすことより、こうした土台を立て直すことのほうが効く方もいます。

そして「この薬は効かなかった」「この副作用が出た」という経験は、次の一手を選ぶための材料になります。捨てられる情報ではありません。

効いている感じがしないまま黙って通院をやめてしまうことだけが、いちばんもったいない選択です。薬が変わることも、振り出しに戻ったということではありません。合わなかった薬の情報があるからこそ、次の薬が選べます。

参考にした書籍

この記事は、次の書籍の記述を要約・再構成して作成しました(原文の転載ではありません)。医療者向けに用量やエビデンスまで踏み込んだ内容は、連載「精神科医の処方ノート」のSSRIの選び分け、抗うつ薬が効かないとき、SNRI・NaSSA・その他の抗うつ薬はどこで選ばれるかにあります。

  • ジェネラリストのための 向精神薬の使い方(宮内倫也/日本医事新報社)
  • こうすればうまくいく! 精神科臨床はじめの一歩(宮内倫也/中外医学社)
  • 精神科臨床Q&A for ビギナーズ(宮内倫也/医学書院)
  • 対話で学ぶ精神症状の診かた(宮内倫也・樫尾明彦/南山堂)
  • 本当にわかる 精神科の薬 はじめの一歩(稲田健 編/羊土社)
  • 研修医・コメディカルのための 精神疾患の薬物療法講義(功刀浩 編/金剛出版)
  • 精神診療プラチナマニュアル(松崎朝樹/メディカル・サイエンス・インターナショナル)
  • 専門医のための臨床精神神経薬理学テキスト(日本臨床精神神経薬理学会専門医制度委員会 編、下田和孝・古郡規雄 責任編集/星和書店)
  • 精神科薬物療法マニュアル(日本病院薬剤師会 精神科専門薬剤師部門 試験委員会 編/南山堂)
  • 精神科医×薬剤師 クロストークから読み解く精神科薬物療法(鈴木利人・渡邊衡一郎・松田公子・林昌洋 編/南山堂)
  • 気分症群(神庭重信 編/中山書店)
  • 双極性障害の診かたと治しかた(寺尾岳/星和書店)
  • ガイドラインにないリアル精神科薬物療法をガイドする(仙波純一/新興医学出版社)
  • 精神科臨床144のQ&A(「精神科治療学」編集委員会 編/星和書店)
  • 精神科治療における処方ガイドブック(「精神科治療学」編集委員会 編/星和書店)
  • 今日の精神科治療ハンドブック 2021年版(「精神科治療学」編集委員会 編/星和書店)

よくある質問

抗うつ薬に「強い薬」「弱い薬」の順番はあるのですか。

薬の名前で強弱の順番が決まっているわけではありません。うつ病への効き目そのものは、抗うつ薬のあいだで大きな差がつかないと考えられています。「変えてほしい」と思われたときは、強さではなく、何がつらいのか――飲み始めの負担なのか、眠気なのか、効いている実感のなさなのか――を伝えていただくほうが、次の薬が決まりやすくなります。

自分に合う薬は、飲んでみないと分からないのですか。

年齢や体の状態、ほかに飲んでいる薬、これまでの経過から、ある程度は見当をつけられます。それでも飲んでみないと分からない部分は残ります。だからこそ、飲み始めたあとに何が変わって何が変わらなかったかを伝えていただくことが、次の判断の材料になります。

処方された量が、調べた標準の量よりずっと少ないのですが。手抜きではないでしょうか。

そうではないことがほとんどです。抗うつ薬には、量によって狙うはたらきが変わるものがあり、少ない量であえて使う場面があります。気になるときは「これは何を狙った量ですか」と聞いてみてください。狙いがわかっていると、飲み続けるときの納得感が変わります。

薬を変えてほしいと言ってもよいのでしょうか。

かまいません。副作用がつらい、効いている感じがしない、飲み続けにくい、といった感想は、次の一手を決めるための重要な情報です。自己判断で中止せず、まず主治医に伝えてください。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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