福岡県春日市須玖北4丁目34 2階
休診日: 水曜・木曜・日曜・祝日

はじめに

「手を洗い続けてやめられない」「戸締まりを何度確認しても不安が消えない」——強迫症(強迫性障害、OCD)に悩む方やご家族にとって、「どんな治療が標準的なのか」を知ることは、治療に一歩踏み出すうえで大きな支えになります。

2025年11月、日本不安症学会と日本神経精神薬理学会が合同で「強迫症の診療ガイドライン」(第1版)を公表しました。世界中の研究データ(エビデンス)をもとに、成人(18歳以上)の強迫症に対する標準的な治療をまとめた、日本では初めての本格的な診療ガイドラインです。

このガイドラインは医療者だけのものではありません。序文には、医師と患者さんが科学的な根拠を共有して一緒に治療方針を決める「共有意思決定(Shared decision making)」に役立ててほしい、と書かれています。この記事では、その内容を患者さんの目線でかみくだいてご紹介します。なお、実際の診断や治療方針の判断は医師が行います。

強迫症とは——ガイドラインが描く病気の姿

ガイドラインではまず、強迫症の特徴が整理されています。中心となる症状は「強迫観念」と「強迫行為」です。

強迫観念と強迫行為

強迫観念とは、自分では望んでいないのに繰り返し浮かんでくる考えやイメージのことです。多くの場合、強い不安や苦痛のもとになります。強迫行為とは、その不安をやわらげたり、恐ろしい出来事を避けたりするために繰り返される行動(手洗い、確認、数を数えるなど)です。

たとえば、公共のつり革に触れたことで汚染の脅威を強く感じて手洗いを続けてしまう、泥棒や火事を恐れて外出前に施錠やガス栓の確認を際限なく繰り返す、家族に「大丈夫?」という保証を何度も求めてしまう——といった形が典型的です。本人は「やりすぎだ」「不合理だ」とわかっていて、なんとかやめようとしているのに、不安に圧倒されて止められない。そこに大きな苦しみがあります。

決してまれな病気ではありません

ガイドラインによると、強迫症の生涯有病率はおおむね1〜2%程度とされています。つまり、50〜100人に1人が一生のうちに経験しうる、決してまれではない病気です。平均発症年齢は20歳前後と比較的若く、男性はより早く発症する傾向があり、女性では結婚や出産に関わる時期の発症が比較的多いとされています。

薬物療法——まず提案されるのはSSRI

ガイドラインは、いくつかの重要な問い(クリニカル・クエスチョン)に答える形で作られています。最初の問いは「成人の強迫症に推奨される薬物療法は何か?」です。

第一選択はSSRI

答えとして提案されているのが、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)です。脳内のセロトニンという物質の働きを高めるタイプの抗うつ薬で、強迫症状を改善させることが研究で示されています。

日本で強迫症への保険適用があるSSRIは、フルボキサミンとパロキセチンの2剤で、ガイドラインはこれらを第一選択として挙げています。眠気や吐き気、口の渇き、便秘といった副作用はありえますが、副作用などで治療をやめてしまう割合はプラセボ(偽薬)と大きな差がないと考えられており、益と害のバランスは益のほうがやや高いと判断されています。

なお、推奨の強さは「弱い推奨」とされていますが、これは効果が弱いという意味ではなく、研究データの確実性などをふまえた専門的な評価の表現です。

効果が不十分なときの選択肢も示されています

「SSRIで十分な反応が得られない場合はどうするか?」という問いにも答えが用意されています。十分な量・期間のSSRIを使っても反応が不十分な場合、リスペリドンやアリピプラゾール(抗精神病薬の一種)を少量追加する「増強療法」が有効となる場合がある、とされています。

ただし、これらの薬は日本では強迫症への保険適用がありません。ガイドラインも、適応外の治療は益と害について十分な説明と同意のうえで行うべきものと述べています。「最初の薬が効かなかったら終わり」ではなく、次の一手が専門的に検討されている、という点を知っておいていただければと思います。

精神療法——曝露反応妨害法を中心とした認知行動療法

薬と並ぶもう一つの柱が、精神療法(心理的介入)です。ガイドラインでは、次の3つが提案されています。

  • 曝露反応妨害法を基礎とする行動療法
  • 認知療法
  • 認知行動療法(行動療法と認知療法の両方の技法を含むもの)

曝露反応妨害法(ERP)とは

曝露反応妨害法(ERP)は、不安や不快感を引き起こす状況にあえて十分な時間向き合い、そのあとに生じる不安をやわらげるための強迫行為(手洗いや確認など)を「せずにすませる」練習を重ねる治療法です。強迫症の治療に特化して発展してきた技法で、日本でも週1回50分・計16回で構成される治療マニュアルが公表されています。

「不安な場面に向き合うなんて怖い」と感じるのは自然なことです。実際の治療では、治療者と相談しながら段階的に、無理のない形で進めていきます。

患者さんは精神療法を好む傾向も

興味深いことに、ガイドラインでは海外の調査として、強迫症の患者さんは薬物療法よりも精神療法を好む傾向があるという報告が紹介されています。精神療法は薬のような副作用が少ない一方で、頻回の通院と長時間の面接が必要になることが多く、実施できる医療機関が限られるという課題もあります。日本では、認知行動療法に習熟した医師が行う場合などに保険適用となる仕組みがあります。

また、「薬と精神療法は併用したほうがよいのか」という問いについては、現時点では推奨を出すだけの十分な根拠がない、というのがガイドラインの立場です。どちらを選ぶか、両方を組み合わせるかは、症状や生活状況、ご本人の希望をふまえて医師と一緒に決めていくことになります。

受診の目安

次のような状態が続いているときは、精神科・心療内科への相談をおすすめします。

  • 手洗いや確認などの繰り返しに1日の多くの時間が取られ、生活や仕事・学業に支障が出ている
  • 「ばかばかしい」とわかっているのにやめられず、強い苦痛を感じている
  • 汚染や危険が怖くて、外出や人との接触を避けることが増えている
  • 家族に確認や保証を何度も求めてしまい、関係がぎくしゃくしている
  • 自己流でやめようとしてきたが、うまくいかず行き詰まっている

強迫症は比較的若いうちに発症し、放っておくと症状が習慣化して重症化しやすいとされる病気です。効果が示されている治療法があるからこそ、早めの相談に意味があります。つらさが強く、消えてしまいたい気持ちなどがあるときは、救急(119)や主治医にできるだけ早くご相談ください。

まとめ

2025年に公表された日本初の強迫症診療ガイドラインは、成人の強迫症に対して、SSRI(日本ではフルボキサミン・パロキセチンが保険適用)による薬物療法と、曝露反応妨害法を基礎とする行動療法・認知療法・認知行動療法という精神療法を提案しています。効果が不十分な場合の次の選択肢も示されており、治療の道筋が以前より見えやすくなりました。

そしてこのガイドラインの大切なメッセージは、「根拠を患者さんと共有し、一緒に治療方針を決める」という姿勢です。どの治療が合うかは一人ひとり違います。標準的な治療の存在を知ったうえで、ご自身の希望も含めて、まずは診察の場でご相談ください。


参考にした資料(要約・再構成であり、原文の転載ではありません):

  • 強迫症の診療ガイドライン 第1版(日本不安症学会・日本神経精神薬理学会、2025年)

執筆・監修:精神保健指定医 野口晋宏

よくある質問

強迫症のガイドラインで、最初にすすめられている薬は何ですか?

ガイドラインでは、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)という種類の抗うつ薬が提案されています。日本で強迫症に保険適用があるのはフルボキサミンとパロキセチンで、これらが第一選択として挙げられています。ただし推奨の強さは「弱い推奨」で、実際にどの薬を使うかは、症状や体質をふまえて医師が判断します。

薬を使わずに治療することはできますか?

ガイドラインでは、曝露反応妨害法を基礎とする行動療法や認知療法、認知行動療法といった精神療法も提案されています。海外の調査では、薬よりも精神療法を好む患者さんが少なくないことも紹介されています。どの治療法が合うかは状態によって異なりますので、希望も含めて医師とご相談ください。

SSRIを飲んでも良くならない場合はどうなりますか?

ガイドラインでは、十分な量・期間のSSRIで反応が不十分な場合、リスペリドンやアリピプラゾールという薬を追加する「増強療法」が有効となる場合があると記載されています。ただし、これらの薬は日本では強迫症への保険適用がないため、実施するかどうかは十分な説明のうえで医師と相談して決めることになります。

ガイドラインの「弱い推奨」とは、効果が弱いという意味ですか?

いいえ。「弱い推奨」は治療の効果が弱いという意味ではなく、現時点の研究データの確実性などをふまえた推奨の度合いを表す専門用語です。ガイドラインは、根拠を患者さんと医療者が共有し、一緒に治療方針を決める「共有意思決定」に役立ててほしいという趣旨で作られています。

関連する病気の説明

column list

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

WEB予約