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はじめに

「まだ使えるかもしれない」「思い出が詰まっているから」と思うと、どうしても物が捨てられない。気づけば床にもテーブルの上にも物が積み上がり、どこに何があるのか分からなくなってしまう。台所に物があふれて料理ができない、浴室にまで物が置かれて入浴しづらい――。そんな状態に、本人もご家族も困っているのに、どうにもできずに悩んでいる方がいらっしゃいます。

こうした「物が捨てられず、生活空間が物であふれてしまう」状態は、決して珍しいものではありません。これは「ためこみ症(ホーディング)」と呼ばれ、医学的にきちんと知られている状態です。単に「片づけられない」「だらしない」といった性格の問題として片づけられるものではなく、物を手放すときに強い不快感や罪悪感が生じてしまう、こころの仕組みがかかわっています。

「いわゆる“ごみ屋敷”の一歩手前かもしれない」と不安を感じている方や、家族のことを心配されている方もいるでしょう。けれども、安心してください。ためこみ症には背景があり、その人を責めるのではなく、気持ちに寄り添いながら少しずつ進めていく支援の方法があります。この記事では、ためこみ症とはどういうものか、なぜ捨てられないのか、そしてどう向き合っていけばよいのかを、できるだけわかりやすくお伝えします。

ためこみ症とは何か

ためこみ症は、物を捨てることがどうしても難しく、その結果として生活空間が物であふれ、本来の使い方ができなくなってしまう状態を指します。近年、診断の国際的な基準(DSM-5)では、ためこみ症は独立した一つの状態として位置づけられるようになりました。強迫症(強迫性障害)と関連の深いグループの一つとして整理されています。

強迫症の症状の中にも「大事なものを捨ててしまうのではないか」と気になったり、「物を捨てられずに過度にため込んでしまう」といった形が見られることがあります。ためこみ症はこうした困りごとと重なる部分を持ちながら、「物をため込み、整理できない」ことそのものが中心の課題になっている点が特徴です。

大切なのは、これが本人の意思の弱さやだらしなさのせいではない、ということです。物を手放そうとすると強い不安や悲しみがわいてしまう、情報を整理することにもともと難しさがある――そうした背景が重なって、結果的に物がたまっていきます。なお、こうした状態にあたるかどうかの診断は医師が行います。

症状を作る三つの要素――収集・捨てられない・整理できない

ためこみ症の状態は、大きく次の三つの要素が組み合わさって作られると考えられています。

1. 集めること(収集)

必要以上に物を手に入れてしまう面です。たとえば、買い物そのものから得られる高揚感や、気分が沈んだときの気晴らしのために、使う予定がなくても物を買ってしまうことがあります。「いつか役に立つかもしれない」と無料の物やもらい物をためてしまうこともあります。買ったこと自体に満足してしまい、買った物がそのまま使われずに積み上がっていく、という流れも起こりがちです。

2. 捨てられないこと

手に入れた物を手放すことが、とても難しい面です。「まだ使えるかもしれない」「捨てるのはもったいない」という思いや、物にまつわる思い出を大切に感じる気持ちが強く、捨てようとすると強い抵抗が生まれます。物を無駄にしたくない、リサイクルしたいという責任感が人一倍強いことも、かえって手放しにくさにつながることがあります。

3. 整理できないこと

物をどう分類し、どこに置くかを決めるのが難しい面です。「どれが大事でどれが不要か」と優先順位をつけるのが苦手だったり、「大切な物が見えない場所にしまうと、その存在を忘れてしまうのでは」という不安から、あえて床やテーブルの一番上に置いておこうとすることがあります。ところが、そうやって「大切な物の山」がいくつもできてしまい、結局どこに何があるのか分からなくなってしまうのです。

この三つが重なり合うことで、物がどんどんたまり、生活空間が圧迫されていきます。

なぜ捨てるときに罪悪感や不快感が生じるのか

ためこみ症のある方にとって、物を捨てることは、ただ「もったいない」だけの問題ではありません。捨てようとすると、悲しみや不安、ときには怒りに近いような、強い感情がわいてくることがあります。

その背景には、いくつかの気持ちがあります。一つは「まだ使えるかもしれない」という価値観です。利用できる可能性があるのに手放してしまうことに、強い抵抗や後悔を感じます。もう一つは、物と思い出を結びつける、感傷的(センチメンタル)な気持ちです。「この物を捨てたら、大切な記憶まで失ってしまうのではないか」と感じられ、物が思い出を保つよりどころのようになっていることがあります。

一方で、物を手に入れたときには、楽しさや喜び、満足感といったプラスの感情が生まれます。この「手に入れると気持ちよく、手放すとつらい」という感情の組み合わせが、ためこみの行動を後押ししてしまうのです。つまり、片づけられないのは怠けているからではなく、捨てる行為そのものが強い心理的な負担になっているからだと理解することが大切です。

ストレス体験がきっかけになることも

ためこみ症は、つらいストレス体験をきっかけに始まったり、悪化したりすることが知られています。たとえば、ご家族を亡くしたこと、職場での強いストレス、あるいは引っ越しの際に物を勝手に捨てられてしまった経験などが、影響することがあります。

ここで特に知っておいていただきたいのが、「勝手に捨てられた」体験です。本人の同意なく物を処分されると、それが強い喪失感や不信感につながり、かえって物への執着を強めてしまうことがあります。よかれと思って片づけたことが、症状を悪化させるきっかけになりうるのです。

「捨てたいけど捨てたくない」――両価的な気持ちに寄り添う

ためこみ症のある方は、「この状態をなんとかしたい、片づけたい」と思う一方で、「でも物は手放したくない」という、相反する気持ちを同時に抱えていることがよくあります。これを両価的(りょうかてき/アンビバレント)な気持ちといいます。

頭では「片づけたい」と思っていても、いざ実際に物を手放す場面になると、急に手が止まり、つらくなってしまう。これは意思が弱いからではなく、ためこみ症によく見られる自然な反応です。

だからこそ、周囲が「いらないでしょう、捨てなさい」と無理に捨てさせようとすると、うまくいきません。無理に手放させられた体験は強い不快感を残し、関係をこじらせたり、症状を悪化させたりすることがあります。本人の「手放したくない」という気持ちも一度受け止めたうえで、「どうすれば少しずつ進められるか」を一緒に考えていく姿勢が、回復への土台になります。

治療の進め方――小さく区切ってスモールステップで

ためこんだ物の量が膨大になると、本人は「何から手をつけていいか分からない」と、その量に圧倒されてしまいがちです。そこで治療では、問題を小さく区切り、変化を感じやすいところから少しずつ進めていく「スモールステップ」の考え方が大切にされます。

具体的には、たとえば次のような取り組みを、少しずつ重ねていきます。

  • 物を仕分けし、整理するためのスキルを練習する
  • 仕分けをしている最中、目の前の作業に集中する練習をする
  • 「捨てたら記憶を失う」「もったいない」といった考えを、別の見方ができないか一緒に振り返る
  • 物を手放すときの不快な気持ちと、少しずつ付き合えるようにしていく

整理や仕分けの場面では、不安になったり悲しくなったりすることもあります。そんなとき、柔軟な見方を身につけておくことが、その不快な気持ちをやわらげる助けになります。一度にすべてを片づけようとするのではなく、「ここだけ」「この箱だけ」と区切って、できたという実感を積み重ねていくことが、前に進む力になります。

片づけが進む動機づけ――来客や定期的な訪問

片づけのきっかけとして役に立つのが、「人が訪ねてくる」という機会です。多くの人は、来客があると自宅を片づけようとします。ためこみ症のある方にとっても、これは片づけを進める強い動機になりやすいことが知られています。

そこで、ご家族や友人が定期的に自宅を訪ねる予定を立てておくことが、片づけを後押しすることがあります。「心配して見守ってくれる人がいる」という安心感と、「来てくれるから少し片づけておこう」という適度な張り合いが、無理のない動機づけになります。一人で抱え込まず、信頼できる人とつながりながら進めていくことが大切です。

本人が困っていない場合は、どう声をかける?

ためこみ症では、本人が困りごとを強く感じていなかったり、「自分は問題ない」と思っていたりすることも少なくありません。そうした場合、いきなり「片づけなさい」「病気だから受診して」と迫っても、反発を招きやすくなります。

おすすめなのは、片づけそのものを責めるのではなく、「生活の不便さ」に目を向けた声かけです。たとえば「最近、お風呂に入りにくくなっていない?」「キッチンが使えなくて料理に困っていない?」というように、本人が実際に困っている生活の場面を一緒に確認していきます。物を減らすこと自体ではなく、「もっと暮らしやすくする」という前向きな目標を共有できると、相談や受診につながりやすくなります。穏やかに、心配している気持ちを伝えていきましょう。

受診の目安

以下に当てはまる場合は、一度ご相談ください。

  • 物が捨てられず、床やテーブルが物であふれて、本来の使い方ができなくなっている
  • 物が多くて、料理・入浴・睡眠など、生活に必要なことがしづらくなっている
  • 物を手放そうとすると強い不安や悲しみがわき、自分では片づけられない
  • 引っ越しや家族との別れなど、つらい出来事のあとから物が増えてきた
  • ご家族として、本人の片づけられない状態を心配しているが、どう関わればよいか分からない

これらは、適切な支援によって暮らしやすさを取り戻していけるサインでもあります。なお、診断は医師が行います。一人で、あるいはご家族だけで抱え込まず、お気軽にご相談ください。

まとめ

ためこみ症は、物が捨てられず生活空間が物であふれてしまう状態で、「収集すること」「捨てられないこと」「整理できないこと」という三つの要素が重なって生じます。捨てられないのは性格やだらしなさのせいではなく、捨てる行為そのものが強い心理的な負担になっているからです。

「捨てたいけど捨てたくない」という気持ちは自然なものであり、無理に捨てさせるのではなく、その気持ちに寄り添うことが回復の土台になります。小さく区切ってスモールステップで進め、来客や定期的な訪問などを上手に活用しながら、暮らしやすさを少しずつ取り戻していくことができます。一人で抱え込まず、まずは相談から始めてみませんか。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 『精神科臨床ライブ 精神科治療学 増刊号』
  • 飯倉康郎『強迫性障害の治療ガイド』二瓶社

よくある質問

物が捨てられず部屋が片づかないのは、だらしない性格のせいでしょうか。

性格やだらしなさの問題とは限りません。物を捨てるときに強い罪悪感や不安が生じてしまう、片づけが医学的な困りごとになっている状態は『ためこみ症』として知られています。診断は医師が行います。

家族の物を、本人に黙って捨ててしまってもよいでしょうか。

勝手に捨てることはおすすめできません。無理に捨てさせられた体験が、かえって症状を悪化させるきっかけになることが知られています。本人の気持ちを尊重しながら、一緒に進めていくことが大切です。

本人が困っていない場合、どう声をかければよいですか。

片づけそのものを責めるより、『料理や入浴がしづらくて困っていない?』など生活の不便さに目を向けた声かけが入り口になりやすいです。心配していることを穏やかに伝え、受診につなげていきましょう。

一度に全部片づけないと意味がないのでしょうか。

そんなことはありません。むしろ、小さく区切って、変化を感じやすいところから少しずつ進めるほうがうまくいきます。『この箱だけ』『ここだけ』と取り組み、できたという実感を積み重ねることが、前に進む力になります。

ためこみ症は治りますか。

向き合い方や支援の方法は知られており、取り組みを続けることで生活が楽になっていく方がいます。ただし、よくなる早さや程度には個人差があり、効果を約束できるものではありません。あせらず、無理のないペースで続けていくことが大切です。治療方針は医師が判断します。

関連する病気の説明

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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