はじめに
運転していて段差を越えたとき、「今、人をひいてしまったのではないか」という考えが頭に浮かび、引き返して何度も道路を確かめないと気がすまない。包丁を手にしたときに「家族を傷つけてしまうかもしれない」という場面が勝手に思い浮かんで、刃物に近づけなくなる。駅のホームで「目の前の人を突き落としてしまうかも」という考えがよぎり、こわくて端に立てない――。
こうした不安にとらわれて苦しんでいる方は、決して少なくありません。これは「加害恐怖(かがいきょうふ)」と呼ばれる、強迫症(強迫性障害)の一つのタイプです。実際にはそんなことをしたくないのに、自分の意思に反して恐ろしい考えが浮かんでしまい、それを打ち消すために確認を繰り返したり、危険を避けたりしてしまう状態です。
この症状の何よりつらいところは、「こんなことを考えてしまう自分は、もしかしたら危険な人間なのではないか」という強い罪悪感や恥の気持ちがついてまわることです。だからこそ誰にも相談できず、一人で抱え込んでしまう方がとても多いのです。
でも、安心してください。これは医学的によく知られた症状であり、回復に向かう方法も確立されています。この記事では、加害恐怖とはどういうものか、なぜ確認や回避がかえって不安を強めるのか、そしてどうすれば楽になっていけるのかを、できるだけわかりやすくお伝えします。
加害恐怖とは何か――「考えること」と「実行すること」は別
加害恐怖とは、「自分が誰かを傷つけてしまうのではないか」という考えやイメージが、自分の意思とは関係なく繰り返し頭に浮かんでくる症状です。たとえば次のようなかたちをとります。
- 運転中に「人をひいたかもしれない」と気になり、何度も道路を確かめないと先に進めない
- 包丁やはさみなどの刃物を見ると「家族を傷つけてしまうかも」という考えが浮かぶ
- ホームや階段で「人を突き落としてしまうかも」という場面が頭に浮かぶ
- 赤ちゃんや小さな子どもに対して「乱暴なことをしてしまうかも」と不安になる
このように、自分の意思に反して繰り返し浮かんでくる、不安や恐怖をともなう考えやイメージを、専門的には「強迫観念(きょうはくかんねん)」と呼びます。取り払おうとしてもなかなか取り払えない、頭にこびりつくような考えです。
ここでいちばん大切なことをお伝えします。「考えること」と「実行すること」は、まったく別のものです。 恐ろしい考えが頭に浮かんでしまうこと自体は、強迫症という病気の症状であって、あなたの人格でも本心でもありません。
むしろ、その考えを強く嫌がり、こわいと感じ、「絶対にしたくない」と思っていることこそが、あなたがそれを望んでいない証拠です。本当に誰かを傷つけたいと思っている人は、その考えに苦しんだりはしません。浮かんでくる考えに「自分はなんてひどい人間なんだ」と苦しむほど、それはあなたの本心から遠いものなのです。
なぜ確認や回避がかえって不安を強めるのか
加害恐怖があると、不安をやわらげるために、次のような行動を取りたくなります。
- 運転していた道を引き返して、人をひいていないか確かめに行く
- ニュースをチェックして、事故が起きていないか確認する
- 包丁を隠す、刃物のある台所に近づかないようにする
- 運転そのものを避ける、危険を感じる場所に行かない
こうした「不安を打ち消すための行動」を「強迫行為(きょうはくこうい)」、こわい場面そのものを避けることを「回避(かいひ)」と呼びます。確認したり避けたりすると、その瞬間は不安が下がって、ほっとします。
ところが、ここに落とし穴があります。確認や回避で得られる安心は一時的なものにすぎず、繰り返すほど「確認しないと安心できない」「避けないと不安でいられない」という状態が強まっていくのです。やればやるほど不安にとらわれていく、いわば麻薬のような悪循環です。
確認するほど「確信」は遠ざかる
不思議に思われるかもしれませんが、確認を重ねるほど、かえって「本当に大丈夫か」という確信は得られにくくなります。一度引き返して確かめても、しばらくすると「さっきの確認も見落としていたかも」とまた不安がわいてくる。こうして確認の回数も時間も、どんどん増えていきます。
回避も同じです。運転を避ければ目の前の不安は消えますが、「運転は危険だ」という思い込みはむしろ強まり、避ける場面がじわじわ広がっていきます。気づけば、外出や仕事、家事など生活の多くの場面が制限されてしまう。これが、強迫症が生活を狭めていく仕組みです。
なぜ周囲に相談しにくいのか
加害恐怖がほかのタイプの強迫症よりも相談しづらいのは、症状の内容そのものに「恥」や「罪悪感」が強く結びついているからです。
「人を傷つけるかもしれない、なんて考えを口にしたら、危険人物だと思われるのではないか」「家族にすら言えない」――そう感じて、何年も一人で抱え込んでしまう方が少なくありません。なかには、自分自身を「危険な人間かもしれない」と疑い、自分を責め続けてしまう方もいます。
ですが、もう一度お伝えします。怖い考えが浮かぶこと自体は症状であり、それを苦痛に感じていること自体が、あなたが加害を望んでいない証拠です。診察室では、こうした症状を医師は数多く見てきています。打ち明けても危険人物として扱われることはありませんし、むしろ「よくこれまで一人でつらかったですね」と受け止められる場面のほうが多いのです。一人で恥じて抱え込む必要はまったくありません。
回復への道――曝露反応妨害法という考え方
強迫症の治療では、「曝露反応妨害法(ばくろはんのうぼうがいほう)」という方法がよく用いられます。少しむずかしい名前ですが、考え方はシンプルです。
- 曝露(ばくろ):これまで避けてきた、こわい場面にあえて立ち向かう
- 反応妨害(はんのうぼうがい):不安を打ち消すためにしてきた確認などを、あえてしない
加害恐怖でいえば、たとえば「こわくても車を運転して、その後で人をひいていないか確かめに戻らない」「ニュースを確認しない」といった取り組みです。
「そんなことをしたら不安でたまらなくなるのでは」と思われるかもしれません。たしかに、最初は不安が高まります。けれども、確認も回避もせずにそのまま過ごしていると、不安は時間とともに必ず下がっていきます。 これは多くの研究や治療経験で確かめられていることです。
この体験を繰り返すうちに、「確認しなくても大丈夫だった」という実感が積み重なり、こわい場面に直面しても不安を感じにくくなっていきます。やがて強迫観念が浮かぶ頻度そのものも減っていきます。
ただし、いきなり一番こわいことに挑むわけではありません。取り組みやすいものから少しずつ段階を上げていくのが基本です。重い症状の場合は、自分一人で進めるのは簡単ではありません。専門的な治療を行う医療機関で、医師や治療者の助けを借りながら進めていくことが大切です。
家族への「大丈夫だよね?」も確認行為
見落とされやすいのが、家族など周囲の人に「さっき、誰もひいてないよね?」「大丈夫だよね?」と何度もたずねて安心させてもらう行為です。これも形を変えた確認行為です。
その場では「大丈夫」と言ってもらえて安心できますが、繰り返すうちに「誰かに大丈夫と言ってもらわないと安心できない」状態になり、かえって不安が強まってしまいます。家族にとっても、何度も保証を求められ続けるのは大きな負担になります。
ご家族の側も、よかれと思って何度も「大丈夫」と答えてしまいがちですが、それが症状を支えてしまうことがあります。どう対応すればよいかは、治療の中で医師と一緒に整理していくのがよいでしょう。
お薬について
強迫症の治療では、お薬が使われることもあります。中心となるのはセロトニンに作用するタイプの抗うつ薬です。お薬だけですべてが解決するわけではありませんが、不安をやわらげ、曝露反応妨害法などの取り組みに入りやすくする助けになることがあります。どんな治療を組み合わせるかは、一人ひとりの状態に応じて医師が判断します。
受診の目安
以下に当てはまる場合は、一度ご相談ください。
- 確認や回避に時間を取られて、仕事や家事、外出などの生活に支障が出ている
- 「人を傷つけたかも」という考えが頭から離れず、強い不安や罪悪感が続いている
- 運転や刃物の使用など、特定の場面を避けるようになってきた
- 家族に何度も「大丈夫だよね?」と確認してしまい、自分でも止められない
- つらさを一人で抱え込み、誰にも相談できずにいる
これらは、専門的な治療によって改善が期待できるサインでもあります。なお、診断は医師が行います。気になる点があれば、自己判断で抱え込まず、お気軽にご相談ください。
まとめ
加害恐怖の強迫症は、恐ろしい考えが浮かぶこと自体に強い恥や罪悪感がともなうため、一人で抱え込みやすい症状です。けれども、「考えること」と「実行すること」はまったく別であり、その考えに苦しむこと自体が、あなたがそれを望んでいない証拠です。
確認や回避はその場の安心と引き換えに不安を強めてしまいますが、あえて確認に戻らず過ごすことで、不安は時間とともに下がっていきます。回復への道はちゃんとあります。一人で恥じる必要はありません。まずは一歩、相談から始めてみませんか。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 飯倉康郎『強迫性障害の治療ガイド』二瓶社
- 『精神科臨床ライブ 精神科治療学 増刊号』
よくある質問
「人を傷つけたかも」と考えてしまう自分は、危険な人間なのでしょうか。
そうではありません。怖い考えが浮かぶこと自体は症状であって、人格や本心とは別のものです。むしろ、その考えを強く嫌がり不安に思うこと自体が、あなたがそれを望んでいない何よりの証拠です。
確認すれば安心できるのに、なぜやめたほうがよいのですか。
確認するとその場の不安は一時的に下がりますが、繰り返すほど『確認しないと安心できない』状態が強まり、悪循環になります。あえて確認に戻らずに過ごすと、不安は時間とともに自然に下がっていきます。
家族に「大丈夫だよね?」と聞いてしまうのも、よくないのでしょうか。
聞いてはいけないというより、繰り返し保証を求めること自体が確認行為の一つになっている、という点に気づくことが大切です。その場は安心できても、繰り返すほど安心が長持ちしなくなります。どう減らしていくかは治療の中で一緒に考えていけます。
治療を受ければ、必ず治りますか。
回復に向かう方法は確立しており、取り組みを続けることで楽になっていく方が多くいます。ただし、よくなる早さや程度には個人差があり、効果を約束できるものではありません。あせらず、根気強く続けることが回復の近道です。診断や治療方針は医師が判断します。
どのタイミングで受診すればよいですか。
確認や回避に時間を取られて生活や仕事に支障が出ている、つらくて自分では止められないと感じるときが目安です。早めの相談ほど回復もスムーズなことが多いです。診断は医師が行います。