はじめに
強迫症(強迫性障害)の治療について調べると、「曝露反応妨害法(ERP)が有効」という言葉によく出会います。曝露反応妨害法とは、これまで恐れて避けてきたことにあえて立ち向かい(曝露法)、不安を下げるためにしてきた強迫行為をあえてしない(反応妨害法)という、二つを組み合わせた行動療法です。
有効性が確かめられている治療法ですが、「あえて怖いことをする」と聞くと、「いきなり無理をさせられるのでは」と不安になる方も多いのではないでしょうか。実際には、ERPは最初から曝露を行うわけではなく、症状を丁寧に整理する準備の段階を経て、患者さんと相談しながら段階的に進めていく治療です。
この記事では、厚生労働省の研究班が作成した強迫症の認知行動療法マニュアルをもとに、ERPを中心とした治療が実際にどのような流れで進むのかをご紹介します。なお、これはあくまで標準的な一例で、実際の進め方は患者さんの理解度や症状に合わせて柔軟に調整されます。診断や治療方針の判断は医師が行います。
前半:いきなり曝露はしない——症状と生活を知る段階
参考にしたマニュアルでは、治療全体は16回程度のセッションを基本の枠組みとしています。意外に思われるかもしれませんが、最初の数回は曝露を行いません。前半は「自分の症状と病気をよく知る」ための時間です。
初回:困っていることを話し、病気について知る
初回は、今いちばん困っていることを話し、治療者が症状や生活の様子を把握します。あわせて、強迫症とはどんな病気か、症状がどんな仕組みで続いてしまうのかという説明(心理教育といいます)を受けます。強迫症は、生涯のうちに100人に1〜4人が経験するとされる、決してめずらしくない病気です。
このマニュアルで特徴的なのは、初回から「宿題(ホームワーク)」が出ることです。資料を読んでくる、症状のチェックリスト(Y-BOCSという評価尺度)を自分でつけてくる、治療用のノートを用意する——といった内容で、「自分で治すことがこの治療の要」と位置づけられています。
2〜3回目:症状のリストアップと、生活との関係の整理
続くセッションでは、チェックリストをもとに治療者と一緒に症状を確認し、どんな強迫観念・強迫行為があるのか、重症度はどのくらいかを評価します。あわせて、怖い場面を「避けること(回避)」や、家族に確認や代行を頼む「巻き込み」がないかも整理します。
さらに、一日の生活の流れを記録して、いつ・どこで・どんな症状が出るのか、生活や仕事・学校にどう影響しているのかを見ていきます。自分の症状をノートに書き出して眺めることで、「ずいぶん時間を取られていたな」といった気づきが生まれ、症状を客観的に見る目が育っていきます。
4〜5回目:症状の仕組みを分析し、最初の課題を決める
次の段階では、「ある刺激→強迫観念→不安→強迫行為→一時的に楽になる→また繰り返す」という悪循環の図に、自分の症状を当てはめて分析します(行動分析といいます)。症状を内容や場面ごとに分類し、「どの症状からよくなりたいか」「この症状がなくなったら何がしたいか」を話し合いながら、治療の目標を決めていきます。
そのうえで、ERPの最初の課題を治療者と一緒に選びます。生活の中で比較的よく起こる場面で、極端すぎず取り組みやすいものが選ばれやすく、課題はできるだけ具体的に決めます。「不安階層表」といって怖さの順にリストを作ることもありますが、マニュアルでは、きっちり作ることにこだわらなくてよいともされています。
後半:ERPの実践——挑戦と振り返りの積み重ね
準備が整ったら、いよいよERPの実践段階に入ります。マニュアルでは6回目から14回目ごろがこの中心期間にあたります。
「不安は自然とやわらいでいく」を体験する
ERPの核になるのは、強迫行為をせずに不安に立ち向かい続けると、その不安は多くの場合、時間とともにやわらいでいく、という体験です(この慣れの過程をハビチュエーションと呼びます)。感じ方には個人差があり、はじめはなかなか下がらないこともありますが、繰り返し取り組むうちに「思ったほど怖くなかった」と実感しやすくなっていきます。たとえば不潔恐怖なら「汚いと思うものを触ったあとで手を洗わない」、確認強迫なら「鍵を閉めて外に出たあと、確かめに戻らない」といった課題に、主に日常生活の中で取り組み、不安の強さの変化をノートに記録します。
セッションでは「検証と修正」を繰り返す
毎回のセッションは、宿題として取り組んだ課題の振り返りから始まります。挑戦できたことはしっかり認められ、「最初は怖かったけれど、時間がたったらできた」といった実感を治療者と共有します。うまくいけば次の段階の課題へ、うまくいかなければ「なぜだろう」を一緒に分析して課題を修正する——この検証と修正の繰り返しが治療を前に進めます。
うまくいかない背景としてマニュアルが挙げているのは、たとえば、課題の中でこっそり完全な曝露を避けてしまっている、頭の中で「確かに閉めた」と思い返して安心している(メンタルチェッキングと呼ばれます)、生活の中に避けている場面が多く残っている、といったことです。頑張っているのによくならないと感じるときこそ、取り組み方を治療者と見直すことが大切です。
また、治療の後半では、治療者が課題を出すのではなく、患者さん自身が「次はこれに挑戦してみます」と課題を考えられるようになることが目指されます。最終的に自分で自分の治療を進められるようになること(セルフコントロール)が、この治療のゴールのひとつです。
締めくくり:振り返りと再発予防
最後の2セッションでは、治療全体を振り返ります。治療前につけた症状チェックリストや生活記録と現在とを比べて、どれだけ変化したかを確認し、「また悪くならないためにどうするか」をノートにまとめます。治療の中で生まれた「嫌でもする!」「我慢したら平気になる!」といった自分なりの合言葉も、再発予防の支えになります。
治療終了後も、定期的なフォローアップの受診を続けることがすすめられています。ときどき受診してノートを一緒に確認するだけでも、効果の維持や悪化の防止につながるとされています。
なお、ERPはすべての強迫症状に合うわけではありません。不安を下げるためではなく「すっきりするまでやめられない」タイプの症状などでは別の進め方が検討されますし、他の病気の治療を優先すべき場合もあります。どの方法が合うかは、診察の中で一人ひとりの症状を分析しながら判断していきます。
受診の目安
以下に当てはまるときは、早めの相談をおすすめします。
- 手洗いや確認などに長い時間を取られ、日常生活や仕事・学業に支障が出ている
- ばかばかしいとわかっていてもやめられず、つらさが続いている
- 怖い場面を避けたり、家族に確認や代行を頼んだりすることが増え、生活の幅が狭くなっている
- 自己流で症状と向き合おうとしたが、行き詰まってしまった
特に、消えてしまいたいという気持ちが強いときは、期間を問わず、できるだけ早く相談してください。緊急のときは救急(119)や主治医への連絡をためらわないでください。
まとめ
曝露反応妨害法(ERP)は、「いきなり怖いことをさせられる治療」ではありません。前半で症状と生活を丁寧に整理して仕組みを理解し、取り組みやすい課題から段階的に挑戦して、「強迫行為をしなくても不安は下がる」ことを体験しながら積み重ねていく治療です。そして、宿題への取り組みと、最終的に自分で治療を進められるようになることが重視されています。
治療の流れをあらかじめ知っておくと、「自分にもできそうか」を考える手がかりになるはずです。強迫症状にお困りの方は、一人で抱え込まず、まずは診察でご相談ください。
参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 強迫性障害(強迫症)の認知行動療法マニュアル(治療者用)(厚生労働省科学研究費補助金研究班)
執筆・監修:精神保健指定医 野口晋宏
よくある質問
ERPでは、いきなり怖いことをやらされるのですか?
いいえ。標準的な進め方では、最初の数回は症状や生活の把握、病気と治療法の説明にあてられ、課題は治療者と患者さんが一緒に相談して具体的に決めます。比較的取り組みやすいものから段階的に進めるのが基本で、無理にさせるものではありません。
ホームワーク(宿題)とは何をするのですか?
資料を読む、症状チェックリストをつける、一日の生活の流れをノートに記録する、決めた課題に自宅で取り組むなど、セッションの間に自分で行う練習です。治療マニュアルでは、宿題にしっかり取り組むことが治療の効果を左右する大切な要素とされています。
ERPはどのくらいの期間続けるのですか?
参考にした治療マニュアルでは全16セッションを基本の枠組みとし、改善の程度によっては前倒しや延長も検討されます。終わったあとも、再燃を防ぐためにフォローアップの受診を続けることがすすめられています。実際の進め方は一人ひとりの状態に合わせて医師と相談して決めます。
頑張ってERPをしているのに、よくならない気がします。
課題のどこかで不安を打ち消す行動が残っていたり、頭の中で確認して安心していたり(メンタルチェッキング)、避けている場面が多く残っていたりすると、効果が出にくいことが知られています。原因はさまざまですので、自己判断でやめずに、取り組み方を治療者と一緒に見直すことが大切です。