はじめに
「お酒の量が増えているのは自分でもわかっている。でも、病院に行ったら『一滴も飲むな』と言われそうで怖い」——そんな思いから、受診を先延ばしにしている方は少なくありません。
実際、わが国でこれまでにアルコール依存症の診断基準に該当したことのある方は約107万人と推計されていますが、アルコール依存症として治療を受けている患者さんは約5万人にとどまるとされています。その背景のひとつとして、「断酒」を治療目標とすることへの抵抗感が挙げられています。
けれど、いまの治療は「断酒か、治療しないか」の二択ではありません。2018年に公開された国内の診断治療ガイドラインでは、すぐにお酒をやめられない場合には飲酒量を減らすことから始め、飲酒による害をできるだけ減らしていくという「ハームリダクション」の考え方にもとづいた、飲酒量低減(減酒)という治療選択肢が位置づけられました。この記事では、その内容をやさしくご紹介します。なお、診断や治療方針の判断は医師が行います。ここでの説明は、相談の前に知っておくと役立つ目安とお考えください。
アルコール依存症とは——「意志の弱さ」ではなく病気です
アルコール依存症は、慢性的に多量の飲酒を続ける方であれば、誰でも発症する可能性のある病気です。性格や意志の強さの問題ではありません。
診断には、WHO(世界保健機関)の診断基準(ICD-10)が主に用いられます。たとえば次のような項目のうち、過去1年間に3項目以上が同時に1カ月以上続いたか、繰り返し現れた場合に診断されます。
- 渇望:飲みたいという強い欲求。お酒が手元にないと不安になる、隠れてでも飲んでしまう
- コントロールの困難:飲み始めたら止まらない、休肝日と決めても飲んでしまう、決めた量を超えてしまう
- 離脱症状:お酒を減らすと手のふるえ・寝汗・不眠・イライラなどが出る、迎え酒をする
- 耐性の増大:たくさん飲まないと酔えなくなり、量が増えていく
- 飲酒中心の生活:趣味などの活動よりお酒を優先し、飲むことや酔いからさめることに多くの時間を使う
- 問題があっても飲み続ける:健康診断や医師から指摘されているのにやめられない
また、アルコールは200以上の病気やけがの原因になるとされ、肝障害・うつ・不安・高血圧・糖尿病・認知症などの背景に飲酒問題が隠れていることも少なくありません。
「減酒」という治療目標——どんな人に向くのか
アルコール依存症の治療目標として、最も安定していて完全なのは、いまも継続した断酒です。この点は変わっていません。そのうえで、ガイドラインは次のような整理をしています。
断酒を目標にすべき方
- 入院による治療が必要な方
- 飲酒に伴う問題が重篤で、社会生活や家庭生活が困難になっている方
- 臓器障害が重く、飲酒により生命の危険があるような方
- 幻覚・けいれん・ふるえなど、緊急の治療を要する離脱症状のある方
減酒(飲酒量低減)を目標にできる方
軽症の依存症で、明確な合併症がない方の場合、ご本人が断酒を望むなどの事情がなければ、飲酒量低減が治療目標になります。
さらに大切なのは、本来は断酒が望ましい方であっても、どうしても断酒に同意できない場合には、治療から離れてしまうことを避けるために、一時的に減酒を目標として選べるとされている点です。依存症の治療では「治療を続けること」自体がとても重要で、患者さんの希望に沿った目標設定がそれを支えます。減酒がうまくいかない場合には、断酒への切り替えを検討します。
減酒の目安
理想的には、1日平均の純アルコール量で男性40g以下、女性20g以下(ビール中瓶1本=約20g)が目安とされます。ただし、そこまで届かなくても、治療開始時より飲酒量が減り、健康障害や社会・家族の問題が軽くなっていれば、治療効果があったと判断できるとされています。「完璧にできなければ失敗」ではないのです。
治療の中身——主役は「お酒との付き合い方の見直し」、薬は補助役
断酒でも減酒でも、治療の主体は心理社会的治療です。依存症という病気を学び、治療の意義を理解し、ご自身のペースでお酒に対する考え方や飲み方を見直していく——その過程を医療者がサポートします。具体的には、飲酒に対する考え方や捉え方を検討していく認知行動療法や、「飲酒問題を良くしたい」という気持ちを強めていく動機づけ面接法などが広まりつつあります。減酒を目標とする場合には、毎日の飲酒量を記録するモニタリングの併用が重要とされています。
薬物治療は補助的な役割です。断酒を目標とする場合はアカンプロサートが第一選択薬とされ、飲酒量低減を目標とする場合にはナルメフェンという薬が考慮されます。どの薬を使うか、使うかどうかを含めて、医師が診察のうえで判断します。
また、断酒会やAA(アルコホーリクス・アノニマス)といった自助グループへの参加や、ご家族がアルコール依存症を正しく理解し適切な対処を身につけていくことも、回復の大きな助けになるとされています。
セルフチェック——AUDIT-Cという簡単な目安
自分の飲酒が心配な方のために、AUDIT-Cという3問の簡単なスクリーニングテストがあります。
- 飲む頻度:飲まない(0点)〜週4回以上(4点)
- 1回に飲む量:1〜2ドリンク(0点)〜10ドリンク以上(4点)※1ドリンク=純アルコール10g。日本酒1合やウイスキーダブル1杯は2ドリンク
- 1度に6ドリンク(純アルコール60g)以上飲む頻度:ない(0点)〜ほぼ毎日(4点)
合計点が男性で5点以上、女性で4点以上の場合、アルコール依存症の可能性が疑われ、より詳しい評価が勧められます。あくまで拾い上げのための目安であり、診断は医師が診断基準にもとづいて行います。
受診の目安
次のようなことに心当たりがあれば、一度ご相談いただくことをおすすめします。
- 飲む量を自分では減らせない、決めた量を超えてしまうことが続いている
- お酒を減らすと手のふるえ・寝汗・不眠などが出る、迎え酒をしてしまう
- 健康診断や家族から飲酒を指摘されているのに、やめられない
- 飲酒のことで仕事や家庭に支障が出はじめている
- 上のセルフチェックで、男性5点以上・女性4点以上だった
幻覚やけいれんなど激しい症状があるとき、体調が急激に悪いときは、救急(119)や主治医に速やかに連絡してください。
まとめ
アルコール依存症の治療目標として最も安定しているのは断酒ですが、いまは「すぐにやめられないなら、まず減らすことから」という減酒(飲酒量低減)の選択肢が国内のガイドラインに位置づけられています。大切なのは、完璧な目標を掲げることよりも、治療につながり、続けることです。
「断酒しか道がないなら行きたくない」と感じていた方も、まずは現状を整理するところから一緒に始められます。どの目標が合うかは、お体の状態や生活の状況を見ながら、医師と相談して決めていきましょう。
参考にした資料(要約・再構成であり、原文の転載ではありません):
- 新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドラインに基づいたアルコール依存症の診断治療の手引き 第1版(日本アルコール・アディクション医学会/日本アルコール関連問題学会、2018年)
執筆・監修:精神保健指定医 野口晋宏
よくある質問
お酒を完全にやめる自信がありません。それでも受診してよいのでしょうか?
はい。近年は、すぐにやめられない場合でも飲酒量を減らすことから始める「飲酒量低減(減酒)」という治療目標が国内のガイドラインにも位置づけられています。断酒を強制されるのが怖くて受診をためらう必要はありません。どの目標が合うかは、状態を見ながら医師と一緒に決めていきます。
減酒はどのくらい減らせば効果があったといえますか?
目安として、男性で1日平均純アルコール40g以下、女性で20g以下が理想とされます。ただし、そこまで達しなくても、治療開始時より飲酒量が減り、健康面や生活面の問題が軽くなっていれば効果があったと判断できるとされています。評価は一人ひとりの状態をもとに医師が行います。
減酒に使えるお薬はありますか?
飲酒量低減を目標とする場合には、ナルメフェンという薬が考慮されます。ただし、治療の主体はあくまで心理社会的治療(お酒との付き合い方を見直す取り組み)で、薬は補助的な役割です。使用するかどうかは診察のうえで医師が判断します。
誰でも減酒でよいのですか?断酒が必要なのはどんな場合ですか?
入院治療が必要な方、飲酒に伴う問題が重く社会・家庭生活が困難な方、臓器障害が重篤な方、幻覚やけいれんなどの離脱症状がある方などは、断酒を目標にすべきとされています。減酒がうまくいかない場合も断酒への切り替えが検討されます。判断は医師が行いますので、まずはご相談ください。