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はじめに

「何度やめようと思っても、気づくとまたスマホを手にしている」「ゲームを途中でやめられず、夜更かしばかり」「課金が止められず、自分でも情けなくなる」。あるいは、お子さんやご家族のそうした姿を見て、「どうしてやめられないの」「意志が弱いだけじゃないか」と、つい責めてしまう。そんな思いを抱えている方は、とても多くいらっしゃいます。

そして、責められた本人も、責めてしまった家族も、どこかで自分を責めています。「自分はだらしない」「育て方が悪かったのかもしれない」と。けれど、ゲームやスマホがやめにくいのは、決してあなただけの問題ではありませんし、単に意志が弱いからでもありません。

この記事では、なぜゲームやスマホがやめにくいのかを、脳の「報酬系」というしくみと、ゲームやアプリそのものの「設計」の両面からやさしく解説します。読み終えるころには、「これは本人の性格の問題ではなく、しくみの問題なのだ」と少し気持ちが軽くなり、本人やご家族との対話の入口が見えてくるはずです。

「報酬系」とは何か:快感をつくる脳の回路

まず、キーワードになる「報酬系(ほうしゅうけい)」という言葉から説明します。

報酬系とは、脳の中にある回路の一つで、ごほうび(報酬)を受け取ったとき、あるいは「もうすぐもらえそうだ」と予測したときに反応し、快感や幸福感を生み出すしくみです。おいしいものを食べたとき、ほめられたとき、ゲームでステージをクリアしたとき。そうした場面で「うれしい」「気持ちいい」と感じるのは、この報酬系が働いているからです。

報酬系は、本来わたしたちが生きていくために大切な役割を持っています。「これをすると気持ちいい」という感覚があるからこそ、人は食べたり、学んだり、人とつながったりする行動を繰り返せるのです。

ところがこの回路は、ゲームやスマホによっても強く刺激されます。専門家のあいだでは、報酬系を刺激する効果が高いゲームほど、のめり込みやすい傾向があると指摘されています。ゲームの作り手は、プレイヤーが「楽しい」「気持ちいい」と感じられるよう、さまざまな工夫をこらしています。その快感への期待が、そのまま「やめにくさ」につながっていくのです。

ゲームやスマホは「やめにくく」つくられている

ここで大切なのは、ゲームやスマホは、たまたまやめにくいのではなく、長く続けてもらえるよう意図して設計されている、という点です。いくつかの代表的な工夫を見てみましょう。

終わりがなく、やり残しが生まれる

昔のゲームには「ラスボスを倒したら終わり」という分かりやすいゴールがありました。しかし今のゲームの多くは、メインの物語を終えても、まだまだやり残したことが残るようにつくられています。集めきれていないアイテム、達成していない実績。そうした「やり残し」が、プレイヤーを引き止め続けます。

新しいコンテンツが次々と追加される

オンラインでつながるゲームやアプリは、発売・公開された後も、新しい物語やキャラクター、機能がどんどん追加されていきます。「次の更新では何が来るだろう」という期待が、終わりのない楽しみを生み出します。

「うまくなった」という達成感

繰り返し遊ぶうちに、プレイヤー自身の腕前が上がっていきます。この「自分は上達している」という達成感は、案外気づきにくいものですが、人を夢中にさせる大きな魅力の一つです。キャラクターが強くなるだけでなく、自分自身が成長していく感覚が、続ける理由になるのです。

こうした設計は、どれも「面白さ」を支える工夫であり、それ自体が悪いわけではありません。ただ、これだけ魅力的につくられているものを前にして、「意志の力だけでやめなさい」と言うのは、なかなか酷な話だということが分かってきます。

「もったいない」がやめさせない:サンクコスト

もう一つ、やめにくさに深く関わる心理があります。「サンクコスト(埋没費用)」と呼ばれるものです。

人は、すでにつぎ込んでしまった時間やお金を「もったいない」と感じ、それを手放すことに強い苦痛を覚えます。たとえば、自動販売機の下に落とした小銭は、ただ拾わなかっただけなのに、ひどく惜しく感じられますよね。ゲームでも同じことが起こります。何百時間も育てたキャラクターや、積み上げてきた記録を手放すのは、本人にとって大きな痛みを伴うのです。

その結果、「正直もうそれほど面白くはないのに、ここまで続けてきたからやめられない」という状態が生まれます。これは意志の弱さではなく、誰の心にも備わっている「損をしたくない」という自然な働きによるものです。

ガチャの「ランダム報酬」がスリルを生む

スマホゲームでよく見かける「ガチャ」も、やめにくさを語るうえで欠かせません。

ガチャは、一定のお金を払うと、くじ引きのようにランダムにアイテムやキャラクターが手に入るしくみです。問題は、「何が当たるか分からない」という点にあります。次こそは欲しいものが出るかもしれない、という期待が、ドキドキするスリルを生みます。この、当たるかどうか分からないからこそ高まる興奮は、ギャンブルに近いものだと考えられています。

実際、「努力ではなく偶然によって利益を得る」性質、いわゆる射幸性(しゃこうせい)があまりに強いとして、過去に一部のしくみが規制された例もあります。何が当たるか分からないからこそ、ついもう一回、もう一回と課金してしまう。これは、しくみそのものがそう働きかけているのであって、本人の自制心だけの問題ではないのです。

意志の問題ではなく、「自己治療」という側面もある

ここまで見てきたように、ゲームやスマホがやめにくい背景には、脳の報酬系のしくみと、やめにくくつくられた設計があります。ですから、「意志が弱いから」「怠けているから」やめられないのだ、という単純な話ではないことが、お分かりいただけたのではないでしょうか。

さらに、もう一つ知っておいていただきたい視点があります。それは、のめり込みには「自己治療」としての側面があるという考え方です。

近年、依存や嗜癖(しへき/やめられず繰り返してしまう状態)は、本人が抱えている苦痛や困難を、自分なりにやわらげようとする「自己治療」の一種だと理解されるようになってきました。学校や職場でのつらさ、人間関係の孤独、不安や落ち込み。そうした痛みを抱えた人にとって、ゲームやスマホは、傷口に当てた包帯のような役割を果たしていることがあります。

だからこそ、その大元にあるつらさを置き去りにしたまま、包帯だけを無理にはがすように取り上げてしまうと、かえって苦痛を強め、対立を深めてしまうことが少なくありません。「やめさせる」より先に、「この人は何を抱えているのだろう」と目を向けることが、回復への近道になります。

受診の目安

以下のようなことに当てはまる場合は、一度ご相談を検討してみてください。

  • ゲームやスマホのために、睡眠・食事・通学や通勤など、日常生活に支障が出ている
  • 本人が「やめたい」と思っているのに、自分ではどうにもコントロールできない
  • 課金や使いすぎをめぐって、家族との対立が深刻になっている
  • ゲームやスマホから離れると、強いイライラや落ち込み、不安が出る
  • 背景に、不登校・うつ・不安・発達特性など、別の困りごとがありそうだと感じる
  • 取り上げようとして、暴力や家出など危険な反応が起きたことがある

まとめ

ゲームやスマホがやめにくいのは、脳の報酬系という快感をつくる回路と、長く続けてもらえるよう設計されたしくみが関わっており、決して意志の弱さだけの問題ではありません。「終わりのなさ」「もったいないという気持ち(サンクコスト)」「ガチャのランダムな報酬」など、やめにくくする要素はいくつも重なっています。

そして、のめり込みには、本人が抱えるつらさをやわらげようとする「自己治療」の側面もあります。だからこそ、責めるのではなく、しくみとして理解し、背景にある気持ちに目を向けることが大切です。

「本人のせい」「自分のせい」と抱え込まずに、しくみを知ることから始めてみてください。それが、本人とご家族が再びおだやかに向き合うための、確かな一歩になります。困ったときは、どうぞ気軽にご相談ください。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 吉川徹『ゲーム・ネットの世界から離れられない子どもたち』
  • 『心理学理論』(精神科治療学)

よくある質問

ゲームやスマホをやめられないのは、本人の意志が弱いからですか?

そう単純に言える話ではありません。脳の「報酬系」という快感をつくる回路や、ゲームが長く続けられるよう工夫された設計が関わっています。意志や性格のせいだと決めつけず、しくみとして理解することが、対話の第一歩になります。

なぜガチャはやめにくいと言われるのですか?

ガチャは何が当たるか分からない「ランダムな報酬」のしくみで、ギャンブルに近いスリルを生むためです。次こそはという期待が課金の衝動を抑えにくくすると考えられています。

「自己治療」とはどういう意味ですか?

つらさや困難を、自分なりにやわらげようとして、ゲームやスマホに頼っている状態を指す考え方です。背景にある苦しさに気づき、それを支えていくことが大切だとされています。

やめさせるには取り上げればよいのでしょうか?

急に取り上げると対立が深まり、かえって状況が悪化することが少なくありません。背景にあるつらさへの理解と、本人との話し合いを大切にしてください。心配なときは医師にご相談ください。

これは病気なのでしょうか。診断はどう決まりますか?

使いすぎが生活に支障をきたしている場合もありますが、病気かどうかの判断は簡単ではなく、専門家のあいだでも議論が続いています。診断は医師が、本人の状況をていねいに確認したうえで行います。気になるときは一人で抱えず、ご相談ください。

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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