上司の返事が短かった。それだけのことなのに
会議で意見を言うと、上司から短い返事がありました。その後、「変なことを言ったと思われたかもしれない」と何度も考えてしまい、落ち着きません。
この話には、似ているようで違う二つのことが入っています。
- 実際に起きたこと:意見を言い、上司が短く返事をしました。
- そのとき浮かんだ考え:「変なことを言ったと思われたかもしれない」と思いました。
上司がどう思ったかは、この場面だけでは分かりません。それでも「そう思われたかもしれない」という考えが浮かぶと、不安や恥ずかしさが出てくることがあります。もし胸が詰まる感じもあったなら、それは体の反応として分けておけます。
「上司が短く返事をした」と「変だと思われた」は、ひと続きの記憶になりがちです。分けて書いてみると、どこまでが出来事で、どこからが自分の考えなのかを眺められます。
こんな整理を、スマホに話すだけで手伝ってもらうのがこの記事の提案です。使うのはChatGPTなどの対話型AIで、指示文(プロンプト)を一度送ったら、あとはマイクに向かって近況を話します。文章を打ちたい方は文字入力でも使えます。
用意したのは、嫌な出来事を四つに分けるもの、一週間をふり返るもの、次の診察で話すことを短くするものの三つです。どれも、AIに答えを決めてもらうためのものではありません。
話す前に、AIに任せる範囲を決めておきます
この方法は18歳以上の方が、落ち着いて自分の近況をふり返れるときの補助として用意しています。
消えてしまいたい気持ちや、自分や誰かを傷つけそうな考えがあるとき、現実のことかどうか判断しにくい体験があるとき、ほとんど眠っていないのに気分や活動が高まっているときには使いません。つらい場面が今起きているようによみがえるときや、飲酒中も使わない条件に入ります。途中でつらさが増したら、そこでやめ、そのことを診察で伝えてください。
氏名・住所・勤務先や学校の名前、相手が特定できる詳しい事情は入力せず、「上司A」「会社X」のように置き換えます。AIとの会話は主治医や当院には自動で伝わりません。また、AIは治療者ではなく、危険な状態を見分けて誰かへ連絡してくれる仕組みでもありません。診断や薬、休職、受診するかどうかをAIの返答で決めないことも、使う前に決めておきます。
1.「何があった?」を四つに分ける
まず、嫌だった場面を思い出してみます。話し始めは「今日、職場で嫌なことがあって……」で十分です。前後しても、途中で言い直しても、そのまま続けてください。
スマホのAIアプリを開き、下の文章をコピーして送信します。マイクのボタンを押して話し、話し終わったら「以上です」と言います。
今から、最近あったつらい出来事を思いつくまま話します。話が前後しても、言い直しても、そのまま聞いてください。私が「以上です」と言うまでは、短い相づちだけにしてください。話し終わったら、次の4つに分けて、短く整理してください。 (1) あった出来事:実際に起きたことだけ (2) その瞬間に浮かんだ考え:頭に実際に出てきた言葉やイメージ (3) そのときの気分:不安、恥ずかしさなど、私が話した気分 (4) 体の反応:私が話した体の変化
「こういう整理で合っていますか」と必ず確認してください。出来事と推測、考えと気分を混ぜず、話していないことを足さないでください。私が違うと言った部分は直してください。
考えの正誤の判定、診断や原因の推測、助言や励ましはしないでください。質問は1回に1つ、全部で5つまでにして、10分ほどで終えてください。私は途中でやめられます。氏名・住所・勤務先や学校名などが出たら「上司A」「会社X」のように置き換えてください。消えてしまいたい気持ちや、自分や誰かを傷つけそうな考えが話に出たら、深掘りせず、この作業を終えてください。
先ほどの会議の話なら、たとえば次のように話します。
「会議で意見を言ったら、上司の返事が短かったんです。その瞬間、『変なことを言ったと思われたかも』と考えました。不安で恥ずかしくて、胸が詰まる感じもしました。以上です」
AIが四つに分けると、次のようになります。
| 分け方 | 話した内容 |
|---|---|
| 出来事 | 会議で意見を言い、上司が短く返事をしました。 |
| 浮かんだ考え | 「変なことを言ったと思われたかも」と考えました。 |
| 気分 | 不安、恥ずかしさがありました。 |
| 体の反応 | 胸が詰まる感じがしました。 |
ここで一度、AIの返答を読み直します。「変なことを言った」ではなく、本当に浮かんだのは「上司を怒らせたかもしれない」だったなら、そう伝えて直します。もっともらしく書かれていても、AIが言葉を補った箇所は、そのまま採用しません。
心理療法の本でも、あとから考えた説明と、その瞬間に頭に浮かんだ言葉やイメージは必ずしも同じではないと扱われています。「嫌われたと感じました」という言い方も、分けてみると「嫌われたと思いました」という考えと、そのときの悲しみや不安が混ざっている場合があります。
この記事の一つ目のプロンプトは、その区別を確かめるところで止めています。浮かんだ考えが正しいかどうかを決める段階には、まだ進みません。整理したものを一度眺めたら、保存せずに終えてもよい使い方です。
2.「今週は何もできなかった」を、事実から確かめる
気分が沈んでいるときは、うまくいかなかったことばかりが目に入り、少しでもましだった時間や、実際にこなしていたことが抜け落ちやすくなります。
たとえば「今週は何もできなかった」と思っていても、出勤した日や家事をした日が見つかるかもしれません。また、同じ一週間でも、気分が少しましだった場面と重かった場面は分けて眺められます。
良いことを無理に探す作業にしないため、AIには採点や励ましを頼まず、話した事実の整理だけを頼みます。
今週、またはこの数日のことを、思い出せる順に話します。話がまとまっていなくても、そのまま聞いてください。私が「以上です」と言うまでは、短い相づちだけにしてください。話し終わったら、次の3つに分けて整理してください。 (1) 今週やっていたこと:小さなことも含め、実際にしていたこと (2) 気分が少しでも軽かった、またはましだった場面 (3) 気分が重かった場面
話した事実だけを使い、言っていないことは推測で足さないでください。(2)が見つからなければ「今回は見つかりませんでした」と書いてください。評価、採点、助言、無理な励ましはしないでください。最後に「こういう整理で合っていますか」と確認してください。
質問は1回に1つ、全部で5つまで、10分ほどで終えてください。私はいつでも途中でやめられます。氏名・住所・勤務先や学校名などが出たら「上司A」「会社X」のように置き換えてください。消えてしまいたい気持ちや、自分や誰かを傷つけそうな考えが話に出たら、深掘りせず、この作業を終えてください。
月曜から順番に思い出しても、気になった一日から話しても使えます。先ほどの例なら、返ってくる整理はこうなります。
- やっていたこと:出勤4日、金曜は休み、土曜に洗濯と買い出しをしました。
- ましだった場面:水曜の昼、外に出て昼食をとったときでした。
- 重かった場面:日曜の夜、月曜のことを考え始めたときでした。
「ましだった場面」が思い出せない週は、空欄のままでよく、良かった出来事を作る必要はありません。
週に一度、決まった曜日に同じ三項目をふり返ってみます。数週間ぶんを並べると、「日曜の夕方」「会議の前の晩」といった場面が重なっていると気づくことがあります。同じ時間や出来事が何度も出てくるなら、次の診察で伝える材料にもなります。
あとから見返したい場合は、AIとの会話全部ではなく、日付と整理した三項目だけをメモやスクリーンショットで残します。
3.診察で「ずっとつらい」の次に言う一言を探す
診察室に座ると、話そうと思っていたことが飛んでしまうことがあります。「前回から変わりません」「ずっと調子が悪いです」としか言えない日もあるでしょう。
ジュディス・S・ベックの認知行動療法の本には、何に困っているかすぐには答えられない人に、つらさが強かった時間帯を少しずつ尋ねていく場面があります。最初は一日中つらかったように思えても、話していくうちに「夕方です」という言葉が出てきます。
「ずっと悪いです」から「とくに夕方がつらいです」へ。話題が少し具体的になるだけでも、診察で相談したいことを見つける手がかりになります。
このプロンプトは、近況を30秒程度で伝えられるメモにするものです。診察をうまく活用するための準備と組み合わせても使えます。
次の診察で主治医に伝えたいことを整理します。今から近況を思いつくまま話すので、話が前後しても聞いてください。私が「以上です」と言うまでは、短い相づちだけにしてください。話し終わったら、この会話で以前に整理した内容があればそれも使い、次の4つの短いメモにしてください。 (1) いちばん困っていること:一言で (2) いつから、どんな場面で起きているか (3) 眠り・食事・体の変化 (4) 主治医に伝えたいこと、相談したいこと
診察で30秒くらいで伝えられる長さにし、最後に「これで合っていますか」と確認してください。私が話していない事実は足さず、病名の推測や薬についての意見は書かないでください。
足りないところの質問は1回に1つ、全部で5つまでにして、10分ほどで終えてください。私はいつでも途中でやめられます。氏名・住所・勤務先や学校名などが出たら「上司A」「会社X」のように置き換えてください。消えてしまいたい気持ちや、自分や誰かを傷つけそうな考えが話に出たら、それ以上は質問せず、整理を終えてください。
たとえば、できあがったメモはこの四行です。
困っていること:朝、仕事に出る支度が進みません。
いつから・どこで:3週間前から、とくに月曜と会議のある日です。
体の変化:寝つきが悪く、朝食を抜く日が増えました。
相談したいこと:月曜の朝だけでも動けるようにする方法を相談したいです。
伝えたいことが実際と違えば、短く書き直してもらいます。診察では自分で読み上げても、スマホの画面をそのまま見せても使えます。長く話した経緯を全部覚えておくより、困りごとと相談したいことの見出しがあると、話し始めやすくなります。
認知行動療法では、分けたあとに何をするのでしょうか
この三つの指示文の下敷きになっているのが、認知行動療法(CBT)の考え方です。ただし、AIと話すこと自体が認知行動療法の治療になるわけではありません。
同じ出来事でも、頭に浮かんだ考えによって気分や体の反応、その後の行動が変わることがあります。認知行動療法では、つらい考えを根拠もなく前向きな考えに置き換えるのではなく、まず出来事と考えと反応を区別します。
専門的な治療では、その考えに合う事実と合わない事実を本人と治療者が一緒に調べ、実際の行動を通して確かめることもあります。治療者が最初から「正しい答え」を知っているわけではありません。また、面接中の話は日がたつと忘れやすいため、面接で相談して決めた課題を日常で試し、次の面接でふり返ることも重視されています。
一方、ここでAIに頼んでいるのは、その手前にある話した内容を分けて書き出し、本人に確認する作業と、日々のふり返り、診察の準備です。考えが事実に合うか、自分の役に立っているかを確かめていくのは、さらに先の段階です。AIをこのような補助役に使う方法は、ベックの本に書かれた治療手順そのものではなく、この記事で提案している使い方です。
AIのメモは、診察につなげて使えます
当院の通院頻度は基本的に2週間に一度で、再診の時間は5分前後です。その間に起きたことをすべて口頭で再現するのは難しくても、「日曜の夜に重くなりやすい」「月曜の朝に支度が進まない」といった短いメモなら、診察で話すきっかけにできます。
当院には心理士がおらず、心理士によるカウンセリングや、認知行動療法などの専門的な心理療法プログラムは提供していません。実施している医療機関はご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。AIのプロンプトを使うかどうかで、診察の受け方が変わることもありません。
眠れない日が続く、食事量や体重が変わる、気分が晴れない日が続くといった変化がある場合は、AIとの整理を続けるより先に受診をご検討ください。通院中の方は、次の診察を待たずに主治医へご相談ください。
続きは、気になったところから読めます
この連載は全10回の予定です。今回の四つの分け方を、行動まで含めて詳しく扱うのが第2回です。続きは順番に読む形に限らず、今の関心に近い回から選べます。
- 話すだけで始める気持ちの整理(この記事)
- 出来事・考え・気分を分ける——認知モデルという見方
- 勝手に浮かぶ考え(自動思考)に気づく
- 浮かんだ考えを、別の見方と並べてみる
- 気分が戻るのを待たずに、小さく動く(行動活性化)
- 自分の中の「〜すべき」のルールに気づく
- 「自分はダメだ」が消えないのはなぜか(中核信念)
- 問題を小分けにする・決めきれないときの整理
- 診察のあいだの毎日を、練習の場にする
- 調子を崩すサインを、自分の言葉でリスト化する
関連する記事:心理療法とは/CBTとIPTの違い/コラム法(紙に書き出す形の整理)/うつ病の非薬物療法
参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- ジュディス・S・ベック『認知行動療法実践ガイド:基礎から応用まで 第2版』(伊藤絵美・神村栄一・藤澤大介訳、星和書店、2015年)第1〜3章、第8〜10章、第12章
よくある質問
ChatGPT以外のAIや文字入力でも使えますか?
ChatGPTなどの対話型AIに使うことを想定した指示文です。マイクが使いにくい場合は、同じ指示文を送って、出来事や近況を文字で入力しても整理を頼めます。
AIが話していない気分や出来事を付け加えたらどうしますか?
その部分を指して、話していないので削除してください、と伝えます。AIが書いた説明がもっともらしくても、実際に浮かんだ言葉や気分と合っているかは本人が確かめます。
今週、少しもましだった時間が思い出せない場合は?
無理に良かった出来事を探す必要はありません。思い出せなかった項目はそのままにして、実際にしていたことと重かった場面を整理するだけでも、その週の記録になります。
AIとの会話を全部保存して診察に持っていくべきですか?
会話全体を残すことが目的ではありません。次の診察で話すためなら、四項目にまとめた短いメモを保存し、必要な部分を診察で読み上げたり画面で見せたりできます。