はじめに
「心理療法を受けてみては」と勧められたとき、認知行動療法(CBT)や対人関係療法(IPT)という言葉を耳にして、何がどう違うのか分からず戸惑った、という方は少なくありません。名前は似ているようで、検索してもどちらを選べばよいのか、はっきりした答えが見つからない。そんなふうに感じている方もいらっしゃると思います。
実はこの2つは、どちらも「うつ病などに効果が確認されている代表的な心理療法」として並び立つ存在です。ですから、どちらかが正しくて、どちらかが間違っている、という関係ではありません。違うのは「何に注目するか」という着眼点です。
この記事では、来院前の方に向けて、CBTとIPTが「気持ちのどこを見ていく治療なのか」を、できるだけ身近な例にひきつけて整理します。読み終わるころには、ご自身の困りごとがどちらの考え方になじみやすそうか、ぼんやりとでもイメージしていただけるはずです。なお、どの治療が合うかの判断は医師が行いますので、ここでは「考え方の地図」を持ち帰っていただくつもりでお読みください。
CBTとIPTは「心理療法の双璧」
まず押さえておきたいのは、CBTとIPTが、どちらもしっかりした裏付けを持った治療法だということです。
両者は歴史的にもよく似た歩みをたどってきました。どちらも研究の積み重ねによって効果が確かめられ、うつ病に対する有効な治療法として、専門家のあいだで広く認められています。「根拠に基づく(エビデンスのある)精神療法の双璧」と呼ばれることもあるほどで、どちらを受けても一定の効き目が期待できると考えてよいでしょう。
ですから、この記事でお伝えしたいのは「どちらが優れているか」ではありません。同じうつ病という困りごとに対して、治療者がどこに目を向けて関わっていくのか、その「着眼点の違い」です。ここを知っておくと、心理療法という言葉への漠然とした不安が、少しほぐれてくると思います。
CBTは「考え方」に注目する
CBT(認知行動療法)は、その名前のとおり「認知」、つまり「ものの考え方・受け取り方」に注目していく治療です。
私たちの気持ちは、出来事そのものだけでなく、その出来事を「どう受け止めたか」によっても大きく左右されます。たとえば同じ「友人から返信が来ない」という出来事でも、「嫌われたのかもしれない」と受け取れば落ち込みますし、「忙しいのだろう」と受け取れば気になりません。
CBTでは、「どんな考え方が、その気持ちを生んだのか」という流れに目を向けます。落ち込みや不安の手前にある考え方のクセに気づき、それを少しずつ現実的でやわらかいものに整えていく。これがCBTの基本的な進め方です。気持ちの出どころを「自分の頭の中の受け取り方」に求めていく、と言いかえてもよいかもしれません。
IPTは「人との関わり」に注目する
一方、IPT(対人関係療法)は、同じ気持ちの落ち込みに対して、別の場所に目を向けます。注目するのは「人との関わり」です。
IPTでは、「どんな考え方がその気持ちを生んだか」ではなく、「誰が何を言ったから、その気持ちが起きたのか」という、人とのあいだで実際に起きたやりとりそのものを見ていきます。気持ちの出どころを、自分の頭の中ではなく、自分と相手とのあいだのやりとりに探していくわけです。
これは、うつ病という病気が人との関わりと深く結びついている、という考えに基づいています。落ち込みが続くと、人とのやりとりがぎくしゃくし、それがまた気持ちを重くする。逆に、つらい関係が症状を悪くしていることもあります。IPTは、この「症状と人間関係のつながり」を一緒に整理し、関わり方を見直すことで、症状そのものに対処できるようになることを目指します。
なお、ここで誤解されやすいのですが、IPTは「あなたは人付き合いが下手だから性格を直しましょう」という治療ではありません。あくまで病気を治すための治療であり、人との関わりは、症状をやわらげるための「手がかり」として扱われます。
同じ出来事でも、見ていく場所が変わる
この違いは、具体的な場面で考えると分かりやすくなります。
たとえば、ある方が「私が何を言っても、どうせ誰も聞いてくれない」と感じて、つらくなっているとします。
CBTの考え方になじむ治療者であれば、ここで表れている「どうせ聞いてもらえない」という受け取り方そのものに注目します。その考えが本当にいつも当てはまるのかを一緒に確かめ、考え方をやわらげていく方向に進みます。
一方、IPTの治療者は、少し違う見方をします。「どうせ誰も聞いてくれない」という後ろ向きな考えを、その人の性格やクセとしてではなく、うつ病という病気が見せている「症状の一つ」として受け止めるのです。そのうえで、たとえば「うつのときには、そう感じやすいものですよね。それをご家族に知っておいてもらえると、会話がもう少し楽になるかもしれませんね」といったように、まわりの人との関わり方を整える方向へつなげていきます。
同じ一言を聞いても、片方は「考え方」を、もう片方は「人との関わり」を入り口にする。これが、着眼点の違いの分かりやすい例です。どちらが正しいというわけではなく、入り口が違うのだ、とイメージしていただければと思います。
宿題の違い「毎日の宿題」と「夏休みの宿題」
CBTとIPTのもう一つの分かりやすい違いが、「宿題」、つまり面接室の外で取り組む課題の出し方です。
CBTでは、決められた課題を日々の生活の中でこなしていく「ホームワーク」が治療の一部としてよく用いられます。これは、いわば学校の「毎日の宿題」のようなものです。
これに対してIPTでは、CBTのように決まった形の宿題は基本的に出しません。イメージとしては「夏休みの宿題」に近いと言われます。治療の最初に「限られた期間のなかで、この人との関わりに取り組んでいく」という大きな課題を受け取り、それを毎回の面接の流れのなかで、自分のペースで少しずつこなしていく。手をつける気になれない日もあれば、ぐっと進む日もある。けれど締め切り(治療の期間)はある。そんな夏休みの宿題のような進み方になります。
IPTでも、ときには「次回までに一度、相手に話してみましょう」といった具体的な課題が出ることはあります。ただしそれは、その日の面接で一緒に考えたことを試す「実験」のようなもので、できなかったからといって失敗と受け取られるものではありません。できなかったときには、なぜできなかったのかを一緒に振り返り、課題のほうを調整していきます。「うまくいかなかったこと」も、責める材料ではなく、次のヒントとして扱われるのです。
受診の目安
以下のような状態が続いているときは、一度ご相談いただくことをおすすめします。
- 気分の落ち込みや興味の低下が2週間以上続いている
- 眠れない、または寝すぎてしまう日が続いている
- 身近な人との関わりがつらく、それが気分にも影響していると感じる
- 自分の考え方のクセに振り回されてしんどい
- 自分にCBTとIPTのどちらが合うのか、相談しながら決めたい
これらは病気かどうかを自分で判断するためのものではありません。気になることがあれば、診断は医師が行いますので、まずは受診の入り口として活用してください。
まとめ
CBTとIPTは、どちらもうつ病などで効果が確かめられた、心理療法の代表格です。違いは優劣ではなく着眼点にあります。CBTは「どんな考え方が気持ちを生んだか」という「考え方」に、IPTは「誰が何を言ったからその気持ちが起きたか」という「人との関わり」に注目します。宿題の出し方も、CBTは毎日の宿題、IPTは夏休みの宿題に近い、という違いがあります。どちらが自分に合いそうかを考えるヒントとして、この地図を持っていただければ十分です。あとは診察のなかで、ご自身の困りごとを医師と一緒に整理していけば大丈夫です。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 水島広子『対人関係療法入門ガイド』創元社
よくある質問
認知行動療法と対人関係療法は、どちらが効果が高いのですか?
どちらもうつ病などで効果が確認されている代表的な心理療法で、優劣をつけるものではありません。注目する場所が違うため、ご自身の困りごとや相性によって合う・合わないが分かれます。どちらが向いているかは医師と相談しながら考えていきます。
対人関係療法は性格を直す治療なのですか?
いいえ。対人関係療法は性格を矯正するためのものではなく、うつ病などの「病気」を治すための治療法です。人との関わり方は扱いますが、その目的は症状をやわらげ、再発を防ぐことにあります。
宿題が出ると聞きました。毎回こなせるか不安です。
認知行動療法では毎回の宿題が出ることが多い一方、対人関係療法の宿題は「夏休みの宿題」に近いイメージです。できなかったときも責められるものではなく、なぜできなかったかを一緒に振り返っていきます。治療の進め方は医師に相談できます。
自分でどちらか選ばないといけませんか?
無理に自分で決める必要はありません。この記事の「考え方の地図」を手がかりに、気になった点を診察で伝えていただければ十分です。診断や治療方針は医師が、症状やご希望を踏まえて一緒に考えていきます。