診断名を聞いたあと、家族から「あなたはそうなのだから、こちらの言うとおりにしておきなさい」と言われるようになることがあります。以前は相談して決めていたことまで、自分抜きで決まり、結果だけが伝えられるようになります。
精神科医の宮岡等さんと内山登紀夫さんの対談本『大人の発達障害ってそういうことだったのか その後』でも、こうした変化が語られています。20代の方にASD(当時の呼び方ではアスペルガー)の診断がつくと、家族が本人の判断を認めなくなる例は少なくないというのです。
困りごとを理解するための診断が、なぜ本人に聞かずに決める理由になるのでしょうか。
薬だけでなく診断にも副作用があります
診断はその人に何が起きているかを整理し、これからの支え方を考えるためのものです。発達特性には濃淡があり、「あるか、ないか」の二択だけでは捉えられません。たとえば抑うつで困っている方に発達特性が重なっているなら、それも含めて支え方や見通しを考えたほうが役に立つと考えられます。
困りごとに名前がつくと、具体的に何ができるかを考えやすくなります。困っているなら、診断によって前に進む場面のほうが多いのです。
一方、この対談では診断がつくこと自体の副作用も取り上げられています。薬の副作用には注意を払っていても、診断による関係の変化や本人への影響は、医療のなかであまり検討されてこなかったと指摘されています。
名前がついたあと、努力を続ける気持ちが途切れたり、踏ん張りがきかなくなったりすることがあります。「病気なのだから仕方がない」「自分では分からないし、できない」と諦め、自分から判断を周りに任せてしまうこともあります。
家族が本人に代わって決めることも、本人が決めることを手放すことも、診断がつけば自動的に起こるわけではありません。診断名を支え方を考える材料にするのか、本人に聞かずに決める理由にするのかで、その後は変わります。
なお、何をしても結果が変わらなかった経験が重なると、変えられる場面でも試さなくなることがあります。こちらは名前の使われ方とは別の道すじで、学習性無力感とは?で扱っています。
診断を聞いて安心したのは上司でした
同書では産業医の経験として、部下の診断を聞いてほっとする上司の話も出てきます。思うように力を発揮できない部下に診断がついたことで、自分の指導が悪かったわけではないと安心してしまうのです。
けれども、部下にASDの傾向があっても、上司の受け取り方や対応を変えたほうがよい場合は少なくないと、対談では指摘されています。本人に特性があることと、職場に見直せるところがあることは両立します。
「病気かどうか」「できるかどうか」だけで線を引くと、その人と仕事との組み合わせを見落とします。対談では、発達障害について「治ったので働ける」という診断書だけを求めても、合わない仕事なら再びうまくいかなくなると語られています。合う仕事なら、力を発揮し続けられる可能性があります。
宮岡さんは、発達障害の傾向があるように見える社員への対応を、会社から相談されることもあると述べています。ただ、その話だけでは本当にASDなのか、会社の対応がうまくいかずにそう見えているのか、分からない場合があります。
こうした相談に対して提案されているのは、本人からよく話を聞き、職場のなかで合う仕事を探したり、異動を考えたりすることです。対人関係の技術を身につけることばかり求めると、本人が別の人を演じ続けるような負担になり、長続きしない場合があるとも語られています。
診断名から働ける範囲を決めてしまう前に、その人にどんな仕事の組み立てが合うかを考えられます。本人が何を苦手としているかに加え、どんな仕事なら取り組めるかを聞くことが、職場で診断名を役立てることにつながります。
職場への伝え方はオープン就労とクローズ就労、配慮の頼み方は障害者雇用と一般雇用、どちらを選ぶ?にまとめています。
上達が目的ではない集まりがありました
支援の場では、周りが「ここから先は無理をしなくてよい」と先に線を引くこともあります。そこに「そういう特性だから」という理由がつくと、本人はその先を試さなくなることがあります。善意から始まるので、支える側も支えられる側も気づきにくい話です。
同じ本で内山さんが紹介している英国のデイケアは、何かを上達させることを目的にしない集まりでした。少人数で話し合っていたのは、原子力発電をどうするかといった社会の出来事です。普段は議論がうまくできない人たちも、時間を十分にかけ、多少話がかみ合わなくても受け止められる場で、自分の意見を話していました。支援者も加わり、意見に反応が返ってくるやりとりを楽しんでいたといいます。
この集まりでは、自分の意見を言い、相手の反応を聞き、議論を楽しむことが目的でした。何かを上達させることだけが、支援の目標になるわけではありません。
やり方だけでなく目標も選べます
同じ章では、友だちを増やすことや人づきあいを上手にすることが、全員にとってよい目標とは限らないとも語られています。一人で取り組む仕事でうまくいく人もいます。本人の動機や仕事との相性によっては、周りがよいと考えた目標が合わず、負担になることもあります。
見直したいのは支援の量ではなく、本人が決める場面がなくなっている状態です。代わりにしてもらうことがあっても、何を試すかや、どんな目標を持つかを本人が選ぶ場面は残せます。
暴力がある、生活のお金や外出を握られている、怖くて逆らえないといった関係には、ここからの話し合いの勧めは当てはまりません。身の安全を優先し、安全が脅かされているときをご覧ください。
たとえば、家族や支援者が「あなたはそうなのだから」で話を終えると、本人は選べません。「朝のうちに済ませるのと、夕方にまとめてやるのと、どちらが楽ですか」と尋ねれば、やり方を本人が選ぶ場面が残ります。「ここまでは代わりにやります。その先はどうしますか」と、手伝う範囲を区切って聞く方法もあります。
そのうえで、目標そのものが本人の望むものかも確かめます。友だちを増やしたいのか、一人で取り組める仕事を選びたいのかによって、支え方は変わります。診断名を理由に決めてしまう前に、「どうしたいですか」と本人に聞くことができます。
診察では診断のあとに変わったことを話せます
診断のあとに家や職場で起きた変化は、診察で相談できることです。次のような状態が続いているなら、一度ご相談ください。
- 夜中に何度も目が覚めたり、食べる量が減ったり増えたりする状態が続いています。
- 好きだったことにも手をつける気になりません。
- 何かを試そうとしても、どうせ自分には無理だと思ってしまいます。
- 家や職場で、自分抜きで決まったことだけを伝えられます。
- 診断名を持ち出され、こちらの言い分を聞いてもらえません。
当院では18歳以上のASD・ADHDの評価・診断を、診察での聞き取りを中心に行っています。うつや不安で受診された方についても、必要に応じて背景に発達特性がないかという視点を持って診察しています。予約はWEB(デジスマ)で受け付け、初診前にWEB問診にお答えいただきます。
家や職場のどの場面で、誰が何を決めているのかをお話しください。言いにくい事情があるときは、話せないことが体調に響いているということも、診察で扱う内容です。診断の有無や、これからどうしたいかが決まっているかにかかわらずご相談いただけます。
参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 宮岡等・内山登紀夫『大人の発達障害ってそういうことだったのか その後』(医学書院、2018年)第2章および第6章のうち、診断の効用、診断がつくことの副作用、職場との関わりをめぐる対談部分
- 宮岡等・内山登紀夫『大人の発達障害ってそういうことだったのか その後』(医学書院、2018年)第4章「非薬物療法」「リハビリテーション」のうち、本人と家族への姿勢、仕事との相性、英国のデイケア、支援の目標をめぐる対談部分
よくある質問
発達障害の診断を職場に伝えるか迷っています。どう考えればよいですか?
伝えるかどうかと、伝えるならどこまで伝えるかを分けて考えられます。診断名を伝えることと、どの仕事や働き方が合うかを話し合うことも、それぞれ検討する内容です。診断の開示は「オープン就労とクローズ就労」、配慮の頼み方は「障害者雇用と一般雇用、どちらを選ぶ?」で扱っています。
家族に「病気を分かっていない」と言われたら、どう伝えればよいですか?
病気の説明について意見が違うのか、これからの暮らし方について希望が違うのかを分けて伝えると、話の食い違いを具体的にできます。診察では、診断名を持ち出された実際のやりとりをお話しください。周りが本人を「分かっていない」と判断する側に回る話は「病識とは?」で扱っています。
家族に話していない希望や不満も、医師に相談してよいのでしょうか?
参考にした対談で内山さんは、家族との関係も大切にしながら、意見が対立したときには本人の話をきちんと聞く姿勢を述べています。本人の話を家族には伝えないことや、家族に対しても守秘義務を守ることを説明しています。家族には言いにくい事情があることも、診察で話す内容になります。