はじめに
診断名を伝えられた日から、周りの言い方が変わった。以前は相談しながら決めていたことが、いつの間にか決まった形で降りてくるようになった。「あなたはそうなのだから、こちらの言うとおりにしておきなさい」。そして自分でも、何かを決めようとするたびに、どうせ自分には無理なのだろう、という気持ちが先に立つようになった。
診断名は、支え方を組み立て直すための道具であって、誰かがご本人を動かすための根拠ではありません。名前がついたあとも、どうするかを決めるのはご本人です。
下敷きにしたのは、成人の発達障害をテーマにした精神科医二人の対談本です(巻末に書誌があります)。
名前は、何のための道具か
診断名は、名前をつけて終わりにするためのものではなく、その方に何が起きているのかを整理し、これからどう支えるかを考え直すための枠組みです。
発達障害の特性は、あるかないかの二択ではありません。診断のつかない方にも、いくらかはあります。たとえば抑うつの背景に発達特性がある程度あるなら、それも含めて支え方と見通しを考えたほうが、実際の役に立ちます。困りごとに名前がつくと、打てる手が具体的になる――名前の値打ちは、そこにあります。診断がつくと何が変わるのかは大人のADHDとASDの違いと、両方が併存する場合にまとまっています。
ところが、この道具にも副作用があります。薬なら副作用に気をつけるのが当たり前ですが、診断がつくこと自体の副作用はあまり正面から取り上げられてきませんでした。名前がついたことで努力を続ける気持ちが途切れる、踏ん張りがきかなくなる――そういうことが起こりえます。
そして、いちばん見えにくい副作用がこれです。名前が、ご本人を動かすための根拠に変わってしまう。
家庭で ── 決める人が入れ替わる
対談に出てくる例です。20代の方が診断を受けたところ(対談当時の呼び方では「アスペルガー」。いまのASDにあたります)、ご家族の構えが「あなたはそうなのだから、こちらの言うとおりにしていればいい」に変わり、ご本人が自分で決めることを、ご家族が認めなくなった。こういう形になることは、けっこう多いといいます。
ここで起きているのは、名前が増えたことではなく、決める人が入れ替わったことです。診断がつく前は、どうするかを決める場に、少なくともご本人がいました。名前が「だから、こう決めるのが当然だ」という理由に使われはじめると、決めごとの場からご本人が抜けていきます。
抜けるのは、ご家族に押し出されるからだけではありません。ご本人の側も「病気なのだからどうにもならない」「自分には見当がつかない、できない」というあきらめに落ち着いて、決めることを自分から手放してしまうことがあります。
どちらも、名前がついたから自動的にそうなる、というものではありません。名前を何の理由に使うかで分かれます。周りが「この人は分かっていない」と判定する側に回ってしまう近い形の話は、病識とは?にあります。
職場で ── 「できるか、できないか」の二択に使われる
職場では、もう少し込み入った形をとります。産業医の経験をもとに対談で語られる場面です。部下が力を発揮できないのは指導のせいだと責められていた中間管理職が、その部下に診断がつくと、「悪かったのは自分の指導ではなかった、あの人の能力の問題だったのだ」と安心してしまう。実際には、部下にASDの傾向がいくらかあるとしても、上司の側の受け取り方や動き方が変わったほうがよい場合は少なくありません。
ここで名前は、上司を「悪くなかった」ことにし、部下に「できない人」という線を引くために使われています。けれども発達障害の特性は治って消えるものではないので、「病気か、そうでないか」「できるか、できないか」の二択で考えても先に進みません。凸凹のある人の、出っ張っている側をどう生かすか。どの仕事なら合うのか。そちらを考えたときに、はじめて名前が道具として働きます。
診断書で比べると違いがはっきりします。うつ病なら「治ったので復帰できます」という診断書に意味があります。発達障害では、同じ形の診断書は役に立ちません。合わない仕事に戻ればまた立ち行かなくなり、合う仕事なら力を発揮し続けられる可能性がある――治ったかどうかではなく、本人と仕事が合っているかどうかの問題だからです。だからこそ、医師と職場が連携して、その方に合う形(合理的配慮)を作っていくことが要ります。
同じ診断名でも、本人に合う仕事を探す材料にするか、「ここまで」という線引きの理由にするかで、話の進む先はまったく違います。
診断を職場に伝えるかどうかはオープン就労とクローズ就労に、配慮の頼み方は障害者雇用と一般雇用、どちらを選ぶ?にあります。
支援の場で ── 善意が決める場面を奪う
善意で起きるぶん、いちばん気づきにくい形です。
支える仕組みが手厚くなりすぎると、支える側が「発達障害があるのだから、ここから先は無理をしなくてよい」と、名前を理由に線を引いてしまう。するとご本人は、そこから先を試さなくなります。こういう形も、けっこうあります。
支援を受けないほうがよい、という話ではありません。見直すとしたら支援の量ではなく、ご本人が決める場面が一つも残っていないという状態のほうです。「これはやらなくてよい」と外から締め切るかわりに、「ここまでは代わりにやります。この先はどうしますか」と、選ぶ場面を一つ残す。それだけで、名前の使われ方が変わります。
何をしても結果が変わらなかった経験が重なると、動かせる場面でも試さなくなることがあります。それは別の道すじで、学習性無力感とは?が扱っています。
見分け方は一つ ── 決める場面が残っているか
家庭でも、職場でも、支援の場でも、目印は同じです。決める場面が、ご本人に残っているか。
「あなたはそうなのだから」で話が終わるなら、残っていません。「あなたはそうなのだから、この段取りとこの段取りなら、どちらが楽ですか」となっているなら、残っています。同じことを伝えていても、選ぶ場面が一つあるだけで、その先が変わります。
ご本人の側からも同じです。名前が説明してくれるのは、何が起きているかまでです。その先どうするかを決める席は、名前に譲らなくてよいのです。
診察は、その席を取り戻す場所として使えます。名前を聞いたあと、それが生活のどこにどう関わるのか。家や職場の決めごとが、いまどう決まっているのか。そうしたことを、そのまま話していただいて構いません。順序立ててからでなくてよく、どうしたいかが決まっていなくても大丈夫です。話したくないことは話さず、言いにくい事情があるときは、その事情のほうをご相談ください。
受診と相談の目安
次のようなことが続いているときは、それが特性によるものか、周りとの関係によるものかを見当づけるより先に、ご相談をお考えください。
- 寝つけない・途中で目が覚める日が続いている、あるいは食事の量や体重が変わってきている
- 以前は楽しめていたことに気持ちが向かない日が続いている
- 何かをやってみようと思っても、どうせ自分には無理だという考えが先に立つ
- 家や職場で、自分抜きで決まったことだけが伝えられる状態が続いている
- 診断名を持ち出されて、こちらの言い分を聞いてもらえないやりとりが続いている
すでに診断を受けている方も、まだ何も言われていない方も、決めかねている段階のままでも、そのままご相談いただけます。自分や他の人を傷つけそうな考えが出ているとき、食事も水分もほとんど取れていないときは、待たずに、通院中であれば主治医に連絡し、命に関わる切迫した状況では救急(119)を利用してください。暴力や、相手からの強い支配のある関係のなかにいるときは、この記事より先に安全が脅かされているときをご覧ください。
当院での実際
当院は福岡県春日市の精神科・心療内科です。ご相談は、まずWEB予約(デジスマ)でご予約のうえ、初診前のWEB問診にお答えいただく形をとっています。初診の所要時間の目安は、問診を含めて30分程度です。通院を始めた場合は、2週間に一度の通院が基本で、再診の所要時間の目安は5分前後です。
当院では、成人(18歳以上)のASD・ADHDの評価と診断を行っています。診断は、問診(診察での聞き取り)を中心に行います。心理検査(知能検査・心理テスト)は当院では行っていません。検査をご希望の場合、実施している医療機関はご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。うつや不安で受診された方についても、必要に応じて、背景に発達特性がないかという視点を持って診察しています。
WEB問診は、書きにくければ簡単な記載で差し支えありません。決心がついてから受診する必要はなく、話したくないことを話していただく必要もありません。
ご家族のみの相談はお受けしていません。ご家族が心配されている当のご本人が受診され、同席に同意されている場合には、ご家族に同席していただけます。そのご本人がどうしても受診できない状況の場合は、お住まいの地域の保健所、市区町村の精神保健相談、精神保健福祉センターなどの公的相談先、または受診を予定している医療機関への問い合わせをご案内しています。家族教室・家族会のような、ご家族が集まる場は当院では行っていません。ご家族ご自身の不調を診てもらうために受診されることは、それとは別で、ご自身の受診としてご相談いただけます。
保護命令や離婚の調停といった法的な手続きのご相談は、当院ではお受けしていません。当院の診療対象は18歳以上の方で、お子さんの発達についてのご相談は扱っていません。
まとめ
診断名は、支え方を組み立て直すための道具です。家庭でも、職場でも、支援の場でも、その道具が「ご本人を動かす根拠」に変わったとき、決める人が入れ替わります。
見分ける目印は一つ、決める場面がご本人に残っているかどうか。名前が説明してくれるのは何が起きているかまでで、その先を決める席は、名前にも周りにも譲らなくてよいのです。
決めかねたまま、整理がつかないままで構いません。診察で、そのままお話しください。
そのほか近いところにあるもの ── 診断された「その後」の心の動き/診断名がつかない・はっきりしないとき/大人のASDの診断の流れ/大人のADHDの診断の流れ/家族への接し方/本人が受診を嫌がるとき/「発達障害」という呼び方の幅
参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 宮岡等・内山登紀夫『大人の発達障害ってそういうことだったのか その後』(医学書院、2018年)第2章および第6章のうち、診断の効用、診断がつくことの副作用、職場との関わりをめぐる対談部分
よくある質問
この記事を読むと、診断は受けないほうがよいように思えてきます。そういうことなのでしょうか。
そういうことではありません。困っておられることがあるなら、名前がつくことで前に進む場面のほうが多く、この記事もその側に立って書いています。扱っているのは、ついた名前が周りからどう使われるか、という一点だけです。いま受けておられる診断を疑う材料にもなりませんし、通院や服薬をご自分の判断で変えるための材料にもなりません。
診断がついてから、家族が「あなたはそうなのだから、こちらの言うとおりにしなさい」と言うようになりました。これはよくあることなのですか。
珍しいことではありません。下敷きにした対談でも、20代で診断(当時の呼び方ではアスペルガー。いまのASD)を受けた方のご家族がそのように変わり、ご本人が自分で決めることを認めなくなる場面が、けっこう多いものとして語られています。ただし、こちらの言い分をまったく取り合ってもらえない、逆らうと何をされるか分からない、という状態が続いているなら、それは名前の使われ方ではなく身の安全の問題です。「安全が脅かされているとき ── 関係改善の話が当てはまらない場面」を先にご覧ください。そうした関係のなかで出てきた症状のご相談は、当院で承っています。ご自身の受診としてお話しください。
支援を受けるのをやめたほうがよい、ということですか。
違います。見直すとしたら支援の量ではなく、ご本人が決める場面が一つも残っていない、という状態のほうです。支えは受けたまま、選ぶ場面を取り戻すことはできます。
職場の上司が、診断名だけを見て「この人には無理だ」と決めるようになりました。
診断名が「どの仕事なら合うか」を考える材料ではなく、「ここまで」という線引きに使われている状態です。本文の職場の節に書いたとおり、それは名前の使い方としては逆向きです。診断を職場に伝えるかどうか・どこまで伝えるかは「オープン就労とクローズ就労」に、配慮の頼み方は「障害者雇用と一般雇用、どちらを選ぶ?」にあります。
家族の立場で読んでいます。家族だけで相談することはできますか。
ご家族のみの相談はお受けしていません。ご家族が心配されている当のご本人が受診され、同席に同意されている場合には、ご家族に同席していただけます。そのご本人がどうしても受診できない状況の場合は、お住まいの地域の保健所、市区町村の精神保健相談、精神保健福祉センターなどの公的相談先、または受診を予定している医療機関への問い合わせをご案内しています。家族教室・家族会のような、ご家族が集まる場は当院では行っていません。ご家族ご自身の不調を診てもらうための受診は、それとは別で、ご自身の受診としてご相談いただけます。
暴力や強い支配のある関係のなかにいます。この記事は当てはまりますか。
当てはめないでください。手が出ていない場合も同じです。怒鳴りつけられる、物を投げられる、黙り込まれてこちらが折れるまで待たれる、「あなたが悪い」と正しさを持ち出して責め立てられる、済んだ話を何度も蒸し返される、病気や特性であることを持ち出して思うとおりに動かされる、暮らしのお金を渡してもらえない、行き先をいちいち確かめられる、怖くて向き合えない――そういう形で、相手の思うとおりに動かすために力が使われている関係も含みます。相手が親御さんやきょうだいでも、配偶者やパートナーの方でも、同居しているどなたでも同じです。そこで続いているつらさは、名前の使われ方を整理すれば片づくものではなく、身の安全の確保が先です。相談先を含めて「安全が脅かされているとき ── 関係改善の話が当てはまらない場面」にまとめてあります。そうした関係のなかで出てきた症状のご相談は当院で承っています。ご自身の受診としてお話しください。診察に、その相手の方をお連れいただく必要はありません。なお、保護命令や離婚の調停といった法的な手続きのご相談は、当院ではお受けしていません。