逃げ道ができても犬は逃げませんでした
逃げ道のある箱に移されても、犬はそこから出る動きを覚えられませんでした。その犬が先に受けていたのは、何をしても避けられない電気刺激でした。
1964年、ペンシルベニア大学のリチャード・ソロモンの研究室でのことです。もともとは犬に音の合図で電気刺激を避けることを覚えさせる研究でした。
この予想外の結果は当初、実験の手違いのように扱われました。同じ研究室にいたマイヤーとセリグマンは、逃げずに刺激を受け続ける犬に注目し、条件を変えて調べていきました。そこで浮かび上がったのは、電気刺激そのものではなく自分の行動では結果が変わらないという経験の影響でした。
精神科の専門誌『精神科治療学』の解説は、この予想外の結果を学習性無力感(がくしゅうせいむりょくかん)の出発点として紹介しています。「そんなに嫌なら辞めればいいのに」と言われても動けないとき、意志の強さとは別に考える手がかりになる研究です。
人でもその後の行動に影響が残りました
セリグマンは人でも同じことが起こるかを調べました。参加者に止めようのない騒音を聞かせたり、解くのが難しい課題に取り組んでもらったりする実験です。自分で止められる条件にいた人は、そのあとの不快な場面にも対応できました。一方、何をしても止められない条件にいた人は対応できませんでした。
1991年には、ヴィラノヴァとピーターソンがこうした実験をまとめて検討するメタ解析を発表しました。自分では変えられない出来事を経験したあとに、テスト課題の成績が下がることが確認されています。
効果の大きさは年齢、性別、精神疾患の有無によっても、出来事や課題の種類によっても変わりませんでした。特定の弱さを持った人にだけ起きるという結果ではなかったのです。
学習性無力感という考え方は、次の三つの条件がそろったときに成り立ちます。
- 何をしても結果が変わらなかった経験があります。
- その経験から「この先も自分が何をしても変わらないだろう」と予測します。
- あとから結果を変えられる場面になっても、試すことをやめてしまいます。
軸になるのは出来事の種類ではなく、自分の行動と結果が結びつかなかったことです。「耐えている」「離れられない」「決められない」という一場面だけで、その人を学習性無力感だと判断することはできません。
よいことは「たまたま」と考えてしまう
人についての研究では、出来事の原因を本人がどう説明するかも、その後の行動に関わると考えられるようになりました。
悪いことが起きたときの「自分のせいだ」「この先もずっと同じだ」「何をやっても駄目だ」は、似ているようで別の説明です。この理論では原因の説明を三つの軸で考えます。自分の側か自分の外か、ずっと続くのかそのときだけか、何もかもに及ぶのかその場面だけか、という違いです。
たとえば「自分のせいで、これからも、何をしても駄目だ」という説明には、三つの見方が重なっています。同じ出来事を経験しても、その後が一律に決まるわけではないと考えられています。
セリグマンらは、こうした説明のしかたがうつ病とどう関係するかも調べました。1986年にスウィーニーらが発表したメタ解析は、15,000人以上が参加した104の研究をまとめています。抑うつのある人には、悪い出来事を自分のせいで、ずっと続き、何もかもに及ぶものとして説明する傾向がありました。
よい出来事の説明は逆でした。原因は自分の外にあり、一時的で、その場面だけのものと受け止める傾向があったのです。言い換えると、悪い結果は「自分が駄目だから」と考え、よい結果は「今回はたまたま」と受け止めるような違いです。
この研究では、悪い出来事を悲観的に説明する傾向のある人は、その後に抑うつになる可能性が高いことも確かめられています。それと同時に、ある時点の抑うつが、その後の説明のしかたにも影響していました。説明のしかたと抑うつは、片方からもう片方へという一方向の関係ではありません。
ただし、学習性無力感はうつ病の一部を説明するモデルであり、重い症状のすべてを説明するものではありません。セリグマンが扱っていた抑うつも、繰り返し起こる内因性のうつ病より、出来事への反応としての抑うつ状態に近いと考えられています。「学習性無力感だから病気ではない」とは切り分けられません。
逃げる行動が戻った実験もあります
同じ研究の流れから、無力な状態が生じなかったり、逃げる行動が戻ったりする結果も報告されています。
先に「自分の行動で結果が変わる」経験をしていた動物では、その後に無力な状態が認められませんでした。これは免疫効果と呼ばれています。また、すでに無力な状態になったあとでも、外から働きかけて逃げる動きをさせると、逃げる行動が戻りました。こちらは治療効果と呼ばれています。
人を対象にした実験のメタ解析でも、時間とともに状態が薄れていくこと、治療効果に当たるものが認められることが確認されています。
動物の行動が戻ったのは、外から働きかけた条件での結果です。実験と暮らしは同じではないので、「自分で頑張って逃げる経験を積めばよい」という勧めにはできません。この研究から言えるのは、一度そうなったらもう変わらないとは限らない、というところまでです。
理論の提唱者はDVへの当てはめに反対しました
周囲から見ると、つらい状況でただ耐えている人の行動は理解しにくいことがあります。専門誌の解説は、その説明の難しさから学習性無力感が都合よく使われてきたのかもしれないと考察しています。家庭内暴力への当てはめは、その一つでした。
ウォーカーは被害を受けた女性に見られる状態を被殴打女性症候群と呼び、学習性無力感で説明しました。400の事例を調べたところ、その3分の2に共通する経過があったことから、暴力のサイクル理論も立てました。
ところが、セリグマン自身はこの当てはめに反対しました。恐怖と、危険が現に続いていることを重く見ていたのです。心的外傷を研究したハーマンも、長い期間にわたって傷つけられてきた人の置かれた状況に、この概念を持ち込むのは誤りだとしています。
実験では、結果を変えられない場面から、変えられる場面へと条件が変わっています。暴力や強い支配が続く関係では、あとから結果を変えられる場面になったという前提がありません。さらに「本人が無力感を学習したから」と説明すると、原因を被害を受けている側の内面へ移してしまいます。
危険を作り出しているのは、暴力や支配をする側です。無力化や孤立には、加害する側が作った条件が大きく関わっています。本人の複雑な葛藤を、一つの心理学用語で片づけることはできません。
支配には、手が出ること以外の形もあります。怒鳴る、物に当たる、相手が折れるまで黙り込む、正しさを盾に責める、昔のことを繰り返し持ち出すといった形です。病気を理由に思いどおりに動かす、生活費を渡さない、出かける先を確かめるなど、怖くて向き合えなくなる関係も含みます。
職場で怒鳴られたり追い詰められたりしている場合や、家庭で力によって従わされている場合も、続いている圧力を見落とせません。暴力や強い支配のある関係には、この理論を当てはめず、身の安全の確保を先に考えます。相談先は安全が脅かされているときにまとめています。
被害を見てから落ち度を探すこともあります
「どうして逃げないのか」と見ている側にも、考えておきたい心理があります。同じ専門誌で北村英哉が解説する「公正世界仮説」です。
人には、よいことをした人は報われ、悪いことをした人は悪い目に遭うと信じる傾向があります。ところが、現実には落ち度のない人にも悪いことが起きます。そこで「悪いことが起きたのだから、その人にも何か悪い点があったのではないか」と、結果から原因を逆向きに考えてしまうことがあります。
社会心理学者ラーナーの実験では、悪いことをしていない女性が罰される場面を見た参加者は、そうでない条件の参加者よりも、その女性を罰に値するようなよくない人物として評価しました。被害を見たことが、その人の人物評価にまで影響したのです。
解説では、被害者の落ち度を探すことで「自分はその人とは違う。だから同じ被害には遭わない」と安心しようとする心理も取り上げられています。「逃げればいいのに」と言う人すべての動機を説明するものではありませんが、動けない本人だけに理由を探す見方を問い直す材料にはなります。
「休もうとすると何が邪魔をしますか」
学習性無力感の考え方は、診療では「その前に、自分の力ではどうにもならない出来事がなかっただろうか」と問い直す視点になります。専門誌の解説は、適応障害で受診した方を理解する際の例として、この問いを挙げています。この理論は病気や症状そのものを説明するものではなく、出来事を経験した人に何が起きたか、その過程の一部を考える枠組みです。
受診を考えるときは、理論に当てはまるかどうかより、生活にどんな変化が続いているかが目安になります。
- 眠れない、食事が取れない、体重が落ちてきているといった変化があります。
- 仕事や家事、身のまわりのことができなくなっています。
- 朝起きられなかったり、体が動かなかったりします。出かけようとすると涙が出ます。
- 「何をしても無駄だ」という考えが頭から離れません。
- 自分を責める考えが止まりません。
こうした変化が続くときは相談をお考えください。仕事へ向かおうとしたときの不調については、仕事に行こうとすると涙が出る・体が動かないにも書いています。
当院では18歳以上の方を診療しています。暴力や強い支配のある関係で出てきた症状についても、ご自身の受診として相談を承っています。どうするか決まっていなくても、何があったのかを話さないままでも、体調への影響からご相談いただけます。
休養がうまくいっていない方には、「休めていますか」ではなく「休もうとすると何が邪魔をしますか」と尋ねています。
参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 『精神科治療学』第37巻4号、特集「精神科臨床に役立つ心理学理論」より、「なぜ逃げないのか/逃げられないのか―学習性無力感(Seligman)―」。高橋知久・松井茉莉江・戸田裕之、星和書店、2022年。
- 『精神科治療学』第37巻4号、特集「精神科臨床に役立つ心理学理論」より、「公正世界仮説」。北村英哉、星和書店、2022年。
よくある質問
何でも自分のせいだと思うのは、学習性無力感ですか。
自分を責めることだけでは判断できません。紹介した理論では、自分の側に原因を求める説明は自尊心の低下に、その原因がずっと続くと見る説明は無力感の長引き方に関係するとされています。「自分のせい」と「この先も同じ」は別の軸として考えます。
前向きに考えれば、学習性無力感から抜け出せますか。
紹介した研究から、考え方を変えるだけで抜け出せるとはいえません。抑うつが説明のしかたに影響する方向もあるため、本人の考え方だけに原因を求めることはできません。
何をしても無駄だと言う家族は、やる気がないのでしょうか。
その言葉や動けない様子だけでは、本人の意欲も理由も判断できません。何をしても結果が変わらなかった経験があるのか、いまも圧力や危険が続いているのかによって、考えるべき事情が違います。外から見える行動だけで、その人の内面に原因を決めつけないことが大切です。