この記事は、精神科の教科書3冊を下敷きにしています(巻末に書誌)。
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「なぜ自分がこの病気になったのか」──双極性障害と診断を受けたとき、あるいはその可能性を指摘されたとき、多くの方が抱く問いです。身近な方にこの病気がある場合には「自分にも出るのか」という心配が生まれることもあります。
いまの研究で分かっているのは、双極性障害には単一の原因がないということです。体質的(遺伝的)な素因の寄与が精神疾患のなかでもとくに大きい一方で、それだけで発症が決まるわけではなく、環境の側の要因も関わっています。この記事では、研究で明らかになっている範囲と、まだ分かっていない範囲を分けて整理します。
精神疾患のなかでも体質の寄与が大きい
双極性障害の発症に体質的な要因が大きく関わっていることは、主に二つの方法で繰り返し確かめられてきました。
一つは家族研究です。近親者(親・きょうだい・子ども)に双極性障害のある方がいる場合、そうでない場合と比べてリスクはおおむね6〜8倍高いと報告されています。
もう一つは双生児研究です。遺伝情報がほぼ同じ一卵性双生児で、片方が双極性障害をもつとき、もう片方にも現れる割合(一致率)は40〜70%です。遺伝情報の共有が半分の二卵性双生児では5〜10%にとどまります。この差から推定される「遺伝率」は、研究や対象の定め方によって幅がありますが、おおむね60〜90%前後という値が繰り返し得られています。同じ方法で推定したうつ病の遺伝率(30%前後)と比べると、双極性障害の体質的な寄与の大きさは際立っています。
ただし、この「遺伝率」は集団レベルの指標です。ある集団で双極性障害にかかわる個人差のうち遺伝的な要因が占める割合を推定したものであり、「自分が発症する確率」をそのまま表す数字ではありません。推定には共有される環境についての仮定が含まれ、その仮定が実態と合わなければ推定値は上にも下にも偏りえます。
家族にいなくても発症し、いても発症しないことがある
一卵性双生児の一致率が100%ではないことが示すとおり、遺伝情報だけで発症は決まりません。
双極性障害は、少数の遺伝子による優性・劣性の遺伝パターンには当てはまらないとされています。多数の遺伝的な変異が、それぞれわずかな影響を持ち、その積み重なりが発症のしやすさに関わると考えられています。大規模な解析で見つかっている個々の変異のリスクへの影響はごく小さく、一つの変異が発症を左右する力は持っていません。
このため、次のどちらも起こりえます。
- 近親者に双極性障害のある方がいても、本人が発症するとは限らない
- 近親者に双極性障害のある方が誰もいなくても、発症することはある
双極性障害は、性格の弱さや育て方が原因で起こる病気ではありません。体質的な寄与の大きさを示す研究の蓄積が、このことを裏づけています。
発症に関わる環境の側の要因
体質だけでは説明しきれない部分には、環境の側の要因が関わっています。双極性障害の研究で関連が報告されている主なものを挙げます。
睡眠と生活リズムの乱れ。 睡眠不足や睡眠の時間帯の変動は、躁・軽躁の病相と関連が深いことが知られています。睡眠欲求の減少は躁状態でとくに高い頻度でみられますが、同時に、病相の前触れとして睡眠の変化が先に現れることもあります。つまり睡眠の変化は、病相の「症状」と「引き金」の両方の側面を持ちます。体内時計の仕組みやそれに関わる遺伝子との関連も検討されていますが、特定の遺伝子が原因だと確定するには至っていません。気分の波と睡眠の関係を記録し振り返る方法は、気分の波を「見える化」するで紹介しています。
生活上の大きな出来事。 転職、引っ越し、人間関係の大きな変化、喪失体験など、生活のリズムが揺さぶられるような出来事のあとに病相が起きやすいという報告があります。この影響はとくに経過の早い時期──はじめの数回の病相──に大きい可能性が指摘されています。一方、回を重ねると外側のきっかけが小さくても病相が起こりやすくなる、という観察も一部にあります。
幼少期の逆境体験。 幼少期に大きな喪失や虐待などを経験した人に、双極性障害を含む精神疾患が多いという報告は複数あります。ただし、同様の関連は他の精神疾患にもみられ、双極性障害に特有のものではありません。回想に基づく調査には思い出しの偏りが入り込む余地があり、公的な記録を用いた研究のなかには関連が認められなかった結果もあります。「幼少期の体験が原因」と結論するには、根拠が十分ではないのが現状です。
物質の使用。 アルコールや一部の薬物の使用が、双極性障害の経過の悪化と関連して報告されることがあります。ただし、物質の使用が先か症状が先かの切り分けは単純ではありません。
これらはいずれも「関連が報告されている」段階です。特定の出来事や習慣があれば必ず発症するというものではなく、なかったから安全というものでもありません。
体質と環境が重なるとき
主記事でも触れているように、体質的になりやすい「素因」に、睡眠の乱れや大きなストレスなどの「引き金」が重なって波が生じやすくなる──この考え方が臨床の場で広く使われています。
ただし、素因と引き金をきれいに切り分けることは、実際にはそれほど単純ではありません。ストレスに対する体の応答そのものに、遺伝的な個人差が関わっている可能性があるからです。脳から下垂体を経て副腎に至るホルモンの調節系(ストレスへの応答に関わる仕組み)の働き方にも個人差があり、その背景に遺伝的な要因が存在することが検討されています。
幼少期の体験がのちのストレスへの反応の閾値を変える可能性を指摘する研究もあります。しかし、こうした相互作用を検証するには長期にわたる大規模な追跡が必要であり、現時点では仮説の段階にとどまっています。
いまの研究が示しているのは、「体質か環境かのどちらか一方が原因ではなく、両者が重なり合っている」ということです。裏を返せば、「自分のせい」「誰かの育て方のせい」と原因を一つに帰することは、研究の知見とは合いません。
他の精神疾患と共有する遺伝的な背景
大規模な遺伝研究は、双極性障害と統合失調症のあいだに比較的高い遺伝的な相関があることを示しています。うつ病とのあいだにも一定の共通性が認められており、精神疾患の遺伝的な基盤は、診断カテゴリーごとにきれいに分かれるわけではないことが分かってきました。
ただし、遺伝的な背景の一部が共通していることは、これらが同じ病気だということではありません。家族研究のなかには、各疾患が独立して集まる結果も報告されています。
I型とII型のあいだにも、遺伝的に共通する部分と異なる部分があるようです。I型は統合失調症との重なりが、II型はうつ病との重なりが相対的に大きい可能性が報告されていますが、型の区別を遺伝情報だけで確定できる段階ではありません。I型とII型の違いは双極性障害I型とII型はどう違う?で整理しています。
なお、現時点では遺伝子検査で双極性障害を診断することはできません。関連が見つかっている遺伝的な変異は増えていますが、個々の影響は小さく、それらをまとめても個人の診断に使える精度には達していません。双極性障害の診断は、これまでの経過──気分がどう動いてきたか、生活にどう影響したか──を丁寧に聞き取ることが中心です。
受診の目安
双極性障害の原因を自分で突き止める必要はありません。これまでの経過を振り返ること自体が、診断と治療の出発点になります。次のような状況があれば、精神科への相談を検討してください。
- 気分の落ち込みと、妙に活動的になる時期を繰り返している
- うつ病として治療中だが、なかなか安定しない
- 近親者に双極性障害や気分障害のある方がいて、自分にも気分の波を感じる
- 睡眠が短くても平気な時期と、起き上がれないほどの時期がある
当院の診療対象は18歳以上の方です。
まとめ
双極性障害の原因は、一つの遺伝子、一つの出来事、一つの性格特性では説明できません。体質(遺伝的な素因)の寄与が精神疾患のなかでもとくに大きく、そこに睡眠の乱れやストレス、生活上の出来事などの環境要因が重なって発症・再発に至ると考えられています。「家族にいるから必ずなる」「家族にいないからならない」のどちらでもなく、原因を自分や誰かのせいにすることは、研究の知見とも合いません。気分の波が気になるときは、その経過を精神科の診察で整理するところから始めてみてください。
躁うつ病(双極性障害) / 双極性障害2型とは? / 気分の波を記録する / 診断が遅れる理由 / 双極性障害2型──家族が気づいたとき
参考文献
- Yildiz, A., Ruiz, P., & Nemeroff, C. B. (Eds.). (2015). The Bipolar Book: History, Neurobiology, and Treatment. Oxford University Press.
- Geddes, J. R., Andreasen, N. C., & Goodwin, G. M. (Eds.). (2020). New Oxford Textbook of Psychiatry (3rd ed.). Oxford University Press.
- Parker, G. (Ed.). (2019). Bipolar II Disorder: Modelling, Measuring and Managing (3rd ed.). Cambridge University Press.
よくある質問
双極性障害は遺伝しますか
体質的(遺伝的)な要因の寄与は大きく、近親者に双極性障害のある方がいるとリスクはおおむね6〜8倍高くなると報告されています。ただし、遺伝情報がほぼ同じ一卵性双生児でも片方だけが発症することは珍しくありません。複数の遺伝的な要因と環境の要因が重なって発症に至ると考えられており、「遺伝する・しない」の二択では答えられない病気です。
性格や育て方が双極性障害の原因ですか
いいえ。双極性障害は性格の弱さや育て方が原因で起こる病気ではありません。体質的な寄与の大きさは、家族研究や双生児研究で繰り返し確認されています。環境の研究に幼少期の体験が含まれることがありますが、特定の養育のあり方と発症を因果関係で結ぶ根拠にはなっていません。
ストレスが原因で双極性障害になりますか
大きなストレスや生活の変化が病相のきっかけになることはありますが、ストレスだけが原因とは考えられていません。体質的な素因があるところに引き金が重なって発症・再発に至るという考え方が広く用いられています。同じ出来事を経験しても発症するかどうかは人によって異なります。
遺伝子検査で双極性障害は診断できますか
現時点では、遺伝子検査で双極性障害を診断することはできません。関連が報告されている遺伝的な変異は多数ありますが、それぞれの影響は小さく、個人の診断に使える精度には達していません。診断はこれまでの経過の聞き取りが中心です。
原因が完全に分かっていなくても治療はできますか
できます。双極性障害の治療は、原因の特定ではなく、経過と症状に基づいて組み立てます。原因の研究は病態の理解を深めていますが、いまの治療はそれとは独立に多くの方に有効です。