はじめに
「できれば薬は飲みたくない」「カウンセリングだけで治らないだろうか」。受診を考えるとき、こんなふうに迷う方はとても多くいらっしゃいます。なかには「自分は病気というより、ただ怠けているだけなのでは」と感じて、受診そのものをためらってしまう方もいます。
そう感じるのは、あなただけではありません。心の不調は目に見えにくいぶん、「これは治療が必要な状態なのか」「薬と話す治療は何が違うのか」が分かりにくく、迷うのは自然なことです。
この記事では、心理療法(カウンセリングなどの「話す治療」)と薬物療法が何に働きかけているのか、どう使い分け、どんなときに併用するのかを、来院前の方に向けてやさしく整理します。あわせて、「あなたは病気で、それは治せる」と考える「医学モデル」という枠組みについてもご紹介します。読み終えたとき、受診のハードルが少し下がっていれば幸いです。
なお、最終的にどの治療が向いているかの診断や判断は医師が行います。この記事は、相談の前に全体像をつかむためのものとお考えください。
心理療法と薬物療法は、それぞれ何に働きかける?
まず、両者がどこに作用しているのかを整理してみましょう。
薬物療法は、主に脳や体の状態に働きかける治療です。気分や不安、睡眠などに関わる脳の働きを整えることで、つらい症状をやわらげていきます。
一方、心理療法(カウンセリングなど)は、ものの考え方や受け止め方、人との関わり方に働きかける治療です。専門家との対話を通して、今の困りごとを整理したり、ストレスへの向き合い方や対人関係のパターンを見直したりしていきます。
働きかける場所は違いますが、目指すところは同じで、「つらい症状をやわらげ、回復に向かうこと」です。どちらが優れている・劣っているという関係ではなく、アプローチの入り口が違う、と考えていただくと分かりやすいかもしれません。
「研究上はどちらも近い効果」という知見
「薬を使わないと治らないのでは」と心配される方もいますが、必ずしもそうとは限りません。
うつや不安といった、よく見られる心の不調については、これまでに多くの比較研究が行われてきました。そのなかには、薬による治療と、対話による治療(心理療法)とで、効果に大きな差が見られなかったと報告するものがあります。たとえばうつ病を対象に綿密に行われた比較研究でも、薬による治療と心理療法とのあいだに、はっきりとした差は見出されなかったとされています。
これは「薬は不要」という意味ではありません。あくまで「話す治療にも、薬と並ぶだけの力がある場合がある」という、選択肢の幅を示す知見です。どちらがよりよいかは一人ひとりの状態によって変わるため、ここでも判断は主治医と一緒に行っていきます。
心理療法は「性格を直す」治療ではない ― 医学モデルという考え方
心理療法と聞くと、「性格を直される」「人格を作り変えられる」とイメージする方がいます。けれども、心理療法は性格を矯正するための治療ではありません。
心理療法は、あくまで「病気を治す」ための治療です。この背景にあるのが「医学モデル」という考え方です。医学モデルとは、「いま起きているつらさは、あなたの性格の欠点ではなく、治療できる病気によるものだ」と捉える枠組みのことです。
つまり、「あなたが弱いから」「あなたの性格が悪いから」不調になっているのではなく、「治せる状態にあるのだ」と考える立場です。治療を通して言動や対人関係のパターンが少しずつ変わることはありますが、それは病気を治していく過程で付随的に起こることであり、性格を作り変えることそのものを目的にしているわけではありません。
この「医学モデル」という視点は、自分を責めがちな方にとって、肩の荷を下ろすきっかけになることがあります。
「病者の役割」 ― 休んでよい、回復に協力する
医学モデルと深く結びつくのが、「病者の役割」という考え方です。
これは、「病気は単なる状態ではなく、社会的な役割でもある」という捉え方に基づくものです。少し難しく聞こえるかもしれませんが、患者さんの立場でいえば、「いまは病気なのだから、休んでよい」「回復のために治療に協力していく」という役割を引き受ける、ということです。
「病者の役割」を引き受けることは、回復のプロセスの始まりでもあると考えられています。「がんばらなければ」「迷惑をかけている」と無理を重ねるのではなく、「いまは治療が必要な時期なのだ」と受け止めることが、回復への第一歩になり得るのです。
もちろん、これは「いつまでも休み続けてよい」という意味ではありません。回復に合わせて、無理のない範囲で少しずつ元の生活に戻っていく ― その出発点として、まずは「休んでよい」と自分に許可を出すことが大切にされます。
「自分は怠けているだけ」という気持ち自体が症状のことも
ここで知っておいていただきたいことがあります。
「自分は病気ではなく、ただ怠けているだけだ」と感じてしまう ― その気持ち自体が、実はうつなどの症状のあらわれであることが少なくありません。自分を責めてしまう強い罪悪感は、うつのときに起こりやすい症状の一つだからです。
ですから、「怠けているだけだから受診しなくてよい」と感じているときこそ、一度専門家に相談していただきたい場面でもあります。怠けと病気を自分一人で見分けるのは難しいものです。その見極めは、医師にお任せください。
薬と心理療法は対立しない ― 併用という選び方
「薬か、カウンセリングか」と二者択一で悩む方は多いのですが、実際には、どちらか一方を選ばなければならないわけではありません。薬と心理療法は対立するものではなく、組み合わせて使うこともできます。
たとえば、薬でつらい症状をやわらげて気持ちに余裕が出てくると、心理療法での対話にも取り組みやすくなる、ということがあります。逆に、心理療法で考え方や対人関係を整理していくことで、薬による治療の効果を生活のなかで活かしやすくなることもあります。両者がたがいに支え合い、安心して回復に向かえる場合があるのです。
薬を避けたいときに心理療法が選ばれる場面
「薬をできるだけ使いたくない」「いまは使えない事情がある」というとき、心理療法がより前面に選ばれる場面もあります。
その代表が、妊娠中や授乳中など、薬の使用を慎重に考えたい時期です。たとえば産前・産後のうつでは、薬を避けたいという事情から、心理療法が最初の選択肢として重視されることがあります。このように、その方の状況に合わせて、薬と心理療法の比重を調整していけるのも、選択肢が複数あることの利点です。
どの組み合わせが向いているかは、症状の重さ、生活の状況、ご本人の希望などをふまえて、主治医と相談しながら決めていきます。「薬は絶対に避けたい」「まずは話す治療から試したい」といった希望も、遠慮なく伝えていただいて構いません。
受診の目安
以下に当てはまる場合は、一度ご相談ください。
- 気分の落ち込みや不安、眠れない状態が2週間以上続いている
- 「自分は怠けているだけ」と感じて自分を責めてしまう
- 薬を使うかどうか迷っていて、治療の選び方を相談したい
- 妊娠中・授乳中などで、薬をできるだけ避けたい事情がある
- これまでの治療で、薬だけ/話すだけでは十分でないと感じている
- 何から始めればよいか分からず、受診をためらっている
まとめ
薬物療法は脳や体に、心理療法は考え方や人との関わりに働きかける治療で、入り口は違っても目指すところは同じ「回復」です。うつや不安では、研究上どちらも近い効果が示されることがあります。心理療法は性格を直す治療ではなく、「あなたは病気で、それは治せる」と考える医学モデルに基づく病気の治療です。薬と心理療法は対立せず、併用したほうが安心なこともあります。どれを選ぶか、併用するかは主治医と一緒に決めていけますので、迷う気持ちごと、どうぞ気軽にご相談ください。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 対人関係療法入門ガイド
- 心理療法・その基礎なるもの
よくある質問
薬は飲みたくありません。カウンセリングだけで治せますか?
症状や状態によっては、心理療法(カウンセリング)を中心に進めることもできます。うつや不安では、研究上、薬物療法と心理療法の効果に大きな差がないという報告もあります。どちらが向くかは状態によって異なるため、まずは主治医にご相談ください。
カウンセリングは性格を直す治療ですか?
いいえ。心理療法は性格を矯正するものではなく、病気を治すための治療です。これは「あなたは病気で、それは治せる」と考える医学モデルという枠組みに基づいています。
薬とカウンセリングは併用してもよいのですか?
はい。両者は対立するものではなく、組み合わせたほうが安心して回復に向かえる場合もあります。併用するかどうかは主治医とご相談のうえ決めていきます。
「自分は怠けているだけ」だと思うのですが、受診してよいのでしょうか?
その「怠けているだけ」という気持ち自体が、うつなどの症状のあらわれであることが少なくありません。怠けか病気かを自分で見分けるのは難しいものです。迷ったときこそ、一度ご相談ください。診断は医師が行います。
妊娠・授乳中でも治療は受けられますか?
はい。薬の使用を慎重に考えたい時期には、心理療法がより前面に選ばれることがあります。産前・産後のうつでは精神療法が最初の選択肢として重視される場面もあります。状況に合わせて治療を組み立てますので、妊娠中・授乳中であることをお伝えください。