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はじめに

気分が落ち込んだり、やる気が出なかったりするとき、その背景には「人とのこと」がからんでいることが少なくありません。大切な人を亡くしてからずっと立ち直れない。家族とのすれ違いが続いてつらい。転職や引っ越しのあと、生活の変化になじめない。あるいは、そもそも人とのつながりを作るのが昔から苦手だ——。こうした悩みは、決してあなただけのものではありません。

「人間関係の悩みなんて、誰にでもあること」「自分の性格が弱いせいだ」と、ひとりで抱え込んでしまう方は多くいます。けれども、つらさが長く続いて生活に支障が出ているなら、それは性格の問題ではなく、相談できる困りごとです。

この記事では、**対人関係療法(IPT:対人関係に注目する治療法)**で大切にされている「4つの問題領域」をわかりやすく紹介します。これは、つらさの背景にある対人関係を整理するための4つの見取り図のようなものです。読み終えるころには、「自分はこのあたりに当てはまりそうかな」と、ぼんやりとでも見当をつけられるようになることを目指します。なお、どの領域に取り組むかを決めるのは医師や治療者との話し合いであり、診断は医師が行います。

対人関係療法(IPT)はどんな治療か

対人関係療法は、うつ病などの治療法のひとつで、効果が確かめられている心理療法として知られています。特徴は、症状そのものだけを見るのではなく、症状と対人関係のつながりに注目する点にあります。

たとえば、気分が落ち込むと、身近な人とのやりとりもぎくしゃくしがちです。すると相手との関係がさらにこじれ、それがまた気分を重くする——という悪循環が起こることがあります。逆に、対人関係のストレスがやわらぐと、症状も少し落ち着いてくることがあります。症状と対人関係は、双方向に影響し合っているのです。

ここで誤解されやすいのですが、対人関係療法は「対人関係が原因で病気になった」と決めつける治療ではありません。心の不調には、体質や生活状況などさまざまな要因がかかわっています。そのうえで、今、自分で対処できる対人関係の部分に取り組むことで、症状にも対処できるようになっていくことを目指します。過去の原因を細かく掘り起こすのではなく、「今、何ができるか」に重きを置く治療だと考えていただくとよいでしょう。

つらさを整理する「4つの問題領域」

対人関係療法では、症状の背景にある対人関係を、大きく次の4つの領域に整理します。

  1. 悲哀 — 大切な人を亡くしたあとのつらさが、長引いたり止まったりしているとき
  2. 役割をめぐる不一致 — 身近な人とのあいだで、お互いへの期待がずれているとき
  3. 役割の変化 — 転職・離婚・進学・病気など、生活の変わり目につまずいているとき
  4. 対人関係の欠如 — 親しい関係を作り、保つことに、長く困っているとき

それぞれを順に見ていきましょう。読みながら、「これは自分に近いかも」と感じるものがあれば、心にとめておいてください。

悲哀 ― 大切な人を亡くしたあとのつらさ

「悲哀」は、大切な人を亡くしたあとのつらさを扱う領域です。人を亡くすと、悲しみにくれる時期があるのは自然なことで、ふつうは時間とともに少しずつ落ち着いていきます。

けれども、その悲しみのプロセスが何らかの理由で止まってしまうと、つらさが長く続いたり、ずっとあとになってから不調として現れたりすることがあります。たとえば、亡くなった当時は忙しくて十分に悲しむ余裕がなかった、亡くなった人の持ち物をどうしても片づけられない、命日が近づくと体調を崩す、といった形です。「悲しんではいけない」「もう昔のことだから」と感情にふたをしてきた方ほど、こうした状態になりやすいことがあります。

この領域では、亡くなった方との思い出や、そのときの気持ちを安心できる場で少しずつ表現していくことを大切にします。ここで扱うのは、あくまで「死別」によるつらさです。離婚や別れなど、亡くなったわけではない喪失は、次に述べる「役割の変化」として整理することが多くあります。

役割をめぐる不一致 ― お互いへの期待のずれ

「役割をめぐる不一致」は、配偶者や家族、職場の相手など、身近な人とのあいだでお互いへの期待がずれていることが、つらさにつながっている場合の領域です。「不和」という言い方もしますが、もっとやわらかく「すれ違い」「うまくいっていない」と表現してもよいものです。

たとえば、「これくらいは察してほしい」と思っているのに相手は気づいてくれない、自分の希望をうまく言葉にできず誤解されてしまう、言い争うほどお互いを傷つけてしまう——こうした状態です。期待のずれは誰にでもあるものですが、それが長く行き詰まり、改善の糸口が見えないと、「自分は何をやってもうまくいかない」という無力感につながりやすくなります。

この領域では、お互いが相手に何を期待しているのかを整理し、それをうまく伝えるためのコミュニケーションを一緒に工夫していきます。「相手を変えさせる」ことが目的ではなく、すれ違いの正体を明らかにしていくと、思っていたほど大きなずれではなかったと気づけることも少なくありません。

役割の変化 ― 生活の変わり目につまずくとき

「役割の変化」は、生活の大きな変わり目にうまく適応できず、つらさが出ている場合の領域です。転職や昇進、退職、結婚や離婚、進学、引っ越し、出産、病気の発症や診断など、人生にはさまざまな「変わり目」があります。

こうした変化は誰もが経験するもので、必ず不調につながるわけではありません。けれども、それまで慣れ親しんだ環境や人間関係、自分の役割を手放さなければならないとき、まるで霧の中で道に迷ったような心細さを感じることがあります。とくに、引っ越しなどで頼れる人や慣れた居場所から切り離されると、変化を乗り越えるのが難しくなりがちです。

この領域では、手放したものへの気持ちを十分に受けとめながら、新しい環境のなかでできることや、新たなつながりの可能性を一緒に探していきます。「早く慣れなければ」と気持ちを抑え込むよりも、戸惑いや寂しさをいったん言葉にすることが、次の一歩につながっていきます。

対人関係の欠如 ― 親しい関係を作り保つことの困難

「対人関係の欠如」は、親しい関係を作り、それを保つことに、長いあいだ困ってきた場合の領域です。社会的に孤立していて、親しい友人も、職場での気のおけるつながりもない、というようなときに考えられます。

これは、上の3つの領域がいずれも当てはまらないときに用いられる、いわば最後に検討される領域です。というのも、対人関係療法は「今ある対人関係のやりとり」を手がかりに進める治療なので、手がかりとなる関係がほとんどない場合は、取り組みに時間がかかるからです。そのため、この領域では「問題をすべて解決する」ことよりも、まずは取り組みを始めることを目標にします。

なお、人づきあいがうまくいかない背景に、別の不調(長く続く気分の落ち込みや、人前での強い不安など)がかくれていることもあります。その場合は、「対人関係の欠如」ではなく、その不調そのものに合った進め方を選ぶほうが、楽に取り組めることが多くあります。どの見立てが合っているかは、医師が診察のなかで判断します。

1つか2つにしぼって進めます

ここまで4つの領域を紹介してきましたが、**実際の治療では、このうち1つか2つにしぼって進めていきます。**4つすべてに一度に取り組むことはありません。

なぜしぼるかというと、あれもこれもと手を広げると焦点がぼやけ、限られた期間で前に進みにくくなるからです。今の症状と最も関係が深そうな領域に集中することで、取り組みやすくなり、「ここが変わってきた」という手ごたえも得やすくなります。

どの領域を選ぶかは、これまでの経過やお困りごとをうかがいながら、医師や治療者と一緒に決めていきます。自分で正確に当てはめる必要はありません。この記事で「自分はこのあたりかな」と見当がついていれば、それを話し合いの出発点にできます。

受診の目安

以下に当てはまる場合は、一度ご相談ください。

  • 大切な人を亡くしてから、つらさが長く続いている、または気持ちが止まっている感じがする
  • 身近な人とのすれ違いが続き、気分の落ち込みや体の不調につながっている
  • 転職・離婚・進学・病気などの変わり目から、調子をくずしている
  • 親しい関係を作ったり保ったりすることに、長く困っている
  • これらのつらさのために、睡眠・食事・仕事・家事など日常生活に支障が出ている

当てはまるからといって、すぐに病気だということではありません。診断は医師が診察のうえで行います。気になる段階で相談していただいて構いません。

まとめ

対人関係療法は、症状と対人関係のつながりに注目し、「今、自分で対処できること」に一緒に取り組んでいく治療です。その入口となるのが、悲哀・役割をめぐる不一致・役割の変化・対人関係の欠如という4つの問題領域です。これらは、つらさの背景にある対人関係を整理するための見取り図であり、原因を責めるためのものではありません。

実際の治療では1つか2つにしぼって進み、どこに取り組むかは医師や治療者と一緒に決めていきます。「自分はこのあたりかもしれない」と感じられたなら、それはもう整理の第一歩です。ひとりで抱え込まず、その見当を相談の場に持ってきていただければ、ここから一緒に進めていけます。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 水島広子『対人関係療法入門ガイド』創元社

よくある質問

4つの問題領域は自分で選ぶのですか?

最終的には医師や治療者と一緒に話し合って決めます。お話をうかがいながら、症状と最も関係が深そうな領域を一緒に見極めていきます。診断や方針の決定は医師が行いますので、まずは気になることをそのままお話しください。

4つすべてに取り組むのですか?

いいえ。対人関係療法では、ふつう1つか2つの領域にしぼって進めます。あれもこれもと広げず、今の症状と関係が深いところに集中することで、限られた期間でも取り組みやすくなります。

原因を細かく分析されるのが不安です。

対人関係療法は『なぜこうなったのか』という原因探しや過去の追及を目的とする治療ではありません。『今、何ができるか』に目を向けて、現在の対人関係への対処を一緒に考えていきます。

どの領域にも当てはまらない気がします。

無理にどれかに当てはめる必要はありません。当てはまりにくいと感じることも、大切な手がかりになります。診察のなかで一緒に整理していきますので、感じたままをお伝えください。

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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