はじめに
「些細なことで急に怒り出して、どう声をかけても火に油を注ぐようになってしまう」「見捨てられるのを恐れているようで、こちらの予定一つにも激しく反応する」――境界性パーソナリティ障害(BPD)のあるご家族と暮らしていると、こうした場面に何度も直面し、どう関わればいいのか分からなくなることがあります。よかれと思ってかけた言葉が裏目に出て、自分を責めてしまうご家族も少なくありません。
まず知っていただきたいのは、つらいのはあなただけではないということです。BPDのある本人を支えるご家族の多くが、同じように悩み、疲れ、ときに自分の関わり方を責めています。けれども、関わり方には少しずつ身につけられるコツがあり、ご家族自身も支えを受けてよいのです。
この記事では、BPDという障害の成り立ちをかんたんに整理したうえで、本人が安心しやすい関わり方、「直感に反する親業(counterintuitive parenting)」と呼ばれるコミュニケーションの工夫、そしてご家族自身が燃え尽きないための支えの場についてご紹介します。なお、診断や治療方針は医師が行います。気になる点は主治医にご相談ください。
BPDは「育て方だけ」が原因ではありません
ご家族がまず手放してほしいのが、「自分の育て方が悪かったからだ」という思い込みです。BPDには生まれ持った素因が大きく関わると考えられています。研究では遺伝的な要因がおよそ半分程度(5割前後)関与すると報告されており、ご家族の関わり方だけが原因になるわけではありません。
BPDのある人は、生まれつき対人関係にとても敏感な傾向があります。拒絶されること、別れや距離、そして「どうなるか分からない」あいまいな状況に強く反応しやすく、他の人なら気にならない言葉や態度を、拒絶や怒りのサインとして受け取ってしまうことがあります。これは本人の努力不足でも、ご家族の愛情不足でもありません。脳の反応のしかたに由来する、いわば「過敏さ」なのです。
この理解はとても大切です。原因を誰かのせいにするのではなく、「この子(この人)はこういう敏感さを抱えている」と捉え直すことで、ご家族の関わり方も変わっていきます。BPDは多くの場合、年月をかけて少しずつ和らいでいくことが知られており、希望が持てる障害でもあります。
安心できる環境が、苦しみを和らげます
BPDのある人にとって、まわりの環境のあり方は症状の出方に大きく影響します。一貫していて、支えになる落ち着いた環境のなかでは、本人の苦しみは和らぎやすくなります。反対に、怒りをぶつけられたり、避けられたり、対応がそのつど変わって予測がつかなかったりする環境では、不安や混乱が強まり、状況が悪化しやすいと考えられています。
つまり、ご家族ができる支えの中心は、「変わらない安心」を届けることです。気分しだいで態度を大きく変えない、約束したことはできる範囲で守る、感情的に言い返さない――こうした一貫した姿勢そのものが、本人にとっての支えになります。
ここで大切なのは、完璧な対応を目指さなくてよいということです。求められているのは「程よい」関わりであり、つねに正しく振る舞うことではありません。ときに失敗しても、落ち着いて立て直していく姿を見せることのほうが、本人には伝わります。
「直感に反する親業」というコミュニケーションの工夫
BPDの家族支援では、「直感に反する親業(counterintuitive parenting)」という考え方が知られています。これは、つい反射的にしてしまいがちな対応とは「逆」の関わり方が、かえって役に立つことがある、という発想です。
たとえば、本人が激しく怒っているとき、私たちはつい言い返したり、正論で説得したり、その場を離れたくなります。けれども、こうした「直感に従った」対応は、拒絶や対立として受け取られ、火に油を注ぐことがあります。直感に反する関わりとは、たとえば次のようなものです。
- すぐに反論せず、まず相手の気持ちを「そう感じているんだね」と受け止める
- 正しさを証明しようとするより、関係が壊れないことを優先する
- 問題を一度にすべて解決しようとせず、いまの一点だけに絞って落ち着いて話す
- こちらが間違えたときは、率直に認めて謝る
これは、本人を甘やかすことでも、言いなりになることでもありません。対立を避けながら、伝えるべきことは落ち着いて伝えるための工夫です。最初はぎこちなくて当然ですし、すべてをご家族だけで身につける必要もありません。こうした関わり方は、ご家族向けのカウンセリングや支援の場で具体的に学ぶことができます。
本人の自立や仕事を、そっと後押しする
回復を考えるうえで、見落とされがちな大切な視点があります。それは、本人が社会のなかで何らかの役割を持つこと――学校、仕事、家事など――を、ご家族がそっと後押しすることです。
BPDの支援では、「恋愛より、まず仕事を」という考え方が大切にされています。親密で特別な人間関係を求める気持ちは強くても、それは不安定になりやすく、傷つきも大きくなりがちです。一方で、安定した役割や仕事は、本人が自信を取り戻し、生活を立て直していく土台になります。
ご家族にできるのは、いきなり大きな目標を課すことではなく、無理のない一歩を応援することです。まずは負担の軽い活動から、できたことを認めていく――その積み重ねが、本人の自立を支えます。ただし、何をどこまで促すかは本人の状態によって変わります。進め方に迷うときは、主治医や支援者と相談しながら進めると安心です。
ご家族自身も、支えを受けてよいのです
ここまで本人への関わり方をお伝えしてきましたが、もっとも大切なことの一つは、ご家族自身が支えを受けてよいということです。支える側が一人で抱え込み、疲れ果ててしまっては、関わりを続けることはできません。
BPDの治療では、ご家族に向けた支えがいくつか用意されています。
- 心理教育:BPDという障害の成り立ちや、関わり方の基本を学ぶ機会です。すべてのご家族にまず役立つとされています。
- 家族カウンセリング:関わり方の指針について助言を受けたり、いま困っていることを一緒に整理したりします。多くのご家族がこうした場を歓迎します。
- 家族支援グループ:同じ立場のご家族が集まり、経験を分かち合うグループです。「家族の絆(Family Connections)」と呼ばれる複数家族向けのプログラムなどがあり、利用できる場合はとても助けになります。
こうした場は、ご家族が「自分だけではない」と感じられ、関わり方のヒントを持ち帰れる場所です。抱え込まず、支えを受けることは、本人を長く支え続けるためにも必要なことです。
受診の目安
以下のようなことがあれば、一人で抱え込まず、主治医や当院などの医療機関にご相談ください。
- 本人の感情の波や対人関係のトラブルに、ご家族が振り回されて疲れ切っている
- どう関わっても状況がよくならず、関わり方に自信が持てない
- ご家族自身が眠れない、気分が落ち込むなど、心身の不調を感じている
- 本人の自傷や強い衝動など、安全が心配な場面がある
- 本人に治療につながってほしいが、どう声をかければよいか分からない
なお、本人の自傷や自殺の危険が差し迫っているときは、ためらわず救急(119番)に連絡してください。診断は医師が行います。本人が受診を迷っている場合でも、まずご家族だけで相談に来ていただくことができます。
まとめ
BPDは育て方だけが原因ではなく、生まれ持った対人関係の敏感さが関わる障害です。だからこそ、ご家族を責める必要はありません。一貫していて落ち着いた、支えになる関わりは本人の苦しみを和らげ、「直感に反する親業」のような工夫が対立を減らす助けになります。本人の自立や仕事をそっと後押しする視点も、回復を支えます。そして何より、ご家族自身も支えを受けてよいのです。一人で抱え込まず、心理教育や家族支援グループ、専門家の力を借りながら、少しずつ進んでいきましょう。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 境界性パーソナリティ障害 治療ハンドブック
- 境界性パーソナリティ障害の治療(ジョエル・パリス)
よくある質問
BPDは親の育て方が原因なのでしょうか?
育て方だけが原因ではありません。BPDには生まれ持った素因が大きく関わると考えられており、ご家族の関わり方が唯一の原因ではないとされています。自分を責めすぎず、これからの関わり方に目を向けることが大切です。
本人が感情的になったとき、どう対応すればよいですか?
怒りや責める対応は状況を悪化させやすいとされています。落ち着いた一貫した態度で、相手の気持ちを否定せずに受け止めることが助けになります。具体的な工夫は記事内の「直感に反する親業」で紹介しています。詳しい対応は主治医にご相談ください。
家族だけで抱え込むのがつらいときは、どこに相談できますか?
ご家族向けの心理教育やカウンセリング、家族支援グループ(家族の絆など)があります。ご家族自身が支えを受けることは決して甘えではなく、長く支え続けるために必要なことです。当院でもご相談をお受けしています。
関わり方を変えれば、本人はすぐによくなりますか?
すぐに大きく変わるとは限りません。BPDは多くの場合、年月をかけて少しずつ和らいでいくとされています。焦らず、一貫した関わりを続けることが支えになります。効果や経過には個人差があります。