福岡県春日市須玖北4丁目34 2階
休診日: 水曜・木曜・日曜・祝日

はじめに

さっきまで穏やかだったのに、ちょっとした一言で頭が真っ白になるほど腹が立ってしまう。数時間後にはまた落ち着いて、今度は「どうしてあんなに荒れてしまったのだろう」と自分を責めてしまう——。そんな気分の上下を繰り返すうちに、「自分は気分屋なのだ」「情緒不安定でだめな人間だ」と感じている方は少なくありません。

そう感じているのは、あなただけではありません。境界性パーソナリティ障害(BPD)と呼ばれる状態では、こうした激しく速い感情の波がよくみられます。そして大切なのは、それは性格の弱さやわがままから来るのではなく、感情が動く「仕組み」がそうさせている、という点です。

この記事では、BPDの感情の波がなぜ起きるのか、何が引き金になり、どのくらいの速さで変わるのかをやさしく説明します。よく似て見える双極性障害との違いや、波を少し和らげる工夫にも触れます。読み終えたとき、「自分が悪いわけではなかった」と少し肩の力が抜ければ幸いです。なお、診断や評価は医師が行い、ご自身で結論を出す必要はありません。

感情の波の「引き金」は、多くが人とのやりとりです

BPDの感情の波は、何の理由もなく突然湧いてくるように感じられることがあります。けれども、ていねいに振り返ってみると、その直前に「きっかけ」となる出来事が見つかることがほとんどだと考えられています。

そのきっかけの多くは、人との関わりの中で起こります。たとえば次のような場面です。

  • 相手の返信がそっけなく、「拒絶された」「嫌われた」と感じたとき
  • 大切な人が離れていく、距離を置かれると感じたとき
  • 誰かから責められた、否定されたと受け取ったとき

つまり、BPDの気分の変化は、ほとんどの場合、自分の周りで起きた出来事への「反応」として生じるのです。これは「対人関係への過敏さ」と呼ばれます。人とつながっていると感じられるときは穏やかでいられる一方、見捨てられた・脅かされたと感じた瞬間に、強い怒りや不安が一気に押し寄せてくる——そうした揺れが起こりやすいのです。

ここで知っておいてほしいのは、これは「些細なことで大げさに反応している」のではない、ということです。同じ出来事でも、人より深く・速く心が動いてしまう傾向があるだけで、感じている苦しさそのものは本物です。

「数時間で変わる」——時間枠が双極性障害とは違います

感情の波というと、双極性障害を思い浮かべる方もいるかもしれません。気分が上がったり下がったりする点は似ていますが、実は両者にははっきりとした違いがあると指摘されています。

その違いは、大きく3つに整理できます。

  • 質の違い:気分の「中身」そのものが異なります。
  • 引き金の違い:BPDは生活上の出来事(とくに人との関わり)に応じて気分が動きます。
  • 時間枠の違い:BPDの気分は数時間という短い単位で変わるのに対し、双極性障害は数週間という長い単位で動くとされています。

とりわけ分かりやすいのが、この「速さ」の違いです。BPDでは、朝は落ち着いていたのに昼には激しく動揺し、夕方にはまた静まる、といった一日の中での揺れも珍しくありません。一方、双極性障害の高まりや落ち込みは、もっとゆっくりと何週間もかけて続きます。

この時間枠の違いは、見分けるうえで重要な手がかりになります。ただし両者は重なって見えることもあり、区別には専門的な判断が必要です。気になる場合は医師にご相談ください。

「抑うつから高揚へ」ではなく「平静から怒りへ」

もうひとつ、双極性障害との分かりやすい違いがあります。それは、気分が「どちらの方向へ動くか」です。

双極性障害(とくにII型)では、落ち込んだ状態(抑うつ)から、気分が高ぶった状態(高揚)へと変化するのが典型的とされています。これに対してBPDでは、穏やかで平静だった気分から、一気に怒りへと変化することのほうが起きやすいと報告されています。

「楽しくてたまらない」というハイな気分が長く続くのではなく、湧き上がってくるのは怒りや悲しみ、不安といった苦しい感情であることが多いのです。たとえ一時的に気分が上向いても、その高まりは長続きせず、悲しみや不安、とりわけ怒りと入り混じっていることが少なくないとされています。

ですから、「テンションが上がるわけではないのに、なぜか急に怒りや絶望でいっぱいになる」という感覚は、BPDの波としてはむしろ自然なものといえます。あなたの感じ方が「おかしい」わけではないのです。

脳では何が起きている? 扁桃体と前頭前皮質

では、なぜこれほど速く、強く感情が動くのでしょうか。背景には、脳の働き方の特徴があると考えられています。

ここで登場するのが2つの脳の部分です。ひとつは**扁桃体(へんとうたい)で、不安や怒りといった感情を生み出す「感情のアクセル」のような役割を担います。もうひとつは前頭前皮質(ぜんとうぜんひしつ)**で、湧き上がった感情を見つめ直し、行動にブレーキをかける「冷静な制御役」にあたります。

BPDのある方の脳では、扁桃体が刺激にとても敏感で強く反応しやすい一方、それをなだめる前頭前皮質の働きが追いつきにくいと考えられています。アクセルが踏み込まれやすく、ブレーキが効きにくい——そうイメージすると分かりやすいかもしれません。

これは、本人の意志や努力の問題ではありません。だからこそ、「気合いが足りない」「我慢が足りない」と自分を責める必要はないのです。そして大切なのは、この働きは固定されたものではなく、練習や治療を通じて、ブレーキ役の前頭前皮質をはたらかせやすくしていけると考えられている点です。

波を和らげる「まず考えてから行動する」練習

感情の波そのものをゼロにすることは難しくても、波に飲み込まれて衝動的に動いてしまうのを「少し遅らせる」ことは、練習で身につけていけるとされています。その中心になる考え方が、「まず考えてから行動する」というものです。

強い感情が湧いた瞬間に反射的に動くのではなく、あいだに一拍おく。そのための具体的な工夫として、次のようなものが知られています。

  • 心の中で10まで数える:行動に移すまでに、ほんの少し時間を作ります。
  • 気持ちを書き出す:今、自分が何を感じているのかを言葉にして紙に書きます。
  • 信頼できる人に話す:胸の内を声に出して誰かに伝えます。

いずれも、衝動のままに動いてしまうのを遅らせ、「本当にこう動きたいのか」「別の見方はできないか」と立ち止まる余裕を生むための工夫です。こうした積み重ねが、結果としてブレーキ役の前頭前皮質が、アクセルである扁桃体をうまく制御できるようになることにつながると考えられています。

最初からうまくできなくて当然です。これらは治療の中で、専門家とともに少しずつ練習していくこともできます。

背景にある「空虚感」や慢性的なつらさ

激しい波の合間に、ふと心の真ん中が「からっぽ」になったように感じる——そんな慢性的な空虚感や、漠然とした晴れない気分が、BPDの背景に流れていることがあります。

波が立っていないときでも、心のどこかに満たされなさや不快感が続いていると、ささいな出来事が引き金になって、いっそう大きく感情が揺さぶられやすくなります。こうした底にあるつらさは、波の激しさと同じくらい苦しいものです。

だからこそ、目に見える爆発的な怒りだけでなく、その下に流れている空虚感も、相談の中で大切に扱われてよいものです。「派手なエピソードがないと相談してはいけない」ということは、まったくありません。

受診の目安

以下に当てはまる方は、一度ご相談いただくことをおすすめします。

  • 数時間のうちに気分が大きく変わり、自分でも振り回されてつらいと感じる
  • 人とのやりとり(拒絶・別れ・否定されたと感じる場面)のあとに、強い怒りや絶望に襲われやすい
  • 感情が高ぶると、衝動的な行動を抑えにくく、後で深く後悔することが多い
  • 波がないときも、心が空っぽに感じたり、晴れない不快感が続いたりする
  • 「自分は気分屋でだめだ」と責め続けて、生活や人間関係がつらくなっている

これらは病名を自分で決めるためのものではなく、医師と話し合うきっかけとしてお使いください。診断は医師が行います。

まとめ

BPDの感情の波は、多くの場合、人とのやりとりが引き金となって、数時間という短い単位で動きます。双極性障害が数週間単位で抑うつから高揚へ変わるのに対し、BPDは平静から怒りへ動きやすいという違いがあります。その背景には、感情のアクセルである扁桃体が敏感で、ブレーキ役の前頭前皮質が追いつきにくいという脳の特徴があると考えられており、決してあなたの努力不足ではありません。「まず考えてから行動する」練習を少しずつ重ねることで、波に飲み込まれにくくしていくことは十分に可能です。ひとりで自分を責め続けず、つらさを感じたら医師と一緒に整理していきましょう。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 境界性パーソナリティ障害の治療(ジョエル・パリス)
  • 境界性パーソナリティ障害治療ハンドブック

よくある質問

BPDの感情の波は、どうしてこんなに激しいのですか?

脳の感情をつかさどる部分(扁桃体)が刺激に敏感に反応しやすく、それをなだめる部分(前頭前皮質)の働きが追いつきにくいと考えられています。性格の弱さや努力不足ではありません。診断や評価は医師が行います。

BPDの気分の波と、双極性障害の気分の波はどう違うのですか?

大きな違いは速さと中身です。BPDの波は多くの場合、人とのやりとりがきっかけで数時間のうちに変わり、穏やかさから怒りへ動きやすいとされます。双極性障害は数週間単位で、抑うつから高揚へという変化が中心です。見分けは医師が行います。

感情の波を自分で和らげる方法はありますか?

強い気持ちが湧いたときに、すぐ動かず「まず考えてから」行動する練習が役立つとされています。心の中で10数える、気持ちを書き出す、信頼できる人に話す、といった一拍おく工夫です。治療の中で身につけていくこともできます。

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

WEB予約