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はじめに

「境界性パーソナリティ障害(BPD)と言われたけれど、いったいどんな治療をするのだろう」「薬を飲めば治るのか、それとも一生つきあっていくしかないのか」――。診断を受けたあとに、こうした不安を抱える方は少なくありません。

なかには、これまでにいくつもの薬を試したのに思うようによくならず、「自分には効く薬がないのだ」と感じてきた方もいます。あるいは、たくさんの薬を処方されて、かえって体調や頭の働きが鈍くなったように感じた方もいるかもしれません。けれども、それはあなたの努力が足りないからでも、特別に重いからでもありません。

実は、BPDの治療には大切な前提があります。それは、治療の中心は薬ではなく「話す治療」、つまり精神療法だということです。これは一部の専門家の意見ではなく、多くの研究データが支持している考え方です。

この記事では、BPDの治療がどんな順序で、何を中心に進んでいくのかを、できるだけかみくだいてお伝えします。あわせて、「薬で何ができて、何ができないのか」という疑問にも、安全な範囲で正直にお答えします。

治療の中心は「話す治療」(精神療法)

BPDの治療の柱になるのは、薬ではなく精神療法です。精神療法とは、専門家との対話を通じて、自分の感情や対人関係のパターンに気づき、よりよい対処の仕方を身につけていく「お話し療法」のことです。

「話すだけで本当によくなるの?」と感じるかもしれませんが、これまでの数多くの研究が、精神療法こそがBPD治療の中心であるという結論を支えています。実際、BPDの症状の多くは、年月とともにやわらいでいくことが知られています。そして、そのよい変化が起こるかどうかには、ご本人が治療に前向きに取り組むことが大きく関わっています。

ただし、注意点もあります。どんな話し方でも効くわけではない、という点です。BPDには、ある程度きちんと組み立てられた(構造化された)治療が向いていると考えられています。過去のつらい出来事ばかりを深く掘り下げる治療は、かえって苦しさを強めてしまうこともあります。むしろ「今の生活で困っていること」に焦点を当て、現実の問題にどう対処するかを一緒に考えていく形が、役に立ちやすいとされています。

専門的な治療法と、「程よい」関わり

精神療法と聞くと、特別な専門技法を思い浮かべるかもしれません。BPDに対しては、研究で効果が確かめられた、いくつかの専門的な治療法があります。代表的なものに次のようなものがあります。

  • DBT(弁証法的行動療法):感情を上手に扱い、衝動を抑える技能を、練習を通して身につけていく方法です。
  • MBT(メンタライゼーションに基づく治療):「自分や相手の気持ち・考えに思いをめぐらせる力」を育てていく方法です。
  • TFP(転移焦点化精神療法):治療者との関係の中で生じる感情を手がかりに、自分の心のあり方を見つめていく方法です。

これらは効果が裏づけられた治療法ですが、専門的な訓練を受けた治療者が必要で、どこでもすぐに受けられるとは限りません。

ここで知っておいてほしいのは、こうした特別な治療を受けなくても、多くの方が良くなっていくということです。十分な知識を持った医師が、ていねいで一貫した関わりを続けるだけでも、多くのBPDの方が改善していくと報告されています。これは「程よい精神科マネジメント(GPM)」と呼ばれる考え方です。

「程よい」というのは、完璧でなくてよい、という意味でもあります。心理教育(病気についての説明)を行い、患者さんの話に敏感に応じ、変化を後押ししながら、治療の外での生活――仕事や人間関係――を大切にしていく。こうした地に足のついた関わりが、専門技法に劣らない助けになると考えられています。

薬でできること・できないこと

それでは、薬はどこに位置づけられるのでしょうか。結論から言えば、薬はあくまで補助です。

まず知っておいていただきたいのは、BPDそのものに対して正式に承認された薬は、今のところ存在しないということです。そして、「これを飲めば誰にでも劇的に効く」という薬も見つかっていません。薬物療法には、はっきりとした限界があるのです。

そのうえで、薬で多少なりとも助けになる場面と、効果が限られる場面があります。

  • 強い怒りや衝動に対しては、薬がいくらか役立つことがあります。
  • 一方で、気分の落ち込み(抑うつ)や自傷に対しては、効果は限られると考えられています。

また、不安をやわらげる薬や気分を安定させる薬などにもそれぞれ特徴と注意点があり、どれを使うかは、症状の種類や重さ、ご本人の希望をふまえて医師が慎重に判断します。「薬は効くか効かないか、どちらか」という極端な見方ではなく、「控えめに期待しながら、効果を見ていく」という姿勢が大切です。

薬は「数を増やすほどよい」わけではない

もう一つ大切なのが、たくさんの薬を併用すること(多剤併用)は避けたほうがよいという点です。

複数の薬を重ねても効果が上がるという証拠は得られておらず、むしろ副作用のリスクが高まりやすくなります。興味深いことに、服用する薬の数が少ないほうが、かえって症状がよくなりやすいとも言われています。

ですから、効いているのかどうかはっきりしない薬は、少しずつ減らしていく――これが望ましい方針です。薬を整理することは「治療をあきらめる」ことではなく、より安全で身軽な状態を目指す前向きな一歩です。減薬や薬の変更は、必ず医師と相談しながら、急がず進めていきましょう。

治療はどんな順序で進むのか

「治療を始めたのに、なかなか変わらない」と感じて不安になる方もいます。けれども、BPDの治療では、変化は段階を追って起こっていくことが知られています。すべてが一度に良くなるわけではありません。

おおまかには、次のような順序で改善が進んでいくと考えられています。

  1. 気持ちのつらさ(不安や落ち込み)がやわらぐ
  2. 行動(強い怒りや自傷など)が落ち着いてくる
  3. 対人関係が安定してくる
  4. 社会的な生活(学校・仕事・家事など)が立て直されていく

つまり、まず内側のつらさが軽くなり、次に目に見える行動、それから人との関わり、最後に生活全体へと、変化が広がっていくイメージです。対人関係や生活の立て直しには、ある程度の時間がかかるのが自然です。「まだ仕事のことまで手が回らない」と焦る必要はありません。

なお、ここで挙げた順序や期間はあくまで一般的な目安であり、進み方には個人差があります。ご自身がどの段階にいるのかは、担当の医師と確認しながら進めていきましょう。

集団療法やスキル訓練も助けになる

治療は、一対一の面談だけではありません。集団療法やDBTのスキル訓練グループも、有用な選択肢です。

集団療法には、個人の面談だけでは得にくい良さがあります。同じような悩みを抱える人が他にもいると実感できること、自分とは違う対処の仕方を知れること、そして人との関わり方を実際の場で練習できることです。BPDでは対人関係のつまずきが起こりやすいからこそ、人と関わる場そのものが学びの機会になります。

DBTのスキル訓練グループは、感情の扱い方や衝動への対処といった「技能」を、講義のような形で学んでいく場です。比較的取り組みやすく、広く利用できるのも特徴です。最初は集団の場に抵抗を感じる方も多いのですが、無理のない範囲で参加してみると、思いがけない支えになることがあります。

受診の目安

以下のようなことに心当たりがあれば、一度ご相談ください。

  • BPDと言われたが、どんな治療を受ければよいのか分からず不安がある
  • いくつも薬を試したが効果を感じられず、薬の量が増えていることが気になる
  • 強い怒りや衝動、自傷などで、自分でもつらいと感じることがある
  • 気分や対人関係の波に長く振り回されてきた
  • 治療を受けているが、進み方や薬の整理について改めて相談したい

なお、BPDかどうかの診断は医師が行います。気になる症状がある場合は、自己判断せずにご相談いただくことをおすすめします。

まとめ

BPDの治療は、薬ではなく精神療法(お話し療法)が中心であり、多くのデータがこの考え方を支えています。DBTやMBTといった専門的な治療法だけでなく、医師のていねいで一貫した関わり(程よい精神科マネジメント)でも、多くの方が良くなっていきます。

薬はあくまで補助で、劇的に効く薬や承認された薬はなく、たくさん重ねるよりも必要な分にしぼるほうが望ましいと考えられています。そして治療の変化は、つらさ・行動・対人関係・生活という順に、段階を追って進んでいきます。

時間はかかっても、回復に向かう道はちゃんとあります。あせらず、ご自身のペースで一歩ずつ進んでいきましょう。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 境界性パーソナリティ障害の治療(ジョエル・パリス)
  • 境界性パーソナリティ障害 治療ハンドブック

よくある質問

BPDは薬で治るのでしょうか。

残念ながら、BPDそのものを劇的に治す薬は今のところ知られていません。日本でも海外でも、BPDに対して正式に承認された薬はなく、薬はあくまで補助的な役割です。治療の中心は精神療法(お話し療法)で、多くの研究がこの結論を支えています。診断や治療方針は医師が判断しますので、まずはご相談ください。

薬はまったく意味がないのですか。

そうではありません。強い怒りや衝動が出ているときに、薬がいくらか助けになることはあります。一方で、気分の落ち込みや自傷に対しては効果が限られると考えられています。効いていない薬を漫然と続けるより、効果を見ながら整理していくことが大切です。

たくさん薬を飲んだほうが効くのではないですか。

多くの薬を併用しても効果が上がるという証拠はなく、むしろ副作用が増えやすくなります。薬の数が少ないほうがよくなりやすいとも言われており、効果のはっきりしない薬は少しずつ減らしていくのが望ましいとされています。減薬は必ず医師と相談しながら進めましょう。

治療を始めると、どのくらいで変化が出ますか。

変化は段階的に起こることが多く、まず気持ちのつらさがやわらぎ、続いて行動、対人関係、生活の立て直しという順に進んでいくのが一般的です。あせらず取り組むことが回復につながります。個人差がありますので、ご自身のペースを医師と確認しながら進めましょう。

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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