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はじめに

境界性パーソナリティ障害(BPD)という診断を受けたとき、「この先、一生治らないのではないか」「ずっとこのつらさを抱えて生きていくのだろうか」と、目の前が暗くなったような気持ちになる方は少なくありません。気分の激しい揺れや、人との関係のもつれ、自分を傷つけたくなる衝動に長く振り回されてきた方ほど、「もう良くなる気がしない」と感じてしまうものです。

けれども、その不安をそのまま信じ込んでしまう必要はありません。実は、BPDは「回復が見込める病気」だということが、たくさんの患者さんを長い年月をかけて追いかけた研究から明らかになっています。同じように「治らないのでは」と感じながら、時間とともに穏やかな日々を取り戻していった方が、たくさんいるのです。

この記事では、長期の追跡研究がどんな見通しを示しているのか、症状がどのような経過で落ち着いていくのか、そして回復を後押しするためにご自身ができることを、患者さん向けにわかりやすくお伝えします。回復には時間がかかることもありますが、その時間の先に希望があることを、データとともにお伝えできればと思います。

長期の研究が示す「回復できる」という事実

まず知っていただきたいのは、BPDの患者さんの多くが、時間とともに回復していくという事実です。これは、たくさんの方を何年にもわたって追いかけた大規模な追跡研究によって、繰り返し確かめられています。

研究によると、症状が落ち着いて診断の基準を満たさなくなる(これを「寛解(かんかい)」と呼びます)方の割合は、年月とともに着実に増えていきます。おおまかな目安として、追跡を始めてから2年ほどで約半数の方が、そして10年ほどたつころには8割を大きく超える方が、寛解の状態に達すると報告されています。

つまり、「BPDは一生治らない」という思い込みは、実際の経過とは大きく異なるのです。長い目で見れば、多くの方が回復に向かっていきます。これは、特別に手厚い治療を受けていなかった方々を追いかけた研究でも示されている、心強い知見です。

いったん落ち着くと、戻りにくい

もう一つ希望が持てるのは、いったん症状が落ち着いた方が、再び悪化してしまう割合は比較的低い、という点です。研究では、寛解したあとに再発する方はごく一部にとどまると報告されています。

これは、「やっと良くなっても、どうせまたぶり返すのでは」という心配を、ある程度やわらげてくれる事実です。回復した状態は、思っているよりも保たれやすいのです。もちろん経過には個人差がありますが、「良くなったらそれっきり崩れてしまう」と決めつける必要はありません。

思春期に始まり、中年期に向けて落ち着いていく

BPDには、時間とともにたどりやすい「経過のかたち」があることも知られています。

多くの場合、症状は思春期のころに現れはじめ、成人して間もない時期に強まりやすくなります。そして、年齢を重ねて中年期に向かうにつれて、症状が徐々に落ち着いていく――というのが、典型的な流れだと考えられています。

これは、とても大切な見通しです。いま症状がもっともつらい時期にいる方も、それは「ずっと続く状態」ではなく、「波の山にあたる時期」かもしれない、ということだからです。年齢を重ねること自体が、回復を後押しする方向に働くと考えられています。

「今がいちばんつらい時期で、ここから少しずつ楽になっていく可能性がある」――この見通しを持っておくことは、つらい時期を乗り越えるうえで大きな支えになります。

「症状が落ち着く」と「生活が整う」には時間差がある

ここで、正直にお伝えしておきたいことがあります。それは、「症状が落ち着くこと」と「仕事や人間関係などの生活が整うこと」とのあいだには、しばしば時間のずれがある、ということです。

研究を見ると、症状そのもの(気分の揺れや衝動など)はかなりの割合の方で落ち着いていく一方で、安定した仕事に就いていたり、長く続く安定した関係を築けていたりする方の割合は、それよりゆっくりと増えていきます。10年ほどの追跡でも、安定した仕事や関係という面まで整っている方は、およそ3人に1人くらいと報告されています。

これは決して「回復していない」という意味ではありません。症状が落ち着いたあと、社会生活という土台を立て直すには、もう少し時間と取り組みが必要だ、ということです。回復は、いくつかの段階を経て少しずつ進んでいきます。

回復は段階を追って進む

実際、改善はいくつかの面で時間差をもって現れることが知られています。おおまかには、まず気持ちのつらさが少しずつやわらぎ、次に行動が落ち着いていき、そのあとに人との関係が安定し、最後に仕事や暮らしといった社会生活が整っていく――という順序で進んでいくと考えられています。

ですから、「症状は楽になってきたのに、まだ仕事や人間関係がうまくいかない」と感じても、それは回復の途中にいる自然な姿です。焦らず、一段ずつ進んでいけば大丈夫です。

回復のカギは「自分が主役になる」こと

では、回復を後押しするために、ご自身にできることはあるのでしょうか。答えは「あります」。

BPDの回復で大切なのは、治療を「お医者さんから一方的に受けるもの」と捉えるのではなく、ご自分が治療の主役(主体)となって、積極的に役割を引き受けていくことだと考えられています。自分の感情や行動のパターンに気づき、どう対処していくかを一緒に考えていく――その姿勢が、回復のスピードや深さに大きく関わってきます。

これは「すべて自分の責任だ」と背負い込むこととは違います。治療者と二人三脚で取り組みながら、その中でご自分が能動的な役割を担っていく、ということです。受け身でいるよりも、主役として関わるほうが、回復は進みやすいのです。

長期の目標は「きちんと生きる」こと

そしてもう一つ、長い目で見た治療の目標として大切にされているのが、「きちんと生きる」――つまり、安定した仕事を持ち、揺るぎない人間関係に支えられて暮らしていく、ということです。

激しい感情の波や対人関係のもつれに目が向きがちですが、生活の土台がしっかりしてくると、危機は起こりにくくなり、つらさそのものが少しずつ後ろに退いていきます。仕事や安定したつながりを築いていくことは、症状を抑えること以上に、長い回復の道のりの「ゴール」にあたる大切な目標なのです。

すぐにすべてを整える必要はありません。小さな一歩――たとえば生活のリズムを取り戻す、少しずつできることを増やしていく――を積み重ねていくことが、「きちんと生きる」への着実な歩みになります。

受診の目安

以下のようなことが続いていて、ご自身でつらいと感じる場合は、一度ご相談ください。

  • 気分の激しい揺れや、人との関係のもつれに長く振り回されている
  • 「自分は一生治らないのではないか」という不安が強い
  • 自分を傷つけたくなる気持ちや、衝動的な行動がある
  • 症状は少し落ち着いてきたが、仕事や人間関係が立て直せず悩んでいる
  • これまで治療を受けてきたが、今後の見通しが持てずにいる

当てはまる項目があっても、それだけで診断が決まるわけではありません。診断は医師が行いますので、ひとりで抱え込まず、まずはお話を聞かせてください。今後の見通しを一緒に整理することからお手伝いします。

まとめ

境界性パーソナリティ障害(BPD)は、「一生治らない病気」ではありません。長期の追跡研究は、多くの方が時間とともに回復し、いったん落ち着くと戻りにくいことを示しています。症状は思春期に始まり、中年期に向けて徐々に落ち着いていく経過をたどりやすいことも知られています。

回復には段階があり、症状が落ち着いたあと、生活が整うまでには時間がかかることもあります。けれども、ご自分が治療の主役となって取り組み、仕事や安定した関係という土台を少しずつ築いていくことで、その歩みは確かなものになっていきます。今がつらくても、その先には穏やかな日々が待っています。どうかひとりで抱え込まず、一緒に歩んでいきましょう。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 境界性パーソナリティ障害の治療(ジョエル・パリス)
  • 境界性パーソナリティ障害治療ハンドブック

よくある質問

BPDは一生治らない病気なのでしょうか。

いいえ、そうではありません。長期にわたって患者さんを追いかけた研究では、多くの方が時間とともに症状が落ち着き、診断の基準を満たさなくなることがわかっています。回復には時間がかかることもありますが、「一生このまま」と決まっているわけではありません。

症状が落ち着いたあと、また元に戻ってしまうことはありますか。

いったん症状が落ち着いた方が再び悪化する割合は、研究では比較的低いことが報告されています。つまり、回復した状態はある程度保たれやすいと考えられています。ただし経過には個人差があり、見通しは医師とご相談ください。

症状は楽になってきたのに、仕事や人間関係がうまくいきません。

それは回復の途中にいる、ごく自然な姿です。症状が落ち着くことと、生活が整うことのあいだには時間差があることが知られています。気持ち、行動、人間関係、社会生活という順で、段階を追って整っていきます。焦らず進めていきましょう。

回復のために、自分でできることはありますか。

あります。治療を「受け身で受けるもの」ではなく、ご自分が主役になって取り組むことが、回復を大きく後押しすると考えられています。仕事や安定した人間関係といった生活の土台を築いていくことも、長い目で見た大切な目標になります。

どのくらいの期間で良くなりますか。

回復のペースには大きな個人差があり、年単位の時間をかけて少しずつ進むことも珍しくありません。大切なのは速さよりも方向です。長い目で見れば多くの方が良くなっていくという見通しを、支えにしていただければと思います。

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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