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はじめに

「親しくなれた」と思った相手と、なぜか長続きしない。最初は「この人なら分かってくれる」と強く惹かれるのに、ちょっとした一言で一気に気持ちが冷めて、相手を信じられなくなってしまう。連絡が少し遅れただけで「見捨てられた」と感じ、いてもたってもいられなくなる――。

こうした人付き合いのつらさを、繰り返し味わってきた方は少なくありません。「自分はわがままなのだろうか」「人として欠けているのだろうか」と、自分を責めてしまう方も多くいます。

これは境界性パーソナリティ障害(BPD:ボーダーラインとも呼ばれます)を抱える方によくみられる悩みです。BPDのつらさの中心には、人との関わりに対する強い「過敏さ」があると考えられています。あなたの心が弱いからでも、人間性に問題があるからでもありません。

この記事では、なぜBPDで対人関係が不安定になりやすいのか、その仕組みをできるだけわかりやすくお伝えします。あわせて、本人がどう向き合えばよいか、家族や周囲の方がどう関わるとよいかのヒントもご紹介します。なお、診断は医師が行います。この記事は理解の助けとしてお読みください。

「過敏さ」がつらさの中心にある

BPDのさまざまな症状を読み解く鍵として、専門家は「対人関係上の過敏さ」という考え方を重視しています。これは、相手から拒絶されたり、距離を置かれたり、別れが訪れたりすることに対して、人一倍敏感に反応してしまう傾向のことです。

たとえば、相手の何気ない表情や口調を「自分は嫌われた」「責められている」と受け取りやすい、という特徴が知られています。研究では、BPDの方が他人の表情、とくに不安や否定的な感情を読み取ることに敏感である、と報告されています。本来は中立的な、どちらともとれない表情を「自分を脅かすもの」と感じてしまうこともあります。

つまり、同じ場面でも、心の警報がより鳴りやすい状態だと言えます。この過敏さがあるために、人との関わりの中で気持ちが激しく揺れ動き、それが対人関係のつらさにつながっていきます。

大切なのは、これが「気の持ちよう」で片づく話ではない、ということです。本人にとっては、不安や恐怖は本物として体験されています。だからこそ、まわりの理解とていねいな関わりが力になります。

「白か黒か」――理想化と価値下げの揺れ

BPDの対人関係でよくみられるのが、相手の受け取り方が両極端に振れることです。

最初は相手を「完璧で、自分を救ってくれる特別な人」と理想化します。ところが、相手がほんの少し期待に応えてくれなかったり、欠点が見えたりすると、一転して「最低の人」「自分を裏切る人」と感じてしまう。これを専門的には「理想化」と「価値下げ(脱価値化)」と呼びます。

この背景には、物事を「すべて良い」か「すべて悪い」かのどちらかに分けて受け取りやすい、という心の働きがあると考えられています。いわば「白か黒か」「ゼロか百か」の受け取り方です。本来、人は誰でも良い面と物足りない面の両方を持っていて、その「灰色」の部分を抱えながら付き合っていくものです。けれども過敏さが強いと、この中間を保つのが難しくなります。

たとえば、ある方は「相手が自分の理想どおりに振る舞ってくれないと、すぐにその人を価値下げしてしまう」というパターンを繰り返していました。完璧を求めるほど、現実の相手にはどうしても失望してしまい、関係が長続きしなくなってしまうのです。

この揺れは、本人にとってもつらいものです。「好きだったはずの人を急に嫌いになる自分がこわい」と感じる方もいます。けれども、これは性格の冷たさではなく、過敏さから生まれる反応です。治療や対人関係の経験を通して、少しずつ穏やかにしていくことができます。

見捨てられ不安が、激しい反応の引き金になる

BPDの中心的な悩みのひとつが、「見捨てられるのではないか」という強い不安です。相手が離れていく気配を感じると、強い恐怖や空虚感に襲われ、それが激しい反応の引き金になることがあります。

たとえば、親しい相手と別れたあとに、気持ちが大きく落ち込んだり、自分を傷つけたい衝動が高まったりすることが知られています。見捨てられたという感覚は、それほどまでに激しい苦痛をもたらします。

ここで知っておいていただきたいのは、こうした反応は「相手を困らせたいから」起きるのではない、ということです。耐えがたい不安や孤独感を、なんとかしのごうとする中で起きてしまうものです。本人も、あとから「どうしてあんなことを」と苦しむことが少なくありません。

そして、もうひとつ大切な点があります。見捨てられ不安を生み出す状況は、一生変わらないものではありません。安定して支えてくれる人間関係や環境を少しずつ手に入れていくことで、「脅かされている」「ひとりぼっちだ」という感覚は和らいでいきます。希望はちゃんとあります。

強く求めるほど壊れやすい――悪循環を理解する

つらい体験が重なると、「この人だけは絶対に離さない」と、相手にすべてを求める、排他的で強い結びつきを望むようになることがあります。一人の相手に、安心も、満足も、自分の存在価値も、すべてを託そうとするのです。

ところが、ここに苦しい悪循環があります。相手にすべてを求めれば求めるほど、相手は重荷を感じて距離を置きやすくなります。すると「やっぱり見捨てられる」という不安がさらに強まり、いっそう強くしがみつく――。こうして、本当は壊したくない関係ほど、かえって壊れやすくなってしまうのです。

この悪循環を抜け出す手がかりのひとつが、「一人の相手にすべてを背負わせない」ことです。次の章でふれるように、仕事や社会的な役割、複数のつながりなど、支えとなる場を少しずつ広げていくことが、結果として一つひとつの関係をらくにしてくれます。

落ち着かせる関わりと、悪化させる関わり

BPDの方は、まわりの人の関わり方によって、状態が大きく変わりやすいことが知られています。

支えになるのは、気にかけ、一貫していて、ていねいに耳を傾ける関わりです。責めたり罰したりせず、落ち着いて受けとめてもらえると、本人は「自分はちゃんと包まれている」と感じ、気持ちが安定しやすくなります。こうした安心できる経験を積み重ねることが、回復を支える土台になります。

反対に、怒りをぶつけたり、突き放すように避けたりする対応は、不安をかえって強め、取り乱した反応を引き起こしやすくなります。これは本人にとっても周囲にとってもつらい結果につながります。

家族や周囲の方へ

ご家族としては、激しい反応に振り回されて疲れきってしまうこともあるでしょう。それは自然なことです。完璧に対応する必要はありません。

ただ、いくつか心に留めていただけると助けになります。

  • できるだけ落ち着いた一貫した態度で接する(その日の気分で対応を変えない)
  • 本人の気持ちそのものは、同意できなくても「そう感じるのは理解できる」と受けとめる
  • 過剰に反応して振り回されすぎないことも、長く支えるためには大切
  • 抱え込まず、家族自身も医療や相談の場を頼る

どう関わるのがよいかは、状況によって異なります。治療の中で、医師や治療者と一緒に整理していくのがよいでしょう。

対人関係の「練習の場」としての社会的役割

意外に思われるかもしれませんが、回復の大きな助けになるのが、仕事や勉強、家事といった社会的な役割を持つことです。

理由はいくつかあります。まず、一人の親密な相手にすべてを求める関係よりも、安定した仕事のほうが手に入れやすく、壊れにくいことが多いからです。職場や学びの場には、ほどよい距離感の人間関係がたくさんあります。そうした場は、いわば対人関係の「練習の場」になります。

実際に、別れのあとに空虚感に苦しんでいた方が、仕事に就いたことをきっかけに気持ちが安定し、衝動的な行動が減っていった、という例も知られています。打ち込めるものができると、自分が役に立っているという実感が生まれ、それが心を支えてくれるのです。

取り組み方にはコツがあります。いきなり高い目標を目指すのではなく、失敗しにくいところから少しずつ始めるのが基本です。たとえば、いきなりフルタイムではなく短時間から、難しいことの前にやさしいことから、というように段階を踏みます。過去にできたことを思い出し、あせらず続けていくことが、結果的に近道になります。

受診の目安

以下に当てはまる場合は、一度ご相談ください。

  • 人間関係が長続きせず、そのつらさで生活や気持ちが大きく揺れている
  • 別れや拒絶を感じるたびに、強い不安や空虚感に襲われる
  • 見捨てられたと感じると、自分を傷つけたい衝動が高まる
  • 相手への気持ちが「大好き」と「大嫌い」の間で激しく揺れて、自分でもつらい
  • こうした悩みを一人で抱え込み、誰にも相談できずにいる

これらは、相談や治療によって楽になっていけるサインでもあります。なお、診断は医師が行います。自己判断で抱え込まず、気になる点があればお気軽にご相談ください。

まとめ

BPDの対人関係のつらさの中心には、拒絶や別れに対する強い「過敏さ」があります。それが、相手を理想化したり価値下げしたりする「白か黒か」の揺れや、激しい見捨てられ不安につながっていきます。

一人の相手にすべてを求めるほど関係は壊れやすくなりますが、落ち着いた一貫した関わりや、仕事・社会的な役割といった支えを少しずつ広げていくことで、心は安定に向かいます。これは性格の問題ではなく、理解と工夫で変えていけるものです。一人で抱え込まず、まずは相談から始めてみませんか。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • John G. Gunderson ほか『境界性パーソナリティ障害治療ハンドブック』
  • ジョエル・パリス『境界性パーソナリティ障害の治療』
  • 『パーソナリティ障害の精神分析的アプローチ』

よくある質問

相手をすぐ信じられなくなってしまうのは、自分の性格が悪いからでしょうか。

性格の良し悪しの問題ではありません。BPDでは、拒絶や別れに対して人一倍敏感になりやすく、ちょっとした言動を「見捨てられるサイン」と感じてしまうことがあります。これは意思の弱さではなく、過敏さという特徴によるものです。

好きだった相手を急に嫌いになってしまう自分が、こわいです。

相手を「すべて良い人」「すべて悪い人」と両極端に受け取りやすいことが背景にあります。実際の相手は、良いところも物足りないところもある一人の人間です。この揺れは治療や対人関係の練習を通して、少しずつ穏やかにしていけます。

どんなときに受診を考えればよいですか。

人間関係の不安定さで生活がつらい、別れや拒絶のたびに自分を傷つけたくなる、といったときが目安です。診断は医師が行いますので、自己判断で抱え込まず、まずはご相談ください。

家族として、本人にどう接すればよいですか。

落ち着いた一貫した態度で、本人の気持ちそのものは受けとめる関わりが助けになります。逆に、怒ったり突き放したりする対応は不安を強めてしまいがちです。とはいえ、完璧に対応する必要はありませんし、ご家族だけで抱え込む必要もありません。具体的な関わり方は、治療の中で医師と一緒に考えていけます。

BPDは、よくなっていくものなのでしょうか。

時間の経過とともに、症状がやわらいでいく方は少なくありません。安定した人間関係や仕事といった支えを得ること、適切な治療を続けることが回復を後押しします。よくなる早さや程度には個人差があり、効果を約束できるものではありませんが、希望を持てる病気です。診断や治療方針は医師が判断します。

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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