いま、命の危険が差し迫っていると感じる方へ ためらわずに 119番(救急) に電話してください。 「今すぐ消えたい」「つらくて誰かに聞いてほしい」ときは、一人で抱え込まず、当院の主治医や医療機関にご相談ください。 当院に通院中の方は、あらかじめ決めておいた連絡先を頼っていただいて構いません。
はじめに
腕に残った傷あとを見て、また自分を責めてしまう。ふとした瞬間に「いなくなってしまいたい」という気持ちがよぎる。そんな自分を、家族にも誰にも言えずに抱えている——。あるいは、大切な人がそうした行動をとっていて、どう声をかけたらいいのか分からず、毎日が綱渡りのようだと感じているご家族もいらっしゃるかもしれません。
そう感じているのは、あなただけではありません。境界性パーソナリティ障害(BPD)と呼ばれる状態では、自傷(自分を傷つける行為)や、慢性的に続く「死にたい気持ち」がよくみられます。これはとても苦しい症状ですが、決して「弱さ」や「気を引くための演技」ではありません。その多くは、耐えがたいつらさをなんとかしのごうとする、本人なりの必死の対処なのです。
この記事では、自傷や「死にたい気持ち」がなぜ起きるのか、本人とご家族はどう向き合うとよいのかを、できるだけやさしく整理します。気持ちを言葉にする工夫、入院をめぐる考え方、つらいときに頼れる相談先についても触れます。読み終えたとき、「責めなくてよかったんだ」と少し肩の力が抜ければ幸いです。なお、診断や状態の評価は医師が行います。
自傷や「死にたい気持ち」は、つらさをしのぐための行動です
まず知っておいていただきたいのは、自傷の多くは「自殺しようとする行為」とは別のものだということです。手首や腕を浅く切るといった行動は、命を絶つためではなく、つらい感情を一時的にやわらげるために行われることがほとんどだと考えられています。
そのしくみは、こう説明されています。強い不快な気持ちでいっぱいになったとき、心の痛みを身体の痛みに「置きかえる」ことで、ほんの短いあいだだけ、つらい感情から気がそれる——。実際、多くの方が「切ったあとは少し落ち着く」「嫌なことがあった日は、家でそうするのを待ち望んでしまうことすらある」と話されます。つまり自傷は、その人にとって何らかの「役割(機能)」を持っているのです。
慢性的に続く「死にたい気持ち」も、似た面があります。それは「本当に死んでしまいたい」というより、逃げ場のない孤独や絶望のなかで、それだけ大きなつらさを抱えているというサインであることが少なくありません。ですから、その気持ちを頭ごなしに否定したり、いきなり取り上げようとしたりすると、かえって「わかってもらえない」と孤立を深めてしまいがちです。大切なのは、その裏にあるつらさに一緒に目を向けていくことです。
ここで大切なのは、こうした行動は「気を引くための演技」ではない、ということです。本人は本当に苦しんでいます。そして救いがあるのは、自傷は気分が落ち着けば自然とやめられることが多く、適切な治療によって大きく減っていくとされている点です。
背景にある気持ちを理解することが、やめる助けになります
「どうすればやめさせられるか」と考えると、つい注意したり禁止したりしたくなります。けれども、自傷の背景にある気持ちを理解することのほうが、本人が「やめよう」と決心する助けになると考えられています。
自傷の引き金になる気持ちは、人によってさまざまです。たとえば、次のようなものが知られています。
- 恥の気持ち――「こんな自分はだめだ」と感じる強い恥ずかしさ
- 自己嫌悪――「自分は悪い人間だ」という思い
- 見捨てられる恐怖――拒絶される、見放されるのではという不安
どの気持ちが背景にあるかによって、支えになる関わり方も変わってきます。たとえば恥の気持ちが引き金なら、その原因をていねいにほどいていく。自己嫌悪が背景にあるなら、本人が自分の怒りや本音を認めて受け入れられるよう手伝う。見捨てられる恐怖から来ているなら、その恐れをきちんと受けとめてもらえる体験が、不安をやわらげていく——。こうした理解が積み重なることで、本人が別の方法を選べるようになっていきます。
ご家族にできることも、ここにあります。傷を見つけて慌てて責めるのではなく、「そうするほどつらかったんだね」と、その下にある気持ちにそっと目を向けること。すぐにうまくはいかなくても、その姿勢そのものが本人にとって大きな支えになります。
気持ちを言葉にする・引き金に気づくことで、衝動を「遅らせる」
自傷や強い衝動は、ゼロにしようとするより、まず「少し遅らせる」ことを目標にするのが現実的だとされています。そのために役立つのが、気持ちを言葉にすることと、引き金になった出来事に気づくことです。
衝動は、何の理由もなく湧いてくるように感じられても、ていねいに振り返ると直前に「きっかけ」があることが少なくありません。人との行き違い、拒絶されたと感じた出来事、家族とのいさかい——。その引き金に気づけるようになると、「いま自分は、さっきのあの出来事でこんなにつらいんだ」と整理する余裕が少しずつ生まれます。
具体的には、次のような工夫が知られています。
- 気持ちを言葉にする――「いま自分は何を感じているのか」を、声に出す、紙に書き出す
- 引き金を振り返る――衝動が湧く直前に何があったかをたどってみる
- 一拍おく――行動に移す前に、信頼できる人に連絡する、少し時間を作る
こうした積み重ねは、衝動と行動のあいだに「すきま」を作る練習です。最初からうまくできなくて当然で、治療のなかで専門家とともに少しずつ身につけていけるものでもあります。
入院は、必ずしも解決ではありません
ご家族にとって、「死にたい」と言われたら、まず入院させて安全な場所に、と考えるのは自然なことです。けれどもBPDの慢性的な「死にたい気持ち」については、入院が必ずしも解決にはならず、かえって状態を悪くしてしまう場合があると指摘されています。
理由はいくつかあります。長く入院していると、それまで築いてきた生活や人とのつながり、自分で対処する力が失われやすくなること。また、まわりが過剰に反応すると、本人がいっそう不安定になり、退院しづらくなってしまうことがあること。BPDでは、「つらさを訴えればまわりが大きく動いてくれる」というパターンが強まると、回復をかえって妨げてしまうことがあるのです。
もちろん、これはすべての入院を否定するものではありません。命にかかわりかねない深刻な行為があったときや、一時的に強い混乱がみられるときなどには、治療の計画を立て直すために短期間の入院が役立つこともあります。どんなときに入院が必要かの判断は、医師が一人ひとりの状況を見て行います。ご家族だけで抱え込んで判断する必要はありません。迷うときこそ、早めに医療機関に相談してください。
つらいときの「頼れる先」を、あらかじめ決めておく
危機は、突然やってきます。だからこそ、つらくなる前の落ち着いているときに、「いざというとき、誰に・どこに頼るか」をあらかじめ決めておくことが、大きな支えになります。
たとえば、次のようなことを、ご本人・ご家族・支援者で話し合っておくとよいでしょう。
- 連絡できる人――つらくなったら、まず誰に連絡するか(家族、友人、支援者など)
- 相談できる窓口――通っている医療機関の連絡先、主治医と決めておいた夜間や休日の対応、いざというときの119番(救急)
- 気持ちを落ち着ける方法――その人なりに少し楽になれる行動(散歩、音楽、温かい飲み物など)
- 危険なものを遠ざける工夫――衝動が強いとき、手の届くところに危険なものを置かない
ご家族にとっても、「自分たちだけで抱えなくていい」と知っておくことは大切です。BPDの治療では、ご家族が支え手として治療に関わることが、本人にとっても家族自身にとっても助けになると考えられています。一人の家族がたった一人で見守り続けるのは、とても大きな負担です。支援の輪に加わることで、孤立せずにすみます。
そして、こうした「頼れる先のリスト」を、本人と治療者が一緒に作っていけるのも、通院の大切な役割のひとつです。
受診の目安
以下に当てはまる方は、一度ご相談いただくことをおすすめします。
- 自分を傷つける行為を繰り返していて、自分ではやめにくいと感じる
- 「いなくなりたい」「消えたい」という気持ちが、長く続いている、または繰り返し湧く
- つらさをやわらげる方法が、自傷や衝動的な行動しか思いつかない
- 家族として、本人の自傷や「死にたい」という言葉にどう関わればよいか分からず、疲れ果てている
- 危機のときの相談先や対処法を、一緒に整理してくれる人が必要だと感じる
これらは病名を自分で決めるためのものではなく、医師と話し合うきっかけとしてお使いください。診断は医師が行います。なお、今まさに危険が差し迫っているときは、受診を待たず、この記事の冒頭にある緊急の連絡先を使ってください。
まとめ
BPDでみられる自傷や「死にたい気持ち」は、弱さや演技ではなく、耐えがたいつらさをしのごうとする、本人なりの対処であることがほとんどです。だからこそ、頭ごなしに禁止するより、その背景にある気持ちを理解することが、回復の助けになります。気持ちを言葉にし、引き金に気づくことで、衝動と行動のあいだに「すきま」を作っていくことは、少しずつ練習できます。入院は必ずしも解決ではなく、つらいときに頼れる先をあらかじめ決めておくことのほうが、しばしば大きな支えになります。一人で、あるいは家族だけで抱え込まず、つらさを感じたら医師や相談窓口と一緒に整理していきましょう。危機は乗り越えられます。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 境界性パーソナリティ障害治療ハンドブック
- 境界性パーソナリティ障害の治療(ジョエル・パリス)
よくある質問
自傷は「かまってほしいだけ」なのでしょうか?
そうではないと考えられています。自傷の多くは、つらい感情を一時的にやわらげるための行動で、本人にとっては何らかの役割を持っています。やめさせようと責めるより、その背景にある気持ちを理解することが回復への近道とされます。診断や評価は医師が行います。
「死にたい」と言われたら、すぐ入院させた方がよいのですか?
入院が必ずしも解決とは限りません。BPDでは、慢性的な「死にたい気持ち」に対して入院がかえって状態を悪くする場合があると指摘されています。ただし、命にかかわる行為があったときなどは別で、判断は医師が行います。迷うときは早めにご相談ください。
今すぐ危ないと感じたら、どこに連絡すればよいですか?
命の危険が差し迫っているときは、ためらわず119番(救急)や警察に連絡してください。命にかかわるほどではなくても、つらくて誰かに聞いてほしいときは、当院の主治医や医療機関にご相談ください。当院を受診中の方は、あらかじめ決めておいた連絡先を頼っていただいて構いません。